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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science January 1, 1999, Vol.283
外惑星のダイナモ(Outer Planet Dynamos)
海王星と天王星の磁場は、水、メタン、アンモニアが豊んだ厚い氷の 層における電気伝導度により発生している可能性がある。この厚い氷 の層は、惑星大気の下に存在していると考えられている。Cavazzoni たち(p.44) は、非経験的分子動力学シミュレーションを行なって、こ れらの惑星内部の極限的な圧力(30 〜 300 GPa)と温度 (300 〜 7000K)における水とアンモニアの相図を決定した。彼らの シミュレーションは、厚い氷の層の大部分は、水とアンモニアの解離 した非電導性流体であり、磁場の形成には流体内ののプロトンの移動 性によって駆動されるダイナモが必要であることを示唆している。こ のプロトンの移動性は圧力とともに増加し、それゆえ、氷の層の深さ とともに増加する。氷の層と岩石質のコアの間の境界近くでは、水と アンモニアは金属的性質の流体に転換するが、その高い電気伝導度も また、惑星のダイナモに大いに寄与する。(Wt,Og,Nk)
超伝導凝縮物質を作る (Creating Superconducting Condensates)
高温超伝導物質を理解するうえでの重要な課題は、超伝導凝縮物質を 形成する状態のエネルギースケールを知ることである。たとえば、層 間トンネル理論(interlayer tunneling theory ILT) は、酸化銅の面 に垂直な方向への干渉性の無い輸送と超伝導凝縮物質の形成とを結び 付けるものである。Basov たち (p.49 ; Klein とBlumbergによる展 望記事も参照のこと) は、単層の銅塩である Tl2Ba2CuO6+x の平面 間の方向に沿って偏光した光に対する赤外反射率を測定した。そして、 その結果を多層物質La2xSrxCuO4 や YBa2Cu3O6.6 に対するこれま での測定結果と比較した。彼らは、凝縮物質を作り上げている状態は、 中赤外領域まで広がっていることを示している。この領域のエネルギ ーは超伝導状態のギャップエネルギーよりはるかに大きなものである。 光学的伝導率の和公式の観点から赤外反射率の変化を解析すると、そ れは、形成された超流動物質の密度の一部分を説明することができる だけである。著者たちは、この不一致は層間の運動エネルギーの変化 に起因している可能性があると示唆している。(Wt)
オゾン層を壊すもの(Ozone Desertion)
塩素と臭素の化合物種は、オゾン層破壊に触媒的な作用をする。殆ど の塩素発生源は人為的 なものであるが、臭素発生源は、その殆どが自 然からのものである。.BrO発生源は極領域に限られたものと考えられ ていたが,Hebestreitたち(p. 55)は、低緯度においても内陸湖や海岸 での塩田が潜在的に重要な発生源であることを明らかにしている。彼 らは1997年の春、イスラエルの死海でBrOとオゾン濃度、及び他の 大気条件の関連を調査した。臭素濃度の高い蒸発岩の堆積物を含む巨 大な塩田の上空を風が吹くと、BrO濃度は異常に高くなり、そしてオ ゾン濃度は低下していた。(KU)
動き回る微少液体 (Microliquids on the Move)
チップ上での実験法の開発はマイクロチャンネル中での液体の挙動を 更に理解する上で、又マイクロチャンネルを通して流体をポンピング する新たな方法として有益である(Grunzeによる展望参照)。疎水 性と親水性領域にパターン化された表面が、液体に対する微少チャン ネルとして用いることが出来る。Gauたち(p.46)は、このようなマイ クロチャンネルを用いて、水溶液構造の安定性を研究している。或る 量の吸収体積を越えると、チャンネルを満たしている液体構造は不安 定になり、空間的に一定の断面積を持つ状態から単一のふくれを持つ 状態へと変化する。そういった不安定状態はチャンネルの角で束縛さ れ、チャンネル相互を結び付けるさいに用いられる。界面動電的ポン ピングといったチャンネルを通して流体の動きを見る多くの研究は、 高電圧を必要としていた。Gallardoたち(p.57)は、1V以下の電圧で 流体をポンピングすることが出来、かつパターンのない表面上に液滴 のパターンが作れることを示している。電気化学的反応により、水溶 性化合物を界面活性剤から非界面活性剤種へと変える。そのような分 子の濃度勾配は表面張力の局所的差となり、結果として流体の薄層を チャンネルやT字連結を通して押し出したり、或いは電極表面を選択 的に濡れ性にしたり、非濡れ性にすることが出来る。(KU)
多様であることの価値(Valuing Diversity)
発達過程にある CD4 T細胞(胸腺細胞)は、それぞれのT細胞に特異的 なT細胞抗原受容体(TCR)を備えているが、胸腺細胞の集団における 特異性は、非常に多様なものになる。どのようにして「適切な」T細 胞が選択され、成熟を遂げるのだろう?BartonとRudenskyは、主 要組織適合複合体(MHC)と結合する同じペプチドを95%の胸腺細胞e が発現するよう遺伝子操作したマウスを評価した(p. 67)。これらの マウスは、成熟したCD4 T細胞を正常な数だけもっているので、一種 類のペプチドがありさえすれば、何百万ものT細胞を選択できるよう に思われる。しかし、主要ペプチド-MHC複合体と異なる5%のペプチ ドが存在しない場合、成熟CD4 T細胞の数は大きく減少する。これか らわかるように、量の少ないペプチドが多様に存在することが、成熟 CD4 T細胞の正常な集団を得るのに必要なのである。(KF)
ニューロン受容体の構造(Neuronal Receptor Structure)
シナプス伝達の微妙な調節において重要な、γアミノ酪酸(GABA)受 容体をコードする遺伝子が最近同定された。この遺伝子はGBR1 (GABAB受容体1)として知られるタンパク質をコードしているが、こ のタンパク質はGABAB受容体の機能的特性のうちの幾つかをもって いるものである。Kunerたちはこのたび、GBR1とはヘテロマーな受 容体を形成する第2の受容体サブ・ユニットGBR2を同定した(p. 74; またWickelgrenによるニュース記事参照のこと)。このヘテロマー 受容体は、GABAB受容体の生理学的な機能に含まれる複数の信号伝 達経路のいずれとも相互作用することができる。(KF)
規則の学習(Learning the Rules)
言語は、試行錯誤を繰り返しながらの神経回路網のトレーニングに よって獲得されるのだろうか、それとも抽象的な規則が存在して、 それが正しい用法の決定に与っているのだろうか。幼児が音節の遷 移確率、すなわち、たとえば"do"という音節の後ろに"re"が続くの はどれくらいの確率か、を学習できることは従来から示されてきた。 Marcusたちは、幼児が規則、たとえば"do-re-re"が"mi-fa-fa"と 同様のパターンであること、をも学習できることを示す結果を提示 し、言語獲得は二つのタイプの能力の双方に依存していることを示 唆している(p. 77; またPinkerによる展望記事参照のこと)。(KF)
線維芽細胞と傷の治癒(Fibroblasts and Wound Healing)
DNAマイクロアレー技術によって、古くからの疑問をゲノム情報と いう新しい次元から再検証することが可能になってきた。Iyerたち は、相補DNAマイクロアレー・システムを用いて、静止状態のヒト の線維芽細胞が血清に触れたときの遺伝子発現の時間的変化を見た (p. 83; またPennisiによるニュース記事参照のこと)。彼らは、機 能の手がかりとなり、また傷の修復のステップの多くの段階の要約 ともなりうる、遺伝子のクラスター分類のしかたを見い出した。 (KF)
生体内での薬の産生(Drug Production in Vivo)
遺伝子治療は、治療のためのタンパク質の発現を制御でき、調節で きる場合にもっとも役に立つ。Yeたちは、生体内で誘導性転写制御 因子複合体へと再構成される2つのキメラタンパク質によってエリス ロポエチン発現がコントロールされるアデノ随伴ウイルスシステム を用いた(p. 88)。発現は、免疫-形質転換受容性マウスにおいて6カ 月、アカゲザルにおいては3カ月、安定していた。(KF)
移動中のノッチ(Notch on the Move)
発生期間中ノッチ情報伝達経路は細胞の運命、パターン形成、そして 形態形成を指示する機能を果たす。以前の研究ではノッチ細胞表面受 容体はリガンド発現細胞と直接に細胞接触して、DeltaやSerrateの ような膜貫通リガンドと複合体を形成して活性化されると思われてい た。Qiたち(p.91)は生物化学的、あるいは遺伝的分析を使って、メタ ロプロテアーゼのKuzbanianはノッチリガンドのDeltaを切断するこ とを示した。この研究結果は、ノッチリガンドは膜結合型分子として のみ作用するという以前のモデルに反している。そうではなく、リガ ンドは活性のある分散可能なリガンドとして存在しており、たぶん、 隣接細胞に限らないでノッチの情報伝達を行っているのであろう。 (Ej,hE)
植物細胞間でRNAを通過させて (Passing RNA Between Plant Cells)
ある種のウイルスは、隣接細胞間の連結通路である原形質通路を通じ て1つの細胞から次の細胞へと核酸を導くウイルスによってコードさ れるタンパク質の助けを借りて、感染した宿主の植物中に伝搬する。 Xoconostle-Cazares たち. (p. 94;および、表紙とStraussによる ニュースストーリ参照)は、カボチャの植物体ではこれらのウイルス 性の移動タンパク質と類似の方法で自分自身のタンパク質をコード する事を示した。従って、ウイルス性成分が細胞間を顕著に移動する ことは、すでに現存している生理的プロセスなのであろうが、多分、 通常の植物においてはもっと弁別されて制御されているのであろう。 これらのプロセスによって、RNA分子は、これを生成した細胞より ずっと遠くまで運ばれていくのかも知れない。(Ej,hE)
ナノチューブの波形(Nanotube Waves)
ナノチューブ構造炭素 (carbon nanotubes)では、電子はその中に 閉じ込められることで、チューブの軸に沿った一次元的にしか流れ ることが出来ない。その結果、ある長さのナノチューブでエネルギ ー順位の量子化が見られた、しかしながら、その電気特性を完全に 理解するためにはさらなる詳細の実験が必要である。Venemaたち は(p. 52)、走査トンネル効果顕微鏡を用いてナノチューブ構造炭素 の単一分子の波動関数を表示した。各々の電子波動関数は原子格子 定数と異なる周期性を持ち、測定した波長は理論的予測と非常によ く整合がとれている。(Na)
NMRの熱運動を再考する (Rethinking Thermal Motion in NMR)
核磁気共鳴(NMR)においては、温度が上がるとスピンの化学的環境が熱で平均化され るのでピーク数が減少するであろう。低温測定で顕著なピークを、より高温での空間 平均化されたピークに関連づけようとする計算では、空間平均はスピンの状態には影 響を与えないと仮定する。MuellerとWeitekamp(p.61)は、スピンと自由度の空間平均 に関する動的な項を考慮しなくては、彼らの行った、メチルシクロヘキサンのカーボ ン13のNMRスペクトルに基づく平衡定数の測定結果を説明できない、と述べている。 (Ej,hE,SO)
うまく合った組立部品(Matched Parts for Assembly)
溶液中のポリマーの超分子の組立には静電気的相互作用が使われて きた。HaradaとKataoka(p.65)は、ポリエチレン・グリコールの ブロックと、18または78の繰り返し単位を有するポリカチオン (ポリリジン)か、あるいはポリアニオン(ポリアスパラギン酸 :polyaspartate)のブロックのいずれかを持つ、ブロック共重合 体を合成した。これらのポリマーの1つが、逆電荷の両ポリマーと 混合すると、同じ長さの繰り返し単位を持つポリマーと選択的対を つくり、そして、分子量の分布がきわめて狭い(ほとんど同じ分子 量の)大きな塊を形成する。もし、ポリマーが、マッチしない繰り 返し単位と強制的に混合されると、4:1の錯体を作り、それ以上大 きくはならない。(Ej,hE)
綱渡り(Walking a Tightrope)
脳の成長初期において、神経は、中枢神経系における主要な興奮性 神経伝達物質であるグルタミン酸に対して過感受性期を経験する。 この過感受性は、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体に よって仲介されると言うことはよく確立されたことである。従って、 NMDA受容体の過剰興奮が神経に対して有害な効果を与えうるが、 Ikonomidouたち(p.70)は逆の場合もあり得ることを示した。すな わち、一時的にではあっても、NMDA受容体をブロックすると、何 波ものアポトーシス性の神経変性を成長中の脳に与えることを示し た。NMDA受容体の活性化は正常な発生に不可欠のように見える。 これは、麻薬中毒患者の母親の胎児(出生前に薬物にさらされた場 合)や、小児科麻酔(出生後に薬物にさらされた場合)では、 NMDA受容体がブロックされて、神経発生の変調をきたすことに関 連しているかも知れない。(Ej,hE)
HIVゲノムを梱包する(Packaging the HIV Genome)
ウイルスは、何百何千という同一のサブユニットから規則正しい 幾何学的構造を組み立てるという驚くべき性向を持っている。ヒ ト免疫不全ウイルス(HIV)の中で、RNAゲノムはCAとNCと呼ば れる2つのタンパク質でできた松かさに似た構造中に包み込まれ ている。Ganserたち(p.80)は、どのようにして、6角形ででき たチューブを、両端が閉じた構造に変更するために全部で12の 5角形が必要であるかを幾何学的に説明している。CA-NC融合 タンパク質とゲノムのRNAがin vitroで培養されるとき、可能な 5つの松かさ様形状全てが観察されたことを示している。更に、 無傷のウイルスに見られる形状と、再組立された主要な形状とは 合っていた。(Ej,hE)
同質遺伝子のDNAを使わないヒト細胞の遺伝子ターゲティング (Gene Targeting in Human Cells Without Isogenic DNA)
ヒト体細胞中での標的遺伝子組換えは急速に認められるように なっているが、J. M.Sedivyたちは最新の標的遺伝子組換えデー タを入手可能なように編集し、標的遺伝子組換えが成功するかど うかは同質遺伝子DNAの利用にあると評価した。この同質遺伝子 DNAは技術的には困難である。彼らは、「非同質遺伝子のDNAを 使った高効率の標的遺伝子組換えの多数の例」を見つけ、「多数 のヒトの実験細胞システムで広く遺伝子解析に利用できるような、 試験され、最適化された標的遺伝子組換えベクターのライブラリ ーが急速に出現することを予想させる」としている。この全文は 以下を参照。
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/283/5398/9a
(Ej,hE)
初期の原人の頭蓋内容積 (Endocranial Capacity of Early Hominids)
G. C. Conroyたちは(6月12のレポート、p. 1730)、軸断面コン ピュータ・トモグラフィ(CT)を用いて南アフリカSterkfontein で発掘された、暫定的にアウストラロピテクス・アフリカヌス (Australopithecus africanus)と呼ばれる、初期の原人の頭 蓋骨(標本Stw505)の頭蓋内容積を測定した。容積はおよそ515 立法センチと見積もられ、従来報告されていた600立法センチと 比較して著しく小さいものだった。C. A.Lockwoodと W. H. Kimbelは、この測定には、死後の歪の全てを考慮には入れ ていず、実際の容積に対し、およそ10%から15%ほど低めに見積 もっている、とコメントした。J. HawksとM. H. Wolpoffは7方 向の直線測定(seven linear measurments)による段階的重回帰 で、頭蓋内容積は598立法センチであると見積もった。それに対 し、Conroyたちは、彼らの研究において頭頂左側頭骨に加えられ た明白な変形については考慮に入れたことを議論している。彼ら は、HawksとWolpoffの行ったいくつかの7方向の直線測定 (seven linear measurements)は古人類学の文献で過大に見積 もられており、再評価の必要性があると述べている(p. 34、編集 者へのレター参照)。これらのコメントの全文は
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/283/5398/9b
で 見ることが出来る。(Na)
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