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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science May 8, 1998, Vol.280
植物における三重結合の化学 (Triple-bond chemistry in plants)
ある種の脂肪酸にごく当たり前に見い出される炭素-炭素の三重結合の 背景にある生化学的仕組みは、従来うまく説明がつかないものであった。 このたび、蘚類のゲノムで初の脂肪酸装飾酵素を探し出し、その結果を シロイヌナズナで確認することで、Leeたちは、acetylenaseと epoxygenaseとをそれぞれコード化する遺伝子を発見した(p. 915)。 この二つの触媒反応の脂肪酸基質への影響はまったく違うものであるが、 それら酵素をコード化するDNA配列は、興味をひくようなかなりの類似 性を示している。脂肪酸とそれからうみだされるおびただしい誘導体は、 可塑剤や潤滑剤、艶出し剤、その他多くの製品として商業的に有用であ ることが分かっている。(KF)
植物中のカリウム(Potassium in plants)
ニューロンにおける機能でよく知られているカリウム・チャネルは、 植物においても発見されている。Hirschたちは、シロイヌナズナの AKT1遺伝子によってコード化されている植物におけるShaker様の K+チャネルの作用を解明した(p. 918; また、表紙を参照のこと)。 このチャネルの特性は、膜電位が陰性で外部のK+イオンの濃度レベ ルが低い場合に、K+イオンが植物の根の細胞に受動的に取り込まれ ることを許す、というものである。(KF)
細胞周期の破壊(Braking the cell cycle)
染色体のDNAが細胞分裂の前に完全に複製されることを保証するために、 細胞には、未複製のDNAが存在している場合に細胞分裂を阻止する、 チェックポイントとして知られる情報伝達機構が存在する。このような 制御がないと、癌やその他の異常な細胞機能が増えることになりかねな い。Boddyたちは、分裂酵母における複製チェックポイント経路におけ る新しい生化学的なステップの概要を記述している。これはCdc2(有糸 分裂の主たる調節を司るタンパク質リン酸化酵素)の不活性化を導くもの である。Boddyたちは、タンパク質リン酸化酵素Cds1がWee1と呼ばれ る別のリン酸化酵素をリン酸化し、このWee1が次にCdc2をリン酸化、 不活性化する、という証拠を示している。複製が済んでいないDNAをも つ細胞では、タンパク質リン酸化酵素Mik1の量もCds1に依存した形で 増加していた。このMik1が、次に、Cdc2を直接リン酸化することで有 糸分裂を抑制することになる。Cds1とMik1は、このように、複製チェ ックポイントに対する応答において細胞周期を停止するのに寄与する必 須のリン酸化酵素としてChk1に加えられるものであるらしい。(KF)
二枚貝と温度(Clammy temperatures)
二枚貝Calyptogena magnificaは、中央海嶺に沿った水熱の噴き 出し口のそばの海底に付着して、その一生を過ごす。HartとBlusztajn は、東太平洋海膨(East Pacific Rise)沿いで成長した二枚貝の貝殻の 多数の層それぞれに含まれるストロンチウム-カルシウム比の変異を測 定した。そして、ストロンチウム-カルシウム比の高さと、噴き出す液 体の温度の高さとの相関を調べ、二つの特別な高温のイベントが、19 91年と1992年に観測された噴き出し口からの噴出と関連しているらし いと結論した。このように、化学的トレーサーが高い空間的分解能で測 定でき、貝の年齢が決定でき、他の要素、たとえば栄養分の濃度や海水 の成分が有意に変化しない、という条件のもとでは、二枚貝は、数十年 にわたる期間中に生じた、噴き出し口からの噴出という出来事を、温度 の面から知るための代用物として使うことが可能なのである。(KF,Og)
系統の発達(Strain developments)
感染を引き起こす生物体株の進化を理解するために使われる理論的な 枠組みはGuptaらによって発展されてきた.特定の生物(organism) に対する免疫反応の強さに依存して,個別の系統が進化することがで きることや支配的な系統において周期的あるいは無秩序な変動 (fluctuation)があること,または明確な系統の構造が存在しないこ とがある.このモデリングのタイプは,ワクチン試験の結果を評価す るために重要である.(TO)
危険な行動についてもっと自由に話す (Speaking more freely about risky behaviors)
特に若者における性的関係や薬物注射などの危険な行動に関する 調査は、対象者が、しばしば違法行為だったり、社会的に認めら れない行動を明らかにすることを躊躇することや、文章が読めな い不十分に教育されている対象者へのテストをうまく作ることが 難しかしいせいで、損なわれることが多い。Turnerたちは(p.867、 p.847のBloomのポリシー注釈参照)、コンピュータによる声と文 書の質問票を使う新しいアプローチを適用し、米国の若い男性 1690人の性的行動や薬物注射などの行動を調査して、伝統的な文 書の調査表とインタビューによる調査結果との比較を行った。この 方法によると、報告された様々な危険な行動は3倍またはそれ以上 に増加した。回答者の5.5%は、男性同士の性的関係を行っており、 5.2%は薬物注射そして12%は拳銃を携帯していた。(Na)
より長く生きる(Living longer)
多くの生物,例えばミミズ,酵母そしてヒト等の死亡率は,年齢が 増加とともに低下する,そして近年高齢のヒトの死亡率は著しく低 下してきている.Vaupelら(p. 855)は長寿研究をレビューし,生物 人口統計学のデータを調べた.明示的に寿命を制御する遺伝子は存 在してはいるが,非遺伝上の変化が人の寿命の長さの増加の原因と なっている.(TO)
地球への塵(Dust to Earth)
毎年,太陽系内部で太陽の周りを回る黄道帯雲(zodiacal cloud) と呼ばれる希薄な雲から,10^7キログラムの惑星間塵の粒子 (IDP)が,地球に降り落ちている.KortenkampとDermott (p.874; p.828のKerrによるニュース解説も参照)は,最近の120万年間に おける地球へのIDPの流れ(flux)をモデル化した.そしてこの物質 の多くはイオス,テミスそしてクロニス小惑星群からやってくると 仮説を出した.惑星間塵の流入量は10万年毎にピークとなるが、 これは塵の衝突個数が地球軌道の離心率の変動に支配されることと 一致し、また海洋底の堆積物中のHe3組成が10万年毎に上昇する 原因が惑星間塵の流入にあるという考えともよく合っている。彼ら はまた,小惑星帯の中での小惑星間の衝突によって,大きなIDPの 流れは10^7年毎に発生すると考えている.(TO,Nk)
細菌の中の磁石(Magnets in bacteria)
多くの走磁性細菌は細胞間硫化鉄鉱物のグリグ鉱(Fe3S4)を生産する。 鉱物学とグリグ鉱や他の鉱物の起源を理解することは、これらの細菌の 起源とその行動や生体磁気学全般について解明するために重要である。 Po'sfaiたちは(p.880)、透過型電子顕微鏡を用いて、走磁性細菌の中で 非磁性の硫化鉄鉱物であるmackinawite(tetragonal FeS)から磁性を 持つグリグ鉱が数日から数週間で形成されることを示した。(Na)
キセノンと地球の大気(Xenon and Earth's atmosphere)
キセノン同位体の測定によって、地球が形成される際の微惑星や塵の 降着(accretion)やマントルの脱気の時期に関する情報や、地球の大 気の進化に関する情報を得ることができる。しかし、同位体の濃縮が 小さく、キセノンの同位体のうちのいくつかが複数の異なった減衰の 過程でできることから生じるめんどうな事態のために、同位体異常の 系統を精密に分析することは難しかった。Kunzたちは、このたび中央 海嶺の玄武岩に捕らえられていたマントル・ガスを測定し、プルト ニウムから生じるキセノンとウラニウムから生じるキセノン(キセノンは、 ヨウ素の減衰によっても生み出される)の効果を分離することに成功した (p. 877; またKaneokaによる注釈 p. 851参照のこと)。データによれば、 地球大気に含まれるxenon-136の32パーセントはプルトニウム(半減期 が8200万年)の分裂によるもので、地球のマントルは、太陽系の形成か ら5千ないし7千万年以内、つまり巨大なインパクトが地球を襲い月が作 られた直後からガスを保持し始めた、ということになる。(KF,Nk)
滑らかで薄い(Smooth and thin)
薄く、滑らかで均一な特性を持つフィルムは生物吸着の研究から マイクロエレクトロニクスまで様々な用途で重要であるが、製造 することは困難である。現在行われている種々研究では自己組織 化プロセスに焦点が当てられている。Eskerたちは(p.892)異なる 方法を追求した。彼らはよく知られたラングミュア-プロジェット 法を使い、空気-水間境界面で形成された高分子電解質の単層を一 層ごとに移動して複数層を形成した。移動後の修正で高い規則性を 持つ、滑らかで、安定した共有結合された複数層が形成された。 この方法はフィルムの化学的な生産と単層分しか異なる点がない 複合構造体の誘導を促進するだろう。(Na)
とてもフレキシブル(Highly flexible)
ある種の材料は熱せられたときに収縮する。この直感に反する挙動は これらの材料の分子骨格が高度にフレキシブルであるという観点から 説明されてきた。理論的な研究によると、このような材料は圧力をか けるとアモルファスになる可能性があり、この二つの特性は共通の原 因に基づいていると考えられる。Perottoniと da Jornada (p.886) は、ZrW2O8 の構造的な挙動を研究した。この材料は特に広い温度 領域に渡って圧力の増加に対して収縮が発生する。 アモルファス化 は比較的低圧において徐々に発生した。(Wt)
暗い幻想に陶酔して(Tripping the dark fantastic)
非線型光学材料においては、強力なレーザービームは「自己捕捉」 状態になる可能性がある。すなわち、光はレンズ効果を発生するよ うに屈折率を変化させる。そして、光は集中して、伝播するととも に光のエネルギーを捕捉するのである。ダークビーム---これは強 度分布の中にへこみを有する光のビームのことであるが---の捕捉 もまた観測されてきた。Chen たち (p.889) は、このダークビーム の捕捉がコヒーレントではない光でも予想外のメカニズムによって 発生しうることを報告している。この結果は、高出力のレーザー光 が発光ダイオードのような低出力の光学的なソースで制御できる可 能性を提起している。(Wt)
生きるべきか死すべきか(To be or not to be)
プロゲステロンホルモンに反応して、アフリカツメガエルの卵母 細胞は未受精卵の形で成熟する。この過程で、変異性の刺激--- プロゲステロンの濃度---は卵母細胞の、全か無かの応答に転換 される。Ferrell とMachleder (p.895;Koshlandによる解説 (p.852)を参照のこと) は、この現象を説明する生化学的なスイッ チの特質を明らかにしている。分裂促進因子を活性化する蛋白質 リン酸化酵素(MAPK)カスケードとして知られている一連の蛋白 質キナーゼの活性化によって、成熟は引き起こされる。試験管内 のこのメカニズムによるMAPKの活性化は、非常に協同的な応答 を示す。そして卵母細胞中のMAPKの活性化は、同様の超感受性 を示した。活性化に至る酵素の一つの蓄積を促進するMAPKから の正のフィードバックとともに、MAPK活性化の協同的特質は、 成熟化の過程のスイッチ的な挙動を説明するように思われる。 (Wt,SO)
細胞形態の影響(Cell shape effects)
細胞の形状変化は、発生過程における正常な組織の形成や腫瘍細胞の 浸潤性の振る舞いなどの重要な生物学的プロセスで生じる。そのよう な細胞の形態変化は、遺伝子の発現における変化と結び付いている。 Kheradmandたちは、ウサギの滑膜の繊維芽細胞(fibroblast)におけ るコラゲナーゼ-1遺伝子の発現を調節している情報伝達経路を探った (p. 898)。細胞接着を媒介しているあるタンパク質、インテグリン alpha5beta1の抗体とともにこの細胞を培養したところ、この細胞の 培養プレートへの接着や細胞の球体化(rounding)が減少し、コラゲナ ーゼ-1遺伝子の発現が増加した。小さなグアニン・ヌクレオチド結合 タンパク質Rac1の活性化や活性酸素種の産生、さらにはそれらの結果 生ずる転写制御因子NF-kappaBの活性化から、遺伝子発現における変 化は生じたのである。(KF)
話される言語と書かれる言語 (Spoken and written language)
言語のモジュールとしての組織化に関するいくつかのことがらが、 脳梁の外科的切除を受けた左利きの女性を対象にその話す能力と 書く能力を検証したBaynesたちによって、明らかにされた(p. 902; またStraussによるニュース記事 p. 827参照のこと)。手術の前 には、彼女は左手で書くことができ、正常に話すことができた。 手術後は、彼女は右の視野(左側の視覚野)に提示された単語を話 すことができたが、それらを左手(右側の運動皮質)で書くことが できなかった。左の視野に示された単語は書くことができたが、 それらを話すことはできなかった。この食い違いが示唆するのは、 左利きの人における言語の綴りと表音は大脳半球においてラテラ ル化されている、ということである。(KF)
Pre-TCRプロセス(Pre-TCR processes)
リンパ球は、自分自身のゲノムを再編成して、ヘテロ二量体の抗原 受容体をつくりだす。この再編成は、順序のあるプロセスで、つまり 最初の座位の再編成はそれ以外の座位の再編成に先立って行われ、こ れは他の表現型の変化と協調して進行する。T細胞は、この発生上の チェックポイントを、T細胞抗原受容体「前駆物質」、すなわち再編 成されたTCRbeta鎖とpre-Talphaからなるpre-TCR、によって制御 する。このpre-Talphaは、後で再編成されたα鎖によって置き換え られることになる。Irvingたちは、pre-TCRが細胞発生の信号を送る には細胞外リガンドへの結合が必要かどうか、検証した(p. 905)。彼 らは、細胞外免疫グロブリン領域を全く発現しない末端が切断された pre-TCRを用い、そうした領域は、pre-TCRが一過性の信号を伝達 したり、未成熟なT細胞がチェックポイントを通過したりするのに不 要であることを示した。末端切断されたpre-TCRが安定して発現しさ えすれば、どちらにとっても十分だったのである。(KF)
我が道を行く(Making our way)
経路の発見あるいは進路決定には、環境に存在する要素の間の お互いの関係(他者を中心とする見方)と目標に向けての身体の 運動の方向(自己を中心とする見方)との統合が必要である。 Maguireたちは、人間が仮想現実の街の中を動き回る事例での 機能的イメージングの研究に基づいて、脳のいくつかの領域が ネットワークになっているということの証拠を示した(p. 921)。 右側の海馬(空間についての他者を中心とする表現をコード化 している)と右側の劣性頭頂葉の脳領域(自己を中心とする位置 決定のコード化を行なっている)との活性化は、進路決定の正 確さと相関しているが、右側尾状核の活性化は、移動の速度と 相関していたのである。(KF)
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