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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science April 6, 2001, Vol.292
圧力下の超伝導(Superconductors Under Pressure)
二ホウ化マグネシウム(MgB
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)は金属が超伝導状態を維持出来ると考えられ ていた温度より高い40Kで超伝導を示す。この発見によって、この予想以上に高い遷移 温度Tcのメカニズムの解明を目指した数々の研究が触発されている。Monteverdeたちは (p. 75、Campbellの展望記事も参照)、MgB
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の電気抵抗が圧力と温度に依存 することを報告している。彼らは、Tcが圧力に依存して単調に減少するが、試料によっ ては放物線的に減少したり、線形に減少したりすることを報告している。圧力下での減 少率は、通常の超伝導よりも大きいし、熱による活性化現象もあることから、セラミッ ク系超伝導物質である高温Tcの銅塩と類似性が推測される。(Na)
ポリマーに閉じ込められた吐息の形(Breath Figures Caught in Polymers)
ナノポーラス高分子はお互いに不溶性のポリマー鎖を結合し、ナノスケールで相分離する ダイブロック(diblock)共重合体からつくられる。このナノポーラスポリマーは、また 、固体のコロイド粒子を用いて物理的に型どられて作ることもできる。Srinivasaraoたち (p.79)は、更に簡単なプロセスを用いてつくられることを示している。彼らは揮発性の溶 媒に溶解したポリスチレンの薄膜に湿った空気を流した。吐息のような湿度を持った空気 流によって、蒸発冷却と凝縮水滴の細密六方晶の多層格子が形成され、その結果、球状空 気泡の個体ポリマーフィルムができる。これら気泡の次元数は、表面上の空気流を変える だけで制御することができる。これら3次元的に整列したマクロポーラスな物質サイズが 可視光に近い場合は,フォトニックバンドギャップや光学的ストップバンドとして興味あ るものとなる。(KU)
火山下のマグマ(Monitoring Magma Under a Volcano)
北海道の北西部にある活動的な層状火山円錐丘(strata cone)である有珠山から放出さ れるガスは、地表下のマグマの流れを知る糸口を見つけるために、数年間モニターされ てきた。Hernandezたち(p.83)は、2000年3月に起こった有珠山噴火の約6ヶ月前にに炭 酸ガスの放出量が大きく増加し、噴火の3ヶ月後には急減したことを計測した。それら のデータと同位体の計測と地震波の観測とを合わせることで、彼らはマグマでのガスの 移動は、時間のかかる拡散でなく、マグマの運動に伴う直接の移流(advective)が主な プロセスであると結論付けた。(TO,Nk)
光を逆に曲げる(Bending Light the “Wrong” Way)
コップの水に突っ込んだ鉛筆が曲がって見える現象は、空気中と水中における光の異な る速度を反映している。そしてこの相異は屈折率によって表現されている。 たいてい の物質において、光の誘電率と透磁率に影響する屈折率の成分は、誘電率と透磁率とも 正である。 最近の研究は、両者(誘電率εと透磁率μ、すなわち、実数部、虚数部 )の成分が負となるように物質を調製できることを示している。 マイクロ波帯での動 作において、Shelbyたち(p. 77; Wiltshireによる展望参照)はこのような“左ききの ”物質の直接実験的検証として散乱データを示している。(hk,Nk)
熱帯の結びつき(Tropical Connection)
北大西洋の温帯は、海表面温度(SST:sea surface temperature)や気圧パターンが 、1950年の前後ではっきりと異なっている地域である。これらの変化は、北半球の地表 面温度、ヨーロッパや中東地域における気候パターン、さらに海洋と陸上生態系などの 変動の傾向に反映されている。Hoerlingたち(p.90)は、1950年以来の北大西洋気候の変 化とそれに付随していた降水量や温暖化作用の変化とが、太平洋やインド洋における熱 帯海水温度の上昇が引き起こしたという証拠を示した。(TO,Nk)
AIDSワクチンに向けての進展(Progress Toward an AIDS Vaccine
AIDSウイルスを抗体によって中和しようと試みた多くのワクチンは、うまく成功してこ なかった。別のやり方として、そうしたやり方の代わりに、広範な細胞性免疫を付与す るワクチンを生み出そうという試みがある。Amaraたちは、アカゲザルのマカクザルに 、複数のHIVタンパク質に基づいたDNAワクチンを接種し、それに続けて組換え型の弱毒 化したワクシニアウイルスを追加投与すると、マカクザルは病原性の免疫不全ウイルス から保護される、ということを示している(p. 69)。ウイルスによるチャレンジは追加 投与後7ヵ月目、免疫反応がもとの水準まで減退し、粘膜性のものとなった時期に行わ れたが、このようにすることで自然な感染でよくある状況を模倣したのである。ワクチ ンは、感染は防がなかったが、AIDSの発症からは保護したのである。ウイルスのRNAは 血漿1ミリリットルあたり1000コピー以下に抑えられ、CD4細胞の損失は見られず、リン パ節の構造は維持されていたのである。(KF)
インドを出て(Out of India)
インド陸塊はマダガスカルから白亜紀に分離して以来、第3紀にアジアに衝突するまで は、インド洋を北西方向に漂って行く島であった。動物学的証拠によれば、現代の陸棲 脊椎動物は、インドが孤立していたころの古代群から、デカン溶岩の流出した過去2億 年の時代を生き延び、インドがアジアに併合した後に分散したものであると思われる。 Bossuyt と Milinkovitch (p. 93)はranid frog(アカガエル科)の系統発生を分子的 に解析し、この仮説が成り立つことを示した。現在、南部インド固有のいくつかのカエ ルの系統は、インド衝突以前に分散し、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカにいる少なく とも他の3種もそうである。(Ej)
パンダ公園の危機(Panda Park Perils)
中国南西部の雲南自然保護区は25年前には、ジャイアントパンダの保護からははずされ ていたが、野生パンダの生息地域の10分の1に当たる200,000ヘクタールの保護地域が用 意された。Liuたち(p. 92)は、保護地域の設立前と,後とを衛星画像によって植生変化 を記録し、それと周辺非保護地域とのパターンの違いを比較した。その結果、保護宣言 がなされた後,人間活動の増加に伴いパンダの生息地域が劣化、および、断片化したこ とを観察した。(Ej,hE)
変化のもと(Seeds of Change)
植物が実を結ぶ際の変化を観察することにより、環境の影響力について多くのことを学 ぶことができる。小数の“要石(キーストーン)”となる種が、それらのもともとの生 態系の機能に重要な役割を果たしている場合がある。合衆国にあるチワワ砂漠のカンガ ルーネズミが適例である。ErnestとBrown(p. 101;Bondによる展望記事を参照)は 、実験的にカンガルーネズミを取り除いた場合に穀食性の砂漠のげっ歯類がどのように 反応するかについて記録した20年間のデータ集合を使用した。彼らは、げっ歯類のコミ ュニティを介するエネルギーの流れに重大でかつ持続的な減少が生じることを、詳細に 記録している。より小さなげっ歯類では(カンガルーラットでは利用できていた植物を )利用することができず、そして以前はまばらにあった大きな実のなる植物がより小さ な実のなる植物に置き換わり始めた。18年間経った後に新しくげっ歯類の種が調査区域 に住みついた場合にのみ、対照調査区域でのエネルギー利用にほぼ近づいた。人為的に 改変された世界的な変化の潜在的な影響を探るため、大気中のCO
2
濃度に反 応する植物成長パラメータにおける変化について、近年多くのことが調べられている 。テーダマツ(loblolly pine)の森における3年間の実験において、LaDeauと Clark(p. 95;Tangleyによるニュース記事を参照)は、CO
2
の増加に反応 して種子の産生が大きく、急速にそして持続的に増加し、さらに生殖成熟の開始が早ま ることを見出した。森の構成は、CO
2
が増加するのに対して種が様々に反応 する結果として、大きな変化を経る場合がある。(NF)
実りあるオールド・エイジのショウジョウバエ(Fruit Flies at a Ripe Old Age)
寿命は、一部、生物の遺伝子構成により調節されている。線虫のCaenorhabditis elegansにおいて、通常は不活性の冬眠様生活段階を制御しているdaf経路において変異 が生じることにより、劇的に寿命を伸ばすことができる。daf経路は、高等生物におけ るインスリン経路と類似しており、カロリー制限によりげっ歯類の寿命を伸ばす能力と 興味深い関連性を有している。ショウジョウバエのインスリン様経路における遺伝子変 異により、Tatarたち(p. 107)およびClancyたち(p. 104)は、寿命の調節における この経路のかかわりについて一般化している。InR遺伝子(哺乳類インスリン受容体お よびdaf-2遺伝子と相同 な遺伝子)の変異により、85%伸び、chico(インスリン受容体基質)の変異により寿 命が52%伸びた。したがって、インスリン様シグナル経路および生物体代謝活性のその 調節は、幅広い種における加齢速度を一般的に制御しているようである(4月5日の Science Express中の、StraussとFabrizioによるニュース記事を参照)。(NF)
染色質コードの解読(Cracking the Chromatin Code)
ヒストンタンパク質のアミノ末端の尾部における共有結合の修飾は、遺伝子転写や DNA複製と修復のような過程に親密に関与する高次の染色質構造の特異化に関与すると 考えられている。例えば、異質染色質は遺伝子発現のサイレンシングに重要な役割をは たしている。Clr4というタンパク質は、異質染色質の形成に関与することが示唆され 、ヒストンH3尾部のリジン-9残基をメチル化できる。Nakayamaたち(p 110; Bergerによ る展望記事参照)は、Clr4指導のヒストンH3メチル化は、生体内の異質染色質構築に相 当するがことを示しているが、これは後成的サイレンシングにおけるClr4の役割と一致 している。H3のメチル化は、ショウジョウバエ異質染色質タンパク質1の同族体である Swi6の局在化をもたらす。更に、ヒストンH3特異的脱アセチラーゼであるClr3も、H3メ チル化とSwi6局在化と異質染色質形成に必要であることは、染色質構造の設立のための ヒストン修飾"コード"が存在するという仮説を支持している。(An)
社会の中のクローン(Clones in the Community)
黄色ブドウ球菌は、一般のヒト病原体であり、主要な公衆衛生問題であるが、この細菌 を 保有する人のほとんどには症状が表れない。Dayたち(p 114;Lipsitchによる展望記事参 照)は、限定された地域のヒトの間に循環する黄色ブドウ球菌の特異的な先祖遺伝形質 が重症の疾病の原因である場合が不釣り合いに多いことを発見した。疾病の激増がなく ても、過病原性クローンが大量に存在することは、黄色ブドウ球菌のクローンの伝播を 促進する因子が細菌の病原性も促進することを示唆している。より少ない単離物中にお ける病原性損失は、祖先でいつかにおきた組換えの結果のようである。(An)
源流において問題に取り組む(Attacking a Problem at the Source)
化学肥料のように環境の意図的な窒素の付与は、特に一次生産が窒素‐有限である陸生 の生態系に重要な衝撃を与える。このような環境において、窒素がどのように循環して いるのか、人類がもたらす窒素遊離のインパクトを評価する本質的なところの理解は 、生態系のもつ非常な複雑性のため遅れていた。Petersonたち(p.86)は合衆国を流れる あらゆる川で、安定な窒素同位元素トレーサ方法を適用してこの問題の重要な部分に取 り組んでいる。彼らは源流の川が、水化学の調整に特に重要な役割を果していることを 見い出した。(KU)
HIV-1のRNA編集、超変異、そしてエラーを起こしやすい逆転写(HIV-1 RNA Editing, Hypermutation, and Error-Prone Reverse Transcription)
ウイルスを生み出す細胞におけるヒト免疫不全症ウイルス1型(HIV-1)転写物を調べて 、Bouraraたちは、転写後のRNA編集に帰すると彼らが考える、シトシンからウラニルへ (C-to-U)、またグアニンからアデニンへ(G-to-A)の変化を観察した(2000年9月1日号の 報告, p. 1564)。Berkhoutたちはコメントを寄せて、Bouraraたちによって観察された 部位181におけるG-to-Aイベントに焦点を絞って、観察された変化のうちのあるものは 「今まで知られている編集機構では...簡単には説明がつかない」と論じ、エラーを起 こしやすいHIV-1逆転写に基づく「別の機構のモデル」によってその変化を説明するこ とを提唱している。ArayaとLitvakは、これに応えて、Berkhoutたちのモデルは、低い 累積確率のイベントが複数必要とするので、蓋然性がないと示唆している。彼らはさら に、変化は「転写-形質転換受容性プロウイルスによって生じた転写物」にのみ観察さ れ、プロウイルス配列そのものには生じていない、という事実は転写後のRNA編集が原 因であるということを強く支持する、と論じている。これらコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/292/5514/7a
で読むことができる 。(KF)
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