AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 18, 1998, Vol.282


重力の試験(G Whiz)

Cavendishが最初に重力定数Gを決定してから約200年が経っているが, ほとんどの実験は同様のテクニックを用いてきた。すなわち,二つの大 きな質量間におけるファイバーの復元力のねじり秤による測定である。 様々なグループによる最近の実験では,こうした測定器での本質的な系 統誤差は,個々の誤差を最大40倍も変化させてGの値を散乱させていた。 Schwarzたち(p. 2230; Kastenbaumによるニュース記事参照)は,異 なった実験装備を用いて系統誤差を減らすあるいは除去することができ た。すなわちレーザー干渉計を使用して,近くにある質量の影響を受け て自由落下する物体を追跡した。(TO)

最高に温暖(Warm at the Top)

白亜紀後期の間の気候は時々異常に暖かく,恐竜は南極大陸でも見つけ られた。そして北極地域でも植物が豊富であった(Huberによる展望記事 参照)。Tardunoたち(p.2241)は,高カナダ北極地方にあるアクセルハ イベルク島から発見された一群の脊椎動物化石について記述している。 その群には,魚,カメ,そして大きな非遊行性のワニに似た捕食動物, champsosaursを含んでいる。そのことは, 約9600万年から8600万 年前の頃には,極地の温度はおそらく平均14℃を超える高さであったこ とを示している。その期間は,大規模で全世界的な玄武岩の火山活動の 発生の後に続いている期間であった。(TO,Og)

海路と同様に陸路からも(By Land as Well as by Sea)

北大西洋地域での氷河期から完新世気候への遷移の期間において、 Younger Dryas やPreboreal Oscillation冷却といった一連の突発的な 気候上の出来事が、この傾向を一時的に中断している.他の場所でこれに 連鎖した出来ごとを認識することは,特に陸上の記録として見つけること は困難であったし、またこれらの出来事の地球規模での広がりはよく分 かっていなかった.Yu とEicher (p. 2235)は,カナダ,オンタリオ湖の 堆積物,さらには北アメリカ内陸奥地においてこの連鎖現象を示す証拠に ついて報告している.(TO)

回転と回りの状態(Round and Round)

キラル分子とは、直線偏光がキラル分子を含む溶液を通過する時に回転す る角度、即ち旋光度によって特徴づけられる。その旋光度が、分子構造や 結合状態とどのように関係しているのか、正確に同定することが困難で あった。Kondruたち(p.2247)は、旋光度に関与する個々の原子の寄与 を計算する定量方法を開発した。この方法は分子の立体構造や置換基、及 び化学結合がどのように旋光度に影響をもたらすか、ということに関する 洞察を与えるものである。(KU)

鉄に関する内部スクープ(Inside Scoop on Iron)

多くの酵素において必須の成分である鉄は微生物によって熱心に探し求め られ、取り込まれる。シデロホア(siderophore)は、生物が利用可能な形 態に鉄とキレート環を形成する小さな分泌分子である。Ferguson たち (p. 2215; Braunによる展望記事も参照)は、大腸菌から得られた内在性 膜タンパク質であるFhuAの結晶構造を2.5オングストロームの解像度で示 した。このタンパク質は、エネルギー変換タンパク質のTonBと組になっ て、鉄を含んだシデロホアを外膜を通過させる。FhuAは驚いたことに、 ビンの口にあるコルクのようなコンフォメーションをしており、基質と複 合体を形成したタンパク質の構造が、コルクの微少な変形によって、細胞 外培地の鉄キレートが細胞膜周辺腔(peripasmic space)に取り込まれる 様子を示している。(Ej,hE)

伸びて、変化するイオンチャンネル (Stretch and Change the Channel)

細胞膜を外から内に通過する無機イオンの移動を制御するエネルギーは、 通常化学的作用(神経伝達物質の結合によってイオンチャンネルが開く)、 及び電気的な作用(膜電位の変化による開始)によってもたらされる。 Changたち(p. 2220)は、細胞膜の横への伸びという力学的な作用で制御 されるイオンチャンネルの結晶構造を示している。イオンチャンネルの閉 じた状態では、5つの同一サブユニットのペアによる10個のらせん体から なっている。漏斗状の細孔は細胞質表面近傍では閉じており、らせん体ペ アの内側のらせん体が外側に移動するというエネルギー変換のメカニズム が考えられている。(KU)

片道切符(One Way Trip)

植物におけるさまざまな発生過程を調節するホルモン、オーキシン(Auxin) は、植物の先端にあるチップから、その他の組織に輸送される。ダーウィン によって最初に提唱された仮説を追って、研究者たちは、方向性をもった輸 送の原因となる分子を長い間探し続けてきた。G'a'lweilerたちは、このた び、シロイヌナズナから得られたAtPIN1遺伝子をクローン化した(p. 2226; また、Jonesによる展望記事参照のこと)。PIN1に欠陥のある突然変異種に は、オーキシンの輸送の能力がない。予測された配列が細菌性キャリアタン パク質との類似を示しているそのタンパク質生成物は、オーキシン輸送に関 与する細胞の基部にある終端の位置にあり、かくして、一方向性のオーキシ ン輸送の分子的基盤への洞察を与えてくれる。(KF)

ムシが鳥を...(The Worm Gets the Bird)

生態学においては、集団の個体数の周期的変化は重要なテーマだが、その原 因の決定的な同定は、問題となったままであった。このたびHudsonたちは、 イギリス北部の赤ライチョウ(red grouse)の数が定期的に壊滅状態になると いう有名な事例の背後にある相互作用について記述している(p. 2256)。 その鳥へのセンチュウ(nematodeworm)による負担を実験によって減らすと、 鳥の数が減少するのを、繰り返し防ぐことが可能である。これは、たった一 つの栄養性の相互作用ですら、定期的な数の変動を誘発しうることを示すも のである。(KF)

記憶するために眠る(Sleeping to Remember)

聞こえてきた耳についたメロディーを覚えていられない? 心地良い眠りが 記憶を助けてくれるかも知れない。Daveたちは、zebra finch(アトリ科の 小鳥)のnucleusrobustus archistriatalis (RA)におけるニューロンの活 動を、起きている間と眠っている間の両方で記録した(p. 2250; また、 Barinagaによるニュース記事参 )。RA領域は、さえずりをささえる運動性 経路の最初の部分にある。鳥の声を聞かせると、鳥が起きているときよりも 眠っていたり麻酔状態にあったりしたときに、RAニューロンはより強い反 応をした。こうした強化された反応は、RAへの入力を提供する脳の領域に 神経調節物質ノルエピネフリンを注入すると減少したが、これは、聴覚性 情報を覚醒-睡眠状態の一つの機能として統合している機構の存在を示唆し ている。(KF)

海の中の栄養分の微小パッチ (Nutrient Micropatches in the Sea)

水生微生物の生態系は、栄養分が実質的には瞬時に分散していく均質な環境 で機能すると、一般には仮定されている。Blackburnたちは、これがそうで はないことを示している(p. 2254)。新たに溶解されたばかりの有機物の放 出と関連する栄養を含んだパッチが、走化性細菌のクラスター形成を介して、 形成されるのである。シミュレーションによると、走化性は、細菌の増殖に 有意に有利な条件を与えることが明らかになったが、これによって、なぜ表 現型がこの環境に存在するかが、説明される。(KF)

インターロイキン-13による喘息(Asthma via Interleukin-13)

アレルギー性喘息は以前に比べより増加しており、アメリカ合衆国のみで 1500万人の患者がいると見積もられている。動物モデルによる研究で、 喘息を起こす免疫要素についての手がかりが得られてきたが、そのような 例として、2型Tヘルパー細胞応答や、インターロイキン-4(IL-4)やIL-5 の産生がある。しかし、ついには窒息症状に至ることがある気道応答性亢 進や過剰な粘液分泌のような急性反応を起こす原因ははっきりしない。 Grunigたち(p.2261)、およびWills-Karpたち(p.2258)は、喘息のマウス モデルにおいて、サイトカイン IL-13が、IL-4受容体のサブユニットの活 性化を通して、これらの症状を生じさせることを発見した;IL-13をブロッ クすると症状も止まった。この研究から、IL-13の作用を阻止する試薬は治 療効果が期待される(Vogelによるニュースストーリも参照)。(Ej,hE)

T細胞のスイッチ・オン(T Cell On)

T細胞は、その抗体に出会って初めて活性化されるが、最も効率よく、かつ、 永続したシグナリングを可能にするためにはCD28のような他の受容体を通 してT細胞の同時刺激が必要である。WulfingとDavis(p.2266)は、T細胞 のT細胞抗原受容体(TCR)が、同時に同時刺激シグナルをうけとりながら抗 原に結合するときのみ、アクチン骨格細胞に連結する他のタンパク質がTC R複合体の方へ移動する、ということを決定した。この、同時刺激性に依存 した細胞認識はミオシンモーターに依存しており、これが同時刺激効果のキ ーとなる成分である可能性がある。(Ej,hE)

T細胞のスイッチ・オフ(T Cell Off)

T細胞は活性化されうるだけでなく、この活性のスイッチがオフにできなけ ればならない。さもなければ、生物は自己免疫が荒れ狂ってしまう危険を持 ち合わせることになる。このことは、遺伝的にCTLA-4タンパク質欠失のマ ウスにおいて見られるとおりである。Leeたち(p. 2263)は、CTLA-4によっ て影響を受ける活性化プロセスの段階を決定した。CTLA-4は脱リン酸酵素 のSHP-2と複合体を成すが、T細胞抗原受容体鎖と結合し、脱リン酸するこ とがわかった。この「活性化シグナル源」における直接作用からうかがえる ことは、TCRシグナルは、細胞が増殖する前に頓挫させられているのかも 知れない。(Ej,hE)

コカインと CREB (Cocaine and CREB)

精神賦活性薬の使用は脳神経に永久的分子順応を生じさせうる。Carlzonた ち(p.2272)は側坐核をコカインに晒した後の細胞内の一連の出来事を調べ た。慢性コカインはアデノシン3,5-一リン酸(cAMP)の形成を増加させ、そ の結果cAMP依存性プロテインキナーゼA(PKA)を増加させることが知られ ている。これらのことがらは次に転写制御因子CREB(cAMP応答性結合エレ メントタンパク質)のリン酸化を増加させる。著者たちは正常なCREBを、ウ イルスが誘発性の一過性過剰発現状態としたものと欠失性の変異体とを用い て、CREBがダイノルフィンの発現に影響あることを示した。ダイノルフィ ンは良く知られたオピオイド受容体の内在性リガンドであり、オピオイド受 容体はコカイン作用の誘発性(嫌忌/報酬)に関与している。(Ej,hE)

宇宙規模の炭素(Carbon on a Cosmic Scale)

地球上の有機物を構成する炭素の原子は元々星の内部で合成された。 HenningとSalama(p. 2204)は、恒星間空間の原子から分子状態、さらに 大きな固形物までに広がる炭素の分布に関する現在の理解をまとめた。(Na)

海氷のふるい(Sea Ice Sieves)

海氷の特性は温度により劇的に変化する。温度が5度を越えると典型的な 鹹水に接触し、途端に多孔性になり、細菌のコロニーを形成し氷内部を熱 と栄養分を運ぶ液体の通過を可能とする。Goldenたちは(p. 2238)、浸出 理論によりこの遷移を説明し、実験的な研究で結果を実証した。(Na)

色々なサイズで作られる(Made on Many Scales)

ナノメーターサイズの微小な細孔を持つ珪素、ニオブと酸化チタンは顕微 鏡サイズの階層上の材料形成に用いられいていた。Yangたちは(p. 2244)、 ゾル-ゲル先駆物質の表面に細孔形成に直接関係する3層ブロックの (triblock)の共重合体かポリスチレンの球を含む微小サイズのゴム整形を 用いてパターンを形成した。(Na)

抵抗の源泉(Source of Resistance)

人間の腫瘍のある種のものは、トランスフォーミング成長因子(TGF-)の増 殖阻害効果に対して、抵抗性を示す。この抵抗性の根底にある分子メカニ ズムを理解することは、腫瘍形成に対する新しい識見を与える可能性があ る。培養された細胞の研究において、Sun たち (p.2270) は、TGF- の抵 抗性は、これまでにp53 腫瘍サプレッサーと相互作用すると示された腫瘍 性タンパク質である、MDM2 の過剰発現によって得られることを見出した。 MDM2 は、Rb/E2 転写制御因子複合体による情報伝達を妨げることによっ て抵抗性を発現するように見える。(Wt)

cAMPとRasスーパーファミリによる情報伝達の結合 (Connecting cAMP and Ras Superfamily Signaling)

細胞表面における多くの受容体の活性化は、「二次メッセンジャー」分子 cAMP(アデノシン3-5一リン酸)の産生を引き起こす。cAMPの生物学的効 果の大半は、cAMP依存性プロテインキナーゼのタンパク質リン酸化酵素の 活性化によるものである。Kawasakiたちは、信号がcAMPへの反応として 生成されるというもう一つの機構が存在する証拠を発見した(p. 2275)。彼 らが同定したのは、グアニン・ヌクレオチド交換タンパク質(cAMP-GEFs) のファミリであり、これは脳にとくに大量に存在し、cAMPと結合するもの である。cAMPとの結合は、cAMP-GEFの交換活性を活性化し、グアニン・ ヌクレオチド結合タンパク質のRasスーパーファミリのメンバーである Rap1Aを選択的に活性化する。このcAMP-GEFは、cAMPを産生した情報 伝達経路を、Rasスーパーファミリのメンバーによって仲介される情報伝 達経路に結合するらしい。(KF)

人間によるナビゲーションと海馬 (The Hippocampus and Human Navigation)

E. A. Maguireたちは、「見慣れた、しかし複雑な仮想現実による町並みを ナビゲーションしている際の脳の機能の神経画像処理を用いて...人間による ナビゲーションの神経の基礎」を研究した(5月8日号の報告 p. 921)。その 知見の一つは、正確なナビゲーションは右の海馬の活性化と関係していた、 というものだった。I. Friedは、報告に掲載されていた図と定位的座標を見 ると、その活性化は「主として海馬の外側で起きている」とコメントして いる。彼は、最近の別の複数の研究ではそうした活性化は parahippocampusと関係していることが発見されている、と言及している。 これに応えて、Maguireは、報告で用いた脳の座標系とテンプレートについ て論じ、「二つの関連のある活性の活性度がピークとなっている場所」を示 し、それが「海馬体の海馬台領域」の中にあるとしている。これらコメント の全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5397/2151a で見ることができる。(KF)
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