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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science February 16, 2001, Vol.291
2つの配列の物語(A Tale of Two Sequences)
ヒトゲノムの配列の公開は、科学界における長年の真摯な努力と議論の結果である。特別 記事の部(p.1177)では、この歴史的瞬間に到達できた経緯、2つの別個の配列を公開す るに至った議論、ゲノム配列決定と公開で決定的役割を果たした人物、及び今後何が起こ りそうなのか、について述べている。折り込みページの対照年表(p.1195)には、これま でのゲノムストーリーのハイライトをまとめてある。(hE)
(訳者注:ヒトゲノムは約30億個の塩基からなり、この解析には、米欧日などの国際研 究チームと、米遺伝情報解析会社セレラ・ジェノミックスとが激しい先陣争いを演じた 。当初の解析完了目標は2005年であったが、セレラ社のスピードのある解析に刺激さ れて、どんどん前倒しとなり、昨年6月、クリントン大統領とともに、互いをたたえあい ながら、両チームがほぼ解析を終えたと宣言し、同時発表をすることで決着した。今回の 配列結果の公表はこれを受けたもので、国際研究チームが15日発行のNatureに、セレラ 社が16日発行のScienceにそれぞれ発表する。国際チームが解読したのは91%で、セ レラ社が95%である。なお、セレラ社のベンター(Venter)社長は、国際チームの中心 となった米国立保健研究所(NIH)からスピンアウトしてセレラ社を起こした。)
データから見渡せるもの(The Data Horizon)
2つのヒトゲノム配列が与えるインパクトは莫大なものであるが、一体何が表されている のか、またどのようにこれを利用すればよいのか、を正しく評価することは難しい 。Gales (p.1257) は、ゲノム配列の基本的側面に関して使い勝手のよい指針を示してい る。さらに、遺伝子を見つけるためのツールやアプローチをいくつか示しており、また実 際の生物学者が新しいデータにアクセスできるための遺伝子構造も示している。
配列中に存在するブランクを埋めて、その結果を確証する手助けとなるものとしては 、Olivierたち(p.1298)が記載する約6,000個のマーカーの放射線ハイブリッドマップの ような追加データが役立つであろう。彼らは、Venterたちのグループによるヒト配列と 、公的基金グループによるヒトゲノムドラフト配列との間の一致点と不一致点を検証した 。このマップは、ゲノム中のクローニング困難な領域に由来する前記ドラフト配列中の欠 けている部分を同定するのに役立つであろう。
ゲノム研究によってもたらされた大量のデータによってバイオインフォマティックスの 挑戦が可能となる。バイオインフォマティックスは、コンピュータサイエンスを分子生物 学で得られた応用と統合しようとするものである。Roos(p.1260)は、バイオインフォマ ティックス研究の発展にとっての2つの主要な問題点について述べている。つまり、公開 前に既に流されていたデータをどう使うかという点と、公開後に公開データを共同使用す るにあたっての制限をどう設けるかという点である。
Fields(p.1221)によると、細胞タンパク質の大規模分析であるプロテオミクスが生物 学的研究の焦点としてゲノミックスに既に取って替わっているのである。伝統的な分子学 的アプローチと新しい技術とを組み合わせて、タンパク質の機能、相互作用、及びその修 飾が次々と明らかにされつつある。プロテオミクスデータを掘り当て、分析し、比較する ためには、よりよい技術と、学問分野間のより緊密な共同作業が必要となろう。
国際マウス突然変異作成コンソーシアム(International Mouse Mutagenesis Consortium)(p. 1251)は、タンパク質機能とおよびその相互作用、発生経路と生理学的 経路、ならびに生物学的システムをねらって研究を行う。このコンソーシアムは、マウス ゲノムに注釈を付けそしてマウス変異に関するデータを作りあげることについての、来る べき10年間への目標と計画のアウトラインを提供する。(hE)
ゲノムデータから得られる洞察(Insights from Genomic Data)
Venterたちが決めた全ヒトゲノム配列の完全な組立によって、ヒトタンパク質をコードす る遺伝子の総数が30,000個よりも少ないかも知れないという最近の予測が確認された。こ の数は、線虫(Caenorhabditis elegans)の遺伝子総数に比べて1/3多いだけである 。Claverie(p.1255)によると、ヒト遺伝子数がこのように少数であったことにより、ヒ トの体が複雑であるとのこれまでの認識や進化についての理解を根本から変えねばならな いことになり、またトランスクリプトーム分析の解釈も変えねばならなくなる。ポストゲ ノム時代にバイオ医薬産業が長期間持続できるためには厳しい結果となるかも知れないと 指摘する。
Courseaux と Nahon (p. 1293)は、RNA配列のレトロトランスポジション、配列変異及 び隣接配列におけるスプライシング部位のdo novo生成の組み合わせによって、霊長類の 進化過程で出現した2つの遺伝子の構造特性、発現パターン及び由来を分析する。これら の知見は、新しい遺伝子の起源を解明する第一歩であり、ヒトと近縁の霊長類が他の哺乳 類から遺伝的に分かれたプロセスを説くカギを与える。
細胞はDNAを損傷する外的、内的な傷害に絶えずさらされている。これを修復せずに放 っておくと、ゲノムの不安定状態を招き、細胞にとっても生物体にとっても破滅的な結果 となる。Woodたち(p.1284)は、ヒトゲノム配列を概観して、DNA損傷を細胞が認識し修 復する手助けをする遺伝子のわかりやすいリストを作りあげた。これらの修復遺伝子の遺 伝子産物がどのように相互作用しているかについての現在進められている研究によって 、正常な老化や癌に至るのを細胞が制御する基本的メカニズムが解明されてゆくであろう 。
ヒトゲノムでコードされるタンパク質とショウジョウバエや線虫でコードされるタンパ ク質とを比較することによって、進化の過程で、プログラムされた細胞死、つまりアポト ーシスのプロセスがより複雑になっていったことが確認できる。線虫の細胞が、アポト ーシスの蓄積過程でヌクレオシドトリホスファターゼのNACHTファミリーのただ1つのタ ンパク質と機能することをAravindたち(p.1279)は見いだした。しかし、ヒトゲノムで は、このファミリーに属し、かつNAIM(ニューロン・アポトーシス阻害タンパク質 :neuronal apoptosis inhibitory protein)と関連する18個以上のタンパク質がある ことを示している。NAIMは棘筋萎縮で欠失しているタンパク質である。不思議なことに 、ヒトのアポトーシス機構に関与するタンパク質のホモローグはいくつかの細菌に見いだ されており、これは比較的最近に遺伝性導入のあったことを示唆する。
遺伝子配列がいったん決定されると、次の疑問はこれらのデータは発現とどのように関 連するかということである。Caronたち(p.1289)は、現存の遺伝子発現の連続分析 (serial analysis of gene expression:SAGE)データ(これはメッセンジャーRNAの発現 レベルを示す)と、ヒト遺伝子マップとを統合して、ゲノム全体の発現パターンを解明す ると述べている。正常組織と病気の組織から作製したこのようなトランスクリプトームマ ップによると、高度に発現した遺伝子は特定の染色体領域、あるいはRIDGEに集まる傾向 のあることを示す。この機構は酵母の機構とは異なっており、ヒトゲノムが高い秩序をも つ構造であることを示している。(hE)
(訳者注:ヒトゲノムに含まれる遺伝子数について、国際チームは30,000から40,000個 、セレラ社は26,000から39,000と発表し、これまで考えられていた10万個よりもはるかに 少ない。なお、主な生物の遺伝子数は大腸菌:4,300、線虫:19,000、イロイヌナズナ :25,000、ショウジョウバエ:14,000である。)
ヒトゲノムの配列(The Sequence of the Human Genome)
Venterたち(p. 1304)により組み立てられたヒトゲノムの配列は、ゲノムをシークエン シングに適した既知サイズの断片のランダムなセットに分断する“ショットガン・ストラ テジー”という方法を採用することにより得られたものである。次いで、コンピュータ ・アルゴリズムの方法を使用して、断片を隣接した範囲で組み合わせ、これをゲノム中の 正確な位置に割り当てることができた。この記事(今号に添付されており、またScience Onlineに掲載の、Fig. 1も合わせて)は、ゲノムを再構築する方法や再構築されたゲノム の品質だけでなく、遺伝子およびその構成についての当初の観測をも含んでいる。(NF)
医薬とゲノミックス(Medicine and Genomics)
SNPマップから個々の薬物反応プロフィールまで、ヒトゲノム配列は、疾患感受性遺伝子 についての改良診断テストおよび疾患症候をすでに発症しているヒトに対する個別的に調 整された(テーラードの)治療方法の先駆けとなるはずである。PeltonenとMcKusick(p. 1224)は、単一の遺伝子内での変異が原因となるヒトの疾患や多くの遺伝子や複数の因子 が関与するヒトの疾患の両方ともに対する我々の理解を、ヒトゲノム配列および解析が終 了したその他の生物のゲノム配列によりどのように膨らませていくのか、議論している 。
双子および養子に関する研究によれば、個体間の行動変化および行動異常には、通常 、大きなそして複雑な遺伝子的構成要素が含まれている。このような複雑なシステムでは 、複数の遺伝子(その個々の遺伝子は表現型にほんの少しだけ寄与しうる)を同定するこ とはこれまでは難しいことであったが、解析が終了した複数のヒトゲノム配列を利用する ことにより、今や対立遺伝子対合(allelic association)などの方法を使用することが 容易になっている。McGuffinたち(p. 1232)は、行動異常についての生物学的基礎をよ り詳細に理解することにより、これらの疾患に冠せられた悪い印象を払拭できると主張し ている。
プライバシーに関する問題と遺伝子情報の公正な使用との間のバランスを適切に保つこ とは、最も困難な問題の一つである。米国連邦法は現実に健康保険の分野での差別待遇に 対してある程度のプライバシー保護を与えているが、継続的に監視を続けることが必要で ある。Jeffords上院議員とDaschle上院議員(p. 1249)は、雇用、学術研究、そして遺伝 子テストにおける極秘性を保護するような政策(特に繁殖科学の分野におけるもの)を作 り出すべきであり、そしてそれを連邦法に導入すべきである、と主張している。結局のと ころ、各国は、どんな遺伝子情報を保護すべきなのか、誰がそのような遺伝子情報にアク セスすることができることとするのか、そしてどのように遺伝子情報を使用しうるのか 、ということを定めなければならない。(NF)
メタファー(暗喩)と意味(Metaphors and Meanings)
ヒトゲノムのシークエンシングは、我々が自分自身についてどのように考えるのか、に対 して影響を与える。Paabo(p. 1219)は、ヒトゲノムとその他の哺乳動物(特に類人猿 )のゲノムとを比較することにより、ヒトと地球上のその他の生物との間でどの程度の類 似性があるのかが示されるだろう、と指摘している。そして、ヒトのゲノムとその他の動 物のゲノムとの間での相違が少ないとなれば、一体何が我々をヒトたらしめているのか 、という洞察が与えられることになるだろう。
最近の書籍ではすでに、ゲノムシークエンシングの衝撃を記録として留め始めており 、そして今号でも3件をレビューしている。Kayは、情報、言語そして慣習のメタファーが 分子生物学の研究プログラムと主張にどのような影響を与えたかを調べた。彼のブックレ ビューにおいて、Lewontin(p. 1263)は、彼女のポスト構造主義的術語により生物学者 を思いとどまらせるべきではないと考えている。これは、彼女がメタファーが誤解を生じ うる理由を効率的に示しているからである。Kellerは、20世紀遺伝学の歴史についてのス ケッチを使用して、“遺伝子第一”という考え方が今や危機に瀕していると主張する 。Carrollのレビュー(p. 1264)では、Kellerの結論には疑問があるとしている。これは 、そのような結論が、複雑な特性を遺伝的に解析することにますます成功しつつあること などの、近年の進展を考慮していないことに、一部起因している。ゲノムそのものについ ての競争の結果、ヒトの病気にいくつかの洞察が与えられ、そしてDaviesの本は、1980年 代中期のその始まりから2000年6月のその終結に至るまで、ヒトゲノムの配列決定に関し て払われた努力を辿っている。 Brennerのレビュー(p. 1265)では、科学、政策およびそのレースに引き寄せられた人 々のこれらの物語に関する彼自身の展望記事が示されている。(NF)
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