AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 13, 1998, Vol.282


癌の薬のクローズ・アップ(Close-Up of a Cancer Drug)

fumagillinは真菌の代謝産物であり、それが血管形成すなわち 新しい血管の形成を抑制することが運良く見い出された。血管形 成は固形(solid)腫瘍の成長に必要であるので、fumagillinの誘 導体はいま、抗癌薬として臨床試験を受けている。fumagillin は、タンパク質のアミノ末端からメチオニンを切断する金属酵素 の一つであるメチオニン・アミノペプチダーゼ-2(MetAP-2)と 特異的に結合し、これを阻害する。Liuたちは、ヒトのMetAP-2 の結晶構造を、fumagillinと結合したものと結合していないも のの双方について決定した(p. 1324)。これらの構造は、この薬の 特異性と作用機序、そしてより効果的な抗癌性の治療法の設計の 促進に役立つかもしれない情報、について洞察を与えてくれる。 (KF)

アポトーシスを避ける(Evading Apoptosis)

一連のカスパーゼによるカスケードがプログラム細胞死において 重要な役割をはたしており、このカスケードはプロカスパーゼ分 子の切断によって惹起される。Cardoneたち(p 1318)は、リン 酸化がカスパーゼ活性化を制御でき、癌細胞の生存に関与するか もしれないことを示している。発癌遺伝子Rasの活性型および Rasが活性化するAktというキナーゼがpro-caspase-9をリン 酸化でき、これによって、pro-caspase-9の活性化を防ぐこと ができる。(An)

癌へウイルスの攻撃(Viral Attack on Cancer)

レオウイルスは、活性化Ras経路をもつ細胞に感染し、これを殺 すRNAウイルスである。ほとんどの腫瘍細胞において、この経路 が活性化されたことを推測し、Coffeyたち(p1332;Pennisiによ る記事参考)は、このウイルスが癌の治療として利用できるかを研 究した。免疫欠乏性あるいは免疫適合性のマウスにおいて成長中 の腫瘍にレオウイルスを直接に注射することによって、腫瘍の有 意な収縮が得られたが、後者の場合にはもっと大量のウイルス用 量が必要であった。ヒトにとって、レオウイルスが比較的に非病 原性であるため、その抗癌活性を臨床的に応用できるかもしれな い。(An)

受容体クラスタリングとモリブデン酵素 (Receptor Clustering and Molybdoenzymes)

ニューロンのタンパク質gephyrinがニューロンのグリシン受容体 のクラスタリングに重要であると考えられている。gephyrinの遺 伝子は、モリブデン補助因子の生成に関与するタンパク質と相同 性を有するが、この補助因子は、キサンチン脱水素酵素や亜硫酸 酸化酵素を含む様々な酵素の活性に必要である。Fengたち (p 1321;Froehnerによる展望参考)は、gephyrinを完全に欠くマ ウスについて記述している。このマウスは、誕生後1日以内に死亡 し、stiff baby syndrome(さわされると、強固な過伸展姿勢をと る)患者であるヒト乳児と類似している症状を表す。運動問題に加 えて、マウスが機能的モリブデン酵素を欠く。(An)

性質が替わる酵素(Enzymes that Switch)

さまざまの脂肪酸は、二重結合の位置と水酸化状態の違いによって 異なっている。Broun たちは、脂肪酸を合成する酵素の分析によっ て、酵素がどのような化学反応を触媒するのかを決定する6つの特 異的なアミノ酸を同定した(p. 1315)。単一のアミノ酸の変化だけ では特異性は決まらないが、これら多様なアミノ酸における変化が 結び付くと、酵素の機能を水酸化酵素から不飽和化酵素に変えるこ とができる。これら重要なアミノ酸の同定が示唆するのは、酵素の 特異性が活性部位の位置関係によって決まる、ということである。 (KF)

探る免疫(Exploratory Immunity)

免疫系は、微生物菌によって発現される抗原や自分以外のドナーか ら移植された組織による抗原に対して素早く反応する一方、自身の 抗原を無視することを、どのようにして学習するのだろう。 Alferinkたちは、新生児の免疫系がリンパ細胞に対し、成人の免疫 系とは異なった、やりとりの(trafficking)パターンを有すること を示している(p. 1338)。たとえば、出生後の短期間、T細胞は皮膚 に対してより強くアクセスする。このやりとりは、内皮に発現され たセレクチン接着分子に依存し、免疫系がその場所だけに見い出さ れる抗原に対し、寛容になることを許すものである。(KF)

2次元クーロン力結晶の相 (Phases of a 2D Coulombic Crystal)

Mitchell たち (1290) は、レーザーで冷却した 9Be+ が面状に整 列したイオンを閉じ込めることにより、これら擬二次元結晶の構造 を直接的に観察した。閉じ込められたイオンの面密度を変化させる につれて、面状イオンは、さまざまなエネルギー的に好ましい構造 に適合するように構造相転移を生じた。研究されたイオン系に対し ては、5つの異なる結晶相が観察されたが、これは1成分プラズマ モデルの理論的予言と良い一致を示している。(Wt)

空中移動するNOxを追跡する(Tracking Airborne NOx)

酸化窒素であるNOやNO2(NOxと呼ぶ)は、大陸境界層における人為的な大気汚染 とオゾン生成を引き起こすことで大気化学の重要な成分である。またNOは雷雨 で発生することもある。大気により運ばれることで高度なNOxの蓄積が汚染源 からはるかに離れた地域で発生することもある。最近の大規模な測定で、離れ た対流圏とその輸送の範囲におけるNOxとオゾン化学の詳細が明らかになり始 めた。Brunnerたちは(p. 1305)、そのような北半球の航空路線の一定領域を通 る民間定期旅客機上での一年間に渡る大規模な測定結果について報告した。高 度なNOx濃度とオゾン蓄積を持つ大規模な上昇流が観測され、大陸境界より上 昇する汚染空気や雷雨の稲妻による発生または、その両方の原因まで追跡する ことができた。採集された、NOxの小ピークは他の航空機からの排出ガスから のものである。この研究は、汚染された空気が輸送される範囲、離れた地域に 対して与える影響について明らかにした。(Na,Nk)

エンドサイトーシス局在化の構造的手がかり (Structural Clues for Endocytotic Sorting)

エンドサイトーシスのあいだ、細胞表面の受容体と結合したタンパク 質は、クラスリン被覆小孔によって仲介されるプロセスを介した原形 質膜の陥入によって細胞内に取り込まれる。この受容体は、膜貫通受 容体細胞質の末端と可溶性サイトゾルアダプタタンパク質との相互作 用により、被覆小孔に特異的に補充される。OwenとEvansは、細胞 アダプタ分子と複合体をなした受容体局在化シグナルペプチドの結晶 構造を解明した(p. 1327)。この構造は、効率的な細胞内取り込みを 促進する相互作用の機構について光を投げかけるものである。(KF)

有糸分裂の維持(Maintaining Mitosis)

p42分裂促進因子によって活性化されたタンパク質リン酸化酵素 (MAPK)は、細胞表面上の受容体への分裂促進因子の結合によって 開始され究極的には細胞分裂に到る、信号伝達経路に関与するこ とから、その名がついている。GuadagnoとFerrellは、この同じ 酵素が、有糸分裂それ自体のプロセスのタイミングを制御する機 構の一部としても機能していることの証拠を与えている(p. 1312)。 アフリカツメガエルの卵からの抽出物においては、MAPKの活性を 抑制すると、有糸分裂の早すぎる中断が引き起こされ、正常な有糸 分裂微小細管の形成が妨害された。サイクリン依存のタンパク質リ ン酸化酵Cdc2への応答としてのMAPKの活性化が、有糸分裂状態の 正常な維持にとって必須なのである。(KF)

地球の内核の相対回転を検出する (Detecting Possible Rotation of Earth's Inner Core)

言うまでもなく、金属が主体の内核と、マントルの回転差は、地磁 気を生じる、いわゆるダイナモ説の原因となりうることで注目を集 めているものであるが、A. Souriau(Science's Compass, 展望記 事, 3 July, p. 55)たちは、いくつかの最近の研究から、個体である 地球の内核は、マントルよりも速く回転しているかもしれないと表 明している。彼女は、「問題は極めて複雑である」と述べ「内核と マントルとの回転差があるか否かは確定している訳ではない」と結 論づけている。
P. G. Richardsたちは内核の相対回転仮説を支持する新しい証拠に ついて記述し、「内核を通る3通りの経路の地震波について、、、 予測された変化の割合は、いつも決まってマイナスの値である」と 記している。Richardsたちは「全般的にはSouriauに同意」しな がら、「内核はそれ自身の不均一性だけでなく、上部のマントルの 不均一に起因する様々な影響を受け、結果的に不均一になり易いと いうSouriauの指摘どおり、これが十分解明されないと、回転差の 見積もり精度向上は困難であろう」としている。
これに応じて、Souriauは、今日までの色々な研究結果が曖昧であ る理由を実験手法と統計的な問題として、1つ1つ指摘している。 彼女は結論として、「内核の相対回転の存在を否定する確実な証拠 は無いが、内核の相対回転の存在を証明する確実な証拠もない」と 結んでいる。全文は、以下を参照。(Ej,Nk).
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5392/1227a

隕石中に残された星からの放出物質(Star Ejecta in Meteorites)

異常な同位対比のマイクロメートルサイズの高温凝結性粒子が、始原的隕石中に発見さ れたが、それらは星から放出された物質に関連づけられるものである。このような粒 子の多種の同位対比を測定することにより、星の原子核合成のモデルを制約すること ができる。Choi たち (p.1284) は、走査型電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分析 装置に基づく非破壊的方法を開発した。後者の方法は、イオンプローブ分析が微粒子 を急速に消費してしまう可能性があるので、その能力を拡大するためのものである。 彼らは、2個の通常のコンドライト中の14個の星周塵から得られた酸素、マグネ シウム、アルミニウム、カルシウム、チタンの同位体量を決定した。一つのコランダ ム(鋼玉)の粒子の同位体量のII型超新星中においてヘリウム-炭素領域と水素の 外層とが混合とする説と一致している。もう一つの異常なチタンの同位対比以上を 示す粒子は、重元素量(天文では水素とヘリウム以外の 元素をすべての総量)が太陽より大きな漸近巨星枝星から来たと考えられる。
[訳注]過程で得られた可能性がある(水素より重い元素の量が我々の太陽より多く存 在している巨星枝)。
[訳注]ヘルツシュプルング-ラッセル図(恒星のスペクトル型を横軸に、絶対等級を 縦軸にとった図)上で、太陽などの主系列に属する恒星が進化とともに、この図上で 巨星が属する領域(巨星枝)に漸近して行くことを指している。(Wt,Tk,Nk)

赤色星を回る褐色矮星(Brown Dwarf Around a Red Star)

Reboloたち(p. 1309: Hellemansによるニュース記事参照)は、可視光と赤外線を利用 した観測によって、ある若い星を周る軌道上の、ある褐色矮星の候補を確認してき た。その連星系はある崩壊する分子雲が分裂して形成されたことが、その距離(約300 地球‐太陽間距離)と少ない質量(約25木星質量)により、示される。推定年齢(約1億 年)の下限は、星と連星をなす準恒星質量の伴天体が、比較的短い時間に形成されたことを示している。(TO,Nk)

長鼻の恐竜(Long-Snout Dinosaurs)

Spinosauridは長く細い鼻を持つ特徴のある、魚を餌とした謎の恐竜 のグループである。Spinosauridを記述するのに用いられた最初の化 石は第二次世界大戦で失われた。その後、散逸した残骸は様々な場所 で見つかっている。Serenoたちは(p. 1298、表紙とHoltzの展望、 Stokstadの関連解説参照)、白亜紀前期、ニジェールのTenere砂漠で 発見されたSpinosauridの鼻の大部分と骨格の他の部分の新しい化石 について記述した。Spinosauridの残骸は以前英国で発見された化石 と類似している、ということは、当時ユーラシア大陸とアフリカを隔 てていたテチス海を超えて分布していたようだ。(Na)

シグナル伝達タンパク質の遊離 (Liberating Signaling Proteins)

細胞間シグナル伝達分子の或るものは細胞膜に強く結合した形で合成 され、タンパク質分解によつてその後遊離する。腫瘍壊死因子(TNF-α) α変換酵素(TACE)は、TNF-αのこのようなプロセシングを触媒化する メタロプロテイナーゼである。Peschonたち(p. 1281:WerbとYanの展 望も参照)は、タンパク質分解酵素の活性を失った変異TACEを持つマウ スを作った。TACEは正常な発達に必要であり、マウス由来の不死の (immortalized)繊維芽細胞の解析から、TACEが他の重要な制御分子も 同様にプロセシングすることが知られた。その細胞はトランスフォーミ ング成長因子αや、接着分子L−セレクチン及びTNF受容体を遊離するさ いに欠陥を持っていた。このように、TACEは一群の構造的、機能的に多 様なタンパク質を細胞膜から有利させる機能を持っているらしい。(KU)

ひずみをコピーする (Coping with Strain)

多くの物質は,或る特異的温度以下で脆性と延性の転移を示す。物質中に 発生したクラックの伝播が,クラック面をとりまく転位サイトの核形成に よるのか、或いは転位の移動によって支配されるのかはっきりしていな かった。Gumbschたち(p.1293)によるタングステン単結晶のへき開実 験により、低温においては核形成密度が支配因子であり、クラック周辺 の付加的な転位サイトがその物質にある程度の可塑性を与えクラックの 伝播を阻止する。しかしながら、転移温度近傍ではかなりの量の転位サ イトが存在し,その移動が更なる伝播を妨げる支配因子となる。(KU)

印刷(プレス)したて(Hot Out of the Press)

セラミックマトリックス中のシリコン炭化物繊維の合成物は高い強度を 持つが、熱と酸化限界により、空気中での高温使用を1500℃以下に制限 する。マトリックスに負荷を与えられた繊維はすべり欠陥を示す。 Ishikawaたちは(P. 1295、Tredwayの展望参照)、マトリックスを除去 する方法について示した、すなわち、高分子合成で作った非結晶のシリコ ン-アルミニウム-炭素-酸素繊維を高温プレスにより高密度に圧縮した、 六方晶系円柱状の繊維を形成することができる。この材料は空気中で 1600℃まで強い強度を示し、高い熱伝導度も示す。(Na)

メソポーラス物質の安定化(Making Mesoporous Materials Stable)

オングストローム程度の小さな孔を持つゼオライトの高温安定化は需要の 大きな工業的応用面で有用である。より大きなナノメートル程度の孔を持 つメソポーラスな物質は、特に熱水条件下で安定性がはるかに劣っている。 Kimたち(p. 1302)は高度に架橋した珪酸塩の四面体ネットワークを持ち、 かつ沸騰水中で150時間後も安定なメソポーラゥスな小胞体(孔径2.7ない し4nm)を作った。(KU)

最大の応報(Most Rewarding)

視覚的刺激の結果提示される結論は、目や手のいくつか可能な動きの中か らたった1つとだけとリンクした応報という形で表れれ、これが、視覚的 注意と運動出力に寄与する脳領域や細胞の分析や同定を可能にする。 ShimaとTanji (p.1335)は、より有望な応報の流れに切りかえることを 決定するときに用いられる、大脳の上側帯状運動野の細胞を識別するため のこの手法を改良した。帯状運動野は、大脳辺縁系や前頭葉前部皮質から、 動機と内部状態の情報を含んだ入力を受け取り、そして運動系に出力を 送る。このように、帯状運動野は、理論的には応報評価の裁決者(arbiter) として位置付けられる。(TO)
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