Science March 7 2025, Vol.387

炭素-炭素を炭素-窒素へ (Carbon-carbon to carbon-nitrogen)

炭素-窒素結合は現代の医薬品において不可欠なものであり、化学者はその結合を作るためのより効率的な方法を絶えず追及している。今回2つの研究が、炭素-炭素二重結合を切断して、その場所に炭素-窒素三重結合を形成する今までと異なる方法を報告している。Bräggerたちは、超原子価ヨウ素試薬を用いてニトリル生成物を作り、他方、Chengたちは、不均一系銅触媒を酸素と組み合わせて用いた。2つの場合とも、炭素-炭素二重結合は、多岐にわたる複雑な分子の変換に対して使い勝手の良い手段として働いた。(MY)

【訳注】
  • 超原子価ヨウ素試薬:ヨウ素は、通常のI価以外にIII価やV価をとることができ(超原子価状態)、このようなヨウ素が含まれる試薬のこと。ここではヨウ素が3つの化学基と結合しているIII価のヨウ素を含んだものが使われている。
  • ニトリル:R−C≡N で表される構造を持つ化合物のこと。
  • 不均一系触媒:固体のまま直接用いられ、反応系に溶けず固体表面で反応を起こす触媒。
Science p. 1083, 10.1126/science.adq8918; p. 1108, 10.1126/science.adq4980

チョウの減少 (Butterfly decline)

減少しつつある昆虫個体数に関する報告は、広範な情報媒体の注目を集めてきたが、減少の証拠は地域や分類群にわたっていろいろであった。Edwardsたちは、最も調査されている分類群であるチョウでの傾向を調査した(Inouyeによる展望記事参照)。著者たちは、米国本土の35の市民科学者による(監視)プログラムのデータを統合し、主要地域のほぼ全てで過去20年にわたる総体的なチョウの個体数減少を見出した。調査した種の3分の2が、10%以上の減少を示した。多くの昆虫は、急速な個体数増加および個体数回復の潜在能力を有しているが、個体数の減少を抑えるためには、生息地の復元、種特有の介入、および殺虫剤の使用削減のすべてが必要になると思われる。(Sk,nk,kh)

Science p. 1090, 10.1126/science.adp4671; see also p. 1037, 10.1126/science.adw1633

単一分子内での励起子の生成 (Creating an exciton in a single molecule)

テラヘルツ(THz)走査トンネル顕微法(STM)は、THzパルスによって生成される電場を利用して、サブピコ秒の時間規模でトンネル電子を操作できる最先端の技術である。THz-STMは近年、固体表面での電荷移動によって誘起される超高速のナノメートル規模の動態を研究するために用いられてきている。しかし、時間、空間の分解能の向上には依然として多くの課題がある。Kimuraたちは、THzパルスの波形を調整することで、金属に支えられた極薄絶縁膜上の単一のフタロシアニン分子内で、励起子形成の超高速な操作ができることを実証している。提示された実験基盤は、単一分子精度で励起子動態を研究するための有望な進歩である。(Wt,kh)

Science p. 1077, 10.1126/science.ads2776

熱帯林における遅い変化 (Slow shifts in tropical forests)

気候の変化に伴い、種は生息範囲を変更すると予想されるが、特に植物などの移動できない種の場合、変更は十分な速さで起こらない可能性がある。この号に掲載されている2つの論文が、アメリカ熱帯地方で植物種が気候変動にどの程度追随しているかを評価していて、それらの地方ではデータの入手が困難なため推論に制約が課されてきた。Ramírez-Barahonaたちは、メソアメリカの雲霧林では、気候変動と森林破壊が相まって、主に低地側生息範囲端が縮小したことにより、1979年以降、種の生息範囲の高地側への平均的な変更を引き起こしてきたことを示している。Aguirre-Gutiérrezたちは、アメリカ大陸各地の熱帯林で、樹木の形質が、形質と気候の関わり合いに基づいて気候変動に追随するのに十分速くは変更しておらず、山地林では変更がより小さいことを見出した。(Uc,MY,nk,kh)

【訳注】
  • メソアメリカ・メソアメリカ:メキシコ南部および中央アメリカ北西部(グアテマラ、ベリーズ、エルサルバドルの一部)を含む。南東部には亜熱帯雨林がある。
Science p. 1057, 10.1126/science.adl5414; p. 1058, 10.1126/science.adn2559

タンパク質区画化用のGPS (A GPS for protein compartmentalization)

細胞は数十億のタンパク質分子を含んでいて、そのアミノ酸配列はそのタンパク質の機能的構造をコードしている。今や深層学習モデルは、アミノ酸の配列情報からそのような構造を正確に予測することができる。機能を分担するタンパク質は、細胞内の区画の中に集まってそれらの機能を成し遂げる。Kilgoreたちは、タンパク質の配列に基づいてそれらの区画局在化を予測できるProtGPSと呼ばれる深層学習モデルを開発した。ProtGPSは、このコードを変えて変更されたタンパク質細胞内局在化に導く、病気関連変異を特定した。これらの結果は、タンパク質配列が、折り畳みのコードと細胞内区画へのそれらの配置を支配するコードの両方を含んでいることを示している。(MY,nk,kh)

Science p. 1095, 10.1126/science.adq2634

誰が進化を動かしているのか? (Who’s driving evolution?)

タンパク質はメッセンジャーRNA(mRNA)から翻訳され、これらの生体分子の濃度は、所与の遺伝子と相関していることが多い。しかしながらこれらの観察は、遺伝子発現を変える多くの多様体がタンパク質濃度を変えないということと食い違っている。Copeたちは、10の霊長類にわたる皮膚試料のトランスクリプトームとプロテオームのデータを組合わせて、mRNAとタンパク質の濃度を関連付けるいくつかの系統発生モデルを試験した。彼らは、主としてタンパク質濃度に作用する進化がデータに最も合い、遺伝子発現がそれらの最適濃度に合うよう駆動されることを見出した。これらのmRNA値は完全には一致しておらず、翻訳効率やタンパク質分解などの翻訳後機構に起因して増幅されているらしい。(MY,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(mRNA)のこと
  • プロテオーム:特定の状況で細胞中に存在する全タンパク質のこと。
Science p. 1063, 10.1126/science.ads2658

レプリソームがG4に遭遇するとき (When a replisome meets a G4)

染色体DNAに自然に発生する障害が、ゲノムの世代を超えての忠実な伝播を疑わしくする可能性がある。Batraたちは、G-四重鎖と呼ばれる非標準的なDNA二次構造が、CMG(Cdc45-MCM-GINS)として知られる複製DNAヘリカーゼを停止させることでDNAコピーを妨害できることを突き止めたが、このCMGは染色体DNAをコピーする分子機構の中心的なエンジンとして機能する。CMGヘリカーゼは、これまで認識されていなかったシャクトリムシのような機構によってDNAに沿って移動する。この観察は、ゲノムの安定性の維持に必須の染色体複製プロセスの基本原理を明らかにする。(KU,kh)

【訳注】
  • レプリソーム:DNAの複製を行う複雑な分子マシン。
  • G4(G-四重鎖):単鎖DNA中で特殊な水素結合で4つのグアニンが平面構造を取り(G-tetrad)、これが積み重なったDNAの二次構造をいう。
Science p. 1052, 10.1126/science.adt1978

哺乳類細胞中のリボソームの描図 (Mapping ribosomes in mammalian cells)

哺乳類細胞には、遺伝情報を解読してタンパク質にする小さな機械であるリボソームが何百万個も詰め込まれている。リボソームはこの解読プロセスに必須であるが、多くの場合、ほとんど調節の影響を受けない全く同じ粒子と見なされている。Z. Zhangたちは、単一のリボソームを観察し、さまざまな細胞区画におけるその構成を調べる技術を開発した。彼らは、Lsg1と呼ばれるタンパク質が、小胞体付近でのリボソーム動員に関与して膜埋込みタンパク質を作り出すことを見出した。彼らはまた、ミトコンドリア付近で代謝関連タンパク質の生成のための特殊なリボソームと、神経過程におけるリボソーム集団の再構築とを見出し、リボソームの種類と位置に基づく遺伝子制御の新しい階層を明らかにした。(KU,MY,nk,kh)

Science p. 1055, 10.1126/science.adn2623

マニオク栽培化の遺伝的影響 (Genetic impact of manioc domestication)

未調理成分の多くが有毒であるにもかかわらず、マニオク(キャッサバまたはユッカとも呼ばれる)は広く栽培されている主食作物である。Kistlerたちは、マニオクの植物標本200個、考古学的標本2個、および現代の標本80個のゲノムの配列を解析し、その個体群の歴史を再構築した。彼らの解析は、マニオクの多くの系統が少なくとも1世紀にわたって伝播し続けたが、近縁野生種のような多様性の地理的様式がほとんどなかったことを明らかにした。栽培種の多様性様式は、それよりも地元の農業慣行を反映していた。先住民の知識を取り入れることで、この研究は、この作物における栽培化の影響と、この過程が遺伝的変異にどのように反映されているかを探っている。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • マニオク(manioc:フランス語):英語名でキャッサバといい、世界中の熱帯で栽培され、イモノキという和名の通り、見た目は里芋・形はサツマイモに似た芋ができ、ブラジルでは主食に近い。また、キャッサバはタピオカの原料となる植物(芋)。
Science p. 1053, 10.1126/science.adq0018

ペルオキシソームとコロナ後遺症 (Peroxisomes and Long COVID)

ペルオキシソームは細胞内にある小さな膜結合構造体であり、脂肪の合成と分解に重要な役割を果たしている。Weiたちは重篤なCOVID-19が、細胞の残骸および病原体を貪食することに特化した免疫細胞型であるマクロファージ中のペルオキシソームを破壊しうることを見出した。この破壊は肺の修復機能の障害、炎症の長期化および慢性線維症もたらす(SariolとPerlmanによる展望記事参照)。マウス・モデルでは、FDAで認められた医薬を用いてペルオキシソームの機能を増強すると、肺の治癒が改善され、ウイルス感染後の長期的損傷が減少した。したがって、ペルオキシソームを標的とすることは、呼吸性ウイルスによって引き起こされる急性および慢性の合併症に向けた有望な治療方針を提供することができるかもしれない。(hE,kh)

Science p. 1054, 10.1126/science.adp2509; see also p.1039, 10.1126/science.adw0091

決定的な期間 (Critical window)

モデル動物において、宿主細胞の機能に影響を及ぼす腸内微生物叢からの産生物が同定されている。例えば、β細胞の増殖を促進する細菌タンパク質がゼブラフィッシュの膵島で見つかっている。Hillたちは、新生仔マウスが機能的な膵臓β細胞と膵島を発達させるためには、特定発達期中に微生物叢に曝露されなければならないことを見出した。真菌種のCandida dubliniensisは、おそらく真菌の細胞壁成分によって、膵島マクロファージを通してこの作用を媒介する。発達期を取り逃がした場合(例として無菌マウス)や、発達期中に微生物叢が乱された場合は、β細胞の成長鈍化が生じ、代謝機能の低下が動物の生涯を通じて影響を及ぼす。(Sh,kh)

【訳注】
  • 膵島:ランゲルハンス島とも呼ばれる膵臓組織中に散らばって存在する内分秘腺組織。インスリン(血中グルコースの取り込みを促進するホルモン)とアミリン(摂食抑制作用や胃排泄遅延作用があるホルモン)の合成と分泌を行うβ細胞や、グルカゴン(グルコース産生を促進するホルモン)を分泌するα細胞などから構成される。
  • Candida dubliniensis:主にHIV感染者やエイズ患者の口腔から回収されている酵母の一種。
Science p. 1056, 10.1126/science.adn0953

グラフェン-ポリマーによる損傷の軽減 (Graphene-polymer damage abatement)

ポリマーを用いて単層グラフェンをペロブスカイト格子に結合すると、光誘起膨張とそれに伴う太陽電池の損傷を軽減できる。Liたちは、中間層による機械的補強により、動作中の変形率が4倍減少し、イオン移動も減少したことを示している(SalibaとZuoによる展望記事参照)。二層構造の太陽電池素子は、90°Cで3670時間の最大電力点動作後も、初期の電力変換効率(25%以上)の97%以上を維持した。(Wt,kh)

Science p. 1069, 10.1126/science.adu5563; see also p. 1040, 10.1126/science.adw1552

高いばね指数と変形量を兼ね備える (Combining high spring index and stroke)

高分子化合物繊維の捻りとコイル化方法は、人工筋肉を作製する簡単な方法であることが分かっている。これまでの手法は、低いばね指数の筋肉に限定される自己コイル化法を用いるか、高いバネ指数の糸になるようにマンドレルの周りに繊維を巻き付けるかしていたが、マンドレルはその後取り外す必要があり、余分な廃棄物が発生する。M. Zhangたちは、最初に繊維をねじってから他のねじった繊維とより合わせる方法を開発することにより、巧みにマンドレルなしですませた(Zhangによる展望記事参照)。熱安定化後、元の繊維を分離してコイルを作製する。この方法は、繊維の長さに沿ってバネ指数を変えることを可能にする。著者たちは、環境に応じて駆動される調整可能な断熱体や、電気駆動で作動させるロボット工学での、これらの高分子化合物筋肉の効用を実証している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ばね指数:ばねのコイル平均径と材料の線径の比であり、低いと硬い、高いと柔らかいばねになる。
  • マンドレル:この場合は、筒状製品を成形するための内型を指す。
Science p. 1101, 10.1126/science.adr6708; see also p. 1038, 10.1126/science.adw2181