AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science May 5, 2000, Vol.288


安定な過渡相(Stable Transients)

カルベンは中性の、化学式的には二価の炭素原子を含む活性種である。カルベンは 合成上重要な多くの有機反応における過度的中間体であるが、単離したり詳細に解 析することが困難であった。Buronたち(p.834)は、カルベンセンターの電気的中性 を保持したまま置換基を変えることによって安定なカルベンをつくることに成功し た。この化合物は‐30℃の溶液中で何週間も安定である。(KU,Nk)

微小マークをスタンプする(Stamping Your (Micro) Mark)

ミクロンサイズの電極は写真平板プロセスとそれに続くエッチングにより形成する ことが出来る。全工程の中でこのプロセスにかかる時間はかなりの部分を占めてい る。Kimたちは(p.831)、接触する金属と金属が溶接により接合される低温溶接技術 を紹介している。パターンを持った金属型を押しつけ、その後引き剥がすことで 、接合された金属が除去される。著者たちは有機発光ダイオード列の形成にこの方 法を応用している。(Na)

亜鈴状の小惑星(A Dumbbell Asteroid)

Mクラスの小惑星は、FeNi金属が豊富と考えられており、分化した小惑星の部分的 に露出した金属コアである可能性がある。小惑星 216 Kleopatra は、その大きなサ イズおよび回転による異常な光反射強度曲線とはかつて二つの孤立した断片であっ たが、それが低速度で遭遇する間に合体し、それの表面掩蔽のタイミングゆえ、集 中的に研究されてきた。この小惑星に関するこれらの事実は、枝分かれした構造あ るいは二重星の系であることを示唆している。Ostro たち (p.836; Hartmann によ る展望記事を参照のこと)は、改良した Arecibo レーダーシステムを用いて Kleopatra を観測し、その小惑星が亜鈴状の形であるという提案をしている。この モデルは、Kleopatra は過去に は二つの分離した断片であったが、それが低速度で遭遇する間に合体し、それの表 面の多くが、一つに固まりきらない角ばった岩石の破片で被われていることを示唆 している。(Wt,Og,Tk)

金属粒子の形成(Metal Grain Formation)

原始的隕石(コンドライト)は太陽系星雲、即ち原始太陽の周囲をガスや塵が渦巻い てる原始惑星円盤でつくられた最初の粒子を含んでいると考えられている 。Meibomたち(p.839)は、コンドライト中で化学的累帯構造を持つFe、Niの金属粒 の起源に関して、円盤の平面及び中心近傍での大規模な塵の蒸発による気体一固体 凝縮モデルを用いて説明している。ディスク面上ではガスは対流によってより低温 の領域へと移動し、金属粒子が凝縮する。このような粒子は円盤の、より低温の外 辺にとどまり、より大きな物体に付着成長するまでその化学的累帯構造を保持して いる(KU,Nk,Og,Tk)

左右相称性化石の年齢(Age of a Bilaterian Fossil)

エディアカラ(Ediacaran)動物群は、カンブリア紀以前の軟体動物の出現を記録して いる。これら化石の年齢と、その相互の関係はよくは分かっていなかった。これが 生じたのは、海洋において炭素同位体組成が大きく変化した時期であり、これはま た、カンブリア紀における種の拡散と、その結果として動物生態の爆発的多様性に 関連しているのかも知れないと思われた。Martin たち(p. 841; Kerrによるニュ ース解説参照)は、ロシアのWhite SeaのZimnie Goryの、最も変化に富み、よく保存 されたエディアカラ動物相は5億5500万年より古いことを示した。この新しい化石年 代決定によって、エディアカラの種の多様性と、海水中の炭素同位体組成とは、明 瞭な関係がないことが 明らかになった。(Ej,Nk,Og)

雲の覆いを貫いて(Penetrating Cloud Cover)

海洋表面温度(Sea surface temperature (SST))は、天候、気候に甚大な影響与えて おり、海洋循環、嵐、生物学的生産性に対して重要な情報を与える。SSTは衛星によ る赤外線探知器で測定してきたが、これらの測定は雲により妨害される。この雲は 地球表面のおよそ半分を覆っているのである。Wentz たち (p.847) は、衛星による マイクロ波測定法によりなされた地球全体および局所的なSST測定を与えている。こ の測定は雲を突き抜けておこなうことができる。彼らの測定は、豊富で詳細な風 、熱帯の不安定な波、および湧昇流について明らかにするものである。(Wt)

地殻の成長(Growth of Crust)

カリウム40(40K)は溶融相に、アルゴン40(40Ar)はガス相に 選択的に取り込まれることから、カリウムとアルゴンの同位体は地殻の成長と進化 を追跡するのに利用される。Coltice たち (p. 845)は、大気中、地殻、そしてマン トル中のKとAr同位体濃度を調べた。彼らによるマスバランスの計算によると,地球 規模の岩石質量の分布計算によると、全地球史を通じてマントルへ沈み込み、これ が大陸の付加した岩石量は現在の大陸の30%以下であり、大陸地殻の成長は、主とし て海台の合体によっている。(Ej,Nk,Og)

群生の多様性と均質化(Community Diversity and Homogenization)

外来性の植物や動物の進入は現在の生物多様性危機の主要な要素であることは今日 では良く知られている。Levineは(p.852、Kaiserのニュース解説も参照)、侵入性の 高い種や群生を描写する要因を説明するデータを提示している。カリフォルニアの 川辺の植生では、実際、多様性により、局所的に進入を減少させている。しかし 、多様性と相関を有する生物的、非生物的要素によると、より多くの進入種を持つ 群生がより高い多様性を持つことが分かる。Rahelは(p.854)、全米の魚類相を研究 し、種の導入と、種の絶滅との相対的な役割を調べている。ほとんど全ての州にお いて、従来とは異なり、種の種類がより似通ってきている。ほとんど共通の種を持 たなかったいくつかの州でも今や20種類以上の共通種を持っている。種の絶滅さえ も(種の絶滅は一般的に地理的に限定された種により多く起こるため)結果的に、こ の州間の類似性を高めている。この均質化の主な理由は、東部から西部へのゲーム 用の魚とそれらの餌となる魚の移動である。(Na)

ギフトの効用(The Benefits of Giving)

自己の利益によって動機付けられている世界にあって、人はなぜ協力し合うのだろ う。とくに、直接的に利益がありそうもない状況において。WedekindとMilenskiは 、人が他人を助けるのは自分自身が共同体において良く見られたいからである、と いう見方を検証した(p. 850; またNowakとSigmundによる展望記事参照のこと)。彼 らは、学生のグループに、お金を寄付したり受け取ったりするが、相互の直接の取 引きは許されていない「ゲーム」を行なわせたのである。その結果、寛大に寄付を 行なった履歴を有するメンバーが、グループの他のメンバーからの気前の良い贈与 をしばしば受け取ることになっていたのである。(KF)

間断のない影響(A Steadying Influence)

眼球の運動を適切に制御するために、脳はからだ全体の筋肉の活動や空間内におけ る頭の位置、動きの意図などに関するさまざまな情報を統合しなければならない 。これは、分散して存在する神経回路、眼球運動神経インテグレータ(oculomotor neural integrator)によってなされている。Nakamagoeたちは、脳幹の脳橋領域に 、小脳の片葉に突き出る一群の細胞があることを同定し、速度をもとに位置を知る 際にそれが果たす役割について記述している(p. 857)。(KF)

光による転写の調節(Light Regulation of Transcription)

植物は光の変化に対して、生理的ないし発生的変化によって反応するが、これらの 変化は光反応遺伝子によって媒介されるプロセスである。Martinez-Garciaたちは 、このたび、フィトクロムの活性形態が転写因子と結びついていること、またこの 転写因子がある種の光反応遺伝子プロモータに見出される要素と結びついているこ とを明らかにすることで、光と遺伝子転写の変化とを結びつける分子的相互作用を 明らかにした(p. 859; またNagataniによる展望記事参照のこと)。(KF)

境界の設定(Setting Boundaries)

テロメラーゼ(telomerase)とは、DNA合成のテンプレートとして自分自身のRNA要素 の一部を用いて真核生物の染色体の末端を埋めるリボ核タンパク質(RNP)酵素である 。イースト酵素を用いて、Tzfatiたちは、このテンプレートの境界(DNA合成が始ま りまた終了する場所)はテロメラーゼタンパク質要素によって決定されるのではなく 、系統発生的に保存されている、RNAの非テンプレート領域にある二次構造によって 決定されることを示している(p. 863)。(KF)

核における遺伝子発現(Gene Expression at Its Core)

TATA-結合タンパク質(TBP)関連因子1(TRF1)はショウジョウバエの胚形成時期に限ら れた組織で発現することから、核RNAポリメラーゼIIの機構は、組織に特異的な性質 を見せる可能性がでてきた。今回、Holmes とTjian (p. 867)は、ショウジョウバエ のtudor遺伝子中にTRF1に応答性のプロモータを見つけた。このtudor遺伝子は2つ のタンデムに並んだ開始部位を持っており、開始部位1からの転写はTBPによって刺 激されるが、他方開始部位2からの転写はTRF1によって刺激される。このタンデム なプロモータの配置によって、遺伝子の特定サブセットを制御する場合に、TRF1が TBPに代わる役割を可能にしている。(Ej,hE)

自己破壊する阻害剤(Self-Destructing Inhibitors)

哺乳類細胞はアポトーシスの内因性阻害剤(IAP)として機能するタンパク質を含んで おり、これは、少なくとも部分的にはカスパーゼ(細胞死に導くシグナルを仲介する プロテアーゼ)を阻害する。胸腺細胞においては、アポトーシスはプロテアソーム (ユビキチン化されたタンパク質の分解を仲介するタンパク質複合体)の阻害剤によ ってブロックされる。Yang たち(p. 874)は、IAPがユビキチンリガーゼ活性を示し 、自己ユビキチン化を触媒しているように見えることを見いだした。この活性はア ポトーシスの刺激に応じて増加することから、胸腺における細胞死の制御にはIAPの 制御されたタンパク質分解が寄与していることが示唆される。(Ej,hE)

ヘルペスウイルスカプシドを詰め合わせる(Packing the Herpesvirus Capsid)

ヒトのヘルペスウイルスは、凍傷からガンに至る様々な疾患の原因となる。Zhou た ち(p. 877)は、低温電子顕微鏡を利用して8.5オングストロームの分解能でヘルペス ウイルスカプシドの3次元構造を決定した。これは、4つの非関連タンパク質の 2億ダルトンカプシド殻からなる。この構造から、4つのタンパク質がどのように してhexon、penton、および、triplexサブユニットを構成しているかが明らかにな った。ここで、カプシドの組立やDNAパッケージングに関与する領域においてヘリッ クス構造が同定された。(Ej,hE)

コヒーレント化学の未来(The Future of Coherent Chemistry)

例えば、原子においては2フォトンがNaを励起するような、また、分子においては 特定の結合を最大限選択的に切断するような、量子現象の制御方法は、フェムト秒 パルスレーザーが開発されたことで急速に成長している。Rabitz たち(p. 824)は 、現在の理論や手法をレビューして、原子間に働く力や、量子演算の特性を、将来 にわたってより深く探索している。(Ej,hE)

死に至る2つの経路(Two Paths to Death)

c-Jun NH2-末端タンパク質キナーゼ(JNK)は細胞のストレスに反応して活性化される が、これはまた、興奮性神経伝達物質のグルタミン酸によって惹起される海馬ニュ ーロンのアポトーシスに必要なものである。Tournier たち(p. 870)は、全ての機能 性Jnk遺伝子を欠くマウスからの線維芽細胞を利用して、Jnkは紫外線照射で誘起さ れたアポトーシスにも必要であることを示した。しかし、ニューロンにおけるJNKの アポトーシスへの影響(これはAP-1転写因子複合体の制御に依存する)とは異なり 、JNKの線維芽細胞における影響はミトコンドリアの死亡情報伝達経路によって仲介 されている。(Ej,hE)

異常な証拠なのか、あるいは、異常な結論なのか?(Extraordinary Evidence or Extraordinary Conclusion?)

Gould たち(Reports, 15 Oct., p. 548)は成熟したサルの新皮質連合領域に新しい ニューロンが存在する証拠を見つけ、このようなニューロンは「連合新皮質の機能 に何かの役割を果たしているかも知れない」と示唆している。NowakowskiとHayesは Goukdたちの分析のキーポイントとなる点を議論している。彼らによると、例えば 、ブロモデオキシウリジン(BrdU)標識を用いて免疫組織化学的な検出を行うと、減 数分裂をしている細胞というよりはDNA修復を行っている細胞を標識することになり 、従ってBrdU標識された細胞を脳室下部領域から新皮質へのニューロンの移動を示 すものとして解釈すると、ニューロンの移動速度が異常に速いものとなってしまう 。さらに彼らは、Gouldたちの仕事に基づくニューロン成長の計算は、「3つの特別 な実験的な証明を要する予言を示すものだが、これらのいずれもがサポートのない ものである」と議論している。これに対して、GouldとGrossは、BrdUが分裂準備過 程にある細胞を実際に標識することをサポートする新しいデータを提出し 、NowakowskiとHayesの指摘する過剰速度のニューロンの移動は「以前に報告したニ ューロン移動の範囲内のもの」であると反論し、またNowakowskiとHayesが行ったニ ューロン成長の計算のいくつかはGouldたちの提出したデータを読み間違えたことに よるものであるとしている。全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5467/771a を参照。(Ej,hE)
[インデックス] [前の号] [次の号]