AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 28, 2000, Vol.288


トルコにおける地震の確率(Earthquake Probabilities in Turkey)

1999年にトルコで発生したIzmit-Duzce大地震は、1939年以来、北アナトリア断層上 で西に向かって進んできた一連の大地震の最新のものである。もし、この一連の地震 がさらに西に進むなら、トルコで最大人口を抱えるイスタンブールも、大きな揺れを 経験することになるかもしれない。なぜなら、イスタンブールは、その断層の西側で マルマラ海に入る分岐点の、すぐ北に位置しているからである。Parsonsたち(p.661) は、最近500年間におけるこの地域で歴史に残る地震を更正したカタログを作成し、 これに一番最近の発生から歪みが移動していく効果を算入することによって、イスタ ンブール近郊での大規模な地震が生じる確率を明らかにした。 彼らは、イスタン ブール近くの大規模な地震が起きる確率が今後30年間で65%であること、また10年以 内では41%であることを導き出した。(TO,Og)

ロック処理されたフェムト秒パルス(Femtosecond Pulses in Lock Step)

フェムト秒光パルスは、波動の数サイクルに相当し、通常、これらのパルスはパルス 間にいくらかの相対的な位相シフトを持って射出されている。Jones たちら(p.635) は、自己参照技術(安定なマイクロ波クロックと直接比較する光学的周波数計測技 術)を利用する極短パルスのキャリア(中心周波数)位相の安定化法について述べて いる。彼らは、微細構造を持った光ファイバを利用して、レーザパルスを、高周波側 のスペクトル線が、低周波側周波数の少なくとも2倍となるような1オクターブ分高 い帯域のスペクトル線を低周波ライン域を2倍の周波数にした。彼らは低周波数スペ クトル線を2倍にし、これを高域側のスペクトル線と比較し、このパルス位相差を フィードバックによって調整している。実証実験では、本方法が光学的計測法におい て革新的技術であり、超高速の動的プロセスを研究してくための貴重な技術資産にな ることが示された。(hk)

励起されて周囲を飛び回る(Excited and Hopping Around)

高分子発光ダイオードにおいて、電荷キャリア(電子とホール)は導電性の共役高分子 に沿って移動し、そして再結合して励起状態,或いは励起子を形成して光を放出す る。Nguyenたち(p.652;Mazumdarによる展望参照)は、メソポーラスなシリコンホス ト上(鎖がオーバラップしたバルク構造を形成している)と細孔内部(個々の鎖が孤立 している)に吸着した高分子を研究し、鎖‐鎖間のホッピングに対する、鎖に沿って 動く励起子の相対速度を調べた。ヘムト秒の時間スケールで放射光の偏光を研究する ことにより、彼らは鎖‐鎖間の励起子移動が鎖に沿っての移動より二桁程速いことを 実証した。このような結果は当初の電荷キャリア、即ち電子とホールは鎖‐鎖間より も鎖に沿ってより高速に動いているという考えと相反するものであり、高分子LEDの デバイス構成を更に最適化しうることを示している。(KU)

星の形成を見る(Seeing Star Formation) Diabetes)

原始星--気体と塵からなる高密度の比較的小さな雲--は、電波によって探知されてき た。しかし、光学あるいは赤外波長では、このこの若い天体を取り囲む原始星周囲の 円盤がこれらの波長でのエネルギーをすべて吸収するため、見ることができない。 Cernicharo たち (p.649) は、中間赤外波長域にある3つの透過波長帯をを利用し て、赤外宇宙望遠鏡(Space Observatory(ISO))を用いて集められた原始星天体のスペ クトルを解析した。彼らは、オリオン星雲中の VLA1 を含む最も若い原始星のいくつ かの大きさ、温度、成分の特徴を捉えた。そして、そのクラスの原始星は、以前考え られていたよりも複雑であることを示した。特に、これまでは検知されなかった CH4 の氷の吸収とともに、H2O、CH3OH、 CO2 のような氷が存在する大きな領域をいくつかの原始星の中心核に見 出した。(Wt,Nk)

超伝導性をスイッチングする(Switching on Superconductivity)

通常、超伝導性は材料の温度を遷移温度以下に下げることで実現する。電界効果トラ ンジスター(FET)の接合面に十分な電荷を蓄積することで超伝導性を誘発することが 出来るはずであり、このアプローチでは、超伝導性をスイッチング出来る可能性があ る。しかしながら、従来は抵抗がゼロまで下がらなかったため、スイッチング出来る 超伝導性は実現しなかった。Schonたちは(p. 656)、FETの活性材料にアルカリを添加 したC60を用い、一つの分子あたり3コの電子をFETの伝導チャンネルに注 入することで、そのチャンネルが超伝導性になり、その超伝導性が11Kまで維持され る事を示している。(Na)

始生代の大気組成(Archean Air Quality)

地球の大気には植物やラン藻類の光合成で生産される酸素が豊富に含まれている。大 気は時間と共に変化するため、地球の大気が酸素豊富になり始めた時期を決定するこ とは困難である。Canfieldたち(p. 658、Paytanの展望も参照)は、太古の海洋硫化物 中のイオウの同位体分別を利用して始生代初期の大気の酸素濃度を決定した。高酸素 濃度は大量の硫酸塩を生産し、これらの硫酸塩は細菌により硫化物へ還元される過程 でイオウの同位体分別が起きる。始生代初期(34億年前から28億年前)の硫化物サンプ ルでは低い同位体分別レベルを示すが、原生代(25億年前から5億年前)のサンプルか らはより高い同位体分別レベルを示しす。このように、始生代初期の大気は細菌が存 在しなかったことで酸素濃度は低かった、原生代になって始めて酸素が豊富になり、 色々な生物の繁栄が始まった。(Na,Tk,Og,Nk)

RNAポリメラーゼIIのイメージ(A View of RNA Polymerase II)

細菌や真核生物の転写は、コアに多数のサブユニットからなるRNAポリメラーゼを持 つ複雑な分子機構によって制御される。Cramerたち(p. 640; および、Conaway と Conawayによる展望記事参照)は、3.5オングストロームの解像力で10個のサブユニッ トからなる酵母RNAポリメラーゼIIの結晶構造を決定した。下流DNA、DNA-RNAハイブ リッドおよび新生RNAの予想される位置がこの構造上にマッピングされた結果、転写 を停止して校正しながら高度なプロセシングを伴って、どのようにしてRNAが重合す るかの見識が得られる。この構造解明によって、転写因子がRNAポリメラーゼIIとど のように相互作用をし、どのように重合開始と伸長を制御しているかを調べることを 可能にした。(Ej,hE)

より若く、より良く(Younger and Better)

最近の、成体動物の体細胞からの動物クローニングが注目を集める中で、クローン動 物は正常な寿命を全うできないのではないかとの疑念がくすぶっている。細胞は一生 の間に決まった回数しか分裂できないので、クローニングに利用される成体動物の核 から得られる子孫は細胞分裂回数が限られているのかも知れない。Lanzaたち(p. 665; Vogelによるニュース解説も参照)は、その疑念は当てはまらないことを示し た。たとえ老化した細胞が核のドナーとして使われたとしても、クローン子ウシの細 胞は同年齢の通常動物の細胞よりも多数の細胞分裂をすることが出来ることができ る。もう1つの細胞加齢を推定する指標であるテロメア長も、クローン動物の細胞中 では、通常動物に比べ、減少するどころか増加していた。どのようにしてクローニン グプロセスがドナー核を、より若い状態にするのかのメカニズムは正確には分からな いし、ましてや、上記のクローン化生物の寿命に関する知見は分かってない。しか し、成体動物の細胞を使ってのクローニングは現実的選択のように思える。(Ej,hE)

遺伝子治療の試み(Gene Therapy Trials)

Cavazzana-Calvoたち(p.669;Andersonによる展望参照)は、重症複合型免疫不全ーX1 を持つ二人の子供を含む遺伝子治療の試験結果を報告している。この患者たちはT細 胞とナチュラルキラー(NK)細胞発生に欠陥を持っており、その結果ニューモシスティ ス カリーニ感染、下痢、移植片対宿主病及び異常成長を含む一連の症状を引き起こ す。患者たちは、gcサイトカイン受容体サブユニットにたいする配列を含んだレトロ ウイルスベクターを用いて治療された。10ヶ月間の追跡期間中、導入遺伝子を含ん だT細胞とNK細胞の数と機能の増加が、明瞭な臨床面での改善と合わせて観察され た。(KU)

においはどこに至るのか(Where the Scent Went)

ショウジョウバエ(Drosophila)は、においの違いを区別する優れた記憶システムを 持っている。Zarsたち(p.672)は、以前の研究とは異なり、嗅覚学習のためにどの脳 構造が必要というよりむしろ十分であるかを明らかにした。彼らは、野生型のアデニ ル酸シクラーゼを、このタンパク質の機能的形態(functional form)が欠如している ルタバガ突然変異体(rutabaga mutants)の特定の脳領域に投与した。その結果、キノ コ体の中のKenyon細胞は、短期嗅覚記憶の形成に対して十分な能力があることを発見 した。(TO)

細胞の記憶を生き長らえさせる(Keeping the Memory Alive)

不活性化したポリオウイルスをほんの少し、子どものときに摂取すると、成人になっ て曝されたポリオウイルスを不活性化できる、記憶をもった免疫細胞の集団が生み出 されることになる。これは、たとえ子ども時代以降大人になるまでそのウイルスに曝 されていなくても、そうなのである。このような細胞が生き続けられるのはどうして なんだろう? Kuたちは、この記憶をもった細胞が、いくつかのサイトカインの間の 絶妙なバランスの上に維持されていることを示している(p. 675)。インターロイキ ン-15(IL-15)とインターロイキン-7(IL-7)は、細胞の分裂をゆっくりと行なわせ続 け、一方IL-2が、そうしたプロセスへのブレーキとして働くことで、細胞分裂が制御 下に置かれるのである。(KF)

精神分裂病へのリンク(Links to Schizophrenia)

精神医学的な、あるいは行動性の障害に関する遺伝学は、決定的でなくまた再現性を もたない知見によって足かせをはめられつづけてきた分野である。Brzustowiczたち は、精神分裂病への感受性と関連しうる座位をゲノム全体に対して走査して探し、高 度に有意な関連が染色体1q21-22にあることを発見した(p. 678)。関連の強さは、従 来の研究において見出されたものよりはるかに大きかった。この関連の研究が成功し ているとすれば、それは非常に大きな複数世代にわたる家族群を対象にしたためかも しれない。(KF)

カラダよりも脳が先(Mind Before Body)

哺乳動物の主たるペースメーカーは、脳の視床下部の中心に位置しているが、体のそ の他の組織にある除去されても短時間は独立に動作できる振動子によって、その働き を補強されている。光-産生酵素であるルシフェラーゼを内因性時計遺伝子である Per1のプロモータによって調節されるようにした遺伝子組換えラットを作ることで、 Yamazakiたちは、光の周期を早めたり遅くしたりする(簡単にいうと、ラットを地球 を半周する飛行機に乗せるようなことをする)ことで、脳の振動子および肝臓、肺、 骨格筋などの振動子に及ぼされる影響を調査した(p. 682)。脳の時計は容易にリセッ トされて新しい時間に対応したが、末梢性組織の時計は、時差を解消するのにもっと 時間を必要としたのである。(KF)
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