AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 10, 2006, Vol.311


気候変動の生態系への影響 (Ecosystem Effects of Climate Change)

今日の気候変動は、陸生生物と海洋生物の種の数の地理的な分布に影響を与えている。Grebmeierたち(p.1461)は、北ベーリング海の生態系全体における気候変動の影響を観測した。この生態系は比較的浅い海洋域を占めており、海底の豊富な餌生物の資源によって地域の住民により捕獲される海洋哺乳類や海鳥を支えている。過去この10年の間に、海洋哺乳類の個体数分布が地理的に北方へ移動していること、海底の餌生物の個体群の減少、遠洋魚(pelagic fish)の増加、海氷の縮小、大気と海洋温度の上昇が起こっている。(TO,Ej,og)
A Major Ecosystem Shift in the Northern Bering Sea p. 1461-1464.

化学反応の衝突を明らかにする(Unraveling Chemical Collisions)

気相分光学とそれに伴う理論計算が、化学反応における電子と核の分子運動の相互作用における二つの長期にわたる疑問解明に用いられた(Zareによる展望記事参照)。Yinたち(p.1443)は、ホルムアルデヒド(H2CO)のHとHCO生成物への単分子解離反応に関する電子状態の衝突を調べた。彼らの結果によると、基底状態における結合切断が高速に回転するHCOを生成し、一方励起三重項状態での解離が振動的に励起されたHCOを生じることが示唆される。Qjuたち(p.1440)は、二分子反応、即ちF原子とH2分子の衝突によるHFとHの生成反応を調べた。或る特異的な衝突エネルギーにおいて実験と理論の双方で、Feshbach共鳴と呼ばれる過渡的な複合体形成を示唆している。Feshbach共鳴では衝突するパートナーが数回振動してから生成物へと再配列する。(KU)
CHEMISTRY: Enhanced: Resonances in Reaction Dynamics p. 1383-1385.
Signatures of H2CO Photodissociation from Two Electronic States p. 1443-1446.
HF + H Reaction p. 1440-1443.

粘土と大気酸素の関係(Clay and Atmospheric Oxygen)

地球大気の酸素濃度は、新原生代において劇的にかつ永続的に増加し、その時以来高濃度を維持している。このことは、このような増加の根底にあるメカニズムには地球全体の生物地球化学的なサイクルにおけるある種の不可逆的変化が関与していたに違いない事を示唆している。Kennedyたち(p.1446,2月2日のオンライン出版;Derryによる展望記事参照)は、粘土生成のスピードが速くなった結果、有機物炭素の埋没率が増加し、その結果大気が酸素化することとなったと考えている。浅瀬の海洋環境において、粘土は有機物の埋没を促進し、有機物の酸化を遅らせる。著者たちは、この考えと新原生代における粘土堆積の増加に関する鉱物学的かつ地球化学的な証拠を用いて、低濃度酸素の大気から高濃度の大気への段階的な遷移がどのようにして起こったかを示している。(KU,og,nk,tk)
Late Precambrian Oxygenation; Inception of the Clay Mineral Factory p. 1446-1449.
ATMOSPHERIC SCIENCE: Fungi, Weathering, and the Emergence of Animals p. 1386-1387.

スカンジナビア氷床の氷河融解(Scandinavian Deglaciation)

最終氷期の末に北半球で二番目に大きな氷床であるスカンジナビア氷床は、氷期-間氷期の海洋レベルと地域的な気候変動に大きく寄与したに違いない。しかしながら、スカンジナビア氷床の崩壊の時期は殆ど知られていない。Rinterknechtたち(p.1449)は、氷河堆積物の一連の宇宙線生成核種10Be年代推定と放射性炭素年代から、中央ヨーロッパと東ヨーロッパにおけるスカンジナビア氷床の南縁における大きな変動の時期をより明確に定義した。(KU)
The Last Deglaciation of the Southeastern Sector of the Scandinavian Ice Sheet p. 1449-1452.

露出した彗星の氷(Exposed Cometary Ice)

氷を含む堆積物の露頭が、comet 9P/Tempel 1 の表面で見出された。Deep Impact探査機に搭載されたカメラを用いて Sunshine たちにより得られた画像は(p. 1453,2月2日のオンライン出版) 、表面の他の部分より青いいくつかのまだら模様を示している。赤外スペクトルにおける吸収特性は、これらの斑点における氷の存在を確かなものとしており、数十μmサイズの粒子の集合体の形で存在していることを示唆している。その堆積物は比較的多くの不純物を有し、ほんの数パーセントの氷を含んでいるだけである。これらは、面積的にはあまりにも小さく、核からの気体として放出される水蒸気の主要な源とはなりえない。(Wt,tk)
Exposed Water Ice Deposits on the Surface of Comet 9P/Tempel 1 p. 1453-1455.

げっ歯哺乳類の復活(Rodent Resurrection)

新種のげっ歯哺乳類Laonastesが昨年発見され、このげっ歯哺乳類が現存する哺乳動物とは異なる全く新しいファミリー(科)であると主張された事から大きな関心を集めた。Dawsonたち(p.1456)は、このげっ歯哺乳類とアジアの漸新世と中新世の今は絶滅したげっ歯哺乳類のグループDiatomyidaeと比較した。新しい化石の中新世のDiatomyidとLaonastesの解剖学的な比較により、Laonastesが実際にはこの「絶滅した」クレードの生存メンバーである事が明らかになった。それ故に、Laonastesは既に1千万年以上前に絶滅したと考えられていた哺乳動物のクレードを「復活させる」ものである。(KU,hE,og)
Laonastes and the "Lazarus Effect" in Recent Mammals p. 1456-1458.

侵入者の連鎖反応(Invasive Chain Reaction)

外来種による生物学的な侵入は自然界の生物多様性に対する脅威であり、莫大なる金銭上のコストを必要とする。広範囲に渡る生態に関するフィールド研究の展望解析(meta-analysis)から、Parkerたち(p.1459)は、侵入外来植物種は共進化草食動物(天敵)がいないために帰化した土地において問題となるというこの仮説に取り組んだ。実はそうではなく、侵入したコミュニティー中にいる草食動物が、侵入外来植物種の本来的な土地におけるこの植物の天敵以上にこの侵入者を撃退する。植物は新しい草食動物に極めて敏感であることを示唆している。同じ根拠により、導入された草食動物は、共進化植物を含めて導入された植物に対するよりも侵入した土地の従来植物種により厳しいものとなる。かくして、従来種を外来の草食動物に置き換える事は、とりもなおさず外来植物種といった別のものの侵入を容易にし、侵入連鎖反応(meltdown)のトリガーとなる(KU)
Opposing Effects of Native and Exotic Herbivores on Plant Invasions p. 1459-1461.

呼吸におけるレドックスステージ(Redox Stages in Respiration)

バクテリアとミトコンドリアにおいて、膜の複合体内部のフラビン補助因子は還元当量を受けて、そのエネルギーの一部をプロトン勾配に変換し、キノリンキャリアーを通して他の膜結合酵素へと電子を送る。SazanovとHinchliffe(p.1430、2月9日のオンライン出版)は、高度好熱菌由来の呼吸複合体の8個のサブユニットからなる親水性部分(膜の外側部分)の結晶構造を記述し、更にフラビンと9個の鉄-イオウクラスターの環境に関して記述している。これらの環境が、ジヒドロニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(NADH)結合サイトから複合体の疎水性(プロトン-ポンピング)領域へ電子を輸送している。彼らは、最も外側のクラスターがフラビンから第2の電子を受け取り、これが潜在的に有害な反応性の酸素種の発生を抑えるのに役立っていると提案している。(KU,hE)
Structure of the Hydrophilic Domain of Respiratory Complex I from Thermus thermophilus p. 1430-1436.

Nisinの環を閉じる(Closing Nisin's Rings)

食物の防腐剤として広く利用されている抗菌ペプチドのNisinは、チオエーテル構造を特徴とするランチビオティックス(lantibiotics)(ランチオニンおよび類似の特異な修飾アミノ酸を含むペプチド抗生物質の総称)として知られている翻訳後に修飾されたペプチドである。Nisinは酵素NisCによって形成される大きさの異なる5つのチオエーテル環を含んでいる。Liたち(p. 1464; Christiansonによる展望記事も参照)は、Nisin環化プロセスを実験で再構成し、NisC酵素の構造をx-線で結晶構造解析した。NisCは構造的には哺乳類のファルネシル転移酵素に類似しており、活性部位の亜鉛イオンによって求核性のシステイン残基を、環化プロセス中にて活性化する。(Ej,hE)
Structure and Mechanism of the Lantibiotic Cyclase Involved in Nisin Biosynthesis p. 1464-1467.
BIOCHEMISTRY: Five Golden Rings p. 1382-1383.

ポリグルタミン病のタンパク質フォールディングについての広範な問題点?(Global Problems in Protein Folding in Polyglutamine Diseases? )

ポリグルタミン病、つまり、トリヌクレオチドリピート病については、見かけ上無関係のメカニズムがいろいろ提案されてきており、その中には3型脊髄小脳失調症も入っている。これらのメカニズムには更に、転写、タンパク質分解、ミトコンドリア機能、およびアポトーシスの活性化の調整障害(disregulation)も含まれている。Gidalevitz たち(p. 1471,2月9日オンライン出版、および、Batesによる展望記事も参照)は、遺伝学的観点からこれを研究し、線虫(Caenorhabditis elegans)でのポリグルタミンの増加(polyglutamine expansion)によってタンパク質フォールディングの広範な混乱を引起すことを見出した。この進行性のタンパク質のフォールディング障害は、コンフォメーションに起因する病気に影響する多数の細胞経路に対する説明を与えていると思われる。(Ej,hE)
Progressive Disruption of Cellular Protein Folding in Models of Polyglutamine Diseases p. 1471-1474.
BIOMEDICINE: One Misfolded Protein Allows Others to Sneak By p. 1385-1386.

予防は治療より安くつく(Prevention Is Cheaper Than Treatment)

エイズの流行に対抗する戦略の中において、治療法とそのコストが強調されている。Stover たち(p. 1474, 2月2日オンライン出版)はUNAIDS/WHO(国連合同エイズ計画(UNAIDS)と世界保健機関(WHO)が毎年世界エイズデーの前に発表している「HIV/AIDS最新情報2005年版」)の報告を元に、エイズ予防のコストの効果について評価した。彼らの計算によると、125の低・中収入国において性的感染とドラッグ使用者の注射による感染の15項目の予防処置が採られるならば、2005年から2015年の間に、大体3,000万人の新患者が防止できるであろう。この感染防止策は見方を変えると、治療と看護が少なくて済む分、大きなコスト削減となることを示している。(Ej,hE)
The Global Impact of Scaling Up HIV/AIDS Prevention Programs in Low- and Middle-Income Countries p. 1474-1476.

匂いの混合(Mixing Scents)

匂いは、脳の高次処理領域ではどのように表現されているのだろうか? ZouとBuckは2種類の匂い物質の混合物と個々の成分に対する、マウス嗅覚の皮質性ニューロンの応答を比較した(p. 1477)。彼らは、個々の匂いと混合物に応答する際の、同じマウスの前側梨状皮質のニューロン活性をモニターした。用いた技術により、著者たちは時間的に分離された2つの体験に応答する際のニューロン活性をモニターすることができた。この結果は、嗅覚の皮質性ニューロンは複数の嗅覚受容体から集まってくる収束性の入力を受け取ること、また或る部分集団が活性化のためにこのような収束性入力を必要とすることを示唆している。即ち、皮質のニューロンの活性化には複数の受容体の入力を必要とし、この信号の併合によって単独の信号以上の新規な受容体の組み合わせが生じる。このことから、複数の匂いが混じると、人間にとって新規な匂いが知覚されるかが理解できる。(KF,Ej)
Combinatorial Effects of Odorant Mixes in Olfactory Cortex p. 1477-1481.

電子移動へのプロトンの押し出し((Pushy Protons)

二酸化チタン半導体とその誘導体は、水から水素を生成する光触媒として盛んに研究されている。液体と固体間の界面における複雑なダイナミックスをモデル化するために、Liたち(p. 1436)はメタノールで被覆されたTiO2に光を照射して過渡的な溶媒和電子を形成し、バルクなTiO2へ戻る際のその緩和現象を2光子光電子放射分光学で観察した。電子の動きはメタノールの核の動きと結び付いており、CH3OHに比べてCH3ODで電子の寿命が延びている。 密度関数を用いた計算によると、集光性タンパク質に見出される電荷移動メカニズムに類似した方法で、TiO2への電子のバック移動においてプロトンと結合したメカニズムが示唆される。(hk,Ej)
Ultrafast Interfacial Proton-Coupled Electron Transfer p. 1436-1440.

分子モーターを一緒に働かす(Making Molecular Motors Work Together)

モータータンパク質間の協同によって、単一のモータータンパク質だけでは不可能な生理機能が可能になる。しかし、協同がどのようにして機能に至るかの研究はチャレンジングなものである。Diehlたちは、人工的タンパク質の細菌性発現を用いたモデルシステムを工学的に作り上げることで、キネシンモーターを構築する重合体骨格を産生した(p. 1468)。彼らは次に、モーターの数やモーター間の距離、弾性結合の性質を制御した。微小管のずれ速度(gliding velocities)は、組織化されないモーターの集まりとは対照的に、複数モーターによって組み立てられた構造では増加したが、骨格の弾性には影響されなかった。(KF)
Engineering Cooperativity in Biomotor-Protein Assemblies p. 1468-1471.

遺伝子相互作用マップの拡張(Extending Genetic Interaction Maps)

酵母やショウジョウバエに対しては洗練された遺伝子相互作用マップが入手可能だが、より高等な生物に対して完全な高品位のデータを見つけるのは難しい。ZhongとSternbergは異種間のデータ統合のための計算的アプローチを開発し、それを用いて線虫の遺伝子の相互作用マップを作り出した(p. 1481; またEddyによる展望記事参照のこと)。彼らの予測の頑健さをテストするため、RNA干渉解析を用いて、let-60およびitr-1に対して予測された新規の相互作用が検証された。(KF)
Genome-Wide Prediction of C. elegans Genetic Interactions p. 1481-1484.
GENETICS: Total Information Awareness for Worm Genetics p. 1381-1382.

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