Science May 22 2025, Vol.388

巨獣の群れ (A bevy of behemoths)

今日では、6種のナマケモノが存在し、そのすべてが樹上生活や遅い代謝といった類似の生態を有している。これらの種は、その大半が大型種で構成されていた、かつての多様なアメリカの系統群の、わずかな残存種である。Boscainiたちはナマケモノの進化史全体を調べ、その祖先の群は陸生で大型であり、小型種が派生し収斂進化していったことを明らかにした。3000万年の間に、ナマケモノ科はアメリカ大陸全域で、ゾウほどの大きさの種から完全に水生の種まで多様化した。残念ながら、他の多くの更新世の大型草食動物と同様に、この系統群も新たに到来した人類によってほぼ完全に絶滅させられた。(Sk,nk)

Science p. 864, 10.1126/science.adu0704

ヘリオンの半径 (The helion radius)

軽い原子核の電荷半径の正確な測定は、原子エネルギー準位の理論を発展させ、原子核そのものの理解を深めるために用いることができる。この半径を測定する方法の1つは、精密分光法である。今回、2つのグループが、いわゆる「ヘリオン」と呼ばれるヘリウム3原子核の電荷半径を測定した。Schuhmannたちは、ミューオンが原子核の周りを回る電子と置き換わる、ミューオン・ヘリウム3イオンの分光測定を行い、van der Werfたちは、通常の電子ヘリウム3を用いて研究した。両グループは以前の結果の精度を更新した。(Sk,nk)

Science p. 854, 10.1126/science.adj2462 p. 850, 10.1126/science.adj2610

恒星の内側を回るパルサー (A pulsar that orbited inside a star)

連星系の恒星は相互作用することがあり、それが両方の天体の進化に影響を与える。理論的には、連星系の中には、一方の天体が伴星の外層内を周回する共通のエンベロープ期を経験するものがあると予測されているが、これは直接には観測されていない。Yangたちは、伴星であるヘリウム星と近接した軌道を回る高速回転パルサーを特定した。理論モデルとの比較から、この連星系は最近、主系列伴星のエンベロープ内をパルサーが周回するという共通エンベロープ期を経験したことが示された。伴星のエンベロープは1,000年以内に放出され、ヘリウム星を形成した。そして、その質量の一部がパルサーに移動して、自転速度を増加させた。(Wt,kh,nk)

Science p. 859, 10.1126/science.ado0769

CSTはDNA末端切除を制限する (CST restricts DNA end resection)

DNA破損はガンの特徴である染色体再編成を引き起こしうる。DNA破損の修復はDNA連結または相同組換えによって起こりうるが、相同組換えは遺伝子BRCA1に依存しており、この遺伝子の変異は家族性乳ガンおよび卵巣ガンの原因となる。BRCA1は修復を成功させるために必要な決定的DNA中間体を作り出す過程であるDNA切除を促進する。Rogersたちは、DNA連結因子として知られるCTC1-STN1-TEN1(CST)複合体がDNA切除を逆方向に制御する多層的機構を明らかにした。重要なことは、BRCA1がCST仲介のDNA切除阻害を軽減することを示したことである。この知見は、BRCA1が欠失する腫瘍で生じる薬剤耐性を理解するための示唆に富む。(hE,kh)

【訳注】
  • DNA切除:DNA二本鎖切断が発生した際に、その切断部分の5'末端周辺のDNA断片が除去される現象であり、この除去により、一本鎖DNAが露出してDNA修復に必要なプロセスが開始される。
Science p. 881, 10.1126/science.adt3034

ハイパーエンタングルメント (Hyperentangled)

光ピンセットに閉じ込められた原子は、量子情報処理のための有望な技術基盤である。通常、このような系では、量子情報は原子の電子状態や原子核の状態に符号化される。しかし、原子の運動状態もまた、環境影響に対してより堅牢であるので、量子情報として利用できるかもしれない。Shawたちは、ストロンチウム原子を充填した光ピンセットの配列を用いて、この研究方法を実証した。彼らはまず、原子を高い忠実度で運動基底状態まで冷却し、次に運動自由度と電子自由度の両方において、Bell状態を作り出したが、 これはハイパーエンタングルメントとして知られている。(Wt,kh)

Science p. 845, 10.1126/science.adn2618

他国移住からの後押し (A boost from emigration)

低所得国が長年直面している課題は、最も高学歴である市民の多くが、より大きな機会を求めて他国へ移住してしまうことである。この「頭脳流出」効果は、国の人的資本蓄積を直接的に減少させる可能性があるが、Batistaたちは間接的な「頭脳獲得」効果を裏付ける証拠も検証した。著者たちは実証的手法を用いて他国移住の因果関係を推定する研究に焦点を当て、移住機会が母国にとってどのように有益となるかを検討した。移住を動機として教育に投資した人の多くが最終的には移住しないかもしれず、国内の人的資本蓄積を増加させる可能性がある。他国移住は、送金、知識移転、外国投資・貿易、帰国移民、その他の経路を通じて、国内に利益をもたらす可能性がある。さらなる研究は、熟練者の国外移住による母国への利益を最も効果的に支援するための条件と政策研究方法を理解する上で役立つであろう。(Uc,kh,nk)

Science p. 829, 10.1126/science.adr8861

無秩序だが一人ぽっちではない (Disordered but not alone)

天然変性領域(IDR)はタンパク質によく見られる特徴で、それは細胞における生体分子間の特異的および一般的の両方の相互作用を可能にする。IDRがどのように機能するのかをその配列から理解することは、それらが明確な三次元構造を持たないことを考えると、難題である。Ginellたちは、他のIDRや折り畳まれたタンパク質とのIDRの会合を予測できる、粗粒力場に基づく計算機解析を開発した。この方法は、配列から直接IDRの機能をを明らかにし、実験で試験するための有望な細胞相互作用を特定し優先順位づけする迅速な方法を提供する。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 天然変性領域:タンパク質中に見られる、固有の高次構造を示さない領域のこと。
Science p. 833, 10.1126/science.adq8381

動的な切り替えがカルシウムに応答する (Dynamic switch responds to calcium)

多くのシグナル伝達タンパク質と酵素は、ある構造の立体配座を他よりも優先すよう動態を変えることで小さな分子やイオンの結合に応答する。この挙動は生物学的機能にとって極めて重要であるが、設計タンパク質にこれらの特性を組込むことは非常に困難である。Guoたちは、1個のカルシウム・イオンの結合を感知・応答できるそのような動的タンパク質を設計する計算手法を開発した。著者たちは1個のカルシウム・イオンと結合している静的タンパク質から出発し、それと交代しうる(カルシウム・イオン無しの)立体配座を特定し、AlphaFold2による予測を使って、それら両方の構造に対応する配列を特定した。分子動態シミュレーションと核磁気共鳴実験を用いた検証で、イオンが結合すると単一の立体配座に移行できる、動的で多状態の設計が確認された。(MY,kh,nk)

Science p. 834, 10.1126/science.adr7094

アクチンが初期胚の有糸分裂を調節する (Actin regulates mitosis in early embryos)

有糸細胞分裂の過程は標準的には有糸分裂紡錐体装置によって編成されるが、その装置は微小管で構成される。しかしながらマウスの初期胚細胞には、効率的な紡錘体組み立てを担う細胞小器官である中心体が含まれていない。初期胚の細胞分裂を支配する正確な過程はそのため、不明瞭なままである。Hernandezたちは生きた胚を撮像することで、有糸分裂初期段階の際に染色体を組織化する、核内アクチン線維からなる収縮性の網目組織を見つけた(Bementによる展望記事参照)。著者たちは、紡錘体の大きさを調節する別のアクチン網目組織も観察した。これらの知見は、初期杯の有糸細胞分裂の際に、アクチン線維が不可欠の機能を果たすという考えを支持するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 紡錘体微小管:細胞分裂時に、中央に染色体を挟んで形成される、微小管(細胞小器官の1つ)の束が多数集まった紡錘体構造。
  • 中心体:動物細胞における細胞小器官の1つで、細胞分裂時は紡錘体微小管の両極になる。
  • アクチン線維:分子量が約4.2万の球形タンパク質であるアクチンが直鎖状に重合した線維2本がさらにらせん状に絡まって形成される糸状構造体。
Science p. 835, 10.1126/science.ads1234; see also p. 817, 10.1126/science.ady2201

身軽に旅する (Traveling light)

シラミ媒介性回帰熱は、Borrelia recurrentis細菌によって引き起こされ、ヒトジラミにより伝播するが、この細菌は培養するのが困難である。その異常なほど小さなゲノムは、何時、何のために遺伝子損失が生じたのかについての議論とともに憶測を呼んできた。Swaliたちは、英国のヒトジラミ死骸から得られた古代の4つのB. recurrentisのゲノムの配列決定を行った。このうち最も古いものは2300年前から2100年前に遡る。現存ゲノムの特徴の多くは、これらの古代の試料にすでに顕れていて、この種における独特のゲノム変化が、それと最も近い近縁種からの分岐後約5000年しか経たずに起きたのかもしれないことを示唆している。(MY,kh)

Science p. 836, 10.1126/science.adr2147

より良いペロブスカイト・モジュールを作るための乾燥法 (Drying to make better perovskite modules)

層流の空気が、メートル四方の面積を超える高性能ペロブスカイト膜の結晶化を可能にした。Yanたちは、数値流体力学と積層造形法を用いて、大型基板全域の均一な乾燥を可能にする乾燥機用ヘッドを設計し製造した。0.8平方メートルの面積を有する安定したペロブスカイト太陽電池モジュールが、15.0%の電力変換効率を証明した。中国衢州市にある最大出力0.5メガワットのペロブスカイト太陽光発電所における1年間の運用研究が、同じ施設のシリコン太陽電池モジュールと比較して設置容量1キロワットあたりで、より良好なエネルギー出力を得た。(Sk,kh,nk)

Science p. 837, 10.1126/science.adt5001

深くて緩やかな調節 (Deep and slow regulation)

海洋における炭素循環は、主に微生物の光合成と呼吸によって駆動される。いくつかの過程が、炭素を不安定で扱いにくい溶存有機炭素の形態で深海に隔離する。Zakemたちは、海洋の炭素貯蔵における微生物動態の役割に関する現在の生物地球化学モデルが不十分であることを認識した。モデルを改善するため、著者たちは太平洋、大西洋、インド洋の微生物帯状横断面からの利用可能なデータ群を活用し、海洋微生物群集の構造を調査し、次いでその構造が機能とどのように関連しているかを研究した。低緯度では垂直勾配が認められ、表層には貧栄養微生物が存在し、中深海層には富栄養微生物群集が増加する。この富栄養微生物群集は表層での捕食を避け、緩やかに成長し、海洋に貯蔵される溶存炭素量の調節に重要な役割を果たしている。(KU,kh)

【訳注】
  • 貧栄養微生物:栄養の乏しい環境で生きることのできる微生物。
  • 富栄養微生物:栄養の、特に炭素の豊富な環境で見出される微生物。
Science p. 838, 10.1126/science.ado5323

小脳におけるゼロ空間理論の検証 (Testing null space theory in the cerebellum)

過去10年間で、ゼロ空間理論(null space theory)はニューロン記録を解析する主要な枠組みの1つとなつた。しかしながら、脳内でこの考え方を直接検証する方法が欠如していた。Fakharianたちは、マーモセットの小脳における集団符号化について研究した(ChurchlandとSawtellによる展望記事参照)。プルキンエ細胞は、サッカードにより引き起こされる単純スパイク活動パターンを示し、それらは強力ベクトル(potent vector:眼球運動の方向)に沿って最も効果的に活性化された。この同調特異性にもかかわらず、ほとんどのプルキンエ細胞はすべてのサッカード中に単純なスパイクを発火した。単純スパイク活動の比較は、個々のプルキンエ細胞が、強力ベクトルと比較して非強力ベクトル(nonpotent vector)では互いに打ち消し合うことを明らかにした。これはゼロ空間計算理論の原理と一致する。介在ニューロンを通じて相互作用する苔状線維入力は、プルキンエ細胞集団が目標指向動作の主要な運動力学的側面を予測することを可能にした。(KU,MY)

【訳注】
  • ゼロ空間理論:個々の運動ニューロンが活動していてもそのニューロンが駆動する筋肉が運動しないことを説明する考え方で、個々の運動ニューロンの活動を足し合わせると活動が打ち消されるために運動が起こらないというもの。
  • プルキンエ細胞:小脳の皮質で情報を受け取り、さらに情報を出力する細胞。
  • サッカード:視線を素早く移動させるときに生じる急速な眼球運動。サッケードとも。
  • 苔状線維:海馬CA3野および歯状回門(dentate hilus)に投射する歯状回顆粒細胞の軸索であり、苔のような形をした大きな末端がある。
Science p. 869, 10.1126/science.adu6331; see also p. 820, 10.1126/science.adx8989

他感作用を持つ藻類 (Allelopathic algae)

ケルプは沿岸の温帯海域に密生した海中林を形成し、生態学的にも経済的にも重要な多くの動物の生息地となっている。最近では、温暖化が進む海域のケルプ林が質的に異なる紅藻の藻場に取って代わられている。「芝生状藻類」はケルプの回復を妨げ、別の安定した状態を作り出しているようである。Farrellたちはメタボロミクスと室内実験を組み合わせて、米国メイン湾で、芝生状藻類がケルプの増殖を阻害する化学物質を放出することを示した(FeehanとFilbee-Dexterによる展望記事参照)。この研究は、化学的に媒介された種間相互作用が、陸上生態系や熱帯サンゴ礁と同様に温帯浅瀬礁においても重要であり、海中林の回復を促進するためには地域的な介入と気象変化の抑制が必要だと言ってもよいことを実証した。(Sh,kh)

【訳注】
  • 他感作用:植物が個体外に放出する化学物質が、他の植物や微生物などの生育を促進または阻害する現象。
  • 芝生状藻類:高さが15cmより低く密生して生える藻類の総称。
  • メタボロミクス:生物が生命維持のために活動する際に産出する様々な代謝物を包括的に検出し、その結果を分析するための一連の解析技術。
Science p. 876, 10.1126/science.adt6788; see also p. 816, 10.1126/science.adx8707

有機溶媒分離用ポリイミン膜 (Polyimine films for organic separations)

膜プロセスは、複雑な炭化水素混合物の分離において、よりエネルギー効率の高い方法を可能にするかもしれない。流量と選択性の組み合わせを最大化するために、通常はアミド化学に基づく薄いポリマー膜が多孔質支持体上に形成される。Leeたちは界面重合を用いて、イミン結合を持つ薄膜ポリマーを作製した。そこでは形状保持性モノマーが最終的な膜に高い空隙率の自由体積をもたらす(Buddによる展望記事参照)。一方のモノマーが水相で安定に存在し、もう一方のモノマーが有機相に存在する必要性を回避するため、著者たちは酸触媒法を用いた。この方法では、両方のモノマーを有機相に溶解させ、酸触媒を含む水相との接触によって重合が起こる。このポリイミン膜は、対照物であるポリアミド膜よりも優れた性能を示し、多くの有機溶媒で起こる膨潤とそれに伴う選択性の低下に対して耐性を示した。(KU,kh,nk)

Science p. 839, 10.1126/science.adv6886; see also p. 819, 10.1126/science.ady1446