AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 12, 2000, Vol.288


より早い旅立ち(Earlier Departure)

原人は複雑な石器の利用を身につけた後にアフリカを出たものと推定されてい た。Gabuniaたち(p.1019;BalterとGibbonsによるニュース解説参照)は、中央 アジアのグルジア共和国ドマニシ遺跡で発掘された二つの原人頭蓋骨の化石に 関して、アフリカを出た最初の原人が移動した証拠であることを報告している。 その原人の頭蓋骨はアフリカ原人ホモ・エルガステルに最も良く似ていること、 そしてホモ・エレクトゥスやもっと後のアジアやヨーロッパの原人とは似てい ない。ドマニシ原人は原始的な石器と関係している。地質年代学,古磁気測定 そして特に堆積学との関係や関連する石器、及び脊椎動物の化石を考慮すると, その原人が170万年前のものであることを示している。このことから,アフリカ からの移動が複雑な石器技術の開発前に進行していた。(KU,Og)

水は手品をする(Water Does the Trick)

アルミナのような金属酸化物の表面の反応性は、それらの水和の度合いに強く影響 される。水和した無機質表面の詳細なキャラクタリゼーションは、挑戦的な技術課 題であり、これらの表面の構造と反応性の多くの様相に関する理解は、未だ不十分 なままである。Eng たち (p.1029) は、シンクロトロンX線源を用いた結晶ロッド 回折により、アルミナの清浄表面と水和した表面を調べ、異なる反応性に対する構 造的な証拠を見いだした。清浄表面と対比して、水和した表面はアルミニウムより はむしろ酸素が終端となっている。そして、酸素終端層の直下の二重アルミニウム 層は非常に収縮している。(Wt)

DNAの捕獲と分離(Trapping and Separating DNA)

小さな流体デバイスを用いて長いDNA分子を分離するためのゲル電気泳動法に代わる ものとして、エントロピック・トラップアレー(entropic trap array)法が用いられ ている。この方法では,細い収縮部と、場所によって電圧が変化する静電場とを組み 合わせることで、DNAの動きに対応するトラップを仕掛けた。ここでは、より長い DNA分子はより大きな電気泳動移動度を持つため、そのトラップを容易に逃れる 。HanとCraighead(p.1026)は、微視的につくられたエントロピック・トラップアレ ーを用いて、1.5cmのトラックに長いDNA分子(塩基対5,000から160,000個)を流し 、約15分間かけて分離できたことを報告している。(KU)

昔の冷たいエルニーニョ(Old Cold El Ninos)

エルニーニョ南方振動(ENSO: El Nino-Southern Oscillation)は何回も来ては、 去る、この重要なサイクルは、太陽日射の強度、あるいは、大気中の温室効果 ガス濃度に依存しているようである、と示唆されてきた。Rittenourたちは(p. 1039、Kerrのニュース解説も参照)、その地方の気候を代弁するニューイング ランドにある湖の層状堆積物の厚さの記録を17,500年前から13,500年前までの 4000年間分を集大成し、分析した。彼らはENSOと同周期の気候変化の強弱サイ クルを観察した。そのことは、ENSOが最終氷期末期のような現在とは非常に異 なった気候の最中にも発生していたことを示唆している。(Na,Og)

ばい煙により太陽光が増す(More Sunlight via Soot)

エアロゾルは、雲の水滴のサイズを大きくし、また雲の中の水分量あるいは雲の広 がる範囲を増やすことにつながる凝結核として振舞うことにより、地球の反射率 (albedo:太陽からの入射光の強さに対する反射光の強さの比)を増加させて、その 結果、気候の寒冷化を起こすと考えられている。これら全ての効果は、太陽からの エネルギーをより多く宇宙に反射してしまう。最近になってAckermanたち (p.1042;SchwartzとBuseckによる展望記事参照)は、高いエアロゾルの濃度が反射率 を低くし、温暖化を促進し得ることを示した。エアロゾル汚染によって、貿易風積 雲(trade-cumulus clouds)の範囲が、日中に半分以上も少なくなりうる。それは 、熱帯の収束ゾーン(convergence zone)における深い対流を弱めて大気循環に影響 させる要因となる。(TO)

海面の上昇(Going Up)

最終氷期最盛期(glacial maximum)以降の氷床の溶解により、海面水位は約150 メートル上昇した。水位の記録のほとんどはサンゴ礁から得られてきたが、こ れらは氷解の初期の部分について粗い概要しか与えていない。Hanebuthたち (p.1033)は、インドネシアのスンダ大陸棚(Sunda Self)から水位記録を得た。 そこでは水面上昇により安定した大陸棚が冠水した。多くの掘削コアの堆積層 序(sediment sequence )と炭素同位体年代測定から、高精度な記録が得られた。 約14000年前の数百年の期間において、氷解した水が海面を18メートル急激に 上昇させたことを示している。(TO,Og)

初期地球の希ガス(Noble Gases Leftover from Early Earth)

希ガスは地球の分化過程を追跡するのに利用することができる。Trieloffたち (p. 1036; Kaneokaによる展望記事参照) は、ハワイとアイスランドの溶岩中 に、下部マントルからのホットスポットプルーム起源の希ガス同位体を見つけ た。ネオンの同位体の特徴は太陽の特徴に似ている。しかし、非放射性のアル ゴン、クリプトンやキセノン同位体は非宇宙起源の成分であり、大気の組成の 特徴を持っている。これらの微量成分と、他の同位体との相関関係から、下部 マントルの希ガスの特徴は、初期地球を形成する太陽風に照射された微惑星の ネオン初期濃度を表すとともに、より重い希ガスは初期マグマオーシャン時代 の初期分化を反映している。(Ej,Og)

からだの鉄を盗み取る(Stealing Your Iron)

細菌や病原体の大部分にとって鉄は必須な栄養分なのだが、宿主である哺乳類とい うのは、その鉄が非常に厳しく制限された環境なのである。うまくやってのける 、言い替えれば悪性の病原体は、鉄を制限する宿主の環境をうまく出し抜いている わけである。RamananとWangは、病原性酵母である鵞口瘡カンジダ(Candida albicans)に存在する2つの高親和性鉄-透過酵素遺伝子を同定し、そのうちの1つで あるCaFTR1が、病原性において重要であり、マウスの全身性感染を引き起こす際に 重要な役割を果たしていることを示している(p. 1062)。(KF)

B型インフルエンザはアザラシに宿る(A Seal Harbor for Influenza B)

インフルエンザ・ウイルスに感受性のある動物は、ヒトに対してそのインフルエン ザを供給する自然な「供給源」になってしまいうる。そうした供給源は、A型インフ ルエンザについては発見されていたが、B型インフルエンザは人間にだけ感染すると 考えられていた。Osterhausたちは、オランダで発見されたアザラシから得たB型イ ンフルエンザ・ウイルスを単離したと記述している(p. 1051)。血清を分析すると 、そのウイルスはアザラシの集団に1995年頃に入り込んだことがわかり、遺伝子を 分析すると、それはヒトのインフルエンザのウイルス株と非常に類似していること がわかった。(KF)

右側にくっつく(Stuck Offside)

高等動物において目につきやすい特徴である両側性の対称性には、例外がないわけ ではない。たとえば、鳥類や哺乳類では、心臓は発達につれて片側にループしてい く。こうした非対称性を引き起こす信号伝達イベントは、原腸形成のもっとも早い 段階から始まっているらしい。Garcia-Castroたちは、このたび、一般に細胞接着を 仲介する分子であるN-cadherinが、ニワトリの胚の適切な場所で適切な時期に発現 することで、左右非対称性のもっとも初期の仲介者として働いていることを実証し た(p.1047)。このことからすると、非対称性の確立に帰着するプロセスには、すで に知られている信号伝達イベントだけでなく細胞接着も関与している可能性がある 。(KF)

ループを回る(Loop the Loop)

より簡単な時代には、概ね24時間の概日時計を動かしている装置は、ある遺伝子 の転写を引き起こすポジティブに作用する転写因子からなると考えられており、こ の遺伝子がコードするタンパク質がポジティブエレメントを妨害して自らの転写を 阻害するというフィードバック機構を果たすと考えられていた。今回、Shearmanた ち(p.1013; Barinagaによる記事と表紙を参照)は、最近ショウジョウバエの時計 でわかったのと同様に、哺乳動物の概日時計にも実際にはさらに2つの”装置”が あることを示している。ネガティブなエレメントはCRYであり、これがヘテロ二量体 CLOCKとBMAL1のポジティブな作用を妨害する。著者は、PER2がBMAL1のポジティブ制 御因子であり、CRYがPER2のネガティブ制御因子であることを示している。次の段階 は、この複雑な振り子がどのように概日周期を制御するかを解明することであろう 。(An)

害の経路において(In Harm's Pathway)

腫瘍サプレッサータンパク質p53は、DNAダメージのようなストレスを与えた細胞を 死亡させる。p53タンパク質は、Baxタンパク質の発現の増加をさせることによって 、細胞死を起こす。しかし、証拠によれば、他の遺伝子の発現もp53誘発細胞死に関 与することが示唆された。Odaたち(p 1053)は、p53欠乏マウス細胞ではなく、正常 な細胞だけにおけるX線照射に応答し、発現する遺伝子をスクリーンした。p53によ って直接に制御されるとみられるNoxaという遺伝子を同定した。Noxaの過剰発現は アポトーシスを引き起こし、Noxaはミトコンドリアにおける抗アポトーシス性 Bcl-2ファミリのタンパク質と相互作用した。Noxaに対するアンチセンスRNAは 、p53と応答してNoxaの発現を防ぎ、p53誘発アポトーシスを抑制した。このように 、Noxaは、p53によって制御される新しい標的であり、ストレス誘発性細胞死に関与 するようである。(An)

スイッチの上におかれた指(Finger on the Switch)

抗体によってH鎖のクラススイッチが押され、それ故、そのエフェクター機能が決定 されるプロセスは、抗原への免疫反応の決定的なステップである。このクラススイ ッチ組換えのトリガーとなる信号は、DNAのスイッチ領域によって不稔RNA転写物 (RNAやタンパク質産生をコードしない)が転写することを促進する。これら不稔 RNAはクラススイッチング組換えには決定的な役割を演じているように見えるととも に、試験管内でのスイッチ配列について、安定なRNA/DNAハイブリッドを形成してい るように見える。Tracyたち (p. 1058; Stavnezerによる展望記事参照)は、RNA/DNA ハイブリッドは、スイッチングを刺激する条件下でin vivoで単離可能であることを 示し た。RNA/DNAハイブリッドを特異的に分解するリボヌクレアーゼを発現する遺伝子組 換えマウスで、ハイブリッドが大きく減少している。さらに、これらのマウスのB細 胞中のクラススイッチもこれに伴って減少する。(Ej,hE)

北半球の海氷の広がり(Northern Hemisphere Sea Ice Extent)

Vinnikovたちは1953年から1998年の北半球の海氷衰退と2つの気候モデルを比 較して、 (p. 1934、12月3日のレポート)、観測された海氷の衰退の規模が自 然な気候変化で起こりうるものより大規模だったことを発見し、海氷の衰退を 調べることで、人為的な地球規模の温暖化の追跡も可能であろう、と結論つけ た。MoritzとBitzは、ここで用いられたモデルの一つである、地球物理流体動 力学研究所(GFDL:Geophysical Fluid Dynamics Laboratory)で開発されたモデ ルを用いた結論が、いくつかの隣接するモデルのグリッドセルで海氷の厚さの 正の値が偽の負の値で置き換えられるものを含んでいる、と主張している。更 に、彼らは、Vinnikovたちが研究した期間より以前の50年間には、海氷は10年 間に130,000km2の割合で増加していたことを示し、彼らの示唆し ている傾向が、その後の50年間で人為的な理由だけで海氷が衰退したのかどう かの疑問を提示している。Vinnikovたちは、海氷の厚さの負の値はGFDLモデル の空間的極フィルタにより起こるものであり、その影響は海氷の厚さがモデル の大気成分に渡されるときに解消する。一方、1900年から1952年までの海氷記 録の質は非常に変化に富むもので、観測結果から海氷の変化を抽出するために 用いることは出来ない、と応えている。これらのコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5468/927aで読むことが出来る。 (Na,Og)
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