AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 9, 2001, Vol.291


メモリ上の異なるスピン(A Different Spin on Memories)

磁気メモリのサイズを縮小し、アクセス速度を増加するアプローチの一つは、より小さ い磁場の中で、磁化の歳差運動を用いた磁化の回転方向により情報を記憶することであ る。Weberたちは(p. 1015、Ralphによる展望も参照)、分極半導体カソードから強磁性 薄膜フィルムにスピン注入し、磁化歳差運動を誘発した。彼らの出した結論で、スピン 注入法はより小型で高速の磁気メモリ実現のために有望であることを示している。(Na)

織りまざりあった多孔性の金属−有機物の骨格(Interweaving Porous Metal - Organic Frameworks)

ミクロポーラス物質の大部分は無機物にもとづいているが、金属錯体で結ばれた有機物の 構造ブロックもミクロポーラス物質を形成する。しかしながら、その孔の大きさは小さく て吸着された特定物質の交換が困難である。Chemたち(p.1021;Fereyによる展望記事参 照)は、三角形の連結ユニットをもつ"外輪(paddle wheel)"形の銅錯体の凝縮体が、2つの 三次元ネットワークの織りまざりあった大きな孔(直径約16Åの孔)をもつ物質をつくるこ とを報告している。その高い熱安定性(250℃まで)と表面積によりガス吸着や触媒用途へ の応用の可能性を示唆している。(KU)

流体の流れを仮想的スイッチング(Virtual Switching of Fluid Flow)

流体は湿った表面にとどまる傾向があり、平板印刷においてはインクは印刷版のある部 分を湿らせ、残りの部分は乾いたままにしておく。Zhaoたち(p.1023)は、ガラス内に水 性溶液をはじく自己組織化単分子層(self-assembled monolayers)を持つ流体の微細チ ャンネル(microchannels)のパターンを形成した。低い水圧の時には流体はこれらの ”仮想壁”を通してコーティングの施してない領域内に留まった。しかし、圧力が増加 すると表面張力が圧倒されて、流体は湿っていない領域に押し流された。こうしたチャ ンネルは、ジャンクションを通して流体の経路付けすることと、そして微細チャンネル ネットワークにおけるガス-液体混合を増加させることに、に使うことができるであろ う。(TO)

著しく破壊的(Particularly Destructive)

成層圏の脱窒素作用、すなわち粒子沈降分離(particle sedimentation)による HNO3の除去、はオゾンサイクルにおける重要なプロセスである。なぜなら オゾンを破壊する塩素の遊離基と反応すると考えられる窒素を含むある種の化合物が封 鎖(sequestered)されるようになるからである。北極地方で広範囲に広がった脱窒素作 用は繰り返し詳細に記録されてきたが、どのようにこれが起こるのかは明らかでなかっ た。Faheyたち(p.1026;Kerrによるニュース記事参照)は、北極地方の成層圏において冬 の間に形成され少なくとも1800キロメートルにわたって水平方向の広がっている 、HNO3を含んだ大きな粒子のクラス(直径が10から20マイクロメートル)を 最近観測している。(TO)

イオンの量子的保護(Quantum Protection of Ions)

量子スケールでの情報の符号化と操作は、古典的な計算法では処理し難い程の複雑な問 題を解決する機会を提供するかもしれない。しかしながら、環境との量子システムの相 互作用は、デコヒーレンスとして知られるプロセスによって、情報の損失という結果を 招くことになる。初期の理論研究によれば、量子ビットに対する注意深い操作によって 、デコヒーレンス効果を減らす保護された環境を作れることが示されていた。これらの 環境は、デコヒーレンスの無い部分空間(DFS)と呼ばれている。Kielpinski たち(p. 1013)は、イオントラップに捕らえられる“もつれたイオン対”をこのようなDFSの中へ 置く能力を実証している。そして、このことは、量子状態の寿命を一桁長くしている 。(hk)

ナノ構造体をスケールダウンする(Scaling Down Nanostructures)

リソグラフィーはマイクロ構造体を作成する柔軟な方法であるが、およそ 100nm 以下 の寸法に対しては分解能の問題に悩まされている。Hatzor と Weiss (p.1019) は、さ らに小さい形状の作成のための鋳型として、電子ビームリソグラフィーにより作られた ナノ構造体の形状間のギャップを用いた。それらは、ナノ構造体上に mercaptoalkanoic acid と銅イオンの連続する多層膜を自己組織化して、すでにある金 属構造体間に小さな間隙を作る。すなわち、並んだ金属のレールの上に、かまぼこ状の 半円形の構造物を作り、その半円形の2つの構造物の間隙に、金属を蒸着し、続いて有 機金属層をリフトオフすることにより、幅 20nm 長さ 1μm のナノワイアを作ることが できる。同様に、中空の構造体内部に小さなリングやドットをも作り得る。(Wt)

インド洋上のもや(Haze over the Indian Ocean)

インド洋上空の大気はアフリカと南アジアと東南アジアの空気塊の影響を受けているがこ れらの地域からの大気汚染がインド洋上にどの程度影響を与えているかについてはよくわ かっていない。Lelieveldたちは(p. 1031)、1999年にインド洋上への長距離大気汚染輸送 についての国際的な観測活動であるINDOEXの結果について報告している。インド洋北部全 般で、南アジアと東南アジアから運ばれてきたことが追跡できた、非常に高い大気汚染レ ベルが観測された。その大気汚染は広範に用いられている化石燃料と焼畑農業に起因する ことが示唆されている。 (Na)

約束のルールを変更する(Changing Rules of Engagement)

肉食動物が活動の場に入り込み、その肉食動物をいまだ見たことのない捕食動物に出会 ったときに、捕食動物は大きな痛手をこうむる。Bergerたち(p.1036; Gittlemanと Gompperによる展望記事参照)は、北アメリカとスカンジナビアでヘラジカを捕食する オオカミとクマの研究により、損害のほとんどは襲いかかる肉食動物集団のその前面被 ることを示している。しかしながら、無垢な捕食動物はすばやくこの新たな肉食動物に 慣れ、その行動形態を変えて肉食動物を避けようとする。このような発見は最近の人に よる肉食動物の再入植を示持し、そして更新世紀において動物群に襲いかかってくるヒ ト集団に対してどのように反応したかを示唆するものである。(KU)

早起き鳥の家系(A Family of Larks)

家族性の睡眠相前進症候群(dvanced sleep phase syndrome)は、常染色体遺伝をする 。この患者は、異常な睡眠周期を有し、朝毎に異常なほど早く目覚めることになる。そ うした家系の1つについて、Tohたちは、この特徴がヒトのPeriod2遺伝子にあるヌクレ オチドの1つの変異によるものである、と報告している(p. 1040; また、Chicurelによ る1月12日号のニュース記事参照のこと)。これがカゼイン・リン酸化酵素Ieによる リン酸化をブロックするのである。動物におけるこれとほぼ平行的な研究において、そ のようなリン酸化の欠如によって、慨日性時計を構成する分子性フィードバック・ル ープにおける遺伝子perの機能が変化するために、動物の慨日性周期が短くなるのであ る。ヒトの行動に及ぼす遺伝的多型性のこうした顕著な効果は、日々のリズムにおける ヒトの多様性の基礎を理解するための道をひらいてくれるものである。(KF)

隣人の可能性を封じる(Sealing Your Neighbor's Fate)

線虫(Caenorhabditis elegans)の産卵口発生のあいだに、アンカー細胞からあるシグナ ルが生じ、これがMAPキナーゼ情報伝達経路を活性化して、3つの産卵口の前駆細胞の運 命を指定するのである。その運命とは、P6.p細胞では1次的発達結果(the primary fate)が生じ、これに隣接するP5.pとP7.pでは2次的発達結果(the secondary fate)が生 じるというものである。Bersetたちは、2つの拮抗性の情報伝達の作用によって隣り合 った細胞において別々の発達結果が生み出される、ということを明らかにしている(p. 1055)。MAPキナーゼ情報伝達経路を活性化すると、1次的発達結果であるP6.pが誘導さ れる。側性シグナルがP6.pから出て、それがP5.pとP7.pにおけるNOTCHを上方制御する 。このNOTCHがMAPキナーゼ脱リン酸化酵素遺伝子lip-1を作動させる。これを受けて 、lip-1が、 P5.pとP7.pにおけるMAPキナーゼの活動をブロックし、細胞の2次的発達結 果が生じるのを許すのである。(KF)

キナーゼとチャネルをひとつのパッケージに(Kinase and Channel in One Package)

自分自身の機能的なタンパク質キナーゼドメインを持つイオンチャネルがRunnelsたち によって、クローンされ、特性づけられた(p. 1043)。TRP-PLIKと呼ぶこのチャネルは 、メラニン細胞腫瘍の進行に関与するチャネルタンパク質であるメラスタチン (melastatin)に最も関連しているのである。また、TRP-PLIKは、キー情報伝達酵素であ るホスホリパーゼCβ1とも相互作用するようである。このキナーゼ領域の変異誘発研究 と、チャネルのコンダクタンスが細胞内ATP (アデノシン三リン酸)に依存しているとい うことから、チャネルのキナーゼの活性がチャネル機能を制御することを示す。このチ ャネルは、細胞膜からの情報伝達と、増殖の制御あるいは細胞内のその他のカルシウム 依存の過程とを連結するものであろう。(An,Tn)

侵入を調和させる(Coordinating Entry)

エンドサイトーシスでは、細胞膜から小胞が内向きに出芽するのであるが、この過程を 促進する多種のタンパク質がENTHというアミノ末端の領域をもっている。タンパク質と ホスファチジルイノシトール4,5二リン酸(PIP2)という膜脂質との結合がエンドサイト ーシスにおける中心役割をはたすことを2つの報告が示している(Gilloolyと Stenmarkによる展望記事参照)。Itohたち(p 1047)は、ENTH領域がPIP2と相互作用する ことを示している。 PIP2に結合できないepsin変異体を発現する細胞は、クラスリンの 仲介するエンドサイトーシスを遮断した。それに加えて、Fordたち(p 1051;表紙参照) は、PIP2は、ENTH領域を含むもうひとつのタンパク質であるCALMに結合し、クラスリン が膜と結合するのを補助することを示している。 (An)

死せども不活性にはならず(Dead But Not Inert)

水および養分は、根から葉へ、木部管を介して植物を上方に受動的に移動する。木部管 は死細胞であり、今までは単なるパイプとして機能すると考えられていた。 Zwieniecki たち(p. 1059;Brownによる1月26日のthe news storyを参照)は、木部を 介する長い距離の流れを制御するための活動的な機構について記載する。彼らは、これ らの強固な管の中での流れに対する抵抗が、急速に(数秒のうちに)、そして導管を介 して流れる微量イオンの濃度の関数として可逆的に、変化しうることを示す。この知見 により、不活性なパイプと認識されていた木部についてのパラダイムが打ち破られ、そ して植物内部での水の輸送に関する我々の理解が変更される。 (NF)

遺伝子の助けあい(How Genes Help Each Other Out)

生物学的な洞察は、遺伝的に類似の近交系生物による研究によって、しばしばより容易 に解決される。しかしながら、野生の異系交配集団においては、しばしば同一の生化学 的経路の内部で、遺伝子が相互作用して逆の作用をし、あるいはそれぞれの変異を“緩 衝”する。Hartmanたち(p. 1001)は、近交系生物、特に酵母、Saccharomyces cerevisiaeにおける二重変異に関する以前の研究をレビューしている。これらの研究は 、野生型系統におけるこれらの相互作用の非常な複雑性を理解するためのガイドとして の役割を果たしうる。(NF)
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