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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science November 27, 1998, Vol.282
大空の周期律表 (Periodic Table in the Sky)
大気中のエアロゾルは、オゾン層の破壊や地球規模の寒冷化に重要な 役割を果たしているにもかかわらず、殆どの測定は回収されたサンプ ルで行われており、結果として不純物が入ったり凝集したりしている。 Murphyたち(p. 1664)は研究用飛行機に乗って、高度5kmから19km の間の対流圏と成層圏に及ぶエアロゾルのその場測定データを報告して いる。28,000個を上回る微粒子が大きさと化学成分から特徴づけられ た。その微粒子に関して,少なくても45個の異なる元素があり、成層圏 エアロゾル中には隕石物質や水銀を含んでおり対流圏エアロゾル中には 有機物質を含んでいる。この測定によりエアロゾル微粒子の発生源を追 跡することが出来る。(KU,Nk)
人間がもたらす気候への影響 (Human Influence on Climate)
20世紀の期間に,人間がもたらした気候への影響を同定する研究がなさ れてきたが、そのような研究において,自然変動と人間がもたらした影響 がどのていど寄与しているのか論争が続いている。Wigleyたち (p. 1676)は、観測データーといくつかの異なった気候モデルのシミュレ ーションから、半球の平均温度の自己及び相互相関構造を解析している。 彼らは単なる太陽変動のみでは説明出来ず、むしろ太陽と人為的影響の連 結した大きな外部的力が作用していることを示している。彼らの研究は, 地球規模の気候に関して人間がもたらしている重要な影響力に対しての強 力な証拠を与えている。(KU)
低誘電率の鏡(Low-Dielectric Mirrors)
金属はさまざまな波長領域で優れた鏡となりうるが、ある用途には低誘電 率の材料が好ましい可能性がある。Fink たち(p.1679) は、理論的に異な る誘電率の材料の相を交互に積み重ねることにより、ある特定の波長領域 に対して反射体となる材料を作りうることを示している。そして、彼らは、 ポリスチレンとテルルの層を交互に積み重ねた材料を用いることにより、 10〜15μmの波長に対して高い反射率が得られることを示している。 この方法は、コーティングにより透過波長域と反射波長域とを調整できる 可能性を開いたものである。(Wt,Nk)
原子トンネルアレイの量子的干渉 (Quantum Interference of Atomic Tunnel Arrays)
原子は、絶対零度からほんのわずか高いだけの温度まで冷却されて束縛さ れると、物質の異常な状態、すなわちボース-アインシュタイン凝縮(BEC) 状態を形成する。BEC を操作することにより、量子効果を巨視的に観察す ることができる。Anderson と Kasevich (p.1686; Burnett による展望 記事も参照のこと) は、ルピジウムの BEC を周期的なレーザートラップ (定在波)の並びを通過して重力落下させた。束縛された原子は、レーザー の定在波によって同時に作られたこれらすべてのポテンシャル井戸を可干 渉的な状態で通過する。通過原子の干渉は、位相-可干渉な原子パルスの 列として姿を現す。この振舞は、実際上、モードロックした原子レーザー の振舞である。(Wt)
異なるねじれ (A Different Twist)
最も単純な線形共役ポリマーであるポリアセチレンは、ドーピングによる その高い伝導率から特に電気的応用面で関心が持たれている。しかしなが ら、このポリマーは取り扱いが難しく、その応用面が限定されている。 Akagiたち(p. 1683)は,キラル・ネマチック液晶溶媒中で既存の合成手法 を用いて、アセチレン鎖の束からなるらせん形のフィブリルを含むアセチ レンのフィルムを作った。沃素ドープにより高い伝導性を示している。こ のようならせん構造は、電気伝導性の分子ワイヤーとしての応用や興味深 い磁気的、光学的特性を持っているかも知れない。(KU)
初期の花(Early Bloomers)
被子植物(花を咲かせる植物)の起源は昆虫や他の動物の進化に影響を及 ぼしたが、更に地球の気候にも大きな影響を与えた(特に2酸化炭素の収 支に)。被子植物は、典型的には白亜紀に生じたと思われているがSun た ち(p. 1692; および、表紙とCrepetによる展望記事参照)は、中国東北部 の後期ジュラ紀と思われる岩石中に被子植物らしい化石について記載した ことから、この起源は更に数千万年遡ることになるかもしれない。 (Ej,hE)
活動中のHIV-1逆転写酵素 (HIV-1 Reverse Transcriptase in Action)
HIV-1(ヒト免疫不全症 ウイルス-1)の逆転写酵素はウイルス性ゲノムを DNAに転写し、そのDNAが宿主細胞のゲノムに取り込まれる。抗ウイル ス性治療の主要標的はRTの阻害剤であったけれども、変異が起こること によって、現在使われているRT阻害剤に耐性が生じてしまう。Huang た ち (p. 1669; および、Balterによるニュースストーリも参照)は、二本 鎖DNA鋳型-プライマーとデオキシヌクレオシド 三リン酸d(NTP)基質の 両方と複合体を形成しているHIV-1 RTの結晶構造を提示した。この酵素 は二本鎖DNAに特異的であるとされてきたものではなく、また2本鎖DNA は結晶を作ることが困難であった。この困難さはDNAをRTに共有結合的 に結合させることによって解決された。この活性部位の構造からは、変異 によってどのようにして阻害剤に対する感受性を減少させ、交差耐性を生 じさせているかの示唆を与えている。(Ej,hE)
プレーリー・チキンの盛衰 (The Fall and Rise of the Prairie Chicken)
生物の多様性を保持するためには、小集団の結末を理解することが必須で ある。Westemeier たち(p. 1695; および、Soule とMillsによる展望記 事参照)は、かつてアメリカ中西部のプレーリーに普通に居た草地の鳥であ る大プレーリー・チキンの長期にわたる衰亡の様子を図示し、小集団、孤 立、適応性喪失、遺伝的多様性の減少と関連付け、同種系統の交配は絶滅 の可能性を大きくすると述べている。彼らはまた、遺伝的に多様性を持っ た集団から補充してもらうことで、集団の保持可能性について報告してい る。(Ej,hE)
サイクルを閉じる(Closing the Cycle)
細胞周期の進行が後期促進因子(APC)によって部分的に管理されているが、 この因子(APC)は、DNA複製と細胞分裂の組織化に関与するリン酸化酵素 とホスファターゼの制御された分解を引き起こす。Zachariaeたち (p 1721)は、後期促進因子(APC)の活性を制御し、その活性を細胞周期中 の適切な期に制限するHct1と呼ぶタンパク質を記述している。(An)
カルシウムと神経成長(Calcium and Nerve Growth)
カルシウムは、発生中あるいは再生中の神経細胞の先端部における成長と 方向性決定の制御において重要な調節役割をはたす。しかし、形質膜の チャネルから入るCa2+と内部貯蔵から放出されたCa2+との相対的な寄与 がまだ不明であった。Takeiたち(p1705)は、細胞内貯蔵からCa2+を放 出するチャネルである1型イノシトール 1,4,5三リン酸受容体(IP3R)がニ ワトリ背根神経節のニューロンにおいて、大量に発現されていることを発 見している。IP3Rを通したCa2+放出の抑制が成長静止と神経突起の退縮 を引き起こした。正常な神経突起の伸展は、細胞内貯蔵からIP3Rを通し たCa2+放出を必要とするが、細胞外Ca2+の流入との協調も必要とするか もしれない。(An)
青色光に反応する(Responding to Blue Light)
植物の赤色と青色光に対する反応は光情報を成長応答へ翻訳する受容体と 他のタンパク質とのカスケードにより引き起こされる。Christieたちは (p. 1698)、さらに青色光情報が生理反応へ伝達されることを解明した。 シロイヌナズナの遺伝子座位NPH1によりコードされるタンパク質がフラ ビン発色団と結合することで青色光に対し反応して自己リン酸化が増加す る。これによって当該発色団が何であるかを明らかにし、青色光に対する 反応の初期段階であることを明らかにしている。(Na)
免疫の特権を与える(Granting Immune Privilege)
体中のいくつかの部位、例えば眼の前房は、"immune privileged" (免疫の特権をもつ)であり、つまり免疫応答が起こらない。これらの組織 は、末梢リンパ球のT細胞のアポトーシスを誘発するFasリガンド(FasL) の構成的な発現によって、保護されていると考えられた。しかし、FasLが 保護エレメントとして挿入された実験システムの多くには、炎症が引き起 こされた。Chenたち(p 1714)は、FasLが顆粒球を活性化して他の細胞を 殺すことができることを発見した。眼からの液体がこの殺しを抑制するが、 活性剤はトランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)のようである。 TGF-βは、生体内でFasLによって起こされた腫瘍の拒絶反応を防ぐこと ができた。このように、免疫の特権をもつ部位が、T細胞を殺すために FasLを必要とし、炎症を防ぐためにTGF-βを必要とするかもしれない。 (An)
2通りの食作用(Phagocytosis Two Ways)
マクロファージのような細胞は食作用を通じて外部の粒子を取り込む。 受容体と粒子の相互作用によって、細胞膜によって粒子が徐々に包み込ま れ、引き続いて分解するために細胞内部に取り込まれる。このプロセスに は、細胞が粒子に適応するための形態学的な大きな変化が必用である。 Caron とHall (p. 1717)は、細胞骨格タンパク質であるアクチンを制御 するタンパク質ファミリーの役割について調べた。食作用のあいだ、ア クチンの配置転換を促進するために、細胞は2通りの異なったメカニズム を使うことが出来る。このことから、細胞表面の異なる受容体によって 仲介される、多様な食作用に対する細胞反応を説明することが出来るよ うだ。(Ej,hE)
クジラ目の文化(Ceracean Culture)
母系制を有するクジラの種において、ミトコンドリアの多様性が著しく 低いレベルにあるのは、文化的な進化のせいだろうか? Whiteheadが 報告しているように、ゴンドウクジラやマッコウクジラ、シャチなどの 母系制の種のメスは、一生を通じて近親のメスとともに、巨大な身体の サイズや低い移動コスト、散らばって存在しているエサ、そして音の効 率的伝達などの、文化の発達に貢献するような環境下で暮らす (p.1708; また、Vogelによるニュース記事参照のこと)。この文化的遺 伝、すなわち同じ種の仲間から行動における多極性を引き起こす情報を 学ぶことが、どのようにしてミトコンドリアの多様性に影響を与えるの だろう? Whiteheadは、特定の文化的特質を選択することは、中立突 然変異に関連する遺伝子座の多様性を偶発的に減少させることになる、 という提案をしている。(KF)
エレクトロニクスにもっと磁力を (More Magnetism in Electronics)
磁気記録媒体はエレクトロニクスの分野に長期間活躍している、しかし、 半導体チップ上の殆どの電子回路は荷電効果で素子をオン/オフしている。 Prinzは(p.1660)、最近応用の増えている、磁性を利用して電気的信号を 切り替える、磁気抵抗効果に依存する素子の動向について総説した。最新 の磁気メモリー用リード・ライトヘッドに既に使われているこの効果は、 電源が切られていてもその状態を記憶するので不揮発性の回路への応用が 期待出来る。(Na)
ランダース地震後の地殻深部のフロー (Lower Crustal Flow After Landers)
1992に起きたマグニチュード7.3のランダース(Landers)地震は、主とし て、南カリフォルニアのモハベ砂漠の4つのきちんと定義されていなかった 断層セグメントに沿ったstrike-slip地震であった。本震が起きた後、水平 方向および垂直方向の地震後のスリップが宇宙からの測地によって測定され た。一つの断層セグメント内で生じる局所的変形は、ストレスを受けた地域 がもとに戻る際の細孔-液体圧力の変化によって説明されてきたが、より広 範囲の規模での変形は、説明するのが難しかった。Dengたちは、地震後のス リップ(afterslip)というモデルよりうまく水平方向および垂直方向の変形を 説明できる、3次元の粘弾性フロー・モデル開発した(p. 1689)。彼らの粘弾 性フロー・モデルは、地震後の変形の主たる機構として、断層の跡の下にあ る地殻深部に弱く、低い粘性の層があることを示唆する。変形の源を同定す ることは、地震の原因と、それに関連する、地殻深部の粘性流によって引き 起こされる可能性のあるベースンアンドレンジ(BasinとRange)地域における 変形との理解をより深める‾ことになるだろう。(KF,Og)
有糸分裂におけるキナーゼ・カスケード(Kinase Cascade in Mitosis)
細胞周期の制御は、タンパク質の巧妙なリン酸化と脱リン酸化の系列が関 わっている。 Qian たち(p. 1701)は、リン酸化と活性化をさせる、 Xenopus polo様キナーゼ1(Plx1)を同定およびクロニングし、より複雑 な様相を呈してきた。Plx1は、脱リン酸酵素であるCdc25タンパク質を 制御するための機能を果たしており、Cdc25はサイクリン依存性キナーゼ Cdc2の脱リン酸化と活性化を促し、Cdc2は代わって細胞を有糸分裂へと 進行させる。polo様キナーゼはまた、紡錘の組立制御や有糸分裂から抜け 出すことを制御するタンパク質分解機構の制御に機能しているように見え る。この新たに同定された酵素であるpolo様キナーゼ・キナーゼ1そのも のは、リン酸化によって活性化されるが、このことは、これが有糸分裂を 制御するキナーゼのカスケードの一部であることを示唆している。 (Ej,hE)
進化の過程におけるhoxクラスタの付加 (Adding Hox Clusters During Evolution)
hox遺伝子は、発生過程におけるパターンの特異化において決定的な役割 を果たすもので、染色体上にクラスタとして並んでいる。下等な脊索動物 にはたった一つだけクラスタがあり、4つ足の脊椎動物には4つあり、そ してAmoresたちがこのたび示したように、ゼブラフィッシュには7つあ る(p. 1711)。この増えたクラスタは、魚の進化の早い段階に、おそらく 全ゲノムの重複によって生じたらしく、これが魚の多様性を支えるツール となってきた可能性がある。(KF)
アマゾンの森林における生物量の減少 (Biomass Decline in Amazonian Forest Fragments)
W. F. Laurenceたちは、アマゾンの熱帯雨林の一部が、新しい木の補充に よっては相殺されないほどの、大量な、地上の木の生物量の損失を経験し たことを見い出した(1997年11月7日の報告、p. 1117)。D. Cowlesは、 その分析からは、直径10センチメートル以下の木が除外されているとコメ ントを加え、これが「損失をある程度相殺するはずの利得を低く見積もる ことで損失の見積りを多めにするバイアス」をもたらしているかもしれな い、としている。J. B. Kauffmanたちもまた、もとの報告のデータが「地 上の生物量と炭素の貯蔵量の損失を確認するには不十分のようだ」と主張 している。ブラジルの熱帯森林の区画から得られた彼らのデータは、「下 層木:上層木の生物量比と上層木の生物量との間に、統計的に有意な負の 相関がある」ことを示している。これに応じて、Laurenceたちは、「中央 アマゾンにおける小さな木とliana(ツルの類)についての地上の推定乾燥生 物量」を提供している。彼らは、コメントに記された効果は「限定された 重要性しかもたない」とし、「森林の一部における生物量の崩壊はリアル な、そして憂慮すべき、現象である」と結論している。これらのコメント の全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5394/1611a
で見る ことができる。(KF,Nk)
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