AbstractClub
- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
[インデックス]
[前の号]
[次の号]
Science March 30, 2001, Vol.291
ボソンがフェルミ気体の冷却を促進する(Bosons Help Cool Fermi Gases)
ボソンからなる原子気体の蒸発冷却は、最も熱い原子を次第に取り除く手法であるが 、それは、ボーズ-アインシュタイン凝縮物質を形成するうえで効果的で広く用いられ ている方法である。しかしながら、フェルミ気体では、同一のフェルミオン同士の衝突 は禁止されているため、異なるスピン状態にある二つのフェルミ気体の混合のような新 しい工夫が、フェルミ凝縮物質を作るのに用いられてきた。Truscottたち (p.2570; O’HaraとThomasによる展望記事を参照のこと) は、ボソン-フェルミオン混合物質から 量子力学的に縮退したボーズ凝縮物質およびフェルミ凝縮物質を作り出した。 sympathetic coolingと呼ばれるプロセスであるボソンとの弾性衝突により、フェルミ オンから熱は取り去られる。彼らは、二つのタイプの気体に関する異なる統計的振舞を 実際に可視化しうることを示している。(Wt)
結合形成の精密地図を作る(Mapping Out Bond Formation)
いくつかの原子間力顕微鏡(AFM)による研究によって、化学結合の破断に必要な力が決定 されてきた。Lantzたち (p.2580; de Lozanneによる展望記事を参照のこと)は、低温高分 解能AFMを用いて、ある表面における化学結合の形成における、距離に対する力の変化の マッピングを行なった。彼らは、シリコンSi(111) 7 x 7に再構成された表面上のさまざ まな吸着サイトと、シリコン(Si)の先端における単一原子との相互作用に関する原子レベ ルの分解能を有する研究を行なったが、その研究は表面からの距離に対する化学的な近距 離力の変化を定めることを可能にした。(Wt)
タルシス高地と滝(Tharsis Rise and Water Fall)
火星のタルシス高地は厚い地殻と標高の高い地勢の多量の火山性噴出物からなる地域で あり、ここには太陽系最大の火山であるオリンパス山が存在する。Phillipsたち (p. 2587)は、火星グロ−バルサーヴェイヤー探査機のデータと整合性があるような火星全 体のジオイドや地勢を基に、タルシス高地の局地質量の負荷がどのような効果を及ぼす かについてモデル化した。その結果、リング状の負の重力異常やタルシス高地の周りの 窪地を含む、火星全体の形状や、長い波長の重力場の存在を説明できた。また、タルシ ス高地は 40〜36億年前に形成され、そこに存在する峡谷網の約半分は水の作用を受け ているらしい。火山活動があった激烈な期間に放出されたCO
2
や水が、現在 より湿潤で温暖な火星気候を作っていたと思われる。(Ej,Tk)
水和のサイン(Signs of Hydration)
大気中におけるCO
2
の酸素の同位体成分は、CO
2
と海洋、土壌そ して植物の葉中の液体水との相互作用によってほぼ決定される。葉水での水の役割の重 要性から、酸素同位体は大気中CO
2
の発生源と吸い込みに関する重要な情報 を含んでいる。GillonとYakir(p.2584;Woodwardによる展望参照)は植物中における酵素 、CO
2
の水和‐そして葉水との平衡‐を触媒する炭酸脱水酵素の活性の変化 によって、種々のタイプの植生における広範囲なCO
2
酸素同位体の割合が生 じていることを示している。このような情報によって、C
3
植物と C
4
植物(二つの主要な光合成経路の利用により定義されている)の地球規模 での産生に対する相対的寄与をより正確に推定することができるであろう。 (KU)
磁気的不安定(Magnetic Frustration)
電流が磁場の存在下で金属かあるいは半導体を通過するとき、自分の軌道からそらされ るキャリアは、電流方向に対して横断方向の電場を発生する。これはホール効果として 知られる電圧降下をもたらす。このホール効果のいくつかの磁性体——特にスピン・不 安定な系——に対しての測定結果によれば、特異なホール効果を表している。そこでは 、輸送パラメータの変化は通常の材料で見られるものに対して逆である。Taguchiたち (p. 2573)は、中性子散乱から得られた実験データと、理論的研究から得られた輸送測 定の結果を合わせ、幾何学的(Berry相)とスピン-キラリティ効果がこの特異性の原因と なっていることを示唆している。(hk)
ラビングせずに配列(Alignment Without the Rub)
ディスプレー技術へ液晶(LC)材料が応用できるかどうかは、往々にして好ましい表面配 列を形成する層を設計したり、形成する方法が存在するかどうかによって限定される 。層形成方法の多くは、例えばラビングのように粗い表面構造のテクスチャーを形成す る方法は、LCの配向不良を引き起こす。LeeとClark(p.2576)は、異なる表面処理をした 平坦な隣接層をつくり、平坦な等方性表面では通常生じる角度配向不良を何ら起こすこ となくLCを制御した。表面処理は自己組織化モノレイアーを用いて、その表面特性を変 えるために紫外光の選択的露光により行なわれた。もっと複雑なデバイスがマイクロコ ンタクト印刷法により形成することが可能である。(KU)
SeaWiFSからの最初の観測(First Glimpse from SeaWiFS
SeaWiFS(Sea-viewing Wide Field-of-view Sensor:海色を衛星から調べる広視野セン サ)は、地上や海洋における光合成の変動の全世界的なデータ(NPP:net primary production)を集めながら、3年間地球の周りを回りつづけている。この期間には、エル ニーニョかラニーナ(La Nina)への遷移を含んでおり、Behrenfeldたち(p.2594;カバ ー記事参照)は、海洋の葉緑素レベルが研著に増加したことを観測したと報告し、これ から、植物プランクトンが取得できる栄養が変化していることを示している。地上の植 物にはこれと対応する増加は見られないが、しかし1997年から2000年にかけてのNPP全 体は45%増加していると推定された。(TO)
混乱したスケジュール(Disrupted Schedules)
地球規模の気候変化によって季節の変化にずれが生じることがある。Thomasたち (p.2598;Pennisiによるニュース記事参照)は、鳥類(この場合コスタリカにおける青シ ジュウカラ)が、繁殖時期と、その地方の環境の下で食物を入手できる時期とが完全に 同期していないときにこうむる、エネルギー的コストと適応コスト(energetic and fitness)を公表した。繁殖と食物の供給とが一致しなくなるに従い、食物を採取する (Foraging)するコストが増加する。それは、親を彼らの生命維持が可能な最大代謝率を 超えて強いて働かせることになり、その結果、生存率が低くなる。これらの発見により 、鳥類における繁殖のタイミングに働く淘汰力の機械論的な詳細が分かり、全世界的な 気候の変化に対する鳥類の反応との密接な関係がある。(TO)
変異誘発株の変異(Mutating Mutators)
細菌が新しい宿主の腸に到達したとき、細菌たちはこれらの新しい状況に急速に適応し なければならない。Giraudたち(p. 2606)は、どこにでもいる腸共生生物である大腸 菌(Escherichia coli)が、無菌マウスの腸管にコロニーを形成する間にその変異速度を 高める能力について、その長所および短所を解析した。変異誘発性のE.coli集団が新し いマウス体内で確立され、そしてそれほど急速に適応性変異を生成する能力を有さない 系統と比較してより素早く優勢になったにもかかわらず、長い目で見ると変異誘発株は その優位性を失った。これは、いったん腸に適応してしまうと、高い変異速度を維持す ることが逆に危険すぎて、その優位性が失われるからである。中立突然変異または有益 変異は腸内で選択されるだろうが、しかしそのような変異誘発株が腸内から排泄され 、そして新しい宿主を探すために違った環境にさらされると、これらの変異はいずれも 不都合なものとなるであろう。(NF)
習うより慣れよ(How Practice Makes Perfect)
歌を歌う鳥の幼鳥は、数ヶ月間の間、成鳥が歌うのを聴き、いまだ洗練されておらずそ して切れ切れの歌を自分自身で作り始め、だんだんと技術を磨き、そして幼鳥たち自身 も歌の職人、マイスタージンガーになる。これらの技術をどのように習得するかという ことは難しくて理解できていなかった。Tchernichovskiたち(p. 2564;Margoliashの 展望記事を参照)は、鳥たちの習得期間中ずっと歌を記録することができるトレーニン グ計画を明らかにした。彼らは、最終的な洗練された歌から、調子はずれで単音節の未 成熟段階まで、逆向きにたどっていく、という精巧な解析を行った。たとえば、ターゲ ットとなる音程が未成熟段階の音程と比較して若干低い場合に、周波数を急に半分にし てそのさえずりの音程を正確にあわせられるまで、幼鳥はそのさえずりの音程を上げて いく、ということを彼らは見出した。(NF)
脂肪を消化するマウス(Fat-Burning Mice)
マロニル補酵素A(CoA)は、哺乳類における脂肪酸代謝の制御因子であり、ACC1とACC2と いう2つのアセチル補酵素A(CoA)カルボキシラーゼの作用によって生成される。 Abu-Elheigaたち(p 2613;RudermanとFlierによる展望記事参照)は、ACC2欠乏マウスは 、繁殖性であり、寿命も正常であるが、脂肪酸酸化速度が持続的に高いことを示してい る。このマウスは、正常な食物量を消費しても、貯蔵する脂肪量が野生型マウスの半分 しかない。ACC2が肥満の治療的標的になる可能性を確かめたことは、食餌と運動の習慣 を変えずに体重を減らしたいと思っている人にとっては良いニュースであろう。(An)
道探検ウイルス(Pathfinding Virus)
食べはじめることを決定するのに、異なる脳領域から発信する多様な動機づけと代謝の 信号の統合が必要である。DeFalcoたち(p 2608)は、ラットのモデルで、注目された遺 伝子産物を発現するニューロンだけ、あるいは初期に感染された細胞にシナプスで接触 しているニューロンだけにおいて複製するように遺伝的に修飾された疱疹ウイルス(こ のウイルスは緑色蛍光性タンパク質もコードする)を作り出すことによって、この神経 経路をトレースした。レプチン(leptin)受容体あるいはニューロペプチドYというタン パク質が、摂食制御に関与することが知られているが、著者は、このタンパク質を発現 する視床下部ニューロンは、扁桃体と皮質とその他の視床下部領域を含む様々な脳領域 からの入力信号を受け取ることを発見した。(An)
近隣の摩擦(Neighborhood Conflicts)
開発と保護はしばしば相容れない目的を持つ。Balmfordたちは(p. 2616、Vogelによる ニュース解説も参照)、この相容れない状況について詳細に調べた。彼らは人間の居住 と高い保護価値をもつ地域との関連性を示す報告書が散在するが、それにはちゃんとし た裏付けがアフリカ全体にわたって存在することを示した。すなわち、アフリカ大陸全 体を1度きざみの格子でカバーする地図に、格子毎に4種類の脊椎動物グループの数を当 てはめ、これが人口密度と高度な相関を示すことを示した。この相関は一次生産性に深 く関連している。多くの生息密度の高い格子には、他では見られない種が含まれている ために、保護と人間の居住との摩擦を回避することは難しい。このように、開発と保護 の広範囲の摩擦は容易には避けることは出来ない。(Na,An)
硝酸を冷たく追い出す(Freezing Out Nitric Acid)
成層圏脱窒、すなわち成層圏からの硝酸の不可逆的除去は、オゾン損失の主要な触媒で ある原子塩素を隔離する反応性窒素化合物を除去することになるので、オゾンの破壊を 促進することになる。脱窒がどのようにして生じるか、定量的に理解することは、捉え がたい目標である。Tabazadehたちは、脱窒の最大の容疑者である硝酸を含んだ巨大な 粒子の形成と成長、沈降をシミュレートする雲モデルでこの問題に取り組んでいる(p. 2591)。彼らは、北極区と南極区の双方の周辺で脱窒を生じさせる、極にある凍結帯を 同定した。彼らの結果は、地球温暖化が成層圏の冷却を導くと、極におけるオゾン損失 は遅延する、ということを示している。(KF)
クモの糸の配列の強さ(Strength in Spider Silk Sequences)
34,000種以上のクモのすべてがクモの糸を利用している。このクモの糸は、フィブロイ ン・タンパク質で紡がれていて、その性質は劇的に異なっている。最初の引き糸は極度 に頑健である。網を作るのに用いられるクモの糸は高い張力をもっている。捕獲のため の同心円状のらせん糸には伸張性があり、切れるまでに3倍の長さにもなる。クモの糸 の性質がフィブロインの配列によって決まるのか、紡ぎ出すプロセスによって決まるの か、は不明確である。今までは、円形の網を張るクモの、たった2つの属のフィブロイ ン配列だけが明らかになっており、これは多様なクモのほんの一部を代表しているに過 ぎなかった。クモの糸の特性の起源をよりはっきりさせるために、 Gatesyたちは、さ らに5つの属のクモから得られたフィブロインを解析した(p. 2603)。変異への強い変 異圧力が存在しるにもかかわらず、クモの糸には、特定の配列モチーフが白亜紀以来維 持されているが、これは、フィブロイン・タンパク質自身の構造が、クモの糸の機械的 特性にとって重要であることを示唆している。さらに、これらモチーフのうちのあるも のは、無関係の昆虫の糸や、例外的な機械的特性を示すカキやイガイのタンパク質にお いても、現れているのである。(KF)
DNA修復とBloom症候群との関係(DNA Repair Comes into Bloom)
Bloom症候群とは、ゲノムの不安定性に関連した遺伝性の障害で、癌の素因であり、部 分的な生殖不能をもたらすものである。原因となる遺伝子BLMは、細胞内での機能がい まだに謎である核酸ヘリカーゼをコードしている。Kusanoたちは、もともとは変異誘発 物質感受性スクリーン中に同定された、ショウジョウバエ(Drosophila)の mus309座位 がBLMの相同体をコードしているということを示している(p. 2600)。この遺伝子に変異 をもつハエは生殖不能であり、染色体の不安定性の徴候を示す。おもしろいことに、こ の変異体の表現型は、二本鎖DNA分裂を結合するタンパク質Ku70をコードする遺伝子の 余分な複製によって、部分的には救われうるのである。この結果は、BLMが遺伝子修復 において機能する可能性があることを示している。(KF)
原子間力顕微鏡画像中に見つかった原子以下の特徴(Subatomic Features in Atomic Force Microscopy Images)
「優れた耐ノイズ特性と近距離力の感度増強」によって、Giessiblたち(Reports, 21 July 2000, p. 422)は、原子間力顕微鏡を使ってシリコン表面上のサブアトミックな特 徴の解像に成功したと報告した。Hugたちはこれにコメントを寄せ、実験の行われた部 分における周波数シフト(Δf)は、近距離力の感度増強をしたと主張する部分の分散値 から、「Δfの95%以上は長距離力によるものである、、、」ことが伺われる。Hugたち の結論は、Giessiblたちによって観察された構造はフィードバックによって生じた人工 的なものでろう。Giessiblはこれに応じて、「理論的な考察でも実験的な考察でも」フ ィードバック説には「当てはまらない」し、更に「フィードバックトラッキング誤差信 号が無視できるほど小さいことを明瞭に示す」追加の形状と誤差の信号を示した。これ らの全文は以下を参照。(Ej)
www.sciencemag.org/cgi/content/full/291/5513/2509a
[インデックス]
[前の号]
[次の号]