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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science March 23, 2001, Vol.291
スクイーズ状態の凝縮物質(Squeezing Condensates)
量子力学における測定は、Heisenberg の不確定性関係によって限界があるが、この限 界は時間平均に対して成立するものである。量子力学状態を"スクイーズ"して、位置の ような観測可能量の不確定性限界が、繰り返し覆されるようにすることは可能である 。量子光学は、光子に対してスクイーズド状態を生成した。そして、原子に付随する de Broglie 波長は、光子の波長よりずっと短いので、スクイーズド原子状態が生成で きるということは、高分解能干渉計のような分野に衝撃を与えるはずである。Orzel た ち (p.2386; Voss によるニュース解説と、Abo-Shaeer たち および Robert たちによ る関連した Science Express 報告を参照のこと) は、Bose-Einstein 凝縮物質におけ る原子の個数状態は、スクイーズドが可能であり、ある特別の量子井戸中に捕捉された 原子個数の分散を大きく減少することができることを示している。(Wt)
[訳注]スクイーズド(squeezed)状態については、学習院大平野助教授の記事等が参考と なる。
http://hirano1.phys.gakushuin.ac.jp/‾hirano/summer/node2.html#figyuragi
フェノスカンディアのリバウンドを捉える(Catching Fennoscandia on the Rebound)
フェノスカンディア(Fennoscandia)は、更新世の終焉に重たい氷河が後退して以来、上昇 している。スウェーデンとフィンランドの海岸に対する数十年もの潮汐ゲージ記録が存在 するが、地表面の隆起を差し引いて海面位の上昇の推定値を取り出すことは困難であった 。Milneたち(p.2381)は7年間のGPS(位置計測システム)一斉観測を完了し、陸地-表面の変 形量計測と潮汐ゲージ記録とを結合させて、地域的な海面上昇のより正確な値が年間 2.1ア0.3mmであることを導いた。この値は全世界的な平均と一致しており、そして全世界 的な温暖化のモデルと関連している。彼らは、マントルのより精密な速度と岩石圏の弾性 的厚さ(elastic thickness)も導き出した。これらは、マントル対流と地殻歪みのモデル に対する基礎的な入力データとなる。(TO)
小さな息(Tiny Breaths)
大気と海洋上部との間におけるCO
2
の流れに対する海洋生物学的なコントロ ールには、植物性プランクトンの光合成により炭素が生体に取り込まれること、生体の 炭素が再び無機物化してCO
2
に戻ること、そして生物起源の炭素が深海へ搬 出することなどが組み合わさって介在している。これらのプロセスは、海洋における生 物起源の炭素の分散を制御する一助ともなる。RivkinとLegendre(p.2398)は、温度と細 菌増殖効率との間に逆相関があることを示し、細菌性呼吸(bacterial respiration)が コミュニティ呼吸(community respiration)の殆ど全ての源であることを示した。生態 学的な意味の他にも、これらの結果は、海水表面の温度の上昇が、再び無機質化して吸 収される炭素の比率を増大させ、その結果CO
2
の溶解度が減少することを示 唆している。そして、これらは大気中のCO
2
と温度の間に正の帰還を作り出 す効果があるだろう。(TO)
チューリングパターンのポテンシャル(Potential for Turing Patterns)
或る種の反応において、溶液中で観察される化学波、或いはパターンはチューリング (Turing)により1950年代初めに提案されたメカニズムにより説明される。溶液中におけ るパターン形成の決定的要因は、ある化学成分が他の成分よりはるかに速く---低分子 ではやや難かしい要求であるが---拡散する必要があるということである。近年の理論 研究では電極反応も、もし電極電位が急速に拡散している化学成分への場所を形成し 、そして電場誘導による移動が拡散を元に戻したりするとチューリング型のパターンを 示すことを示唆している。Liたち(P.2395)はカンファーの存在下で、金電極における過 ヨウ素塩の還元反応に対してこの理論を実験的に実証している。カンファーは或る電位 下で電極上に濃縮して還元反応を抑制する有機分子である。このようなパターン形成は 多くの電気化学系で観察されるはずであり、そして電位勾配を示す生体膜でも作用して いるであろう。(KU)
多結晶材料変形時の粒子変形過程の測定(The Details of Taking a Hit)
多結晶材料が変形する時、個々の粒子は位置ずれによる移動と回転を通して形を変える 。この変形プロセスをモデル化するために数多くの理論が提案されているが、実際に粒 子が変化する過程を示す実験データを入手することは困難である。Marguliesたちは(p. 2392、Heidelbachによる展望も参照)、硬X線を集中させることで、張力変形を起こしつ つあるアルミニウム試料中のいくつかの粒子の変形過程を記録した。その実験結果は TaylorとSachsの提案した古典的な2つのモデルとの矛盾を示したが、より詳細な数値モ デルにとっては欲しい情報となっている。(Na)
ナノ結晶を点燈(及び消光)すること(Turning On (and Off) a Nanocrystal)
半導体ナノ結晶においては量子閉じ込め効果によって、対応するバルク材料に比べて余 剰電荷キャリア注入に対してこれらの材料の電気光学特性がより鋭敏に反応するはずで ある。Wangたち(p. 2390)は、CdSeナノ結晶に電気化学的に余剰キャリアを注入したこ とでそれら結晶の光ルミネセンスが消光したかを説明している。光ルミネセンスは印可 バイアスの反転によって回復することができる。こうして、オプトエレクトロニクス応 用に対して、このような効果の潜在力を示した。(hk)
葉を操る(Turing Over a New Leaf)
植物の発生において、成長中の苗条(葉と茎の総称,shoot)は未熟な、或いは生殖不能 な状態から成熟状態へと変化する。この変化を支配しているメカニズムがBeradiniたち (P.2405)により調べられ、シャペロン-様のタンパク質、SQUINTと命名されたタンパク 質が関与していることが見い出された。SQUINTタンパク質の欠如した変異体では、葉は 早い段階で成熟した特質を示すが、開花の時期は影響を受けていない。驚くべきことに 、変異植物は高いレベルで別の熱ショックのシャペロンタンパク質、Hsp90を発現した が、熱ショックによる芽生えへの応答は影響されなかった。(KU)
分子物差し、または、計量カップ?(Molecular Ruler or Measuring Cup?)
細菌の鞭毛の基部にはフック構造があり、その上にフラゲリンサブユニットが組立てら れている。鞭毛の全長は変化に富んでいるが、フック構造は驚くほど均一の大きさであ る。この相対的定常性のメカニズムを調べるに当たり、Makishimaたち(p. 2411)は、フ ック長の決定には分子物差しが使われるのではなく,サルモネラはフックの組立てに分 泌されるサブユニットの量を調節しているらしい。(Ej,hE)
トレーニング後は適所で保存(Having Trained Reserves in Place)
T細胞がある病原体をはじめて取り扱った後長い間、少数の細胞が、免疫学的記憶を再 感染の際に失わないように、存在し続ける。蛍光タグ化抗原テトラマーを使用して、 Masopustたち(p. 2413;MacKayおよびAndrianによるPerspectiveを参照)は抗原特異 的記憶CD8+ T細胞を追跡し、そして肺、肝臓、腎臓、および腸を含む幅広い非リンパ組 織に関してこのような細胞に顕著な優先性が存在することを観察した。それぞれの部位 に由来するT細胞であれば、インターフェロン-γを産生することにより、そして標的細 胞を殺すエフェクター作用を示すことにより、抗原に対して迅速に応答することができ る。ほとんどの感染はこのような末梢部位において生じるため、これらの結果により 、免疫学的作用のあるべき場所どこにでも送達することができる、リンパ系外エフェク ターメモリーT細胞をすばやく供給することの重要性が強調される。(NF)
学習と再学習(Learning and Relearning)
実験的消失、すなわち非条件付け刺激の不存在下における反復試行の結果としての条件 付け行動の消失、は、単なる忘れかけられていたものというのではなく、むしろ新しい 学習の現象である。この現象を裏打ちする細胞メカニズムに取り組むため、Bermanたち (p. 2417)は、ラット島皮質(insular cortex)における条件付け味覚忌避について 研究した。条件付け味覚忌避においては味覚が倦怠と関連する。条件付け味覚忌避の獲 得と消失の両方とも、タンパク質合成の阻害により低減し、そしてβ-アドレナリン様 受容体の活性化が関与していた。ムスカリン様受容体のアンタゴニストおよびN-メチ ル-D-アスパラギン酸受容体により、そしてまたマイトジェン-活性化タンパク質キナ ーゼ(MAPK)阻害剤により、条件付け味覚忌避の獲得については減少したが、その消失 については減少しなかった。このように、獲得と消失とは分子機構を共有しているもの の、学習と再学習の機構との間には明確な相違が存在する。(NF)
伝達を行う(Making the Transfer)
脳由来の神経栄養因子(BDNF)のような神経栄養因子の起源および神経細胞間の運動につ いては、議論の余地のあることである。Koharaたち(p 2419)は、緑色蛍光性タンパク質 のタグが付いたBDNFを用い、ニューロンの軸索からシナプス後細胞までの順行性シナプ ス輸送を観察した。この成長因子のシナプス輸送は、ニューロン活性がテトロドトキシ ンで遮断された時には存在しなかったが、抑制が減少した時には増強された。この結果 は、BDNFの順行性経シナプス輸送を示す直接的証拠である。(An)
生存の経路を遮断(Blocking a Survival Pathway)
いくつかの神経変性疾患において、伸張ポリグルタミン反復(CAGリピート数が多くな り過ぎたもの)をもつタンパク質が集中するが、この過程が何らかの理由でニューロン 死を引き起こすのである。Nuciforaたち(p 2423)は、ハンチンチン(ハンチントン病の 原因となるタンパク質huntingtin)の異常な種類と、伸張ポリグルタミン反復をもつア トロフィン(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症の原因となるatrophin)との相互作用を研究 した。これらの異常なタンパク質は、転写活性化補助因子CREB結合タンパク質(CBP)と 活発に結合し、ニューロンの生存に決定的であると知られている標的遺伝子の転写を防 止した。(An)
既存の条件を活用する(Exploiting a Preexisting Condition)
リン酸化は通常、立体配置の切り替えをトリガーすることによって情報伝達を制御する ものと思われている。Volkmanたちは、情報伝達タンパク質NtrCにおいては、リン酸化 による活性化には既存の高次構造の安定化が関係しているということを示した(p. 2429; また、BuckとRosenによる展望記事参照のこと)。そのタンパク質の骨格のダイナ ミクスを核磁気共鳴法で測定すると、非リン酸化NtrCには、活性な立体配置と不活性な 立体配置の双方が共存しているが、不活性なほうがより多かった。リン酸化は、この平 衡状態をきわめて活性的な方向へ変えてしまうので、その結果、立体配置の切り替えは 実質的に消滅するのである。このように、単一領域のアロステリックな制御は、情報伝 達において重要である可能性がある。(KF)
詳細な結晶溶解過程(Crystal Dissolution in Detail)
結晶の溶解を理解することは、岩石とセメントの風化、核廃棄物の回復と腐食などのよ うに、実際的な多くの環境および工学的問題における流体と岩石の相互作用を追跡する のに必要である。Lasaga と Luttge (p.2400) は、溶解過程の顕微鏡観察、エッチピッ ト形成のモンテカルロシミュレーション、経験的バルク溶解速度を用いて、いくつかの 鉱物に対するデータと一致する溶解速度則を導いた。その速度則によると、その場にお いて測定されたゆっくりした溶解速度は反応を妨げる準安定相によるものであり、その 過程は平衡の条件に接近しているときでさえ非線型であると予言している。(Wt)
リアルタイムでタンパク質活性化に追従する(Following Protein Activation in Real Time)
蛍光共鳴エネルギー移動(FRET: Fluorescence resonance energy transfer)は、生きて いる細胞中でのタンパク質の相互作用をリアルタイムでモニターできるようにする、新 たに登場した強力な道具である。Janetopoulosたちは、Dictostelium discoideumのグ アニン・ヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)ヘテロ三量体の、Gアルファ2・サ ブユニットおよびGベータ・サブユニットに、蛍光性のタグを付けた(p. 2408)。Gタン パク質結合受容体というのは、ホルモンや神経伝達物質、その他の情報伝達細胞の作用 を仲介するタンパク質のきわめて大きいファミリである。ここでは、著者たちは、細胞 に化学誘引物質を処置した後で、活性化したGタンパク質・サブユニットの解離をFRET を用いて観察した。絶え間なく刺激を与えつづけている間、化学誘引物質に対する生理 反応は静まっていったが、Gタンパク質は(ヘテロ三量体の解離によって測定した限りで は)活性化したままであった。著者たちは、情報伝達の順応は活性化したGタンパク質の 下流で起きているに違いないと示唆している。この方法は、哺乳類の細胞に対しても拡 張できることが期待されるし、Gタンパク質の情報伝達についてのわれわれの定量的理 解を実質的に改善することになるにちがいない。(KF)
マントルプルーム中の希ガス(Noble Gases in Mantle Plumes)
マントルやプルーム起源の岩石中のネオン同位体元素の割合は、隕石の中の割合と区別 できないほど似ている。Trieloffたち(Reports, 12 May 2000, p.1036)は、地球にある 太陽系型の希ガスは、太陽星雲から直接生まれたものではなく,「太陽風に照射され 、太陽型の希ガス同位体比になった微惑星から、地球が凝集する過程において」取り込 まれたのではないか、と議論していた。Ballentineたちは、Trieloffたちによって発見 された実験に使われたボールミルの砕紛技術の限界を示しているのではないか、他の方 法によるネオン同位体の割合は高い値を示しており,Trieloffたちのデータは期待され るアルゴン同位体データとの相関が見られない、と示唆している。Trieloffたちはこれ に応じて、Ballentineたちの引用したネオン同位体率データの高い値は、「統計的分布 の裾野」からの例に過ぎず、ガウス分布全体の中心は、論文の値と良い一致を示すし 、得られたすべての岩石のデータを合わせると、アルゴン同位体のデータはネオンのデ ータと整合すると述べている。この全文は、下記参照。(Ej,Nk)
www.sciencemag.org/cgi/content/full/291/5512/2269a
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