AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 24, 2006, Vol.311


氷床の安定性(Ice Sheet Stability)

地球温暖化により、極の氷床の融解を引き起こす。グリーンランドと南極の氷床がどのような速さで消滅していくのか、そして次の世紀において海面がどのような速度で、かつどのぐらいの高さになるのだろうか? このような問題が、Kerrによるニュース記事(表紙参照)、HansonとKennedyによる論説記事、BindschadierとJoughinによる展望記事、及び4編のレポートで取り上げられている。Otto-Bliesnerたち(p.1751)は気候モデルシミュレーション、氷床モデル、及び古気候データを統合して、最終間氷期の間、北の地方、特に北極がかなりの温暖化により海面が現在よりも数メートル上昇したことを示している。彼らは又、グリーンランドの氷床が最後から2番目の退氷期において2.2〜3.4メートルの間の海面上昇に寄与していると推定している。Overpeckたち(p.1747)は、今後130年間の温暖化に関するモデル予測をOtto-Bliesnerたちの気候再現と比較し、海表面温度が今世紀末ごろに130,000年前と同じぐらい高くなると結論付けている。このような条件下では、グリーンランド氷床のかなりの部分が融解して、海面が数メートル上昇する。南極の氷がどの程度の速さで消滅しているかを決める事は評価が難しい。The Gravity Recovery and Climate Experiment(GRACE)衛星はその必要とする測定をするために設計された。VelicognaとWahr(p.1754, 2月23日のオンライン出版)は、南極氷床の質量が2002年〜2005年にかけて毎年152+-80立方キロメートル位減少し、その大部分が西側の南極氷床の消滅である事を示している。幾つかの推定とは異なり、海岸縁の氷の融解は氷床中心部の氷の成長よりも速く進行している。突然発生する大きな氷河の滑りが氷河地震の引き金となり、地球規模の地震ネットワークで観測する事が出来る。Ekstroemたち(p.1756、Joughinによる展望記事参照)はグリーンランドの氷河地震を調べ、この現象が夏場により一般的に起こっている事、そしてその年間発生頻度が2002年以来2倍に増えている事を見出した。これら二つの発見もグリーンランド氷床からの氷河流出に関する観測された加速的な動きと一致しており、近年におけるより広範囲にわたる融解と関係している。(KU)
CLIMATE CHANGE: Hitting the Ice Sheets Where It Hurts p. 1720-1721.
CLIMATE CHANGE: Greenland Rumbles Louder as Glaciers Accelerate p. 1719-1720.
Simulating Arctic Climate Warmth and Icefield Retreat in the Last Interglaciation p. 1751-1753.
Paleoclimatic Evidence for Future Ice-Sheet Instability and Rapid Sea-Level Rise p. 1747-1750.
Measurements of Time-Variable Gravity Show Mass Loss in Antarctica p. 1754-1756.
Seasonality and Increasing Frequency of Greenland Glacial Earthquakes p. 1756-1758.
CLIMATE CHANGE: Greenland Rumbles Louder as Glaciers Accelerate p. 1719-1720.

エントロピー効果に打ち勝つ(Beating Entropy)

2つのポリマーを混合したり、あるいは粒子をポリマーへ混合することは異なった物質間に働く強い引力がなければ一般的には困難である。なぜならば、エントロピー効果により相分離が起こる。Mackayたち(p. 1740)は、粒子の大きさがポリマーの回転半径よりも小さいとき、粒子とポリマー間の接触面の増加によって混合状態が熱力学的に好ましくなることを示している。しかしながら、彼らはまた、ある種の混合物生成、特に直鎖ポリマー中へのフラーレンの混合に対してこのような熱力学的に好ましい状態を得るにはプロセス面でのストラテジーを考慮すべきことを示している。(hk,tk)
General Strategies for Nanoparticle Dispersion p. 1740-1743.

暗闇で酸素を発光させる(Making Oxygen Glow in the Dark)

環境における有機物質の水溶液混合物は多くの分子を含んでおり、太陽光にあたると溶存酸素が一重項状態(1O2)へと励起される。高度に反応性の1O2は汚染物質の直接的な分解と局所性の細菌内部の化学変化の両面で重要な働きをしている。しかしながら、1O2の寿命が短く、その正確な濃度測定が困難であった。LatchとMcNeil(p.1743,2月23日のオンライン出版;Hassettによる展望記事参照)は疎水性のプローブ分子を用いて、有機物質の懸濁状態のポケット内部の深いところから1O2をトラップし、ついで誘導-化学発光により濃度を定量化した。彼らは、有機相の浸透しない従来型の親水性プローブで見出された値よりも100倍以上大きな値を測定した。競争的な消光速度と拡散速度に基づいた速度論的モデルにより、1O2の分布がよく説明される。(KU)
Microheterogeneity of Singlet Oxygen Distributions in Irradiated Humic Acid Solutions p. 1743-1747.
CHEMISTRY: Enhanced: Dissolved Natural Organic Matter as a Microreactor p. 1723-1724.

大型なものとそれほどでもないもの(Bloated and Not-So-Bloated Genomes)

真核細胞のゲノムは、イントロン、可動要素、そして大きな遺伝子間領域を含むいわゆる"ジャンク"DNAにより大型化している。おかしなことに、動物のミトコンドリアゲノムは小型で、本質的にジャンクがなく、そして遺伝子構造が保存されているが、一方植物のミトコンドリアゲノムは相対的に大型で、ジャンクが多数存在し、そして遺伝子構造が厳密には保存されていない。ゲノムのサイズおよび複雑性のパターンが、これらのように非常に異なる原因は何だろう?Lynchたち(p.1727)は、変異速度が、植物のミトコンドリアの場合と比較して動物のミトコンドリアの場合に、通常はオルガネラゲノムが非常に高い複雑性を有することとどのように相関しているか、について概説し、そのことにより、非適応性進化力がオルガネラゲノムの構造やおそらくは核ゲノムの構造を形成するさいの重要な役割を果たしていることが示唆される。細菌ゲノムに注釈を付ける際に障害となるのは、偽遺伝子の存在である。OchmanとDavalos(p. 1730)は、よく研究された大腸菌(Escherichia coli)を例にとって、特定のゲノム中の偽遺伝子を同定するための系統的な方法を概説する。(NF)
Mutation Pressure and the Evolution of Organelle Genomic Architecture p. 1727-1730.
The Nature and Dynamics of Bacterial Genomes p. 1730-1733.

プランクトンの生物地理学(Plankton Biogeography)

Prochlorococcusは、外洋において最も一般的な光合成生物であり、海洋でのCO2固定、海洋性の一次生産、そして海洋生態系の組成において重要な役割を果たしている。Johnsonたち(p. 1737)は、近縁関係の系統(16SリボソームRNAが>97%同一)が、水柱の中で大幅に異なる分布パターンを有しており、そしてその様な傾向が実に大西洋全体にわたっていることを示した。これらの近縁関係の微生物は、温度、光、および競合者に関連して生態学的に特徴的な役割を有している様である。Colemanたち(p. 1768)は2種類の近縁関係にあるProchlorococcus系統を解析し、多様性がいくつかのgenomic islandに集中していることを見いだした。この多様性は、おそらくは、ファージにより媒介された横方向の遺伝子導入によって獲得されたものだろう。Genomic islandは、微生物システム全体にわたるニッチな分化のための基本的なメカニズムであろう。(Pennisiによるニュース記事を参照)。(NF)
Niche Partitioning Among Prochlorococcus Ecotypes Along Ocean-Scale Environmental Gradients p. 1737-1740.
Genomic Islands and the Ecology and Evolution of Prochlorococcus p. 1768-1770.

敵のモチーフ(A Foe Motif)

パターン認識受容体は、病原体中で見いだされる保存的な構成要素を認識するが、宿主中で見いだされるものは認識せず、生得的免疫応答にとって中心的な役割を果たしている。Changたち(p. 1761)は、グラム陰性細菌に特異的なペプチドグリカンのフラグメントである気管細胞毒素(TCT)とペプチドグリカン認識タンパク質LCaとLCxの外部ドメインに結合した複合体の結晶構造を、2.1Åの解像度で記述した。この構造から、グラム陰性細菌の特異性決定基がどのようにして複合体中で認識され、そしてTCTがどのようにしてLCaとLCxとのヘテロ二量体化を誘導して下流シグナル伝達を活性化するのか、が示される。(NF)
Structure of Tracheal Cytotoxin in Complex with a Heterodimeric Pattern-Recognition Receptor p. 1761-1764.

進化の過程における酸素の影響(Adding Oxygen to the Evolutionary Mix)

代謝の反応において酸素を安全に利用する能力を発達させる効果は何だったのだろうか? RaymondとSegreは、地球の歴史上、始生代末期から原生代末期にかけて、代謝のネットワークがどのように進化してきたかをモデル化した(p. 1764; またFalkowskiによる展望記事参照のこと)。酸素を利用できるネットワークの複雑さは、酸素が存在するようになる以前のレベルをはるかに超えるレベルまで増加した。酵素の分布と系統発生学を比較することによって、酸素への順応が主要な門レベルの分岐の後で生じたということが示唆される。(KF)
The Effect of Oxygen on Biochemical Networks and the Evolution of Complex Life p. 1764-1767.
EVOLUTION: Tracing Oxygen's Imprint on Earth's Metabolic Evolution p. 1724-1725.

β-島細胞の置換を再考する(Rethinking b-Islet Cell Replacement)

1型糖尿病 (T1DM)は、膵臓でインスリンを産生しているβ島細胞が自己免疫性攻撃によって枯渇することで生じる。この破壊性の免疫反応系を制限する手段を見つけるとともに、β島細胞の再生方法探索に多くの努力が注がれている。脾臓細胞を免疫アジュバントと共に糖尿病マウスに注入すると、この分化転換によって失われたβ島細胞が置換され、T1DMを逆転させることが可能であると言う報告があった[Science302, 1223 (2003)]。3つのグループ(Chong et al., p. 1774; Nishio et al., p.1775; and Suri et al.,p. 1778) が、同じ手順によって、同じマウスモデルに対し、確立したT1DM において多少の逆戻りが可能であるが、これは脾臓細胞の分化転換を経由してのプロセスではない、と報告した(Couzinのニュース記事も参照)。免疫アジュバントだけを単に注入しても回復が促進される。多分、アジュバントの免疫修飾活性により、残っている少数のβ島細胞が充分なインスリン産生可能な程度まで増殖する機会を与えられたのであろう。今回の研究は脾臓細胞の分化転換によってT1DMが逆転したことを支持するわけではないが、免疫に基づく治療の条件探索に希望をもたせるものであったことは確かである。(Ej,hE)
Reversal of Diabetes in Non-Obese Diabetic Mice Without Spleen Cell-Derived ß Cell Regeneration p. 1774-1775.
Islet Recovery and Reversal of Murine Type 1 Diabetes in the Absence of Any Infused Spleen Cell Contribution p. 1775-1778.
Immunological Reversal of Autoimmune Diabetes Without Hematopoietic Replacement of ß Cells p. 1778-1780.

癌との戦闘における「トロイの木馬」(A Trojan Horse to Battle Cancer)

癌治療における主要なハードルの1つは、腫瘍細胞標的に効率的に薬剤を届けることである。Thorneたちは、マウスにおいて、自然に腫瘍に至るまで遊走していく免疫効果細胞(サイトカイン-誘発キラー細胞、すなわちCIK細胞)によって強力な腫瘍退縮性ウイルス(ワクシニア:vaccinia)を成長中の腫瘍まで届ける「トロイの木馬」治療法をデザインすることで、この問題に取り組んだ(p. 1780)。CIK細胞はウイルスを腫瘍の内部深くまで運び、均一な感染を提供した。このウイルス感染によって、CIK細胞による腫瘍細胞の殺害が増強され、腫瘍の成長が有意に抑制された。この治療法のそれぞれの要素については、以前から抗腫瘍活性があることが示されていたが、こうした組み合わせがより効果的であることが判明したのである。(KF)
Synergistic Antitumor Effects of Immune Cell-Viral Biotherapy p. 1780-1784.

氷の相を秩序づける(Ordering Up Ice Phases)

氷は、高圧下で液体の水よりも高密度な多数の相をなす。相図の探究は現在も進行中であり、幾何学的フラストレーションにより束縛されているひとつの相から他の相への相転移を加速する方法、あるいは、工夫を見出すことによって、しばしば達成されてきた。Salzmann たち (p.1758) は、二つの無秩序相の氷である iceV と ice VI に塩酸を添加することで、それらの幾何学的フラストレーションを解放して、これまで特徴付けられていない二つの相 ice XIII と ice XIV を形成したことを示している。(Wt)
The Preparation and Structures of Hydrogen Ordered Phases of Ice p. 1758-1761.

結核感受性に光を投げかける(Shedding Light on Tuberculosis Susceptibility)

1800年代末から、太陽光によって誘発されるビタミンD合成の抗菌性効果のせいで、太陽光や他の形式の光治療が結核に対して潜在的に効果があると考えられてきた。Liuたちは、ビタミンDシグナル伝達が、単球やマクロファージにおける結核菌(MTB)への殺菌性防御のToll様受容体 (TLR)経路に貢献していることを明らかにしている(p. 1770)。細菌性リポタンパク質によるTLR2/1の活性化によって、ビタミンD受容体の発現と、ビタミンDによって誘発される抗菌ペプチドの発現上昇とMTB桿菌の殺害とを刺激するプロビタミンD前駆物質のプロセシングとが導かれる。アフリカ系アメリカ人の血清に観察される循環するプロビタミンDホルモンの低水準と殺菌性ペプチドを誘発する能力の制約とが、彼らの結核への感受性の増大に寄与している可能性がある。(KF,hE)
Toll-Like Receptor Triggering of a Vitamin D-Mediated Human Antimicrobial Response p. 1770-1773.

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