Science May 8 2025, Vol.388

ある奇妙な生き物を再考するー今1度 (Rethinking an oddity—again)

カンブリア爆発は、多様な新しい体形を進化が「実験」した時代として知られており、それらの現生の類縁は、多くの場合、特定が非常に困難である。この困難さは、それらの特異な形態だけでなく、化石の年代によっても生じており、それが重要な形質の特定を困難にすることがある。典型的な謎めいた例は、棘に覆われた細長い袋状の生物である、シシャニア(Shishania)である。近年の判定はこの属を初期の軟体動物と位置付けしてきたが、Yangたちは、この解釈に異議を唱える新たな標本について述べおり、この生物を海綿状のチャンセロリス類(chancelloriid)にまで遡らせている。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • チャンセロリス類:カンブリア紀に生息していた絶滅した海洋動物のグループで、管状の体とロリカと呼ばれる摂食器官の存在を特徴とし、現代の海綿動物やその他の濾過摂食生物の初期の親戚であると考えられている。
Science p. 662, 10.1126/science.adv4635

ある非公式産業からの排出を抑制する (Curbing emissions from an informal industry)

南アジアでは、レンガは一般的に石炭火力窯で製造されており、この地域の温室効果ガス排出と大気汚染の大きな要因となっている。多くの低・中所得国においては、国家の能力がこのような非公式産業の規制を困難で限界があるものにしている。しかしBrooksたちは、バングラデシュの「ジグザグ」窯の操業慣行を少し変更するだけで、エネルギー使用量、排出量、燃料費が削減され、レンガの品質も向上することを見出した。この介入の導入率は高く(65%)、対照群の窯の約20%が介入を望んだ。この介入では経済利益が短期で得られ、資本投資が要らないことが、その導入と成功に貢献したと考えられる。(Uc,kh,nk)

Science p. 609, 10.1126/science.adr7394

起源を探る (Looking for origins)

スピントロニクスへの応用が期待される、磁気スピンの渦であるスキルミオンは、通常、対称中心を持たない物質で発生する。スキルミオンはまた、中心対称性を持つ物質でも観測されており、そこではその大きさは数ナノメートル程度にまで小さくなることがあるが、形成機構は十分には解っていない。Dongたちは、スキルミオン相を特徴とする中心対称性を有する物質であるGdRu2Si2の電子構造を光電子分光測定によって理解しようとした。彼らは、スキルミオン相が生じる基底状態に注目した。光電子分光により、いわゆるフェルミ・アークと擬ギャップの出現が明らかになった。この知見は、この種の物質におけるスキルミオン形成に関する様々な理論を区別する上で役立つとともに、実用的な応用にもつながる可能性がある。(Wt,kh)

Science p. 624, 10.1126/science.adj7710

小型タンパク質が効率を獲得する (Miniature proteins gain efficiency)

タンパク質設計における1つの目標は、より大きなタンパク質に見られる活性を維持したり向上させたりすることができる最小限の骨格を開発することである。Houたちは、ヘム誘導体に結合する小型で4つのヘリックス束からなるタンパク質から出発し、スチレンのシクロプロパン化に対する立体選択性と触媒効率を高めながら、活性部位を再設計して容易に基質に接近できるようにした。著者たちはまた、細胞内指向性進化法に適したタンパク質類を開発し、シリル化反応に対する反応性の更なる最適化と拡大を可能にした。彼らの最終的な設計物は、水・有機混合溶媒中でさえも活性が非常に高い。(MY)

【訳注】
  • ヘム:鉄原子にポルフィリンが配位した錯体。
  • 指向性進化法:遺伝子操作を用いて、より機能の高い酵素を作り出す技術。具体的には酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組込み酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、さらに多様化・選別を繰り返すことで高い機能の酵素を作り出す。
Science p. 665, 10.1126/science.adt7268

場所の交換 (Trading places)

創薬では、しばしば官能基の配置によって異なる多数の類似分子を選別することを必要とする。それ故に、骨格上の官能基をある部位から別の部位へ移動できるまれな反応が非常に有用である。Steeleたちはこのアイデアに関する意外な方法を報告しているが、その方法では、正味の効果はカルボニル置換基を炭素環上で1つ隣へ移すことであるが、その機構は実際には炭素–一酸化炭素結合はそのままにして、骨格原子を交換するというものである。この反応はジヒドロベンゾフラン化合物で動作し、光化学的に得られるシクロプロピル中間体が関与している可能性がある。(KU,nk)

Science p. 631, 10.1126/science.adv9915

空気駆動による自律的移動 (Air-driven autonomous locomotion)

小売店は、しばしば、注目を集めるために膨張式エア・ダンサーを用いることがある。エア・ダンサーは拘束されており、したがって限られた空間内で振動するしかないが、その動きはほとんど無秩序である。Comorettoたちは、連続的な空気流に接続された、柔らかいエラストマー製の折れ曲がったチューブが、自己制御的で周期的な運動を行えることを示した。その折れ曲がり部は空気の流入によって動かされてチューブに沿って移動し、折れ曲がりが異なる位置にある時にチューブの穴(の面積)がどの程度制限されるかに基づいて、流体抵抗を周期的に変化させる。著者たちは、一連の振動する折れ曲がったチューブを、動きを調整するための制御装置を必要としない、拘束型および非拘束型両方の脚式ロボットの脚として用いた。これらのロボットは、他のソフト・ロボットと比較してより高速な移動を示した。(Sk,kh)

【訳注】
  • エア・ダンサー:送風機によって内部に空気を送ることで膨らませ、風圧を利用して人形が動いているように見せる演出用の造形物。
Science p. 610, 10.1126/science.adr3661

インテグロン中で積みあがる防御 (Banking defense in integrons)

インテグロンは、遺伝子カセットの獲得と発現によって細菌の素早い適応を可能にする複数遺伝子からなる単位で、抗生物質耐性の発現と拡散において決定的な役割を果たしている。Darracqたちは、細菌の染色体中に置かれているインテグロンもまた、大きさの制約に合致するようしばしば縮小改編されて、抗ファージ防御カセット用の生体貯蔵所として働くことを見出し、細菌進化の適応におけるそれらの重要性を強調している。可動性インテグロンは、プラスミド中に存在するが、必要な時に効率的に遺伝子を捕獲・発現し、費用を最小化している。これらのインテグロンは多剤耐性の拡散で知られていて、Kiefferたちは、それらがまたファージへの防御系を内在し、必要な場合は細菌がファージと戦えるようにしていることを見出した。このように、インテグロンは抗生物質耐性とファージ耐性の両方において極めて重要である。(MY,kh)

【訳注】
  • インテグロン:部位特異的組換えにより遺伝子カセットを組み込む能力を持つことで特徴付けられる複数遺伝子からなる単位。
  • 遺伝子カセット:ゲノム中のある部分を、そのゲノムの他の部位や他のゲノムに移動できる細菌が持つDNA配列で、中に遺伝子と組換え部位を含んだもの。ゲノム中のインテグロンに組み込まれているか、プラスミドとして存在する。
Science p. 605, 10.1126/science.ads0768; p. 606, 10.1126/science.ads0915

隠れた抗原と膵臓ガン (Cryptic antigens and pancreatic cancer)

ガン新生抗原は、腫瘍をなくす免疫応答を引き起こすことができる、腫瘍細胞が発現するタンパク質群である。それらを固形腫瘍、特に膵臓ガンへの成果ある免疫療法として利用するのを制限している主要な課題は、ほとんどの腫瘍細胞によって定常的に発現される、そのようなガン特有のタンパク質とペプチドがほとんどないことである。Elyたちは、ヒト膵臓ガンに対する免疫ペプチドの大規模解析を行い、ゲノムの非コード領域由来の多数の固有ペプチドを特定した(Tuvesonによる展望記事参照)。特定のペプチドは、免疫応答を引き起こす能力を持つため、臨床前モデルで膵臓ガンを殺すことができるT細胞特異的な免疫応答を生み出す元を提供した。このガン由来ペプチドの一部は、多くの患者でともに見られ、正常な膵臓細胞では存在しなかった。これは、より困難な個別化療法とは反対に、一般的な「画一」療法の期待を高めるものである。(MY,kh,nk)

Science p. 607, 10.1126/science.adk3487; see also p. 592, 10.1126/science.adx8688

生体内印刷で作った深部組織 (Deep tissue in vivo printing)

三次元(3D)印刷は、患者固有の移植組織を体外または直接体内で作製するための有用な手段である。前者の手法の制約が外科的移植の必要性であるのに対し、後者の手法は(体外からの正確な活性化が可能な)生体内使用に安全な前駆体材料および重合法の必要性により制約される。Davoodiたちは、画像誘導超音波印刷を用いる基盤技術を開発した。この超音波印刷は、他の手法よりもはるかに大きな浸透深さが可能である(Kuangによる展望記事参照)。著者たちは、調整可能なバイオインクに組み込むために、架橋剤を低温度感受性リポソームに充填した。生体内での実証には、マウスの膀胱の病変部付近とウサギの脚の筋肉の深部への印刷が含まれた。(Sk,kh)

【訳注】
  • リポソーム:細胞を構成する有機物のうち、細胞膜や生体膜の構成成分であるリン脂質を使って水中で作ることのできるカプセル。
Science p. 616, 10.1126/science.adt0293; see also p. 588, 10.1126/science.adx2433

単一分子の大きさと形状を観察する (Seeing the size and shape of single molecules)

生体分子は、よく知られているように複雑な形状に折り畳まり、かつ溶液中で多様な高次構造をとることができ、しかもしばしば結合相手や小さな修飾により影響される。分析方法はその分、精密で大きさと形状の両方に感度があり、理論的には単一分子の観察に基づいている必要がある。Zhuたちは、溶液中で分子の大きさと高次構造の実時間解析を可能にする、マイクロ流体チップに基づく手法である脱出時間求積法(escape-time stereometry)を開発した(GoldsmithとBrewsterによる展望記事参照)。著者たちは、小分子反応速度論、DNAおよびRNAのナノ構造における高次構造の違い、そして生体分子間の結合を測定する実験で、この方法を実証した。(KU,kh)

Science p. 608, 10.1126/science.adt5827; see also p. 591, 10.1126/science.adx5399

ケタミンの影響をいかに長くするか (How to prolong ketamine’s impact)

ケタミンはうつ患者の治療に驚くべき有効性を示してきた。その抗うつ効果は静脈内注入後、数分から数時間で始まり、数日間続く。しかしながら、効果は数日間続くだけなので、ケタミンの追加注入が求められる。繰り返し使用すると、ケタミンは望ましくない副作用を生じうる。Maたちは、ケタミンの抗うつ効果が、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)が関与するシグナル伝達カスケードを操作することによって延長しうることを見出した(Hashimotoによる展望記事参照)。ケタミンを1回投与すると海馬のCA1領域におけるシナプス可塑性が短期間増大するが、ERK機能を増強するとその変化が長期間続くようになった。これらの結果は、ケタミンの抗うつ作用はただ1回の服用後に有意に延長でき、その分繰り返し投与が避けられることを示している。(hE,kh)

Science p. 646, 10.1126/science.abb6748; see also p. 589, 10.1126/science.adx4559

悪臭の収斂進化 (Convergent evolution of bad smells)

植物が花粉媒介者を引き付ける方法は数多くあり、いくらかの花は、腐った肉の臭いを模倣するように特化している。Okuyamaたちは、アサルム属の種を含む3つの植物属において、揮発性オリゴスルフィド生成の要因であるジスルフィド合成酵素を同定した(CaputiとO’Connorによる展望記事参照)。著者たちは酵素機能の解析と祖先遺伝子配列の再構築により、ジスルフィド合成酵素が原核生物と真核生物に広く保存されているメタンチオール・オキシダーゼ遺伝子から進化した可能性が高いことを見出した。ジスルフィド合成酵素は、それぞれの花系統においてオリゴスルフィドの生成に独立して選択されており、この過程はわずか2~3個のアミノ酸置換で達成可能であった。本研究は、花同士の模倣という文脈における新たな形質の収斂進化についての知見を提供する。(Sh,kh,nk)

【訳注】
  • 収斂進化:複数の異なるグループの生物が、同様の生態的地位についたときに、系統に拘らず類似した形質を独立に獲得する現象。
  • オリゴスルフィド:硫黄原子鎖を含む化学物質の総称である多硫化物のうち、連結する硫黄原子数が2~3である化合物。ここでは、二つの硫黄原子が連結しているジメチルジスルフィド[ CH3-S-S-CH3 ]を指す。
Science p. 656, 10.1126/science.adu8988; see also p. 586, 10.1126/science.adx4375

2Dペロブスカイト層の安定化 (Stabilizing 2D perovskite layers)

三次元ペロブスカイトの堅牢で相純度の高い二次元(2D)保護層は、紫外線照射による劣化に抗して太陽電池を安定化させる。Tanたちは、混合溶媒(ジメチルスルホキシドとイソプロパノール)を用いて形成したオクチルアンモニウム・カチオンとメチルアンモニウム・カチオンに基づく2D中間層が、高い結晶性を持つ相純度の高い2Dペロブスカイトを自発的に形成することを見出した。これらの2D/3Dペロブスカイト二重膜を用いた太陽電池の電力変換効率は25.9%であり、最大電力点追従下で、85℃において1074時間経過後も初期性能の91%を維持していた。(Wt,kh)

【訳注】
  • 最大電力点追従:太陽光発電の制御方式の一種で、太陽電池で発電する際、さまざまな気象条件の下で電圧と電流を適切に制御し、その積となる電力を最大化する方式。
Science p. 639, 10.1126/science.adr1334