AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 3, 2006, Vol.311


凍らせて圧縮する(Freeze and Squeeze)

太陽系の中型から大型の外惑星の衛星の上部マントルの主要成分は氷であるが、これら天体の熱の流れをモデル化するためには、応力に応じて高圧で形成される氷の相がどのような状態になるのかを理解することが必要である。Kuboたち(p. 1267; およびSammondsによる展望記事参照)は、 低温での実験を行い、通常の氷を温度220K以下、圧力300Mパスカルに圧縮して生じるアイスIIの微結晶を支配する微細構造の変形メカニズムを研究した。低歪状態で、著者たちはクリープのメカニズムが粒径に敏感に依存することを見つけ、粒径が40マイクロメートルから6マイクロメートルにかけて、氷の強度が急激に弱くなることを見つけた。(Ej,hE,Ym,nk)
Grain Size-Sensitive Creep in Ice II p. 1267-1269.
PLANETARY SCIENCE: Creep and Flow on the Icy Moons of the Outer Planets p. 1250-1251.

シナプスのスタルガジン(Synaptic Stargazin)

AMPAサブタイプグルタミン酸受容体のファミリーは、正常な興奮性シナプス伝達において重要な役割を果たしており、そして可塑性のシナプス変化にも大きく関与している。最近、タンパク質スタルガジン(stargazin)に代表される相同的な低分子膜貫通型AMPA受容体制御タンパク質(TARP)のファミリーが、AMPA受容体の輸送を制御しそして天然のAMPA受容体のゲート開閉を決定していることが明らかにされた。Nicollたち(p. 1253)は、正常なシナプス伝達の過程とシナプス可塑性の誘導過程で、TARPがどのようにAMPA受容体を調節しているのかについて概説している。(NF)
Auxiliary Subunits Assist AMPA-Type Glutamate Receptors p. 1253-1256.

脂肪を合成する2つの方法(Two Ways to Make the Fat)

脂肪酸の生合成は中心的な代謝経路であり、そこでは反復的な一連の反応で2個の炭素ユニットを付加することにより長鎖炭化水素鎖を構築する。(表紙およびSmithによる展望記事を参照)。Maierたち(p. 1258)およびJenniたち(p. 1263)は、対応する細菌の酵素由来の相同的な触媒ドメインを4.5Åまたは5.0Åの電子密度図に合わせることにより、哺乳動物と真菌の脂肪酸合成酵素複合体の詳細な図を提示した。驚くべきことに、7箇所の機能ドメインが完全に異なる方法で配置されている。哺乳動物の複合体は、付加反応の各ラウンドのあいだ、腕が上方と下方に曲がる"X"の形状に似ていた。真菌の酵素は、上半分と下半分に別個の反応部位を有する"卵"の様な形をしていた。(NF)
STRUCTURAL BIOLOGY: Architectural Options for a Fatty Acid Synthase p. 1251-1252.
Architecture of Mammalian Fatty Acid Synthase at 4.5 Å Resolution p. 1258-1262.
Architecture of a Fungal Fatty Acid Synthase at 5 Å Resolution p. 1263-1267.

巨大電熱効果

エネルギー効率を改善する一つの手は廃熱を利用することであり、電熱特性をもつ物質が原理的に廃熱を冷却パワーに変える。電熱効果をもつ物質に電圧を印加すると、その温度が下がることは何十年も前から知られていたが、これらの物質の電熱効果は大変小さいので製品への適用はできなかった。Mischenkoたち(p. 1270)は今回、ペロブスカイトの薄膜材料が、他の材料で従来見つけられていたよりおおよそ二桁大きい電熱効果を持つことを示している。(hk)
Giant Electrocaloric Effect in Thin-Film PbZr0.95Ti0.05O3 p. 1270-1271.

不整合から規則性へ(Order Out of Misfits)

欠陥に関する安定な自己組織化配列の要因は、欠陥の位置に関する熱的な揺らぎの解析によって決定される。Thuermerたち(p.1272)は様々な温度での時系列のトンネル効果顕微鏡画像を用いて、Ru(0001)表面での部分的な銀の単層中におけるイオウ起因の六方晶空孔子点のアレーを再調査した。隣接した島状構造が二つの島を結ぶラインに対して平行と垂直方向にどのように揺らいでいるかという解析により、島-島の結合に作用しているスチフネスと復元力が決定できる。このアレーの安定性は、自己組織化のプロセスの過程で生じる薄膜内の不整合な転位の配列により決定される。(KU)
Surface Self-Organization Caused by Dislocation Networks p. 1272-1274.

堅固な貴金属の窒化物(Hard Noble Nitrides)

最近、白金窒化物が高圧・高温下で合成され、大きな体積弾性率を示す事が知られたが、この化合物の構造は不明であった。Crowhurstたち(p.1275)は、この化合物が化学量論的にはPtN2であり、黄鉄鉱の構造に似ている事を報告している。似たような条件下で、彼らは復元力の高いイリジウムの窒化物を合成した。似たような化学量論的な化合物にもかかわらず、構造対称性ははるかに低い。(KU)
Synthesis and Characterization of the Nitrides of Platinum and Iridium p. 1275-1278.

壁に書かれた古代文字(Early Writing on the Walls)

新世界における文字は、南北アメリカ大陸のオルメカ文明、あるいはさらに広くはオアハカ文明近くにおいて現れたと考えられている。この地域では紀元前約300年頃までには、はっきりとした証拠が見つかっている。さらにいくつかの発見から、文字の起源は更に1〜3世紀遡ることを示唆するものが見つかっている。いくつかそれらしきものを別として、不可解なことにマヤ廃墟では、明瞭な文字は随分あとの年代の物しか見つからなかった。Saturnoたち(p.1281;1月5日オンライン出版、Houstonによる展望記事参照)は、紀元前200年から300年の間に建立されたマヤ寺院の奥深くにある部屋から見つかった一連の象形文字について報告している。マヤ地域において、文字はメソアメリカの他の場所でも広く現れた時とほぼ同時期に現れたと推測される。(TO,Ej,nk)
Early Maya Writing at San Bartolo, Guatemala p. 1281-1283.
ANTHROPOLOGY: An Example of Preclassic Mayan Writing? p. 1249-1250.

生命の樹の枝分かれを見いだす(Finding Branches of the Tree of Life)

分子ネットワークからの器官系の発生や生物体間の関連などから、進化がいかにして起きているかを理解するには、何らかの枠組みが必要である。Ciccarelliたちはゲノム情報を用いて、簡単に自動的に作れ、アップデートもできる木構造を構築した(p. 1283)。彼らは、相同分子種が曖昧さなく同定できている191の種に普遍的に存在している36個の遺伝子から始めた。重要な要素は、明らかな横からの遺伝子移入効果を同定し除去する手順であった。このオープンソースの資源を用いて、著者たちは、系統発生の関連性を確認し、現代の細菌の祖先についての仮説を進めている。(KF)
Toward Automatic Reconstruction of a Highly Resolved Tree of Life p. 1283-1287.

MAPKシグナル伝達、その1〜発生(MAPK Signaling 1: Development)

Cardio-facio-cutaneous(CFC)症候群は、特徴的な容貌、皮膚異常、心臓欠損、および成長遅延を特徴とする珍しい疾患である。Rodriguez-Vicianaたち(p.1287、1月26日にオンラインで出版)は、この疾患が、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)シグナル伝達経路の構成要素をコードする遺伝子の後天的な変異により引き起こされることを示した。研究対象となった23人の患者の約90%が、BRAF遺伝子、MEK1遺伝子、またはMEK2遺伝子中にミスセンス変異を保有し、それにより対応するタンパク質が機能的に変化していた。この知見により、ヒトの発生におけるMAPK経路の役割の重要性が明らかになり、CFC症候群の分子診断用ツールが提供される。(NF)
Germline Mutations in Genes Within the MAPK Pathway Cause Cardio-facio-cutaneous Syndrome p. 1287-1290.

MAPKシグナル伝達、その2〜回復(MAPK Signaling 2: Reversible Rescue)

触媒欠損変異酵素の化学的な回復は、これまで、酵素の機能をin vitroで研究するための生産的なアプローチであったが、この技術をin vivoにて適用することは、これまでのところ限定的にしか成功していない。Qiaoたち(p.1293)は低分子イミダゾールを使用して、生細胞中のタンパク質チロシンキナーゼSrcを迅速にかつ可逆的に回復させた。この研究から、いくつかの新規なSrc基質の同定を含めて、MAPキナーゼシグナル伝達経路についての知見が得られる。細胞のシグナル伝達研究用の有用なツールであることに加えて、疾患-関連変異酵素を回復させる低分子は、潜在的な治療用途を有する可能性がある。(NF)
Chemical Rescue of a Mutant Enzyme in Living Cells p. 1293-1297.

軸索のアナログ信号伝達(Analog Axonal Signaling)

神経細胞内の電気信号の伝達についての伝統的説明では、デジタル信号(活動電位)とアナログ(徐々に変化する)信号とを区別してきた。哺乳類では、アナログ信号は光受容器、双極細胞のような一次感覚系だけに生じると考えられてきた。脳は樹状突起からの入力を軸索終端へと仲介するのにデジタルな活動電位を利用していると考えられてきた。AlleとGeigerは、これが間違っている可能性があると、即ちアナログ信号の伝達が脳の中心においても軸索によって用いられていることを示唆している(p. 1290)。それらの記録は、樹状突起電位がはるばる軸索終端まで受動的に伝達されていることを実証し、興奮性のシナプス後信号がアナログのシナプス前信号によって変調されていることを示している。(KF)
Combined Analog and Action Potential Coding in Hippocampal Mossy Fibers p. 1290-1293.

人にしてもらいたいことを、してあげなさい(Do As You Would Be Done By)

近親者に助けを貸すことは、進化の理論にうまく適合している。無関係の個体に対して同様に振る舞うことは説明がずっと難しいことだが、少なくともヒトにおいては、疑う余地なく生じていることである(Silkによる展望記事参照のこと)。では、いかにして潜在的なパートナーと協力するかどうか決めているのだろうか?Melisたちは、協力がヒトだけに固有のものかどうかを問うた(p. 1297)。彼らは、2つの状況下で、チンパンジーが難しいタスクを解く助けを求めてパートナーを招いたこと、また彼らがより熟達したパートナーを好むこと、を見いだした。WarnekenとTomaselloは、ヒトの乳児と若いチンパンジーに対して、被験者が報酬なしに助けとなる行為にコミットする機会を与えられるような、対応する状況をテストした(p. 1301)。乳児は、本をパイル状に積み上げたり、本をキャビネットの棚に置くなどのタスクで初めて見た人を手助けするのに積極的であり、チンパンジーもまた、利他主義に関する同様の能力を限られた範囲で示した。(KF)
BEHAVIOR: Who Are More Helpful, Humans or Chimpanzees? p. 1248-1249.
Chimpanzees Recruit the Best Collaborators p. 1297-1300.
Altruistic Helping in Human Infants and Young Chimpanzees p. 1301-1303.

ペルオキシ五角形(Peroxy Pentagon)

ヒドロペルオキシラジカル(HO2) は、広範な大気中プロセスや燃焼のプロセスに関係する短寿命の中間体である。大気中で豊富な水分が与えられた場合、反応モデルにおいては、HO2-水 の複合体が仮定されてきたが、それらは決定的な検知にはいたっていない。Suma たち (p.1278) はマイクロ波回転分光計を用いて、HO2-H2O 複合体を特徴付けを行った。彼らのデータは、水の OH グループが平面形状の OOH に水素結合した五角形の幾何形状を支持しており、大気中にその複合体の存在を探索するための分光学的特徴を与えている。理論モデルとの比較により、結合エネルギーはモルあたり ほぼ10 kcal にもかかわらず、不対電子はペルオキシ部分に局在したままであることを示唆している。(Wt)
The Rotational Spectrum of the Water-Hydroperoxy Radical (H2O-HO2) Complex p. 1278-1281.

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