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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science November 20, 1998, Vol.282
リズム・アンド・ブルー(アンド・レッド) (Rhyth-m and Blues (and Reds))
概日性のリズムは、植物と動物の双方において実現されているが、 その機構はあまり理解されていない。Somersたちはこのたび、 植物においては、赤色光の光受容体であるフィトクロム (phytochrome)と青色光の光受容体であるクリプトクロム (cryptochrome)が一緒に作用して、一日のリズムの移り変わりを 知らせている、ことを示した(p. 1488)。光の強度の強さや弱さに 対する細かく調整された反応は、受容体の組み合わせの違いによっ て実現されている。遺伝子不活性化技術を用いて、Thresherたちは、 クリプトクロムが哺乳類における概日性の光受容体として機能して いるのかどうかを調べた(p. 1490)。これらクリプトクロムの一つ (Cry2)が欠損したマウスは、概日性の反応において、生化学的にも 行動面でも変化をきたしたが、これは、Cry2が光情報の時計への変 換に関与しているという見方と整合している。(KF)
撹拌されていないマントル(Unmixed Mantle)
ある一つの海洋火山の島や中央海嶺からの玄武岩は、鉛の同位体成分 が類似した傾向を持つが、それぞれの島の間には大規模な変動が見ら れる。これは、マントルが大きなスケールでは不均一であることを示 唆している。Saal たち (p.1481) は、個々の島からの溶融含有物中 の同位体成分の変動は(東太平洋中の Mangaia と Tahaa の両方に対 して) 、非常に広い範囲に渡ることを示している。その変動幅は地球 的な分布の大きさのほとんど半分にまでなる。これらは、マントルは 局所的には非常に不均一であることを意味している。(Wt)
右向きにひねる(Twist to the Right)
タンパク質設計の努力は、おおむね、野生型のコンフォメーションに おいて定まっている主鎖の相互作用をそのまま維持しつつ、側鎖の相 互作用を最適化することに焦点を当てて行われてきた。Harburyたち は、このたび、側鎖と主鎖の双方のフレキシビリティを許容するモデ リング・アプローチを用いて、右手高次らせん構造を有する-らせん 状束タンパク質を設計した(p. 1462)。彼らは、二量体と三量体、四 量体の束の予測に成功し、X線結晶学によって決定された四量体構造 が予測された構造と原子レベルの詳細においても非常によく一致する ことを明らかにした。三量体と四量体の束は、自然界やかつて設計さ れたタンパク質においては見られなかったたたみ込みの型を示してい る。(KF)
テロメアの修飾された見方(A Modified View of Telomeres)
ヒトのテロメア(染色体の端におけるDNA配列)の長さがTRF1という 特異的なテロメア結合タンパク質によって制御されている。Smithた ち(p 1484;Pennisiによる記事参考)は、TRF1に結合し、中期染色体 のテロメアに局在化されるタンパク質を同定し、このタンパク質を tankyraseとよぶ。tankyraseは、24アンキリン反復をもち、ポリ (ADPリボース)重合酵素(PARP)との相同関係をもつ。PARPは、DNA ダメージに応答して、タンパク質受容器へのポリ(ADPリボース)の合 成を触媒する酵素である。tankyraseは、試験管内でPARP活性をも つが、TRF1とtankyraseそれ自体が基質となる。この結果は、この タンパク質修飾がテロメア生物学における重要な役割をはたすことを 示唆している。(An)
抗生物質を回避(Evading Antibiotics)
膀胱感染症は、アメリカだけでも、1年間に7百万人以上に起きている。 大腸菌が感染の主要な原因であるが、1型線毛という線維が病原性大腸 菌から伸展している。Mulveyたち(p 1494)は、この線毛が、膀胱上皮 の表面をカバーするuroplakin"shield"に直接に接触することが必要で あることを示している。接触ができたら、外側上皮(アンブレラ細胞)が アポトーシスを受けて、細菌の負荷が減少した。しかし、一掃されない 細菌がその下にある尿路上皮まで掘り下げていき、抗生物質の存在下で も生存できることになる。このことは、再発性尿路感染の原因が病原体 の再導入ではなく、長引いている慢性感染であることを示唆している。 (An)
p21とp53なくしてはチェックポイントなし (No Checkpoint Without p21 and p53)
細胞がチェックポイント機構をもつが、その機構がDNAにダメージがあ る場合には細胞分裂周期の静止を引き起こす。腫瘍サプレッサータンパ ク質p53に応答したサイクリン依存性リン酸化酵素阻害薬p21の合成増 加が、細胞周期のG1期からS期への遷移での静止に関与するが、G2期 から有糸分裂への遷移での静止を制御する機構が別であったと考えられ た。Bunzたち(p 1497)は、p21とp53の非存在でもDNAダメージに応 じる細胞周期の遅延が起こるのに、正常な細胞において発生している G2チェックポイントの持続させた遅延には、p21とp53が必要であるこ とを報告している。(An)
奔走するホメオボックス(Homeoboxes on the Run)
しばしば転写因子として機能するホメオドメイン・タンパク質について の数々の研究は、それらの種を超えての類似性に焦点を合わせてきた。 Tingたちは、急速に分岐してきた遺伝子について検討した (p. 1501; NeiとZhangによる展望記事参照)。彼らはショウジョウバエ のOdysseus座位にある急速に進化しつつあるホメオボックス遺伝子を 同定したが、これはショウジョウバエの同胞種間の生殖性単離を引き起 こすものである。関連する遺伝子は、哺乳類からショウジョウバエにま で見い出されるのだが、この遺伝子はショウジョウバエの種の間で著し く高い比率で分岐している。こうしてみると、発生と種の分化の双方は、 ホメオボックス遺伝子に依存している可能性がある。(KF)
ニューロンの可塑性の精妙さ(Nuances of Neuronal Plasticity)
局所性の抑制性回路は、単眼損失の直後に生じるよく知られた現象であ る眼球優位性の転移において重要な役割を果たしている。視覚野におけ る抑制性の相互作用を詳細に解析した実験のほとんどは、多義的な結果 を生み出してきた。Henschたちは、GABA(γ-アミノ酪酸)-合成酵素の あるアイソフォームを欠いたマウスにおいては、臨界期における正常な 可塑性が阻害されることを明らかにした(p. 1504)。この同じ動物は、 発生の過程でそれ以外の点では欠陥を示さなかったし、それ以外の可塑 性、たとえば長期増強、は影響を受けなかった。こうした結果は、内因 性のニューロンの興奮と抑制の間の微妙なバランスによって、新皮質に おける経験に依存した微細なチューニングがなされるという議論に与す るものである。(KF)
勝ったものが総取り(Winner Takes All)
哺乳類の神経系の発達は、まず結合が過剰に行われることから始まり、 それが後に選り分けられて、成熟した神経系を形成する機能する結合だ けが保持されるようになる。GanとLichtmanは、この枝刈りの過程を、 マウスの神経筋接合部において詳しく観察した(p. 1508)。接合の大部 分は、出生後数週間以内に複数による神経支配から単一の神経支配に変 わった。競合する軸索の末端の接合は、最初はオーバーラップした場を 形成している。後になると、これらの場は互いに分離し、ついには、最 後の瞬間まで決まらないあるプロセスによって、ただ一つの軸索が勝ち 残るのである。(KF)
フォークと工場(Of Forks and Factories)
DNAの複製の間、DNAポリメラーゼは軌道上の列車のようにDNAに沿っ て移動するのであろうか、あるいは、ポリメラーゼが工場におけるよう に固定されており、DNAがその中を引っ張られて移動するのだろうか? 枯草菌についての研究において、LemonとGrossman(p.1516;および LosickとShapiroによる展望記事参照)は、工場モデルに合致する証拠 を見つけた。彼らは、生きた細胞中のDNAポリメラーゼや他の複製フォ ークタンパク質を可視化し、このタンパク質が細胞内の個々の分散した 位置に局在化していることを見つけ、このことからタンパク質が特定の 場所に留められていると推測している。(Ej,hE)
海洋の酸性度(Ocean Acidity)
海洋のpHの変化は、炭酸塩の析出の割合や、栄養分の循環、そして全体 的な炭素の供給に対して影響してきたとされる。しかし、時間とともに 変化する海洋のpHの正確な測定基準を見つけることは困難であった。あ る手段として、有孔虫に保存されているホウ素同位体が利用されてきた。 Palmerたち(p. 1468参照)は、海洋のいくつかの深さで育った有孔虫は、 暁新世における深度に依存したpHの変化を再現することに用いることが できることを示した。彼等のデータは、海洋上層部のpHは過去1500万 年の間に広範囲に増加したことを示している。(TO)
量子ドット中の励起状態を制御する (Controlling Excited States in Quantum Dots)
量子ドット内へ電子を閉じ込めることにより、蛍光色のような光学的特 性を調整することができる。Bonadeo たち (1473) は、一個の量子ドッ トの励起状態も同様に操作できることを示している。2つのフェーズロッ クされたレーザーパルスを用いることにより、本質的には同一のエネル ギーであるが、異なる(直交する)偏光を有する状態を励起した。これら の状態間の発展的および破壊的な干渉を、ドットの光ルミネセンスにお ける振動の発生に用いることができる。[Julien と Alexandrou による 展望を参照のこと](Wt)
招かざる客(Uninvited Guests)
寄生体や感染症媒体は、宿主(ある場合には感染者)との軍事競争に 陥ってしまっており、進化によって軍備は攻撃側にも防御側にも最新 の兵器を備えさせるようになっている。Ebert(p.1432)は、一連の継 代実験の結果を再検討・評価することによって、感染症媒体の進化を 注意深く観察した。この実験的進化による研究は、ワクチンに用いる 生物についての表現型の毒性や安定性を開発する上で有用である。 (Ej,hE)
細胞の配向(Cellular Orienntation)
酵母細胞は、接合の前触れとして他の酵母細胞に向かって分極した成 長を示す。このプロセスは、フェロモン勾配に沿っての配向を伴って いる。Buttyたち(p.1511)は、分極のプロセスで情報伝達性GTP結 合タンパク質(Gタンパク質)と細胞骨格を組み立てるタンパク質の 役割を調べた。Far 1と命名されたタンパク質が,分極のあいだフェロ モンシグナルのサイトを標識するGタンバク質と細胞骨格を再構成す るタンパク質間の相互作用を制御している。(KU)
海産食物の漁獲量減少はどの程度当てはまる? (How Pervasive Is 'Fishing Down Marine Food Webs'?)
D. Paulyたちは国連食糧農業機関(FAO)から出された全世界の漁業統 計表を分析し、「種群の平均栄養段階が1950年から1994年にかけて 衰えていること?」(報告, 6Feb., p. 860を参照)を発見した。それに 対して、J. F. Caddyたちは、「彼等の仮説では状況を著しく簡略化し ており、FAOの統計を誤って解釈している」という論評を行った。あ る数字は、「全体の生産に対して水産養殖(例えば甲殻類の養殖など) の寄与が増加していること」はその報告の所見を説明しているかも知 れないことを示している。これに対して、Paulyたちは、J. F. Caddy たちの論評の中から出た考察について議論して、「海洋養殖生産デー タを除いた結果の栄養段階の傾向を示す数字」は彼等の初めの結論を 支持することとなった。こうした論評の本文は全て、ウエブページ
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5393/1383a
で 見ることができる。(TO)
ミルクを手にした(Had Milk)
人類の最初に書かれた記録は酪農作業に関してであるが,この作業がいつ 始まったのか古代の遺物から決定することは難しかった。問題の一つは、 容器の破片に保存されていたであろうミルク脂肪の化学成分が時間や埋 葬あるいは太陽光に曝されて容易に変化する事である。 Duddと Evershed(p. 1478;考古学に関する特別ニュースセクションに おけるPringleによるニュース解説も参照)は、特別な化合物の炭素同位 体解析がミルク脂肪の残滓を同定するのに用いられることを示している。 有史以前の大ブリテンでの酪農は鉄器時代まで遡った。(KU)
酸素濃度をコントロールするもの(Controlling Oxygen)
海洋におけるイオウ種の酸化還元(レドックス)反応は、炭素の同じ反 応と共に地球大気の酸素収支をコントロールする主要なものと考えられ ていた。時間に対する海洋のイオウ同位体の分析は、地球大気がどのよ うに変化、進展してきたかを明らかにするであろう。殆どの研究は蒸発 残留岩中におけるイオウ同位体の測定に向けられていたが、蒸発残留岩 は単にある一時期に形成されたものにすぎず、かつ続成作用や年代の浅 い海水の浸み込みによって変化しているであろう。Paytanたち (p.1459;Bernerと Petschによる展望も参照)は、新生代(6500万 年前から現代)を通して拡大している海洋重晶石(バライト)から、海 洋硫酸塩中のイオウ同位体の記録を100万年単位で提供している。イ オウ同位体記録の変化は炭素同位体記録の変化と相関は見えず、このこ とはリン酸サイクルが大気酸素濃度をコントロールするもう一つの重要 な因子であることを示している。(KU)
低電圧ダイアモンドの陰極(Low-Voltage Diamond Cathodes)
ドープされていないダイアモンドは絶縁体であり、通常フラットパネル 発光ディスプレイ用の陰極には適さないと考えられていた。Zhuたちは (p. 1471)、商業的に入手可能なドープされていないナノダイアモンド (極小ダイアモンド: 直径10から100nm)で作られたフィルムが効率的な 電子放出器であることを発見した。その粒子は水素プラズマ中で熱処理 により活性化し、高い欠陥濃度と低い電子親和性により、1μmあたり たった3から5Vの電界中で1平方センチあたり10mAの電流密度が可能 となる。(Na)
光を導く(To the Guiding Light …)
光通信システムには信号を一つの場所から他の場所へ導く手段が必要で ある。殆ど全ての光導波装置は、その周囲より高い屈折率の領域に光を 閉じ込める(すなわち光ファイバー)ことによる総合的な内部反射が光を 導く。Knightたちは(p.1476)、ファイバーの周期的な構造により特定 帯域の波長の伝播だけを妨げる、新しい型の光バンドギャップ効果に基 づく導波装置を実証した。彼らは狭い帯域の波長をファイバーの中心部 に集める、空洞のハニカム構造を持つ光ファイバーを作った。(Na)
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