Science February 28 2025, Vol.387

惑星質量天体の形成 (Forming planetary mass objects)

単一の星や褐色矮星に重力的に束縛されていない、自由浮遊する惑星質量天体(planetary mass objects PMO)の起源は謎に包まれたままである。新しい提案は、2つの原始惑星系円盤の間を流れるガスの構造が潮汐力によって破壊されることにより、それらが形成されるというものである。Fuたちは、方法によるPMOの生成が、一部の開始クラスターでは高効率になるかも知れないが、他のクラスターではそれほど効率的ではなく、その結果、、異なる設定で達成されるPMOの観測数における変動を結果として生じることを示した。もしこれが正しければ、この仮説は、浮遊 PMO が惑星や褐色矮星とは異なるやり方で形成されることを意味している。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adu6058

複雑な軟体動物の系統樹 (The complicated molluscan family tree)

ゲノム配列決定(ゲノム・シーケンシング)により、従来の形態学に基づくアプローチよりも、種同士の関係をはるかに深く理解できるようになった。ゲノム・データを用いた研究が特に困難な門の一つが今まで軟体動物であった。これはイカから巻貝まで多様な種が含まれていて、高いヘテロ接合性(遺伝的多様性)と繰り返し配列の多さがその理由の部分である。Chenらは、この門に属する13種の新しい完全ゲノムの塩基配列を決定して、軟体動物の新たな系統樹を構築した。彼らは、これまで議論の的となっていたいくつかの系統関係を解明し、この多様性に富みゲノム的にも複雑な門の今後の研究のためにさらなるゲノムデータを提供した。(ST,kh)

Science p. 1001, 10.1126/science.ads0215

褐色の吸収 (Brown absorption)

大気中のエアロゾルは、太陽放射を散乱、あるいは、吸収することによって気候に影響を与える。Liたちは、有機エアロゾルの窒素含有成分である褐色窒素(brown nitrogen)が、地球規模での太陽光吸収を支配していることを見出した。著者たちはモデルを用いて、褐色窒素の大気分布を定量化した。そして、化学的な経年変化がその光学特性にどのような影響を与えるかを計算し、その放射への影響を定量化した。この結果は、有機エアロゾルの気候影響への寄与の評価を改良するのに役立つだろう。(Wt,nk,kh)

Science p. 989, 10.1126/science.adr4473

雑音除去がナノ粒子の動態を明らかにする (Denoising reveals nanoparticle dynamics)

透過型電子顕微法を用いて、気体環境中の金属ナノ粒子表面の連続的な遷移が明らかにされてきた。Crozierたちは、教師なし深層学習による雑音除去を用いて、高い空間分解能とミリ秒の時間分解能の両方を有する画像化につきものの、不十分な信号対雑音比を克服した。酸化セリウムに支持されたプラチナのナノ粒子の表面下に浸透した応力場が、ナノ粒子を不安定にし、秩序的配置と無秩序的配置の間での一連の遷移を引き起こした。(Sk,nk,kh)

Science p. 949, 10.1126/science.ads2688

メタンの干渉 (Methane interference)

干渉効果は、光が、間隔が密なスリットを通過するかエッチングされた格子で反射される際に容易に見られる。量子力学は、類似した様式の挙動が光だけでなく分子でも生じると述べているが、分子の干渉は識別がより困難な傾向にある。Reillyたちは、メタン分子が金の表面で散乱されると、干渉効果が明確に現れることを観察した。すなわち、ある種の最終回転状態が、入射状態に対するそれらの反射対称性に依存して完全に抑制される。(Sk,nk,kh)

Science p. 962, 10.1126/science.adu1023

バークリウムのサンドイッチ (Berkelium sandwich)

鉄イオンを2枚の炭素環でサンドイッチにしたフェロセンの構造の解明が、有機金属化学の理論と実践の基礎であった。その後数十年にわたり、多数の類似の金属サンドイッチ化合物が合成され、応用されてきた。Russoたちは、この形状をウランよりも重い放射性元素であるバークリウムにまで拡張している。彼らの実験は、継続的な崩壊を 償うために、サブミリグラムの大きさでの迅速な合成と特性評価を必要とした。分光学的および理論的分析は、環状配位子と金属f軌道の間の共有結合的相互作用の存在を支持した。(KU,nk,kh)

Science p. 974, 10.1126/science.adr3346

じつは、粒子のようではない (Not like particles, in fact)

20年近く前、サイエンス誌に発表されたイナゴの集団行動に関する研究は、集団で移動する動物群は粒子群に似た方法で移動するという結論を下した。この結論は、自然界におけるそのような移動についての多くの考えを方向づけてきた。元の研究の著者を含む、Sayinたちは、野外研究と実験室研究を組み合わせ、イナゴ、そしておそらく集団で移動する他の動物も、「自己推進型」粒子モデルには従わないことを見出した(BuhlとSimpsonによる展望記事参照)。むしろ、彼らは、感覚機構と認知機構が相互作用を媒介することを見出した。(Sk,nk,kh)

Science p. 995, 10.1126/science.adq7832; see also p. 924, 10.1126/science.adw0733

二酸化炭素から得られる燃料と化学物質 (Fuels and chemicals from carbon dioxide)

二酸化炭素 (CO2) 排出物の回収物の変換と、その後の燃料および化学原料への変換は、CO2隔離の重要な代替手段である。Yeたちは、燃料および原料としてのメタノール、ならびに一酸化炭素および炭化水素への変換に焦点を当て、CO2の水素化のための熱不均一触媒経路を評価した。活性部位構造と生成物の選択性との関係についての我々の理解を深めること、それと地球上に豊富に存在する元素に基づく長寿命の触媒を特定することが、非常に重要になるだろう。(Uc,kh)

Science p. 943, 10.1126/science.adn9388

代謝産物と病原体毒性 (Metabolites and pathogen virulence)

III型分泌装置(T3SS)は、宿主細胞にエフェクター・タンパク質を注入するために細菌種が用いる器官である。しかしながら、宿主側からの毒性阻害の機構、特に代謝産物による機構はよく分かっていない。Miaoたちは、いつくかの植物種が産生し2つの細菌種のT3SS機能を阻害する、エルカ酸アミドと呼ばれるファイトアレキシンを明らかにした。エルカ酸アミドの標的は、細菌が持つ進化的に保存されたIII型分泌装置の注射器タンパク質HrcCである。エルカ酸アミドの蓄積は植物防御の一部であり、エルカ酸アミドが減少した遺伝子組み換え植物は、細菌感染にかかりやすいことが分かった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • III型分泌装置:ある種の細菌が持つ、宿主細胞へ病原因子を送り込む注射器のような器官。
  • エフェクター・タンパク質:病原体が自身の感染を助けるために産生するタンパク質。
  • エルカ酸アミド:炭素数が22で二重結合1つを持つ一価不飽和脂肪酸であるエルカ酸のOH基がアミド化された化合物でナタネ油などに含まれる。
  • ファイトアレキシン:植物が病原菌からの攻撃を感知して、新たに合成・蓄積する抗菌性物質の総称。
Science p. 948, 10.1126/science.ads0377

霊長類における脱髄の動態 (Demyelination dynamics in primates)

多発性硬化症 (MS) は、重度の衰弱症状をもたらす進行性の脱髄性脳病変によって特徴づけられる免疫介在性疾患である。MSの翻訳的関連霊長類モデル (実験的自己免疫性脳炎マーモセット・モデル) における脱髄の時空間的動態を解明するために、Linたちは縦断的磁気共鳴画像 (MRI) 誘導のRNAプロファイリングを実施した。MRIで検出された病変と空間的転写変化を相関させることで、著者たちは病変周辺の遺伝子プロファイル微小環境を特定したが、その病変が彼らにMSの治療標的と可能性のある治療法の提案を可能にした。(KU,kh)

Science p. 945, 10.1126/science.adp6325

地球軌道の役割 (The role of Earth’s orbit)

数十年にわたる研究にもかかわらず、太陽による日射周期のさまざまな要素が氷河周期にどのように影響するかは正確には分かっていない。Barkerたちは、氷期開始と退氷の形態を調べることにより、この疑問に答える新しい手法を取り入れた。彼らは、これらの段階が歳差運動と黄道傾斜の相対位相に大きく依存していることを見出した。歳差運動は退氷の到来により大きな影響を有し、黄道傾斜は間氷期のピーク状態への到達および氷期開始により重要であった。このように、10万年の世界と呼ばれる、この問題となっている期間での氷期・間氷期の変動性は、主として決定論的である。(Sk,nk,kh)

Science p. 947, 10.1126/science.adp3491

全ゲノムを用いて系統樹を作成する (Using whole genomes to make trees)

種の個体数動態の歴史はめったに単純ではなく、種間の正確な関係を決定する能力を悪化させる。系統発生解析は、ゲノムの大部分を除外する必要がよくあり、或いは実行するには非現実的な計算時間を必要とするので、全ゲノムがますます利用可能になっている時代ではその効用を限定的なものに。Zhangたちは、全ゲノム・アラインメントを用いて種の系統樹を推測できる方法、CASTERを開発した。シミュレーションと以前に分析されたデータ群を用いて、著者たちは、CASTERが他の最先端の方法よりも通常はより速くより正確であることを示した。分類群全体で生成されるゲノムの数が増えていることを考えると、そのようなデータを完全に組み込むことができるCASTER等の方法は、重要な溝を埋めることになるだろう。(KU,nk,kh)

Science p. 946, 10.1126/science.adk9688

代謝疾患における脱メチル化酵素標的 (Demethylase target in metabolic disease)

2型糖尿病や代謝機能障害を伴う脂肪性肝疾患が増えてきているが、これらの症状の病変形成あるいは可能な介入に向けての経路についてはまだほとんど知られていない。マウス・モデルでのプロテオミクス分析によって、Dingたちは、代謝疾患におけるALKBH5と呼ばれるRNA脱メチル化酵素タンパク質の主要な役割を見いだした。この知見は、さらなるマウス・モデル、ラットおよびヒト患者からの試料から得られるデータによってさらに支持された。著者たちは、代謝制御におけるALKBH5の役割の根底にある機構を研究し、鍵となる情報伝達経路を特定し、そしてマウス・モデルでRNA干渉を用いてこのタンパク質の発現を標的にすることの有益な効果を実証しており、このことは将来の治療薬開発の可能性を示唆している。(hE,KU,nk,kh)

Science p. 944, 10.1126/science.adp4120

真類はリン酸を標的にする (Fungi target phosphate)

植物病原体はしばしば宿主機構を標的とするタンパク質を放出し、感染の成功率を高める。McCombeたちは、多様な病原体に見られ多数の植物種を標的とするNUDIXタンパク質ファミリーを調べた (Gutjahrによる展望記事を参照)。彼らは、真菌病原体がNUDIXタンパク質を利用して、植物自身の無機リン酸の状態を感知する能力を乱すことで、植物を欺くことができることを見出した。NUDIXタンパク質はイノシトール・ピロリン酸を加水分解するが、これは植物細胞によって監視される主要なリン酸化合物である。植物が成長と栄養に集中すると、免疫応答を活性化する能力が低下する可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • NUDIXタンパク質ファミリー:塩基と糖が結合した化合物であるヌクレオシドの一部が2リン酸エステル化したヌクレオシド2リン酸類に対し加水分解活性を持つタンパク質の総称
Science p. 955, 10.1126/science.adl5764; see also p. 927, 10.1126/science.adw1568

ナノダンベルの指向性の自己組織化 (Directional assembly of nanodumbbells)

ダンベル形状のナノ結晶の曲率を調整することで、粒子の結合指向性を制御し、さまざまな複雑な2次元超格子を形成することが出来る。Wanたちは、これらの希土類フッ化物コロイドからの超格子形成が、従来の凸状粒子では実現するのが難しい曲率誘導型枯渇相互作用によって駆動される、全体的に連結した自己組織化の結果であることを見出した (Korgelの展望記事参照)。この方法は、カイラル・カゴメ格子などの周期的空孔を持つ構造を安定化することもできる。(KU,kh)

Science p. 978, 10.1126/science.adu4125; see also p. 926, 10.1126/science.adw0351

遺伝子改変トウモロコシ由来の損失 (Losses from genetically modified maize)

害虫抵抗性は遺伝子改変作物に導入された主要形質の1つである。そのような作物は化学農薬の必要性を減らすことができる。しかしながらそれらが全域にわたって作付けされる場合、その有効性が低下し、害虫が抵抗性を獲得するにつれて費用便益比が変化する。Yeたちは、Bt(Bacillus thuringiensis)遺伝子を組み込んだトウモロコシをどれだけ作付けすべきかについての農業経営者の選択が、野外試験に基づく最適条件とどの程度適合したのかを調べた(BrownとReisigによるPolicy Forum参照)。農業経営者は概して、米国のトウモロコシ地帯での最適条件より多くのBtトウモロコシを作付けしており、これは費用と便益に関しての誤解を示唆している。これは東部州で特に当てはまっていて、ここでは輪作がより一般的であり、トウモロコシ根切り虫の被害が野外試験でより少なかった所である。(MY,kh)

【訳注】
  • Bt植物:土壌細菌であるバチルス・チューリンゲンシスが産生する殺虫性タンパク質の遺伝子を組込んだ害虫抵抗性植物のこと。
Science p. 984, 10.1126/science.adm7634; see also p. 930, 10.1126/science.adv4313

水の動きを封じたままにしておく (Keeping a lock on water)

ヒドロゲルの特性は、それが持つ大きな水含量の維持に大いに依存している。このことは、その使用を0°と100°Cの間の温度に限定する可能性があるか、あるいは吸湿性添加物の使用や水をイオン性液体に置き換えることが必要になるかもしれない。Zhangたちは、結合水分子をヒドロゲルの重合体網目に引き込む風変わりな取り組み法を探求した(YuとKinによる展望記事参照)。著者たちはポリアクリレート系とアルギン酸塩系の二重の網目構造から出発し、次にそれを濃硫酸で処理し加熱してアルギン酸塩を炭素ナノ粒子に転化した。組み込まれた硫酸基は強い水結合部位として働き、また、炭素ナノ粒子はこのゲルに対する電気的機械的な感度をもたらした。これらは、その使用を?115°から143°Cの温度にわたって可能にした。(MY,kh)

【訳注】
  • イオン液体:イオンのみからなり、常温常圧下で液体で不揮発性の物質。
  • アルギン酸:特定の2つの糖分子がブロック共重合した鎖状高分子で海藻などに含まれる。
Science p. 967, 10.1126/science.adq2711; see also p. 928, 10.1126/science.adv8200

減数分裂においては、湿潤が染色体を整列する (Wetting aligns chromosomes in meiosis)

親染色体は、遺伝子の交換を促進するために減数分裂中に整列する。整列を仲介するシナプトネマ複合体(SC)には、染色体軸タンパク質間のコア・タンパク質が含まれている。Gordonたちは、線虫Caenorhabditis elegansで重要なコア・タンパク質と軸タンパク質の界面を特定した。電荷反転変異体でのSCの超微細構造とSCコア・タンパク質複合体を調べた結果、HIM-3軸タンパク質の正帯電小区画とSYP-5コア・タンパク質の負帯電領域との相互作用がSC集合体に不可欠であることが明らかになった。熱力学モデルは、液体様のSCコアが、エネルギー消費なしに染色体軸を湿潤することによって集合することを示した。これらの知見は、有性生殖の中心的な過程を解明するものだ。(Sh,kh)

【訳注】
  • シナプトネマ複合体:減数分裂初期に観られる、二価染色体の2組の姉妹染色分体が対合し互いに密着した構造。
  • HIM-3軸タンパク質:減数分裂の前期に軸構造を作って、染色体を束ねる働きがあるタンパク質。
Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adt5675