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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science January 22, 1999, Vol.283
引力の(魅力的な)計算 (Attractive Calculations)
多くの天文学的観測をモデル化するのは難しいことである。その 理由は、広範な規模と大きさに渡って数百万の粒子間の重力相互 作用を計算する必要があるからである。Hut と Makino (p.501) は、Gravity Pipe (GRAPE) と称される一連の専用計算機により 得られた、いくつかの重要な天文学的結果についてレビューを行 なっている。この計算機は、ただただ、数十億個もの粒子間の重 力相互作用の詳細な計算を行なうことに専念する。一方、標準的 計算機はプログラム中の他の全ての命令を扱う。世界の最速計算 機の間で、GRAPE 一族の計算機は、高密度な球状星団中心部の 重力崩壊現象や、銀河が衝突するとき二つのブラックホールが渦 巻き状に合体していく現象や、粒子間の衝突から微惑星間の衝突 にいたるまでの惑星形成過程の物理的描像を洗練したものにして きた。(Wt,Nk) 【訳注】Gravity Pipe(GRAPE) は、東大教養学部杉本大一郎教 授(現在は放送大学教授)を中心に、天文関係の研究者を中心に開 発されてきた専用計算機である。これは上述のように(1/距離 の2乗)の特性を持つ重力相互作用を非常に高速に計算する。星 相互の運動をニュートン力学に沿って解く場合(N体計算と呼ば れる方法)、粒子数が多くなると、運動方程式自体は粒子数に比 例するのに対して、重力相互作用は粒子数の2乗に比例するため、 多くの粒子を含む系では計算のほとんどを後者が占めるようにな る。力が近距離力であれば、適当な距離(カットオフ)を入れて 相互作用の範囲を限定することができるが、重力相互作用は遠距 離力でその全衝突断面積が無限大となることからも判るように、 無限に遠い位置からの相互作用を容易に無視することはできない。 これが、粒子数の少ない場合の計算には、結果に疑問が残る理由 である。この意味では、GRAPEはこの理論の抱える問題を正面か ら計算で取り組む「真に物理学的発見のために開発された計算機」 といえるであろう。ちなみに、この(1/距離の2乗)の力はクー ロン相互作用も同じであり、従って、核融合プラズマ中の集団現 象の計算(N体計算)や、材料科学分野のイオン系の分子動力学 計算にも用いることができる。現在はこのような分野への応用も 広がりつつある。(杉本大一郎編 専用計算機によるシミュレー ション 朝倉書店 1994,国立天文台研究会ワークショップ収録 「専用計算機GRAPEによる天体物理学」1990参照)(Wt,Nk)
ナノチューブの並び(Nanotube Arrays)
最近のナノチューブ合成の発展により、広い範囲に渡り整列され たナノチューブの成長が可能となってきた。Fan たち (p. 512) は、ナノチューブ成長に先立って表面に触媒をパターングするこ とにより、ナノチューブのブロックのパターンを高度な制御性を 保ちながら作成することができることを示した。これによりナノ チューブ作成はより一段高いレベルに移行した。これらのブロッ クは、低駆動電圧と高電流安定性というような魅力的な電子の電 界放出特性を有することが示されている。これらはデバイスに用 いられる可能性がある。(Wt)
エルニーニョの歴史(El Nino History)
どれ位の昔からエルニーニョは活動し、太平洋沿岸の気候へ影響 を与えていたのだろうか。Rodbellたちは(p. 516、Kerrのニュー ス解説とSandweissたちの展望も参照)、そのカギを与える可能性 のあるエクアドルのアルパイン湖の15,000年間の記録を提示して いる。この湖の沈降物の中には大量の降雨を示す周期的な土石流が 含まれている。現在では一般に、これらの土石流はエルニーニョに よりもたらされる大雨とほぼ同時期に発生している。(Na,Nk)
反射を押さえる(Upon Reflection)
ガラス表面に反射防止膜をつけると、好ましくない反射を減らすだ けでなく透過光が増え光学系の性能が向上する。しかしながらより 高性能をうるには、はるかに低い屈折率を持つ材料が必要となる。 Walheimたち(p. 520)は、1819年フラウンホーファによって最 初に考えられたアプローチを借用して多孔性の材料を作り、空気を 取り込むことによって材料の誘電率を低くした。フラウンホーファ の場合はガラスをエッチングして作ったが、著作達はナノサイズの 多孔性の高分子膜を用いている。ポリスチレンとポリメチルメタク リレートの混合液をガラス上にスピンコートすると相分離を起こす。 どちらかのポリマーを選択的に除去すると低屈折率の反射防止膜が 得られる。この方法は多層膜形成にも応用され、かつ 弗素系ポリマ ーと同じように機械的にも強い材料へ展開可能である。(KU)
恐竜のソフト面(The Soft Side of Dinosaurs)
恐竜などのような絶滅した動物の生理学の分析は殆ど化石化した硬 い組織と想定する類似種や痕跡化石の分析に依存している。新しい、 いくつかの珍しい恐竜の化石により、柔らかい組織と内臓、すなわ ち生理学を直接観察できるようになった。Rubenたちは(p. 514、 Wuethrichのニュース解説も参照)、小さなtheropod Scipionyxの 驚くべき特徴を記述した。紫外線画像を用い、肝臓や筋肉、内臓の 腔の位置と大きさが推測された。著者は、この恐竜は横隔膜による 肺換気システムと独特の運動生理学を持っていた、と結論つけた。 (Na)
ポリマークラスターを縫い合わせる (Stitching Together Polymer Clusters)
より小さなオリゴマの部分架橋によって、高い異方性を持つポリマー 分子を合成することが出来る。Zubarevたち(p. 523)は、コイル状 のスチレンブロックを短いポリブタジェンブロックの固い棒状のブロッ クと結合しているオリゴマを合成した。ポリスチレンのコイルによる 立体障害によって、ポリブタジェングループの反応性が阻害されるよ うである。液晶性オリゴマーを250℃に加熱しても 高度に架橋結合し たゲルは形成されず、その代わり分子量70,000近傍で高いピークの 分子量分布をもつポリマーが得られた。そのポリマー物質は異方性 (2nm〜8nm)を示し、前駆体オリゴマーに比べより強い液晶的振 る舞いをする。(KU)
混合に注目する(Minding the Mix)
大気と海洋のプロセスは,海洋の上層100メートル付近において大き な規模で結びついており,そこでは表面の加熱や冷却,風や表面波が, 乱流(turbulence)や海水の混合プロセスに寄与している。だが,海洋 上層の混合プロセスの多くは,詳細に理解されてはいない。Rudnick とFerrari(p.526; Schmittによる展望記事参照)は,高解像度の計 測器で,海洋上層の温度と塩分濃度とを同時に20メートルから10キ ロメートルの距離スケールで測定した。これらのデータを解析した結 果,混合層においては主に密度の勾配が水平混合(horizontal mixing) を活性化していること,そして温度や塩分濃度の勾配が,密度による こうした効果に全ての距離スケールで補正することが示された。(TO)
分子の再配置(Molecular Redeployment)
チョウ羽の眼点は、肉食動物を回避するための比較的に最近の順応で ある。Keysたち(p 532)は、この色素沈着を制御する発生のオーガナ イザがフォーカスと呼ばれ、Hedgehogのような多数の調節分子を補 充したが、このような調節分子がすでに羽の発生に関与することを示 している。進行において、新たな構造によって、既存の分子命令のカ セットが修飾され、共有化されるが、新たな理学的特色が進行するこ と毎に調節経路を完全に再構築することがこのような共有化によって 不要となる。(An)
神経が血液を生じる(Nerve Begats Blood)
前駆細胞が生成できる細胞と組織の種類に対して、多様な制限がある。 ところが、Bjornsonたち(p 534; Muroによる記事参考)は、成体型の 神経幹細胞がそれほど制限されていないことを示している。胞照射され たマウスに神経幹細を注射したとき、この幹細胞が造血細胞になること ができた。このように、以前の考えかたより、神経外胚葉と中胚葉の間 の発生的境界がもっと柔軟であるかもしれない。(An)
タバコシンタキシン(Tobacco Syntaxin)
形質膜におけるアンカーがタンパク質相互作用領域に付着するタンパク 質は、タバコにおいてLeymanたち(p 537)によって同定され、酵母と 哺乳類の細胞におけるシンタキシンと類似する構造と分子機能を表して いる。しかし、他のシンタキシンと異なって、小胞交通を補助せず、こ のタバコシンタキシンは、アブシシン酸という植物ホルモンに対する細 胞応答を仲介している。アブシシン酸情報伝達において、小胞交通の役 割、または小胞交通以外のシンタキシン機能がまだ不明でありながら、 興味深いことでもある。(An)
リズムの抑制(Inhibited Rhythms)
同期的なニューロンの発火パターンは、てんかんの際に、睡眠のよう な正常な生理的条件の下でも見い出される。視床の網状核 (reticular nucleus)は反復性の抑制性出力を生成するが、これがニュ ーロンのリズム性および振動性の発火を調節するのに重要である可能性 がある。Huntsmanたちは、-アミノ酪酸A型(GABAA)受容体の第3サブ ユニットを欠くノックアウト・マウスを解析した(p. 541)。この特別の サブユニットは、視床の網状核など、脳の特定の場所においてだけ発現 している。ノックアウト・マウスから得られたスライスでは、網状核で のGABA作動性抑制がひどく損なわれており、超同期的なニューロンの 活性が観察された。このように、側抑制は同期的なニューロンの出力を 形成する際に重要な役割を果たしているのである。(KF)
偶発死を防ぐ(Avoiding Accidental Death)
通常、腫瘍壊死因子受容体1型(TNF-R1)は、受容体を凝集させ、TNF-R1 の死の領域を介した信号伝達を活性化するために、それ自身のリガンド TNFの三量体を必要とする。しかし、TNF-R1が過剰発現すると、リガン ドが存在しない条件下でその活性化を誘発してしまう。Jiangたちは、 TNF-R1に構成的に結合する「死の領域のサイレンサ (SODD: silencer of death domain)」と呼ばれる一つのタンパク質を検 出した(p. 543)。TNFへの結合の後、SODDは遊離し、それから信号伝達 するタンパク質と結合する。SODDは、通常、リガンドの非存在下におけ るTNF-R1の偶発的な活性化を防ぐよう機能しているのであろう。 TNF-R1が過剰発現すると、限られた量のSODDの限界を超えて、不適切 な活性化が導かれうるのである。(KF)
良い成績の予測(Predicting Good Performance)
ニューロンのイオン・チャネルの多重度および脳におけるニューロンの 多重度は、しばしば、分子を基礎とした行動のモデリングをもたらすが、 これは終わりのない試みである。Usherたちは、視覚的弁別課題を行なっ ているサルの青斑核ニューロンに焦点を合わせた(p. 549)。彼らは、行 動の成績と関連していそうな、ニューロンの活性度の揺らぎを観察した。 モデリングを通して、著者たちは、そうした揺らぎの原因をギャップ結 合経路の変化に帰することができた。それから彼らは、そうした経路が、 視覚的な記銘力に影響を与えることになるニューロンの活性の基礎と なっているという提案を支える実験的データを得た。(KF)
富むものは富みつづける(The Rich Stay Rich)
熱帯森林における種の豊富さを説明する1つとして,中くらいの外乱仮説 (intermediate disturbance hypothesis)があり,すなわち森林の局所的外乱 は,交代する種(replacement species)が次々と起こり,それは林冠木で終わ り、そしてある適切な率で外乱が起こると,森林は異なる連続した状態のパッ チワークになる、と言うものである。しかし,実験的検証から,この理論に欠 落があることがわかった。Hubbellたち(p. 554;Tilmanによるカバー記事参照) は,パナマの熱帯森林における自然間隙(natural gaps:大きな木が倒れた後 に出来る小さな空間)における幼樹や若樹(seedling and sapling)の定着を13 年間に渡り研究し,間隙は単純にその場所に存在する種によって満たされてし まうことがわかった。このことから,種に富んだ森林は,種の分散や競争によっ てではなく,適時・適所生じるという暗黙のプロセスによって維持されている。 (TO,Ej)
凍結への遷移を捉える(Caught Freezing )
直鎖アルカンは最も単純な有機化合物の1つであるが、より長いアルカン の溶融時や凍結時の振る舞いはよく分かってない。炭素の数が偶数か奇数 かによって溶融温度が異なる傾向のある「偶数-奇数」効果は、凍結温度 においてはそれほど明白ではないが、それでも偶数の炭素数のアルカンは 過冷却するのに対し、奇数のものはそのような傾向を示さない。Sirota と Herhold (p. 529)は、時間解像度をもつX線散乱を使い、結晶化時、 C16 と C18の遷移回転子相(transient rotator phase)が形成されてい ることを捉えた。安定な三斜晶系への結晶化は、この遷移相を仲介して いる。(Ej,hE)
プラスミド分配におけるサイレンシング (Silencing in Plasmid Partitioning)
真核生物の染色体分離に関して言えば、プラスミドの分配によって遺伝子 要素は娘細胞間に分割される。動原体のと動原体周辺の転写サイレンシン グは染色体分離時に機能することが示されてきた。また、転写サイレンシ ングはプラスミド中にも見られる。Rodionovたち(p. 546)は、P1プラス ミドの動原体性サイレンシングの要素とメカニズムを調べた。特に、ParB タンパク質は、DNAのサイレンシング領域と関連していて、DNA要素であ るParSは、ParBが重合するときの核形成部位としての役割を果たしてい る。また、サイレンシング変異体は分配ができないため、プラスミドの分 配にはサイレンシングが必要なのであろう。(Ej,hE)
isoleucyl転移RNA合成酵素の校正、に関するやりとり (Proofreading by Isoleucyl-Transfer RNA Synthetase: Response)
1998年4月28日号の報告で、Nurekiたちは、isoleucyl転移RNA(tRNA) 合成酵素の構造を記述した。1998年12月11日号の技術的コメントで、 Xiayang Qiuは、報告にあった図4とそれについての議論、「IleRS編集部 位をボールと棒の表現でステレオ表示した」もの、を批判した。本日公刊 されたそれへの返答で、Nurekiたちは、説明と彼らの解析に関するさらな る詳細を提示し、彼らの「最新の実験で(挿入領域)CPIのこの領域の編 集の重要性が裏づけられた」と述べている。彼らは、「この分野の際立っ た問題は、活性化され損なった基質がどのようにして活性部位から編集部 位へ移動したか、である。もっともありそうなのは、重大な立体配置的変 化が関与しているということである」と言っている。これらのコメントの 全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/283/5401/459a
で見ることができる。(KF)
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