AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 15, 1998, Vol.280


SMADと癌の素因(SMADs and cancer predisposition)

家族性の若年性ポリープ症(JP)は、過誤腫ポリープや胃腸 癌の素因として特徴づけられている常染色体優生病である。 Howeたち(p.1086;およびKinzlerとVogelsteinによる コメント参照;p.1036)は、JPファミリーのサブセットが 18q21.1染色体上のSMAD4/DPC4遺伝子に生殖系列変異を 担っていることを示している。SMAD4は、細胞表面から核 への細胞成長阻止シグナルを仲介するトランスフォーミング 成長因子-β(TGF-β)情報伝達経路中の中心的役割を演じて いる物質である。(Ej,hE)

ジャスモン酸とオーキシン情報伝達 (Jasmonic acid and auxin signaling)

ジャスモン酸とその誘導体は、多様な植物における発生的 および防衛的な応答に影響する。Xieたち(p 1091)は、ジャ スモン酸応答に必要であるシロイヌナズナの遺伝子をクロ ーニングし、マップした。このcoi1遺伝子は、オーキシン 情報伝達に必要であるtir1遺伝子と興味深く類似している タンパク質をコー ドするが、これはジャスモン酸とオーキ シンが情報伝達経路のある側面を共有することを示唆する。 両方のタンパク質がF-boxモチーフをもつが、ユビキチン 依存タンパク質分解過程の一部を形成するタンパク質に F-boxモチーフが現れる。(An)

ダメージを調査する(Surveying the damage)

DNAの損傷とその修復は、発癌初期段階、癌治療、および 加齢の鍵となる決定要素である。Leたち(p.1066)は、毛細 管電気泳動法とレーザー誘起蛍光検出によって免疫化学的 認識を行う超鋭敏なDNA損傷評価方法を開発した。この評 価方法は、照射に誘起されたチミン・グリコールに特異的 であるが、DNAの検出にはナノグラムの量しか必要とせず、 10^9の正常な塩基中のたった1つの塩基の変形を検出する ことができる。他のDNA損傷型を検出するのに適した親和 性プローブや、より進んだ自動化が達成されると、この評 価方法はリスク評価に利用することが可能になる。(Ej,hE)

ATM機能への手がかり(Clues to ATM function)

異常な遺伝子がどのようにして病気を引き起こすかを理解 する鍵となる考え方は、正常な機能を深く見つめることか ら得ることができる。神経変性病である運動失調症は、 ATM遺伝子の変異と関わっている。Herzogたち(p.1089) がマウスのAtm遺伝子をノックアウトしたとき、発生中の 中枢神経系の細胞はもはや電離放射線に感受性を失ってお り、プログラム細胞死の機能を劇的に失っていることを示 した。著者たちは、Atmが発生のチェックポイントに関与 し、この遺伝子に変異があると、損傷した細胞を発生中に 生き長らえさせ、その後の生存に問題を残すことになるの ではないかと推察している。(Ej,hE)

ペルム紀の終末(End of an era)

ペルム紀(二畳紀)最後の種の大量絶滅は地球の歴史の中でも 最大規模のものであった。その時代は2億5千百万年前、地 球の最大の大量流出玄武岩地域である、Siberian Trapsの 噴出と時を同じくしている。絶滅が起きた期間とペルム紀の 最終時期とがきれいに分離されないために、絶滅の原因はい まだに明らかにされていない。 Bowringたちは(p.1039、 p.1007のKerrのニュース解説も参照)、中国におけるペルム 紀と三畳紀の境のいくつかの火山性凝灰岩の年代をウラン- 鉛法により提示した。データによると、海洋性生物のほぼ完 全な消滅に対応している最後の急速絶滅現象は、海洋性の種 が殆ど死滅した時期と一致しており、最大百万年、おそらく は数十万年間しか持続しなかったことを示唆した。 (Na,Og,Nk)

海洋の竜巻き(Ocean twister)

海底山脈の熱水系からの黒色スモーカー(black smoker) を通した定常的な液体の噴き出しは、新しいマグマの侵入 に関連した急激な熱水の放出を印付ける水煙のような噴き 出しや超巨大なプルームによって弱められる。こうしたプ ルームは、海嶺の上に数十キロメートルにわたって伸び、 何カ月にもわたって持続することがある。これらは、最初 それらが含むヘリウム同位体組成が異常であることによっ て識別され、その後、海洋循環をトレースするのに用いら れてきた。それらがどうして持続するのかについては、い くつもの理論的研究があったが、その実際の観察は今まで なかった。Luptonたちは、1996年の春にGorda海嶺の上 に形成されたイベント・プルームに、その中にちょうど漂 うような位置追跡用の浮きを入れた(p. 1052; また、Speer による注釈 p. 1034 参照のこと)。60日間、その浮きはそ のプルーム内での水の循環を示す反サイクロン性の動きを 示した。この期間の最初と最後に集められた化学的および 物理的データは、このプルームがずっと同じものであり、 鉄の粒子と溶けたマンガンを高濃度のまま保持していたこ とを意味している。このデータが意味するのは、このよう なプルームは1年以上もの期間持続できる、ということで ある。(KF,Og,Nk)

チップ上でのPCRの実現(Performing PCR on a chip)

ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)の3つのステップ、すなわち 二本鎖のDNAの解離、特異的なprimerの結合、酵素による それらprimerの延長、がチップ上で自動化された。Kopp たちは、試料とそれに必要な反応物に対して、20回の増幅 を重ねる温度サイクルを回す、連続的な自動処理システムを 開発した(p.1046)。処理の速度が最高のとき、その過程は 90秒で完了し、次々と処理される試料は、相互汚染なしに 増幅されるようである。(KF)

陸続きを示す化石の記録(Fossil record of land bridges)

マダガスカルで発見された、食肉恐竜のほぼ完全な頭蓋骨 などを含む白亜紀後期(およそ8千万年前)の脊椎動物の化石 についてSampsonたちが記述している(p1048、表紙参照)。 現時点で、同様の化石は当時マダガスカルとつながっていた 南米とインドからは見つかっているが、アフリカからは未発 見である。発見された化石の分布は、南極を経由して南米と インドを結んでいた陸橋は最終白亜紀まで存続していたこと を示している (Na,Nk)

断層の不均整(Fault asymmetries)

同じマグニチュードの地震に対して,スラスト(逆)断層 で引き起こされる地表運動は,正断層で引き起こされる場 合よりも大きい.Oglesbyら(p. 1055) は,異なる断層の 地層構造での地震の動的なシミュレーションを行い,地表 運動の強度の違いは,地震圧力場と地球の自由表面との間, 地震応力場の相互作用から生み出される時間に依存した圧 力が原因で起こる応力であることを発見した.こうしたシ ミュレーションによって,以前の地震の特徴を調べること や将来の出来事として地表の運動をモデル化することが容 易になるであろう.(TO)

下部マントルからの鉄の逸失 (Ironing out the lower mantle)

地球のケイ酸塩マントルから溶解した鉄が分離されることで, 地球の核が形成された.この分離が,固体のケイ酸塩母岩を 通した溶解鉄のろ過と関係しているのか,あるいは溶融した 母岩を通した溶解鉄の沈降と関係しているのかは,下部マン トルを占めているケイ酸塩相である,MgSiO3ペロブスカイ トを通る細孔網の性質に依存しているのかも知れない. ShannonとAgee (p. 1059)は,溶解鉄とperovskite間の濡 れ角を実験によって計測した.データによると,地球の下部 マントルを通って鉄のろ過が可能であったことを示しており, 鉱物学的に異なっている上層のマントルの場合とは事態が異 なる.(TO,Nk,Og)

強磁性を強いる(Forcing ferromagnetism)

酸化物中の磁性イオン間の相互作用にもとづき、物質が強磁 性を示すかどうかの予測について理論的に予想することがで きる。理論によると、Fe3+ と Cr3+ はぺロブスカイト構造 中で強磁性体を形成することができるはずであるが、バルク 酸化物中で相分離が通常発生し、反強磁性物質が形成される。 Ueda たち(p.1064) は、SrTiO3 の(111)面上に、LaCrO3 と LaFeO3 の交互の層からなる超格子を成長させた。彼らは この材料が強磁性であることを示している。この材料では、 Fe3+ と Cr3+イオンとが強制的に近接されている。(Wt)

再連結した磁気圏尾(Reconnected magnetotails)

木星の磁気圏は、木星内部の電流によってコントロールされるが、 火山活動が活発である衛星イオは、磁化したプラズマ中に大量の イオンを吐き出すことにより、磁気圏を完全に乱してしまうこと が予想される。理論によると、このプラズマシートを解放する一 つの方法は、木星の磁気圏尾を再連結し、系の外へプラズマを流 れ出させることである。Russell たち(p.1061) は、1995年12 月に木星の周りの軌道にガリレオ宇宙船を挿入して以降、ガリレ オからの磁気圏の磁場強度のサンプリング調査を行なってきた。 彼らは、磁気圏尾の過渡的な再連結の証拠を見出した。これは、 この理論を支持するものであり、また木星がイオの存在下で磁束 の平衡を維持することの説明に寄与するものである。(Wt)

細胞周期阻害薬の新たな機能 (Alternative function for cell_cycle inhibitor)

p21というタンパク質は、サイクリン依存リン酸化酵素の 活性を抑制し、増殖細胞核抗原(PCNA)に結合することに よって、細胞分裂を抑制する。このようなp21の効果は、 細胞分裂周期を抑制することによって、末期の細胞分化を 促進するかもしれない。しかし、Di Cuntoたち(p 1069; JacksとWeinbergによる注釈参考p 1035)は、マウスの ケラチノサイト分化の後期段階においてはこの逆であるこ とを報告している。この場合には、p21が末期分化のマー カーの発現を抑制する効果を示す。この結果は、p21の量 が細胞分化の初期に増加し、その後減少するという知見と 一致している。更に、p21が分化を抑制する効果は、細胞 分裂への効果と独立的に出てくるようである。(An)

実験室におけるミスとHIVへの一過性の感染 (Lab error and transient HIV infection)

HIVに感染した母親から生まれた幼児において、母親から 一過性の感染があった、という多数の事例が報告されてい る。もしこれが実証されれば、この発見は、HIVとの戦い に成功する免疫応答における宿主の能力について考えてい く際に、相当重要な意味をもつことになる。しかし、 Frenkelたちが、一過性の感染があったとみなされている 42の事例を再解析したところ、それはラベリングの誤りか、 研究室における混入のせいだった、とするほうがもっとも らしい、という結果になった(p. 1073)。著者たちは、一過 性の感染を結論づける証拠の基準には、相互汚染を最小化す るため、それまでまったく触れられていない標本の一部に対 する系統発生学的分析が含まれるべきだ、と示唆している。 (KF)

ヒトゲノムのSNPの問題を原理的に解く (SNPing away at the human genome)

病気の遺伝子の同定、ヒトの血統の特徴づけ、法医学的同定、 そしてヒトの進化と多様性の研究などに使える新しい道具が 現れた。Wangたちは、ヒトDNAの単一ヌクレオチドの多形 性(SNP: single-nucleotide polymorphism)の大規模分析 が可能であることを明らかにした原理を示す研究成果を提供 している(p. 1077)。彼らは、ヒトゲノム(これまで40%ほ ど判明している)の全体から、3200以上のSNPの候補を同 定し、その2000以上の座位をマップ化し、うち500を用いて 一つの遺伝型に対応するチップを作り出した。(KF)

Rasに連結(Linking to Ras)

Rasという小さなグアニンヌクレオチド結合タンパク質は、 細胞分裂から脳内ニューロン活性までという多様な細胞機 能を制御する細胞情報伝達経路の制御に関与する。Ebinu たち(p 1082)は、新しいグアニンヌクレオチド放出因子 RasGRPを記述している。Rasは、GTP(グアノシン三リン 酸)に結合されると、活性となるが、RasGRPのような交 換因子は、結合したグアノシン二リン酸の遊離とGTPの結 合を促進することによって、Rasを活性化する。RasGRPは、 主に脳に現れ、細胞内情報伝達分子であるカルシウムとジア シルグリセロールに結合するタンパク質領域を含んでいる。 RasGRPは、細胞内カルシウムとジアシルグリセロールの濃 度を変化させる信号をRas活性の変化に連結するようである。 (An)
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