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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science January 29, 1999, Vol.283
希ガスのリサイクル(Recycling Rare Gases)
マントル内のアルゴンは玄武岩を含むマグマの噴火により大気中 に放出される。大気中のアルゴンの蓄積量(と、その同位体の特 徴)は、時間経過による脱気の経過を調べるのに用いることが出来 る。しかしながら、Sardaたちは(p. 666)、大西洋中央海嶺全体 の玄武岩内のアルゴンと鉛の同位体比の調査から、大気中のアル ゴンがマントルに再回収されて、マントル中で十分に混ざり合っ ていない証拠を示した。大気との混合に起因する大気性アルゴン の特徴である、アルゴン-40/アルゴン-39比率の低い岩石では、 地殻材料が回収されていることを示す放射性の鉛を含有している 例が多い。(Na,Og,Nk)
トラップされた岩石圏が力を貸す (Trapped Lithosphere Powers On)
岩石圏(地殻とマントルの最上部)の伝導率を測定することから, 他のリモートセンシング技術では得ることのできないであろう, 地表下の組成と構造的進化に関する情報が得られる.Boerner たち(p.668)は,南部チャーチル地方とその隣接している,その 地方の北東部にあるそれよりは新しい原生代の地帯にかけて, 地球磁場の調査(アルバート基盤の断面調査の岩石探針の一部分) をした.データの分析とモデリングから,チャーチル地方の岩 石圏は,隣接する原生代の地形より,伝導性が高いことが示さ れた.チャーチル地帯が2つのサブダクションゾーン(沈み込み 帯)の間でトラップされたときの交代作用によって含水鉱物が形 成されて,これが存在することで,伝導性が高くなっていると 考えられる.(TO,Og)
風化が丘(Weathering Heights)
山を造ること(造山活動)は風化と浸食が伴う。Patchettたち (p.671)は,ネオジウム同位体を用いて,約6億年前からの北 アメリカにおける造山活動と堆積作用との関係を追跡した。 そのデータから,4億5千万年前から1億5千万年前にかけては アパラチア造山活動が,北極地方やアメリカ北西沿岸部のよう に造山地帯から遠い所でさえも、それ以前に堆積された岩石を 風化し、さらに新たに堆積岩にする作用によって風化堆積物の 主要な供給源であることが示された。 (TO,Nk)
初期の生命の痕跡(Traces of Early Life)
地球の古い堆積岩の大部分は変成しているため、初期の化石を 同定したり、地球上で生命がいつ始まったかを決めたりするこ とが難しくなっている。発見されたもっとも古い化石は、およ そ35億年前のものである。ところで、生命に共通するしるしの 一つは、炭素-13の炭素12に対する比率が小さい炭素の存在で ある。Rosingは、グリーンランドにあるおよそ37億年前の変成 した堆積岩のグラファイト層と小球粒(globules)にそうした比率 の小さい炭素が存在していることを報告している(p. 674)。(KF)
βアレスチンでは(Under Arrestin)
βアレスチンのタンパク質は、ヘテロ三量体のグアニンヌクレオ チド結合タンパク質(Gタンパク質)に結合している受容体を介する 情報伝達を中止する作用をする。βアレスチンと受容体の結合は、 Gタンパク質のそれ以上の活性化を防ぎ、エンドサイトーシスによ る隔離のために受容体を標的とする。Luttrellたち(p 655;表紙と Zukerによる展望記事参照)は、βアレスチンがβ2アドレナリン 作動性の受容体からの分裂促進的情報伝達も促進することを示して いる。βアレスチン1タンパク質がチロシンキナーゼc-Srcに結合 し、活性化した受容体に結合すると、そのタンパク質を運んでゆく。 c-Srcのリン酸化酵素活性がβアレスチン1の結合によって増強され、 βアレスチンによるc-Src補充の抑制が、β2アドレナリン作用性受 容体で仲介された分裂促進因子に活性化されたタンパク質リン酸化酵 素の活性化を抑制した。このように、アレスチンからGタンパク質結 合受容体を介する情報伝達に対して正と負の両方の効果を持つ。(An)
より広い視野(A Wider View)
視覚野中のニューロン受容野の大きさは、伝統的にはニューロンの発 火活性の測定から決定されてきたのだが、通常はおよそ視覚的角度2度 と見積もられている。Bringuier たち (p.695) によってなされた細胞 内の単一のニューロンからの記録によると、シナプスの統合野は、実際 は視覚的角度 20度にまで到ることを示している。この統合野では、視 覚的刺激の存在により、シナプス後の応答が閾値下の変化を引き起こし ている。かくして、以前に考えられていたよりも、ずっと多くの結合が 新皮質の単一ニューロンの応答に影響を与えている。この結果は、脳の 潜在的な空間的時間的統合能力に対して重要な関わりがある。(Wt)
MYCが鉄の王様(MYC as Ironmaster)
c-MYCタンパク質は、細胞の増殖と分化と死亡を制御する転写制御因子 であり、これが異常に発現すると腫瘍形成に関与する。Wuたち(p 676) は、c-MYCは、細胞の鉄代謝を制御する遺伝子発現プログラムを協調的 に制御することを示している。c-MYCは、細胞内鉄を隔離するタンパク 質であるHフェリチンをコードする遺伝子の転写を抑圧し、鉄調節タンパ ク質2をコードする遺伝子の転写を活性化するが、それによって細胞内の 鉄プールを増加する。Hフェリチンの下方制御がc-MYC仲介の細胞形質転 換およびDNA合成の刺激に必要であるので、この鉄代謝への影響は c-MYCの細胞増殖制御方法のひとつであることを示唆している。(An)
シロアリにエネルギーを与える虫(Bugs that Energize Termites)
スピロヘータ(可動性らせん状の形をもつ細長い細菌)は、シロアリ腸の微 生物叢における非常に豊富で多様な成分である。Leadbetterたち(p 686) は、この細菌の培養に成功したことを報告し、培養において、水素と二酸 化炭素から酢酸塩を生成できる能力を示している。シロアリのエネルギー 要求の大部分が酢酸塩の酸化によるものであるので、スピロヘータは、シ ロアリ栄養の主要な役割をはたしている可能性がある。(An)
T細胞受容体へ浮遊体を送る(Sending Rafts to T Cell Receptors)
T細胞が抗原と結合すると、他のタンパク質は すぐにT細胞抗原受容体 (TCR)の近傍に集まる。この再編成のキーは,副刺激(costimulation)で あることが知られている。Violaたち(p. 680; DustinとShawによる展 望参照)は、脂質浮遊体が副刺激に応答したときのみT細胞の信号を増大さ せる情報伝達成分をもたらすことを見い出した。このように、CD28タン パク質からの副刺激の信号は、TCR経路を核に結び付ける並列信号伝達経 路を必ずしも形成する必要はない。その代わりに,キーとなる細胞成分を 抗原結合TCRに再編成を行うことによって、副刺激は細胞表面のTCRの信 号を増大させ、持続させるようである。(KU)
遺伝子療法への改良ウイルス(Improved Viruses for Gene Therapy)
造血幹細胞(HSC)は、多くのヒト病気の遺伝子療法に対する重要なる標的 細胞である。しかしながら そのような標的細胞は活動を失いやすく ,レト ロウイルスベクターへの耐性を与えたりする。Miyoshiたち(p.682)は、 ヒト免疫不全症ウイルスⅠ型にもとずくベクターが安定,かつきわめて効率 的にHSCsに形質導入しうることを見い出した。このようなHSCは, その 後 非肥満性の糖尿病 /重症複合免疫不全(NOD/SCID)のマウスを治療する のに用いられた。(KU)
ミトコンドリアの変異(Mitochondrial Mutations)
ミトコンドリア神経胃腸脳筋症(MNGIE)は、多様な神経性あるいは筋肉性の 異常を伴う遺伝性の病気である。MNGIEの患者は複数のミトコンドリアDNA を欠失しているが、この病気はメンデル法則に従って遺伝継承される結果、 核内遺伝子の欠陥によるものである。Nishinoたち(p.689)は、欠失遺伝子は TP(チミジンホスホリラーゼ)であり、染色体22q13.32-qter上に局在するチ ミジンホスホリラーゼ(TP)を特徴づける遺伝子にホモ接合性、あるいは、化 合物-ヘテロ接合性変異があることがこの病気と関連することを発見した。こ の発見によってミトコンドリアDNA複製の核制御に関する新しい知見が得ら れるであろうし、ミトコンドリア性の病気に関する治療が可能になるであろ う。(Ej,hE)
概日時計の回復(Restoring Circadian Clocks)
概日性のリズムが、ほとんどの生物の、太陽の光のサイクルに応答した一日 にわたる生理学的な活動を制御している。Earnestたちは、脳にある哺乳類 の体内時計の中央制御の仕組みの一つ、視交差上核 (SCN: suprachiasmatic nucleus)に由来する細胞系の代謝性活を調べた (p. 693)。この不死化細胞は、細胞培養の際にも概日周期を維持したし、 また、その細胞をSCNを除去された動物に移植すると概日性の活性を回復し た。(KF)
安定性より柔軟性(Flexibility Over Stability)
生化学反応の初期段階を理解する上での困難は、結果としてどの分子が生き 残ったを知ることができるだけであり、途中段階でどの分子が寄与し、結果 として残らなかったものは知ることができないことである。Beierたち (p.699)は五炭糖由来のオリゴヌクレオチドのファミリーを合成したが、こ れはRNAを合成するのと同じ化学反応で生成されていると思われてきた。彼 らの発見によると、全てのファミリーメンバーはRNAに比べてより強いワト ソン-クリック塩基対を形成することから、結果としてRNAが残るのは二本 鎖が最も安定であるためではなく、可動性に対する平衡関係が安定している ためであろう。(Ej,hE)
抗生物質の耐性に抗して(Against Antibiotic Resistance)
ブドウ球菌のラクタム系抗生物質への耐性獲得は病気に対する強力な兵器を 奪うことになり、その結果抗菌性が弱まってしまう。Rosenたち(p.703)は この問題に対する解決として抗生物質をデザインし直すことを提案している。 この抗生物質は、耐性細菌に対して強力な抗菌活性を持つが、抗生物質を毒 性にするような免疫応答を動物に対して起こさせていた側鎖を遊離する。 (Ej,hE)
ナノペン(Nano-pens)
アルカンチオールが塗布された原子間力顕微鏡 (an atomic force microscope:AFM)のチップは多結晶の金フィルム上に 分子の(最小30nmの)微細な線と点を描くことが出来る。Pinerたちは (p. 661)、AFMチップと基盤の間の水と空気がメニスカス(凸凹レンズ)を形 成し、このブリッジがアルカンチオールをチップから連続して金表面上に移 動し装飾することが出来ることを発見した。いくつかの要素が線幅をコント ロールするがこの方法は微細構造にパターンを形成したり、修正したりする 有効な手段を提供することだろう。(Na)
一つから二つの光子(Two Photons from One)
通常の蛍光ランプでは、熱い水銀蒸気からの紫外(UV)放射が、放電管のリン 光体のライニングを励起し、それが今度は可視光を放射する。その変換の効 率は良いが(光子ベースでおよそ 90% である)、水銀の利用は環境問題を引き 起こし、また、それの気化は蛍光ランプの点灯を遅れさせる。Wegh たち (p.663; Antia による解説記事も参照のこと)は、リン光体を用いることに より、水銀が不活性ガスであるキセノンと交換可能であることを示している。 このリン光体は、効率的な相互のエネルギー変換が可能な希土類であるラン タニド原子と結合する。この下方へ向けての変換過程は、一個の高エネルギー UV 光子から二つの可視光域の光子を生成することができるため、ほとんど 200% の量子効率を達成することができる。(Wt)
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