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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science December 12, 1997, Vol.278
情報伝達の構造(Signaling structure)
ヘテロ三量体グアニンヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質) は細胞表面においてホルモンや他の分子の受容体と、周囲の環境へ の種々の細胞応答を制御する細胞内情報伝達経路と直連結させる。 例えば、Gタンパク質のαサブユニットであるG(sα)はアデニリル シクラーゼ酵素と相互作用し活性化させる。アデニリルシクラーゼは、 アデノシン三リン酸をサイクリックアデノシン3',5'-一リン酸 (cAMP)に転換することによってシグナルと共に移動し、次にcAMPが タンパク質キナーゼA(PKA)を刺激する。Tesmerたち(p.1907)、 及びSunaharaたち(p.1943)はG(sα)単独、及び、アデニル酸シク ラーゼの触媒領域と複合体を形成したものについて、両方の結晶構造 を示した(Boumeによる展望記事参照p.1898)。彼らのデータは、 色々なG(α)タンパク質が特定の受容体や標的と特異的な相互作用を 示すことや、G(sα)がその1次標的のアデニリルシクラーゼを活性化 させる潜在的なメカニズムを洞察する構造的基礎を与えるものである。 (Ej,hE,Kj,SO)
より冷却したフィルム(Cooler films)
二酸化ケイ素はシリコン半導体の主な絶縁材料である。しかし、 より複雑な構造の素子の形成においては、すでに形成された部分 の損傷を回避するためにより低温の製造経路を必要とする。Klaus たちは(p.1934)有機塩基、例えばピリジンが触媒として含まれて いるなら、600K以上の温度で反応させた後、ただちに室温で反 応させる二段階反応で二酸化ケイ素の単層を形成出来ることを 示した。(Na)
タンパク質折り畳みの中庸(A middle road for protein folding)
タンパク質折り畳みに関する2つの極論が知られている。その1つは、 よく定義された特定の経路に沿ってタンパク質が折り畳まれると言う もので、他の1つは、色々な可能性のあるルートの内で、タンパク質 固有の畳み込まれた状態に導かれるようなエネルギー表面上に、より 低エネルギーに導くバイアスが存在している、と言うものである。 LazaridisとKarplus(p.1928)は折り畳み経路に関するおびただしい シミュレーションを実施し、2つの見解は調和可能であることを示し た。たどるべき経路の多様性は極めて大きいものの、平均的な折り畳 み経路を採ることが可能な共通の構造的特徴が複数存在する。 (Ej,hE,Kj)
プランニングと遂行(Planning and execution)
運動皮質中のニューロンは、それぞれのニューロンが選ぶ方向の ベクターとしての総和が望みの運動に対応するよう、運動のプラン ニングと遂行の最中に発火の割合を変える。Riehleたち(p.1950)は、 サルの運動皮質の多くのニューロンを、運動の準備段階と実際の運動 の期間を通して、同時に記録した(p. 1950; またFetzによる展望記事 p.1901参照のこと)。彼らは、サルが運動のプラニングをしている ときと実際に運動を行なっているときのどちらの場合もニューロン のスパイク群の時間パターンが同期していること、しかし全体とし ての発火の割合は前者の段階では変化がなく、プランを遂行してい る間だけ変化していることを発見した。(KF)
数え上げによる化学反応速度論(Chemical kinetics by counting)
化学反応速度は、膨大な数の個々の反応の総和を反映したものである。 それゆえ、全体的な反応を理解するために、ひとつの反応事象を調べる という考え方は、全く失望させるものである。走査型トンネル顕微鏡を 用いて、Wintterlin たち(p.1931) は、単純な二分子反応(白金上の 一酸化炭素の酸化)の原子レベルの反応速度論的研究を行った。個々の 反応事象は、圧倒的にCOとO2の領域間の境界において起こるのである が、それらの観察から導かれた速度論的なパラメータは、巨視的に決定 された値と一致している。(Wt)
細胞周期のねじれ(A cell cycle twist)
Pin1がペプチジル-プロリル異性化酵素であり、細胞分裂周期において、 よく理解されていない中心的な役割を果している。Yaffeたち(p. 1957) はPin1のペプチド結合特異性を研究し、Pin1がリン酸化セリン(Ser)か リン酸化スレオニン(Thr)と結合した後にプロリン(Pro)残基と優先的に 結合し、これを異性化することを発見した。プロリンによって指向され たセリン-スレオニンキナーゼは、細胞周期の重要な制御因子であり、 Pin1が有糸分裂細胞においてリン酸化されるタンパク質のいくつかに 結合する。Pin1は、有糸分裂時にリン酸化したタンパク質における リン酸化Ser-ProかThr-Pro部位を認識し、このようなタンパク質の 立体配置的変化を異性化酵素活性によって促進するとみられる。(An)
百武結晶粒よりのエコー(Grainy echoes in Hyakutake)
百武彗星は1996年3月に地球から0.1天文単位のところを通過し、 Harmanたち(p.1921)により彗星からの反射電波により核とコマの 画像を作成し、彗星の構造を見ることが出来た。彼らは、核は直径 2~3Kmで、以前からの見積もりと一致していると見積もった。また、 百武のすばらしい活性はそのサイズの小ささと相関がとれていない。 反射波の示す特徴でコマ内部の高いガス生産は、コマ内部の多孔性の 氷結した結晶粒によることも示している。この彗星の現象は百武の 訪問以前には完全に認識されてはいなかった。(Na)
クラスターの過剰(Cluster excesses)
乙女座やかみのけ座銀河団は、極紫外領域で過剰な放射があり、 それらは未だ説明されていない。そのような過剰の原因として、 複数の理論は銀河団の外部に起因するメカニズムを示唆している。 たとえば、異常に高温の気体や乱流による混合のようなものである。 Hwang(p.1917) は、逆コンプトン散乱という、より標準的な メカニズムによって観測を説明しうることを見出している。彼は、 宇宙のマイクロ波領域の背景輻射中での光子の逆コンプトン散乱に より過剰な極紫外放射が発生しうることを示している。そして、 彼はこのモデルを支持するものとして、同じメカニズムによって、 乙女座とかみのけ座銀河団で観測される広がった電波放射もまた 説明できることを挙げている。(Wt)
前方と後方の成長(Forming front and back growth)
胚成長の早い段階で情報伝達経路は発生パターンを特定する。 アフリカツメガエルの情報伝達タンパク質ChordinとNogginは 背方化の機能を発揮し、一方骨の形態形成タンパク質(BMP)が 腹方化の機能をしている。Bladerたち(p.1937)は、BMP-1と 類似したタンパク質をコード化し、腹方化に寄与している zebrafish tolloidを単離した。このtolloidはChordinに対して 拮抗物質として働く。リチウム添加によるアフリカツメガエル 胚細胞の背方化はポリホスホイノシチドサイクルによって機能する と思われて来たが、最近の研究によるとグリコーゲン合成酵素 キナーゼの可能性を示している。Kumeたち(p.1940)は、アフリカ ツメガエル胚細胞にIP3抗体を添加することによって、IP3受容体 を阻害し、不完全な背側分化をもたらすことを見つけた。この様に、 IP3情報伝達経路系は腹側の情報を変換するが、他の因子も含まれ ているものと思われる。(Ej,hE,Kj)
太陽系,太陽系外でなく(Solar, not extrasolar)
パルサーPSR B1257+12は,軌道上周回する惑星の特徴である 約25日の周期でパルス放出が変動する。Schererたち(p.1919) は,宇宙船パイオニア10号の無線搬送波からのドップラーデータ もまた約25日の周期であることを発見した。しかし,この周期は, 低緯度と中緯度の太陽風から記録されたプラズマ波データと相関 関係がある.この相関は,現在黄道面近くの65天文単位 (太陽-地球間の距離)で漂流しているパイオニア10号が,太陽 の回転が作る太陽風の中の振動によって,周期的に摂動している ことを示している。パルサーは黄道面上沿いに位置しており同じ 周期であることからも,この変動(fluctuations)はおそらく 太陽による産物である。(TO)
アキラル分子から得られたキラルな液晶 (Chiral liquid crystals from achiral molecules)
右手系とか左手系の区別のない分子(アキラル分子)から作られる 結晶は、通常、掌系(アキラル性)を示さないが、まれに右手、 あるいは左手系結晶を示すように構成される。このように、より高 い対称性を回避する分子のパッキングを、アキラルな対称性破壊と 呼ばれる。Linkたち(p.1924)は、液晶においてもこのような対称性 破壊が起きることを示した。「曲がった」核("bent"core)から構成 される分子は、2種類の対称破壊を受けてキラル領域を有するスメク チック(層状)液晶を自発的に形成する。(Ej,hE,Kj)
パターン形成のCOUP(COUP in patterning)
ショウジョウバエSonic hedgehog(Shh)とその脊椎動物の同族体 Hedgehog(Hh)が背腹側のパターン形成に機能し、身体中心部の軸 構造の発生を仲介する。この因子の機構がどのようなものであろうか。 Krishnanたち(p.1947)は、Shh情報伝達経路の新規な標的遺伝子 COUP-TFIIを同定した。Shh刺激に応答して、ある因子がCOUP-TFII プロモータに結合する。この結合は、Shh情報伝達の下流のもう一つの 因子であるGliタンパク質による制御と異なっている。新規なタンパク 質の結合は、Shh情報伝達に応答している脱リン酸化イベントの結果で あることが示されている。(An)
供給と需要(Supply and demand)
葉緑体の光合成複合体における特定のタンパク質が必要に応じて 翻訳されている。KimとMayfieldは、核にコードされたタンパク 質をクローン化したが、このタンパク質は、酸化還元電位の変化 に応答して、葉緑体におけるRNA結合タンパク質を修飾する。 この相互作用は、光合成の活性量に応じて、葉緑体における メッセンジャRNAの翻訳を制御する機構を構成している。 この新たに同定されたタンパク質は、公知のタンパク質ジスル フィド異性化酵素と相同である。(An)
働く場所(Room to work)
転写中、大きな真核生物ポリメラーゼ分子のRNAポリメラーゼIII (Pol III)は、ヌクレオゾームに詰め込まれているDNA中でどうやって 転写を進めるのだろうか? Studitskyたち(p.1960)は、Pol IIIが 結合しているDNAからヒストン8量体を解離することなくヌクレオ ソーム中でPol IIIが転写すると報告している。Pol IIIがヌクレオ ソームに結合したDNAに入ってくると、ヌクレオソームは、ループ 機構によりプロモータに向かって、約80塩基対上流まで移動して 来て、ここで以前結合していたDNAを転写のために遊離する。 (Widomによる展望記事参照;p.1899)(Ej,hE,Kj,SO)
病気への抵抗点(A point of resistance)
植物が病原体にどう反応するかに関する理解は、最近、耐病性 遺伝子のクローニングによって、進んできている。それぞれの 遺伝子は、個々の植物-病原体間の相互作用に特異的に関わる ものだが、にもかかわらずこれら遺伝子は、ある種の構造上の 類似性を有している。Centuryたち(p.1963)は、こうした耐病 性遺伝子のいくつかと相互作用し、それらの応答経路の収束点 を表現している可能性がある遺伝子NDR1をシロイヌナズナから クローニングした。NDR1遺伝子の突然変異は、いくつかの細菌 性および真菌性の病原体への応答に、いくつかの耐病性遺伝子に 仲介されることを通じて影響を与える。なお、NDR1遺伝子の 特異的な分子的機能は不明である。(KF)
役目を逆にする(Switching sides)
細胞が死に導かれる時には、カスパーゼ(caspases)と呼ばれる プロテアーゼ(proteases)のカスケードが活動的になり、それら のタンパク質ターゲットが切断される。Chengたち(p.1966)は、 通常は細胞をアポトーシスから守るBcl-2という細胞タンパク質が、 カスパーゼによって切断されることを発見した。続いて、この タンパク質のカルボキシ末端領域が細胞死のトリガーとなり、 アポトーシスを促進するのである。切断されたBcl-2は、さらに 下流のカスパーゼ・カスケードを増幅することで作用するらしい。 このように、アポトーシスを保証するため、細胞は阻害物質を不活 性化するだけでなく、それらを新しい死の道具に変えるのである。 (KF)
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