AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 11, 1998, Vol.282


更新世の種の分化とミトコンドリアのDNA時計 (Pleistocene Speciation and the Mitochondrial DNA Clock)

J. A. KlickaとR. M. Zinkは、「過去5百万年にわたる北米の鳴き鳥 (songbird)の間での種の分化の歴史について、分子データは、それ が比較的長いものでっあったことを示唆して」おり、「更新世のか なり後期に起源をもつ、とするモデル(Late Pleistocene Origins (LPO) model)」が示唆するものとは異なっている、ことを発見した (1997年9月12日号の報告、p. 1666)。B. S. Arbogastと J. B.Slowinskiは、この報告が、「分岐の時期」に関する推定にお ける有効でない仮定を含み、誤差に関する見積もりを含んでおらず、 また「分子時計が彼らのデータに成り立つ」かどうか--ちなみに、 ArbogastとSlowinskiは成り立たないことを見い出したが--の検 証を欠いている、とコメントしている。これに応えて、Klickaと Zinkは、報告に含まれていた仮定について論じ(分子時計は自分たち のデータセットについては妥当だった、ことを見い出し)、自分たち の解析の詳細を明らかにし、種の分化に関するLPOモデルは誤って いたという意見を変えていない。これらのコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5396/1955a で見ることができる。(KF)

isoleucyl-転移RNA合成酵素による校正 (Proofreading by Isoleucyl-transfer RNA Synthetase)

O. Nurekiたちは、isoleucyl-転移RNA合成酵素(IleRS)の結晶構 造を、「翻訳における編集機能を有する酵素」であると記述した (1998年4月24日号の報告, p. 578)。この報告の図4は、「IleRS の編集部位を、ボールと棒の表現としてステレオ表示した」もので ある。X. Qiuは、「これは優れた研究であるが、図4および同じペ ージ(p. 581)にあるそれについての議論は、合理的な議論となって いるとは思われない」とコメントしている。Qiuは、Nurekiたちの シナリオが「ありそうもない」と考えられる3つの理由を引いてい る。これらのコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5396/1955b で見ることができる。(KF)

火星の北極を探査する (Surveying the Martian North Pole)

火星において、現在知られている目で見うる揮発性物質の収支は殆 どは極冠内でとれている。火 星における水の歴史を理解するには北 極冠の大きさや、より低緯度の高さに対する極盆の標高を正確に測 定することが必要である。火星探査機マーズ・グローバル・サーベ イヤ (Mars Global Surveyor(MGS))は、火星の北半球に接近して 調査しており、Zuberたち (p. 2053)は、北極領域や氷冠のトモグ ラフィの解析結果を示している。氷冠は、以前推 定されていた値 (グリーンランドの氷床の半分ぐらいの大きさ)よりはるかに小さい こと、深い亀裂が刻まれていること、かっては幾分大きかったこと、 そして低緯度 地域よりも低い高さの地形的にはくぼ地にあることを そのデーターは示している 。このような結果は、地下水が赤道に向 かって氷冠から南方に流れている、という モデルを否定するもので ある。MGSは、又氷冠上の雲に関しても画像をとらえている。 (KU,Tk)

埃まみれの年老いた褐色矮星(A Dusty, Old Brown Dwarf)

褐色矮星は一種の宙吊り状態にある:すなわち、それらは惑星となる には重すぎ、恒星としては軽すぎるのである。Gliese 229B は1995 年に本物の褐色矮星と初めて同定され、また、これまで知られたなか では最も冷たい(900K)褐色矮星である。Griffith たち(p.2063) は、 Gliese 229B は、暖かすぎて木星のように氷の雲を持つことができず、 また、冷たすぎてある種の恒星のように珪酸塩鉱物の豊富な雲を有する ことができなかったことを示した。これらの雲が存在しないため、 Keck I 望遠鏡を用いて近赤外波長領域でのGliese 229B の分光観測が 可能となった。そのスペクトルは、Gliese 229B の大気中には、有機 物が豊富な「もや」が存在することを示唆している。この大気はおそら くこの褐色矮星と連星系を成す主星から注ぐ放射光の影響で形成された のであろうが、この大気形成のメカニズムは、木星成層圏の形成に対し て考えられているメカニズムとまさしく同じものである。このように、 恒星からの放射は褐色矮星をよりいっそう惑星的なものにする可能性が ある。(Wt,Nk)

アルゼンチンにおける衝突と消滅 (Impact and Extinction in Argentina)

南アメリカで鮮新世中ごろ(約3百万年前)に起きた天体衝突事象の証拠 が,中央アルゼンチン海岸のパンパス地層(Pampean Formation)で見出 された。Schultzたち(p.2061)は、センチメートルないしメートル位の 大きさの流動構造を含むガラス物質や、激しい溶融プロセスを示す粒状 物質に関して記述している。その組織構造は、既知のクレーターで見つ かった天体衝突で形成されたガラス物質と類似している。もし、このガ ラス物質の見つかったその近傍にある筈の衝突クレーターの跡が同定さ れれば、このような衝突事象が確実なものとなる。この事象はアルゼン チン固有の海洋動物相が気候の急変の記録とともに局地的に消滅した時 と同時代であろう。(KU)

絶縁体中のフェルミ面の残り (Remnant Fermi Surfaces in Insulators)

高温超伝導体(HTSs)は、超伝導状態と絶縁体状態を分けるエネルギー ギャップ中に異常な「d-波」対称性を示す。ギャップが存在するかどう かは、電子の運動量に依存しており、この挙動は理論的には容易に説明 することができない。Ronning たち(p.2067; Service による解説記事 を参照のこと)は、このギャップ対称性の考えられる原因について示唆し ている---それは親となる絶縁物質状態中でもすでに存在しているかも しれないということである。HTSsである Ca2CuO2Cl2 に関連する Mott絶縁体中の光放射スペクトルは、フェルミ面(この場合には、運動 量の関数として電子占有確率が急激に落ち込む面として定義される)の残 りが存在しており、d-波の形状はHTS の超伝導状態のギャップの形状に 類似であることを示している。(Wt)

胎盤の起源(Placenta Origins)

哺乳類発生の初期には、胚盤胞が内部細胞塊(ICM)と栄養外胚葉をもつが、 ICMが胚実体になり、周囲の上皮細胞である栄養外胚葉が胎盤の胎部分を 特定する。養外胚葉の維持のために、ICMからの未知の信号が必要である。 Tanakaたち(p 2072)は、この胚由来の信号として、FGF4という成長因子 を同定した。FGF4を含んだ細胞培養条件は、栄養膜の株化幹細胞の単離を 可能にした。この株化細胞は、胎盤の発生と不全を解明するために利用さ れる。(An)

筋ジストロフィーとライ病を関連付ける (Connecting Muscular Dystrophy and Leprosy)

ライ病およびarenavirusというウィルスクラスを引き起こす細菌であるラ イ菌(Mycobacterium leprae)の感染機構と、筋ジストロフィーとの予想 外の関係が明かになった(Spearによる展望記事参考)。Rambukkanaたち (p 2076)は、ライ菌(M. leprae)は、筋ジストロフィーと関係することが示 されたジストロフィン複合体タンパク質であるa-dystroglycanを利用し、 標的のシュワン細胞への内部移行を仲介することを示した。Caoたち (p 2079)は、ラッサ熱(lassa fever)ウィルスを含むarenavirusがこのタ ンパク質を宿主細胞受容体として利用することを示している。(An)

転移RNAの核内プロセシング (Nuclear Processing of Transfer RNA)

タンパク質合成において、成熟し、かつ機能的な転移RNA(tRNA)しか利用 されないことは重要であるが、そうでなければ、翻訳過程が欠損となる。 tRNAの成熟は、塩基修飾と、5'と3'端のプロセシングと、スプライシング を含む。LundとDahlberg (p.2082; Hopperによる展望記事参考)は、核か らの効率的な搬出のためにはtRNAの正い畳み込みと末端の成熟が必要であ ることを示し、アミノアシル化が搬出前のtRNAを校正する役割をはたすこ とを示唆している。この結論は、RNAが核内において転写され、プロセシ ングされた後に、原形質においてアミノアシル化されるという主流の考え 方に反する。今まで思われたより、核がもっと重要な役割をはたしている。 (An)

毒素ショックの仲介(Mediating Toxic Shock)

グラム陰性菌の生成物であるリポ多糖(LPS)を認識すると毒素ショックを引 き起こすことがあるが、LPSに対する応答をしない動物はグラム陰性感染か ら効率的に逃れることができない。LPSからの信号を細胞に伝達する役割を 果たすタンパク質は、Poltorakたちによって発見されている(p. 2085)。 LPSに対する応答に欠陥のあることが知られているマウスの血統2つは、 toll-like受容体-4(Tlr-4)遺伝子に変異をもっている。一つは、コーディ ング領域に変異を有しており、他方は遺伝子からの転写をまったく欠いてい る。Tlr-4は、このように、マウスにおけるLPS情報伝達にとって必要なの である。内在性のTlr-2遺伝子は、ヒトにおいてLPSからの信号を伝達する ものだが、マウスのTlr-4機能と取り替えがきかない。(KF)

形の無い情報伝達(Shapeless Signaling)

細胞の情報伝達の多くは、SH3(Srcホモロジー3)ドメインまたはWW(通常、 2つのトリプトファン、すなわちW残基を含んでいるのでこう呼ばれている) ドメインによって仲介される特定のタンパク質−タンパク質による相互作用 を必要とする。これらのドメインは、他のタンパク質中にあるプロリンに富 む配列に結合している。Nguyenたち (p. 2088)は、どのようにしてプロリン が標的の結合部位に結合しているのか、その要件を調べ、側鎖の特定形状や 剛性によらないで、N置換されたアミン酸が必須であることを見つけた。こ の特性によって高い特異性と低い親和性の相互作用が可能になるが、このこ とは情報伝達タンパク質が有していなければならない一過性の相互作用をす るための必須条件である。自然には存在しないN置換アミノ酸によって置換 することで、Nguyenたちは、通常の相互作用に比べて100倍も強い親和性 でSH3ドメインに特異的に結合するリガンドを作り出すことができた。これ らの結果から、SH3とWWドメインによって仲介されるタンパク質相互作用 を狙った薬剤設計戦略を促進することになるであろう。(Ej,hE)

Jnk1 と T ヘルパー細胞の分化 ( Jnk1 and T Helper Cell Differentiation)

免疫系において、抗原が初期段階でヘルパーT細胞を活性化するときに、細 胞はタイプ1 (TH1)、あるいはタイプ 2 (TH2)細胞に分化する。このとき、 どちらが選ばれるかはサイトカイン環境の影響を受ける。Dongたち (p. 2092)によれば、キナーゼJnk1を欠くマウスを作ると、このマウスでは T細胞が優先的にTH2細胞に分化し、増殖が促進されることを見つけた。こ の細胞は、TH1細胞の発生に必用なサイトカインを作ることができるが、イ ンターロイキン4(IL-4)(これは、分化を非対称にする)のようなTH2サイ トカインの産生を下方制御することができない。Jnk1を持たないT細胞は、 核の中に選択的に転写制御因子のNFATcを蓄積するが、このNFATcは、IL-4 の転写やTH2の分化に不可欠である。Jnk1は、通常は細胞増殖を制御し、 T細胞の活性化後、TH2分化シグナルを抑制する。(Ej,hE)

植物中のビタミンを増やす(Increasing Vitamins in Plants)

我々の食事に通常出てくる食べ物に、健康に必要なビタミンや栄養素がい つも含まれているとは限らない。Shintani と DellaPenna (p. 2098)は、 分子的処理によって植物の代謝を変更させ、人間にとって重要な栄養素の 産生を劇的にシフトさせることが出来ることを示した。示された特別の例 では、通常の食事では不足しがちなビタミンEを、シロイヌナズナの種子 油中に9倍に増加させた。(Ej,hE)

沢山のクローン牛を作る(Cloning Many Cows)

最近のクローン生物を作る技術のもっとも直接的な応用は、同一の動物群 を作ることであろう。Katoたち(p.2095;Normileによるニュースストーリ 参照)は、1頭の成長したウシの体細胞の核から、子ウシを高い確率で作り 出すことについて報告している。元になる核としては、卵巣の卵母細胞の 卵管と卵丘からの上皮細胞が利用された。(Ej,hE)
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