Science May 15 2025, Vol.388

山岳種の予想外の抵抗力 (Unexpected resilience of mountain species)

山岳種は、気温上昇に伴い、上方に移動するか絶滅に直面すると予想されている。上方移動の分布域移動の証拠は、一部の地域では観測されているが、他の地域では観測されていない。Chenたちは、5大陸の動植物種の分布域に関する時系列データセットを用いて、種が実際に斜面を上方に移動しているかどうか、そしてその移動が、それらの種が占める面積の理由を説明する帰無モデルで予測されるよりも多く起こっているかどうかを判定した。その結果、分布域の上下両方の移動が発生しており、分布域が狭い種と低地の種は分布域を上方に拡大する可能性が高いことがわかった。しかし、分布域は概して縮小せず、傾向は帰無モデルの予測範囲内に収まった。これは、これまでのところ、種が気候変動に対してこれまで予測されてきた反応を示していないことを示唆している。(Uc,kh)

Science p. 741, 10.1126/science.adq9512

ブレイディング位相の測定 (Measuring the braiding phase)

分数交換統計に従う準粒子であるエニオンは、分数量子ホール効果(FQH)系で出現することが知られている。1個のエニオンが別のエニオンと交換されるとき、その多体波動関数はファブリ・ペロー干渉計を用いて測定可能な位相を獲得する。Werkmeisterたちはそのような手法を用いて、グラフェン素子における2つの異なる充填率を持つエニオンに対して、いわゆるブレイディング位相を測定した。彼らは、この手法が偶数分母のFQH状態にも使えると期待している。このFQH状態では、非可換エニオンの発生が予測されている。(Wt,kh)

Science p. 730, 10.1126/science.adp5015

混合でよりよい電極を作る (Mixing up better electrodes)

全固体リチウム硫黄電池は、既存のリチウム・イオン電池と比較して、エネルギー密度、安全性、費用対効果の大幅な向上をもたらす。しかし、高い硫黄利用率と長いサイクル寿命を実現するためには、固体-固体界面の最適化が依然として大きな課題である。Leeたちは、硫黄の正極とハロゲン化物系固体電解質とを超高速で混合することで複合電極を作製した。この工程により、界面偏析が生じ、粒子表面に塩化リチウムを豊富に含むシェルが形成される。この構造は、電荷輸送速度を向上させ、界面安定性を高め、固体電池の機械的破損を軽減する。ハロゲン化物偏析の形成と有効性は、極低温透過型電子顕微鏡法とシンクロトロンX線による回折・分光法を用いて確認された。(Wt,kh)

Science p. 724, 10.1126/science.adt1882

過去からの教え (Lessons from the past)

馬は北米で進化してベーリンジアを全域にわたって旅し、そこで種分化を進めて生息域を拡大した。我々の知る限り、現代の北米の馬は、後にヨーロッパ人によって持ち込まれたユーラシア系の馬の系統を継承している。Running Horse Collinたちは、現代と古代の標本を一望し、5万年前から1万3000年前の間、ベーリンジアをまたいだ北米とアジア間の馬の移動が一般的であったことを見出した。後期更新世にはこの移動経路が失われ、これらの個体群間の連結性が終了し、出生地である大陸での馬の絶滅をもたらした。このような連結性の喪失が過去において種にどのような影響を与えてきたかを理解することは、将来にわたって種を維持するための我々の取り組みを方向づけるであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • ベーリンジア:現在のベーリング海峡付近に、上部洪積世の氷期に陸化していた陸地のことをいう。ベーリング陸橋と呼ばれることもあるが、最終氷期には、現在のベーリング海峡周辺からベーリング海にかけて南北の幅が最大1600キロメートルにおよぶ陸地が広がっていた。
Science p. 748, 10.1126/science.adr2355

神経細胞-アストロサイト間コミュニケーションの再考 (Rethinking neuron-astrocyte communication)

アストロサイトは神経活動を調節することが示されており、神経細胞-アストロサイト間情報伝達の機能障害は多くの認知過程に変化をもたらす。しかしながら、アストロサイトが神経細胞回路網に統合される基本的な機構は、ほとんど解明されないまま残されている。3つの独立した研究が、複数のin vivoおよびin vitroモデルを用いて、アストロサイト-神経細胞間情報伝達に関与する機構と分子因子を研究した(Erogluによる展望記事参照)。Guttenplanたちはショウジョウバエの幼虫と哺乳類のアストロサイト培養物を用いて、ノルエピネフリン(NE)の相同体であるチラミンへの曝露が、通常はアストロサイトが応答しない様々な神経伝達物質に対して 、突然強力に応答する能力を与えることを示した。Chenたちはゼブラフィッシュにおいて、NEがアストロサイト上のNE受容体の活性化、アストロサイトのATP分泌、ATPのアデノシンへの細胞外代謝、そして神経細胞のアデノシン受容体活性化を通して、幼虫の行動を調節することを見出した。最後に、Leftonたちはマウスにおいて、NEがアストロサイトのアドレナリン受容体を含むシグナル伝達経路を通してシナプス機能を調節することを示した。これら3つの研究は、神経細胞のシグナル伝達と回路網機能がアストロサイトにおける評価によって開閉されうるという神経回路網機能のモデルを示唆している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ノルエピネフリン(ノルアドレナリン):シナプス伝達の間に神経細胞から放出される神経伝達物質。
Science p. 763, 10.1126/science.adq5729, p. 769, 10.1126/science.adq5233, p. 776, 10.1126/science.adq5480; see also p. 705, 10.1126/science.adx7102

ブラジルの遺伝子巡り (Taking a genetic tour of Brazil)

薬物代謝などの多くの医学関連形質は、比較的強い影響を与える幾つかの遺伝子多様体によって特性づけられる。しかしながら、ある集団の遺伝子多様性がよく分かっていない場合、そのような多様体を特定することは困難なことがある。Nunesたちは、アメリカ先住民、ヨーロッパ人、奴隷としてアフリカから渡った人々の間の、近年のかつ不均質な混血によって特徴づけられる集団である、2723人のブラジル全域にわたる健常人に対する全ゲノム配列を作成した。彼らは、タンパク質機能に負の影響を及ぼすと予測されたものなど、これまで未報告の9百万近い遺伝子多様体を特定し、これらのデータを用いて混血時期の推定を精緻化した。これらのデータは、ゲノム調査率の種族間不均衡の改善に向けての重要な一歩を意味するものである。(MY,nk,kh)

Science p. 718, 10.1126/science.adl3564

アメリカ大陸全域への人間の分散 (Human dispersal throughout the Americas)

アフリカにおける我々の起点から、人類は世界中に移住し定住してきた。たぶんこれらの移住の中でも、アメリカ大陸への進出とその全域への拡大ほど議論の的となってきたものはないであろう。Gusarevaたちは、南米とユーラシア北東部の139の集団から得られた1477個の全ゲノム配列解析済み試料を用いて、アメリカ先住民の集団史を明らかにした。GenomeAsia 100Kコンソーシアムの一環として収集されたこれらのデータの解析は、現代南米人の形成に寄与した4つの主要な祖先系統が存在することを示した。これらの系統は1万年前から1万4千年前の間に互いに分岐しており、今回の解析はこれらの集団における人口史の動態のさらなる詳細を明らかにしている。(Sk,kh)

Science p. 719, 10.1126/science.adk5081

眠れる巨人 (Sleeping giants)

緑藻であるクラミドモナス(Chlamydomonas)に属する種は、真核細胞の生物学的現象および光合成に対するモデル生物として長らく利用されてきた。ごく最近になってこの藻類は、自身のゲノムに組む込まれた巨大な617,000塩基対DNAを持つウイルスの宿主であることが発見された。Erazo-Garciaたちは、ロング・リード配列決定法を用いて、この巨大な内在ウイルス成分が、見かけ健全なこの藻類の培養体から、また野生集団において、活性ウイルス粒子を生み出せることを見出した。この広範囲に及ぶウイルス残存種の存在は、ウイルス組み込みがこの緑藻において一般的であることを、また、選択がそれらを不活性化するよう作用していることを示唆している。この巨大ウイルスは、可動性配列によりコードされたいくつかのRNA誘導型ヌクレアーゼを含有し、またこれらのヌクレアーゼは、他のタンパク質とともに、ウイルス粒子の中にひとまとめにされている。(MY,kh)

【訳注】
  • ロング・リード配列決定法:200塩基程度の配列を読むショートリードに対し、10,000塩基以上のDNA配列を一続きに読んで配列を決める配列決定法。
Science p. 720, 10.1126/science.ads6303

インフルエンザRNP複合体の構造 (Structure of influenza RNP complex)

インフルエンザ・ウイルスは、そのRNAゲノムを多数の核タンパク質とともにひとまとめにするが、その結果生じるポリメラーゼ含有リボ核タンパク質(RNP)複合体は、ウイルス・ゲノムの転写と複製を引き起こし、それ自体を有望な薬剤標的にする。Pengたちは先端的な低温顕微鏡法を用いて、RNP複合体内でRNAと核タンパク質がどのように組織化し、また、ポリメラーゼがこの構成においてどのように機能するのかを明らかにした。彼らはまた、(RNAと核タンパク質間の)相互作用を妨げる化合物を特定し、それによりRNPの機能を妨げた。これらの知見は、インフルエンザ・ウイルスがどのように複製するのかに対して新規な光を投げかけ、また、抗ウイルス開発に対する道を開くものでもある。(MY,kh)

Science p. 721, 10.1126/science.adq7597

進化型CASTがヒト細胞中にDNAを導入する (Evolved CAST installs DNA in human cells)

大きなDNA配列をヒト・ゲノム中の特定の位置に導入する能力は、変異によって多様な機能喪失型遺伝性疾患に対する単一薬剤治療への道を開くなど、広範囲にわたる意義を有している。CRISPR関連トランスポザーゼ(CAST)は、遺伝子サイズDNAのRNAプログラム可能な挿入を支える天然に存在するシステムであるが、ヒト細胞ではほんの僅かな活性しか示さない。Witteたちは、CASTの活性を向上させるための連続的進化技術基盤を開発し、ヒト細胞において200倍以上に向上した活性を有する進化したCASTをもたらした。この酵素は、多数のヒト細胞型において、治療に関連する様々なゲノム部位全体に効率的な遺伝子組込みを可能にし、哺乳類細胞のゲノム編集のための汎用性の高い新しい技術基盤となる。(KU,nk,kh)

Science p. 722, 10.1126/science.adt5199

活性化の残基解像による考察 (Residue-resolution view of activation)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)は通常、細胞内Gタンパク質への結合と活性化を可能にする構造変化を通して細胞外シグナルに応答する。Wuたちは、典型的なGPCRであるβ1アドレナリン受容体における81個の主鎖構成アミドの核磁気共鳴信号を割り当て、リガンドの結合に応じて受容体構造がどのように変化するかについての残基ごとの絵を構築した。彼らのモデルは、3つの分離した膜貫通ヘリックス中のプロリン残基によって区切られたタンパク質の主要領域間の強固な結合と緩い結合の組み合わせを含んでいる。(KU,kh)

Science p. 723, 10.1126/science.adq9106

ウィグナー固体を融解する (Melting a Wigner solid)

キャリア密度に応じて、二次元電子気体の挙動はフェルミ液体からウィグナー結晶まで変化する。しかしながら、中間的な密度におけるウィグナー結晶の量子融解は、ほとんど理解されていないままである。Xiangたちは、非侵襲画像化技術を用いて、二層の二セレン化モリブデン中の正孔のウィグナー固体を可視化した(JoyとSkinnerによる展望記事参照)。キャリア密度が増加するにつれて、固体は高密度化し、最終的には融解し始めた。(Sk)

【訳注】
  • ウィグナー結晶:電子気体の電子密度がある臨界値を下回った場合に生じる、電子が固体相に結晶化したもの。
Science p. 736, 10.1126/science.ado7136; see also p. 702, 10.1126/science.adx5775

ウイルスのためのコウモリ・モデル (Bat models for viruses)

人間に問題を引き起こすいくつかのウイルスはコウモリが発生源である。しかしながら、これらの重要なウイルスの保有宿主種におけるウイルス感染を理解するための細胞および組織のモデルは限られている。Kimたちは、野生捕獲した食虫コウモリとキクガシラコウモリ由来の細胞を得ることによって、コウモリ-ウイルスの相互作用を研究するための代替モデルの開発を研究してきた(ZhouとYuenによる展望記事参照)。5つの異なるコウモリの種の4つの異なる臓器からオルガノイドをつくった。オルガノイドの細胞組成が検証され、いろいろなコロナウイルスとインフルエンザAウイルスを用いる感染実験が行われたが、その実験はもともとの自然免疫応答と、(コウモリ種および組織により)差異のある自然免疫応答を示した。さらに、このオルガノイドはウイルスの発見および抗ウイルス薬の効力試験にもうまく用いられた。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • オルガノイド:幹細胞を特定の条件で培養することで、複数の種類の細胞に分化させ、それらが相互作用することで、まるで臓器や組織のような構造や機能を持つようになる組織。
Science p. 756, 10.1126/science.adt1438; see also p. 700, 10.1126/science.adx9000

複数の核にわたる染色体分配 (Chromosome partition across nuclei)

真核生物のDNAは、単一の核内に1組の染色体が詰め込まれている。Xuたちは、この規則の例外を発見した(MitchisonとSullivanの展望記事参照)。彼らは、植物に害を与える2つの菌類、菌核病菌(Sclerotinia sclerotiorum)と灰色かび病菌(Botrytis cinerea)が、1つの細胞内の複数の核にわたって染色体を配分していることを見出した。菌核病菌は16本の染色体を2つの核に分けており、灰色かび病菌は18本の染色体を4~5個の核に分散させている。この異常な配置は、細胞生物学で確立された概念に疑問を呈し、これらの真菌の多様な環境への適応性への洞察を提供する可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • 菌核病菌:植物に感染して菌核病を起こす糸状菌の一種。菌核病菌が感染すると、葉の根元や茎の枝分かれ部分などに暗褐色の病斑が出現する。その後、病斑が徐々に広がり、白い綿毛のような菌糸を発生させながら植物全体を腐敗させる。
  • 灰色かび病菌:植物に感染して繁殖する糸状菌の一種で、風によって飛ばされて、茎や葉の傷がついた部分や花がらなどに付着して繁殖する。感染すると、葉や花、果実などに水が浸みたような薄い褐色の斑点が現れ、最終的には灰色のカビに覆われて腐敗する。
Science p. 784, 10.1126/science.abn7811; see also p. 703, 10.1126/science.adx8689