AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 31, 2006, Vol.311


昔の熱帯森林の多様性(Ancient Tropical Forest Diversity)

熱帯雨林の植物種の高い多様性がどのようにして生じたのかという疑問に対しては、地質記録中に含まれる低地熱帯雨林の種の多様性を示す化石の証拠が僅かしかないために理解が遅れていた。Jaramilloたち(p.1893)は、新熱帯区(Neotropics)における植物の多様性に関する4500万年間の時系列をこれまでにない高い精度で示している。熱帯性生態領域の大きさの変化は、局所的な熱帯多様性を引き起こす主要因である。観測された多様性パターンは再構成された世界的な温度変化に類似しており、このことは地球全体の気候が熱帯バイオーム領域の変化の媒介となっていることを示している。過去にあった気候温暖化は、熱帯に似た気候領域が増大したことで局所的な種分化を引き起こしてきた。しかし、全世界的な寒冷化は熱帯に似た気候領域を減少したことで局所的な種の絶滅を引き起こしていた。(TO,nk)
Cenozoic Plant Diversity in the Neotropics p. 1893-1896.

速く回って(Fast Spinning)

パルサーは高速回転する中性子星で、そこから放射される一対の電波ビームが旋回して地球を打つ度にピカッと光って見えるのである。過去23年間、速さの極限は最初に発見されたこの種のパルサーによるものであった。このパルサーは、642Hzで回転している。Hessels たち (p.1901, 1月12日のオンライン出版; Grindlay による展望記事を参照) は、一秒間に 716回も回転するもっとずっと速いパルサーを見出した。この極限的なパルサーは、巨大な Green Bank 望遠鏡で球状星団 Terzan 5 を探査している間に見出された。パルサーの回転速度から、その星の直径は 16km 以下と計算され、この値は重力波放射により系の回転にブレーキがかかるというメカニズムに対して制限を加えるものである。このパルサーが微弱であることから、もっと速いものが発見されることを示唆している。(Wt,nk)
A Radio Pulsar Spinning at 716 Hz p. 1901-1904.
ASTRONOMY: A Neutron Star in F-sharp p. 1876-1877.

中央部での上昇(Up in the Middle)

気象学的観測によれば過去50年間の南極半島の西側の表面温度は、地球の他のどこよりも温度上昇率が大きい。しかし、南極の他の地域で表面温度が統計的に見て顕著に変わった例はほとんど無い。最近の数十年間に若干低温化した所さえ存在する。南極対流圏の温度がどのように変わったかのデータを補完するため、Turnerたち(p. 1914) は、最近報告された1971年から2003年までのラジオゾンデデータを調べた。この期間、中部対流圏の温度は、冬期において、10年当たり0.5℃か、またはそれ以上上昇していた。この原因については依然として謎である。(Ej,hE)
Significant Warming of the Antarctic Winter Troposphere p. 1914-1917.

スマトラ沖の隆起(Uplifting Off Sumatra)

2005年3月28日の西部スマトラ列島の400キロメートルに及ぶ一帯は、マグニチュード8.7の地震によって巨大なスンダ衝上断層による亀裂が生じ、その結果壮大なテクトニック変形が生じた。Briggs たち(p.1897; および Bilhamによる展望記事参照)は、サンゴ礁の隆起測定と、その後の継続的人工衛星からの測定を統合して、この地域の変形を示す地図を作った。その結果、海溝に平行な隆起帯は2.9メートルにもなり、列島とスマトラ主島の海岸の間には1メートルの深さの窪み帯が見つかった。2つの地震の伝播を止めたと思われる障壁も見つかった。(Ej,hE)
Deformation and Slip Along the Sunda Megathrust in the Great 2005 Nias-Simeulue Earthquake p. 1897-1901.
GEOPHYSICS: Dangerous Tectonics, Fragile Buildings, and Tough Decisions p. 1873-1875.

摩擦のない回転(Frictionless Spinning)

化学系において、気相から液相への移行における基本的な変化の一つは衝突頻度の著しい増加である。溶媒分子との絶え間ない衝突により、例えば光励起による溶質分子の過剰エネルギーが急速に平衡状態になる。Moskunたち(p.1907)は、溶質が極めて激しい角運動量を与えられると、周囲の溶媒を瞬間的にわきに押しのけ、あたかも衝突のない気相環境にあるかの如くピコ秒の間回転している事を示している。アルコールや水溶液中のICN分子の紫外線光分解により、急速に回転するCNフラグメントが特異的なエネルギーを持って形成された。持続性のコヒーレントな回転が液体アルゴン中でのCNロータのシミュレーションによりよく再現され、この事は殆ど摩擦のない回転に関する初期相において、溶媒分子が何等の影響をも与えていない事を示唆している。(KU)
Rotational Coherence and a Sudden Breakdown in Linear Response Seen in Room-Temperature Liquids p. 1907-1911.

高性能の超伝導ワイヤー(High-Performance Superconducting Wires)

高温超伝導体の期待されている応用例としては、高効率の電力輸送や磁気浮上式リニアモーターカーが含まれている。しかしながら、このような応用には高磁場で大電流が流せ、しかも超伝導性を保つワイヤーが必要である。Kangたち(p.1911;Serviceによるニュース記事参照)は、可とう性の金属基板に厚い高温超伝導物質で皮膜した、いわゆる第二世代の超伝導ワイヤーを作成した。彼らは、多くの応用に対して産業界が設定している性能目標を達成している事を示している。(KU,nk)
High-Performance High-Tc Superconducting Wires p. 1911-1914.

乾燥していく河川(Drying Stream)

アフリカは旱魃に関する悲惨な結果を特に受けやすい。気候モデルによると、アフリカ大陸の北側と南側で平均年間降雨量が今世紀中に大きく減少すると予測されている。De WitとStankiewicz(p.1917,3月2日のオンライン出版)は、一連の気候変化モデルによって予測されるアフリカの総ての川と湖、及び降雨の場所に関する大陸-ワイドデータベースを用いて、このような予期される降雨量の変化が一年を通じての河川の流量にどのような影響をもたらすかを調べた。今世紀末までには、アフリカの25%の地域で河川の年間流量がかなり減少し、このことは現在も苦しんでいる人々に更なる大きな負荷をもたらすものである。(KU,nk)
Changes in Surface Water Supply Across Africa with Predicted Climate Change p. 1917-1921.

適所に注目(Highlighting the Niche)

髪、皮膚、粘膜表面、そして血液細胞の補充はすべて、少数の不活発だが専用の幹細胞により生成される代替細胞を安定的に供給することに依存している。これらの種類の幹細胞は、生物内の特定の物理的位置または適所に存在している様である。MooreとLemischka(p. 1880)はここで、幹細胞が何に似ているのか、そして幹細胞の機能をどのようにして方向付けるのかを含めて、幹細胞の適所を検討し、そして幹細胞について未解決のいくつかの疑問を調べた。(NF)
Stem Cells and Their Niches p. 1880-1885.

カポジウィルスの浸入受容体(Kaposi's Virus Entry Receptor)

カポジ肉腫-関連ヘルペスウィルス(KSHV)は、HIV/AIDSを有する患者においてしばしば見いだされ、衰弱性の生命に関わる病変を引き起こす原因となる。KaleebaとBerger(p. 1921)はここで、ヒトのシスチン/グルタミン酸輸送体(すなわち、ウイルスが標的細胞中に浸入するために必要かつ十分なウイルス用の受容体)の軽鎖であるヒトxCTを同定した。組換えxCTは、非許容性の標的細胞を、KSHV糖タンパク質-媒介性細胞融合に対してとKSHVウイルス浸入に対して感受性である様にした。そして、CTに対する抗体はもともと許容性の標的細胞へのKSHVの融合と浸入を阻害した。(NF)
Kaposi's Sarcoma-Associated Herpesvirus Fusion-Entry Receptor: Cystine Transporter xCT p. 1921-1924.

ラミンBの細胞分裂での機能(A Mitotic Function for Lamin B)

核ラミンは核膜に配列して核ラミナを形成し、それが核の構造と機能を維持するための補助となる。細胞分裂のあいだ、核ラミナはバラバラになり、そしてラミンが細胞分裂において果たす役割は、あるとしても明らかにはなっていない。Tsaiたち(p. 1887、3月16日にオンライン出版)はここで、ラミンBが紡錘体形成のために必要であることを示した。細胞抽出物中において、ラミンBはマトリクスを形成しており、それに紡錘体-集合因子(すなわち、微小管の集合を促進する因子)が結合していた。従って、ラミンBは、紡錘体の集合に関連することが知られている構造体である、いわゆる"紡錘体マトリクス"の重要な部分であるが、その分子構成は明らかになっていない。(NF)
A Mitotic Lamin B Matrix Induced by RanGTP Required for Spindle Assembly p. 1887-1893.

陽性細胞を強調(Accentuate the Positive)

サイトカインであるインターロイキン-2(IL-2)は未処置T細胞の増殖を促進するが、しかしながらいくつかの研究により、IL-2に結合する抗体が一見したところ阻害性ではあるが、CD8+記憶T細胞のサブセットの増殖を促進することが示された。このように、どういう訳かIL-2は、抑制T細胞集団を阻害し、そうでなければCD8+記憶T細胞増殖を阻害する。Boymanたち(p. 1924、2月16日にオンライン出版;PrlicとBevanによる展望記事を参照)はここで、抗体がIL-2に対して結合することにより、CD8+記憶T細胞それ自体に対するサイトカインの直接的な活性を増大することを示した。Fc受容体により提示されることを通じて、IL-2の局所レベルに焦点を合わせる免疫複合体を形成する。骨髄移植や腫瘍免疫治療などのIL-2やその他のサイトカインの操作が伴う治療において、これらの知見は考慮すべき重要事項かもしれない。(NF)
Selective Stimulation of T Cell Subsets with Antibody-Cytokine Immune Complexes p. 1924-1927.
IMMUNOLOGY: An Antibody Paradox, Resolved p. 1875-1876.

コムギを殻のそばにとどめる(Keeping the Wheat Near the Chaff)

野生の草では種が広範囲に散らばるように、かなり容易に成熟した種子を放つ傾向がある。コムギやコメ、トウモロコシ、カラスムギなどの栽培植物は種の粒をそう簡単には放たないし、実際実った種粒がいきあたりばったり地面に落ちては穀物としての価値はほとんどないであろう。Liたちは、こうした差異を説明するような推定上の転写制御因子をコードするコメの遺伝子における1つのヌクレオチド置換について記述している(p. 1936; また表紙とTannoとWillcoxによる短信参照のこと)。この遺伝子は種子と植物本体との結合部において、穀粒形成の遅い段階に発現する。 (KF,hE,nk)
Rice Domestication by Reducing Shattering p. 1936-1939.

複雑な炭水化物の作られ方(The Making of Complex Carbohydrates)

草の細胞壁は特殊なタイプの多糖体のグルカンを含んでいる点で、他の植物のそれとは異なっている。Burtonたちはこのたび、コメの(1,3;1,4)β-D-グルカン合成酵素を同定した(p. 1940; またKeegstraとWaltonによる展望記事参照のこと)。これは種子の粒に特異的なグルカンの産生にとって決定的なものである。このコメの遺伝子は、麦芽の質に影響を与えるオオムギの量的形質遺伝子座との比較によって同定された。細胞壁の背後にある複合糖質の生化学についての理解の改善によって、草を燃料、食物あるいは繊維など、特異的目的に合わせて変えることが可能になるであろう。(KF,hE)
Cellulose Synthase-Like CslF Genes Mediate the Synthesis of Cell Wall (1,3;1,4)-ß-D-Glucans p. 1940-1942.
PLANT SCIENCE: β-Glucans--Brewer's Bane, Dietician's Delight p. 1872-1873.

一列に繋がっている6個のインジウム(Six in a Row)

他の元素に比べて炭素に関する多くの異常な性質の一つは、一次元の鎖に繋げることである。Hillたち(p.1904)は、β-diketiminateリガンドがインジウムを巧妙に動かして、架橋クラスターを形成しがちなこのインジウムのより一般的な傾向と異なり、鎖を形成する事を見出した。結晶解析により、部分的にコイルに巻いた6個のインジウムセンターのつながった糸が見られ、その一つ一つにβ-diketiminateリガンドが配位し、末端がヨウ化物でキャップされている。分光測定と理論モデルではσ-結合したインジウム骨格沿って電子の非局在化に関する予備的な証拠を与えている。(KU)
A Linear Homocatenated Compound Containing Six Indium Centers p. 1904-1907.

シグナルの共有(Shared Signals)

免疫系は、古典的には、生得のものと獲得したものという用語で記述されてきたが、これら2つに分けられたものが、いくつかの基礎的な細胞プロセスおよび分子プロセスを共有しているということが次第に明らかになってきている。大まかには、この重なりは遺伝子発現および転写調節という「下流」に存在している。たとえば、転写制御因子NFκBは多数の生得的および獲得免疫応答遺伝子を活性化する。 「上流」の(膜近傍)シグナル伝達タンパク質は分離の程度はずっと大きいが、Suzukiたちは、TOLL様受容体からの生得的免疫応答のシグナル伝達に関与していることが知られている主要なタンパク質リン酸化酵素の1つであるIRAK-4もまた、T細胞受容体からのシグナル伝達を支えていることを発見した(p.1927)。つまり、IRAK-4遺伝子を欠くマウスはウイルス感染に対する獲得されたT細胞免疫の減少を示した。(KF)
A Critical Role for the Innate Immune Signaling Molecule IRAK-4 in T Cell Activation p. 1927-1932.

変異の発見(Finding Variation)

ある生物について配列決定されたゲノムを1つもつだけでは、もはやじゅうぶんではない。機能の特徴を明らかにし、多様性や進化を理解するには、非効率かつコストのかかる再配列分析の努力が必要である。Greshamたちは、酵母のゲノム全体をマイクロアレイ上に提示された参照配列と比較することで、すべての配列の差の位置を迅速に明らかにすることが出来た(p. 1932;3月9日にオンライン出版)。ゲノムはたった1つの変異しか違わない場合もあるし、3万箇所も違う場合もある。このアプローチは、特異的な形質に関連する遺伝子を同定し、かつ酵母集団の実験的進化の間に蓄積されたすべての一塩基多型を追跡するために用いられた。(KF,hE)
Genome-Wide Detection of Polymorphisms at Nucleotide Resolution with a Single DNA Microarray p. 1932-1936.

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