Science February 21 2025, Vol.387

固体としても流体としても振舞う集団 (Collectives acting as solids or fluids)

ロボット工学に向けての理想像のひとつは, 例えば蟻の集団のような、流れる流体のように動くことができながら、通過不可能なスパンに橋のような固体の構造を形成することもできる、一体となって働く単純ロボットの集団を設計することである。Devlinたちは、ロボットの回転状態に基づいて「流動化」状態と固体状態を切り替えることができるロボット集団を設計した。胚の形態形成にヒントを得て、著者たちは、生物学的形態進行に3つの重要な要素、すなわち単位要素間の力、ずれ、接合が存在することを見出し、それらに対応する機械部品を開発した。それらのロボット的対応物により、集団としての形状と強度を変更するために利用できる、局所的に調整可能な機械的特性が実現可能となる。(Wt,nk,kh)

Science p. 880, 10.1126/science.ads7942

タンパク質の言語モデルのレベル・アップ (Leveling up a protein language model)

タンパク質(を生成するDNAの)配列は、そのタンパク質の3次元構造と細胞的機能を決定するために必要な情報をコード化している。機械学習の進歩と、配列、構造、機能データの大規模な公開データベースの利用可能性により、研究者たちはこのコードを理解し、それを基に新しい機能タンパク質を構築できる。HayesたちはESM3を報告しているが、これは、利用者のプロンプトに応じてタンパク質の構造と配列をプログラムで生成できるタンパク質の言語モデルである。著者たちは、さまざまな様式の骨格材料とキーワード・プロンプト生成タスクにわたって汎用性を実証している。ESM3の機能的感度の例として、著者たちは、折り畳んでタンパク質由来の発色団を生成する能力を保持する、緑色蛍光タンパク質の大きく異なる多様体を作成した。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • プロンプト生成:AIに対して、効率的で効果的な指示(プロンプト)をするツールで生成されたもの。AIに与える指示が明確であればあるほど、AIが返す回答や生成するコンテンツの質も向上する。
Science p. 850, 10.1126/science.ads0018

メタクリレートを分解する (Breaking down methacrylates)

ほとんどの現在のプラスチック再生方法は、巨視的な機械的破砕、洗浄、再処理に依存している。その結果、再生される材料の特性は、新品ポリマーに比べて低下する。元のモノマーへの化学的分解は、より徹底した精製と、その後の理想的な性能回復のための再重合を可能にするであろう。Wangたちは、ジクロロベンゼン溶媒中で、紫色光の照射がプレキシガラス(商標名)などのポリメタクリレートを元のモノマーにきれいに分解できる、という驚くべき発見を報告している。この過程には、この溶媒から遊離した少量の塩素ラジカルによる、ポリメタクリレートの骨格からの水素引き抜きが関与していると思われる。(Sk,nk)

Science p. 874, 10.1126/science.adr1637

α-シヌクレインの内部移行を標的にする (Targeting α-synuclein internalization)

パーキンソン病(PD)患者での神経変性の主な原因の一つは、α-シヌクレインの神経細胞での細胞内蓄積である。Wuたちは、試験管内モデルと生体内モデルを用いて、神経細胞でのα-シヌクレインの取り込みを仲介する機構を研究した。最近同定されたPDリスク遺伝子FAM171A2の産物が、α-シヌクレイン線維に対する神経細胞受容体であり、細胞の飲食作用によるその内部移行を仲介することが見出された。コンピューターを用いたスクリーニングは承認薬剤ベムセンチニブを特定したが、この薬剤はFAM171A2への結合を妨たげることで試験管内と生体内でα-シヌクレインの内部移行を抑制することが出来る。これらの結果は、PDの病因に関する洞察を提供し、可能性のある治療標的を特定する。(Sh,KU,nk,kh)

【訳注】
  • α-シヌクレイン:中枢神経系、特にシナプスの前末端に多く存在し、シナプスの機能制御や神経可塑性に関わっているとされているタンパク質。
Science p. 892, 10.1126/science.adp3645

磁気による金属の管理 (Managing metals with magnetics)

レーザーを用いた金属積層造形は複雑なプロセスであり、キーホール不安定性と呼ばれる現象によって空隙が生じることがよくある。Fan たちは高速X線イメージングを用いて、この細孔形成プロセスが磁場によってどのように変化するかを理解しようとした。彼らは、熱電効果によって駆動される流れが、磁場の方向に応じてキーホール形成を改善または悪化させることを見出した。これらの観察結果は、細孔形成を調整する1つの方法を明らかにしており、これは合金の機械的特性を制御する上で重要なものである。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • キーホール:レーザー溶接において、深溶け込み型の手法で金属表面にくぼみが形成され、そのくぼみが深くなって空洞になっている状態を「キーホール」と呼ぶ。キーホールができるとレーザー光が内部まで届くため、より溶込みの深い溶接が可能になる。
Science p. 864, 10.1126/science.ado8554

揺らして壊せ (Shake and break)

氷流の流れ方は、氷床の質量減少を理解する上で重要な要素であるが, 解明が不完全であるため、海面と氷床サイズの変化を望みどおりに正確に予測することを困難にしている。Fichtnerたちは光ファイバー・ケーブルによる測定結果を使用し、グリーンランド氷床の脆性変形の観測結果を報告し、氷床内氷震カスケードによって引き起こされる非粘性流動機構を明らかにした。この効果は、現在の氷床モデルと観測結果を一致させるのに役立つはずである。(Uc,kh)

Science p. 858, 10.1126/science.adp8094

抗ウイルス性シグナル伝達の活性化 (Activating antiviral signaling)

アデノシン三リン酸 (ATP) は生命のあらゆる領域に不可欠であり、その中心的な役割がATPを抗ウイルス防御の理想的な標的としている。Liたちは、核酸の検出に応答してATPを枯渇させるIII型 CRISPR-Cas関連アデノシン脱アミノ酵素 (CAAD) と、Nudix加水分解酵素によって仲介される免疫戦略について記述している。著者たちは低温電子顕微法構造と生化学的分析を用いて、III型CRISPR-Casによって生成される環状オリゴアデニル酸二次メッセンジャーがCAADを活性化してATPを特異的に脱アミノ化することを見出した。これらの知見は、CRISPRCasが抗ウイルス防御としてATP枯渇戦略を調節する機構を明らかにしている。(KU,nk,kh)

Science p. 841, 10.1126/science.adr0393

マウスが応急処置を行う (Mice give first aid)

緊急事態において、人は他人に対して本能的な「応急処置」行動を示すことが多い。他の動物種が他者に対して向社会的行動を示すかどうかと、それをどのように示すのかは不明である。W. SunたちとF. Sunたちは、互いに独立した2つの研究で、マウスが、意識を失った同種に対して定型化された行動を示し、匂い嗅ぎと毛づくろいから、頭を舐め舌を引っ張ることへと行動を発展させ、その結果、意識不明からの回復を早めることを示した(SheeranとDonaldsonによる展望記事参照)。内側扁桃体の神経細胞と視床下部室傍核のオキシトシン発現性神経細胞の活性化がこれらの行動を引き起こすのに必要だった。この結果は、これまで認識されてこなかったマウスの向社会的行動のさまざまな面とその基盤をなす神経生物学的機構を明らかにするものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 向社会的行動:報酬を期待せずに他者の利益を意図して自発的になされる行動のこと。
  • オキシトシン:幅広い動物種で保存されているペプチドホルモンの1つ。脳の視床下部で作られ、不安やストレスを緩和したり、社会的行動に関与すると考えられている。
Science p. 843, 10.1126/science.adq2679, p. 842, 10.1126/science.adq2677; see also p. 827, 10.1126/science.adv3731

進化能力を選択する (Selecting evolvability)

進化する可能性は、自然選択によって進化する能力がより高い方向へと選択されうるのだろうか? Barnettたちは、細菌系統が2つの選択環境間を反復する実験を考案した(Kussellによる展望記事参照)。変化する状況に応答して、初めのうちは選択が単一の調節遺伝子での転写率が高まるよう作用するような多段階の進化動態が現れた。フレームシフト変異の増加が、第二の多分適応的である変異のヒッチハイクをも可能にする、同一遺伝子座で起きる。この現象は、特定の適応結果に向かう進化能力を向上させる進化機構を提供するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 調節遺伝子:調節タンパク質を発現し、調節タンパク質が他の遺伝子のプロモーター配列に結合することで他の遺伝子の発現を調節する遺伝子。
  • フレームシフト:挿入や欠失により、アミン酸をコードするDNA配列の読み取りが本来のものからずれ、適切なアミノ酸への変換がなされなくなること。
  • 適応変異:周りの環境に適応していく変異。
  • ヒッチハイク:適応性の低いあるいは非適応性の遺伝子が、その遺伝子と関連性を持つ適応性遺伝子が子孫に伝わることによって、淘汰されずに一緒に子孫に伝わること 。
Science p. 840, 10.1126/science.adr2756; see also p. 825, 10.1126/science.adv4087

免疫疾患の特徴を解釈する(Interpreting features of immune disease)

B細胞およびT細胞によって発現される免疫受容体のレパトアは、個人の感染症およびワクチン接種、ならびにその他の免疫関連疾患の歴史を概観させてくれる。Zaslavskyたちは、ヒトの血液試料由来のBおよびT細胞受容体(BCRおよびTCR)の可変配列を解釈するために、Mal-ID(machine learning for immunological diagnosis)というプログラムを開発した。訓練期間中、健康なヒトと病気のヒトの間のBCRおよびTCRの配列特徴の6つの代表的なものを比較して、共有性を学ばせ、それらの特徴を組み合わせて1つのモデルにして疾患状況を予測した。この取り組みによって、対照者、顕著な自己免疫疾患またはウイルス感染症をもつ個人、およびインフルエンザ・ワクチン接種を受けた個人を区別することができた。

【訳注】
  • レパトア(repertoire):リンパ球の表面にある抗原認識分子(T/B細胞受容体)の総体を指す。免疫レパトアとも呼ばれ、抗原特異性が高く、免疫記憶によって抗原を長期間にわたって記憶することができる。
Science p. 844, 10.1126/science.adp2407

すばらしい、冷却のための押し出し印刷 (A cool extrusion)

熱電冷却器は、可動部品がなく、蒸気圧縮に基づく冷却器よりも効率的になるかもしれないため、魅力的である。しかしながら、これらの材料の1つの課題は、熱電効率が低下しないようにそれらを製造することである。Xuたちは、焼結後の特性低下を回避する(材料)押し出し印刷用の、ビスマス・アンチモン・テルル化合物インクおよびセレン化銀インクを開発した(PerrenとYaremaによる展望記事参照)。インク中の結合剤の慎重な選択が、良好な性能係数を有し50℃の温度勾配(最大温度差)を生成できる印刷された熱電素子をもたらした。(Sk,kh)

【訳注】
  • 押し出し印刷:3D印刷の一種で、材料の線材をヘッドから押し出し、線材の先端を溶融・付着させて積層する。
Science p. 845, 10.1126/science.ads0426; see also p. 826, 10.1126/science.adv7126

ニッケルはエチレン・エポキシ化を促進する (Nickel boosts ethylene epoxidation)

微量のニッケルは、担持銀エチレン・エポキシ化触媒反応の選択性を、添加アルキル塩化物促進剤と同等のレベルまで増すことができる。Jalilたちによる理論的研究は、銀上のニッケル・ドーパントが分子状酸素を活性化できることを示し、表面科学実験は、ニッケルが、そうでなければ非選択的に反応する求核性酸素を安定化できることを示した。ppm濃度のニッケル添加が25%ほど選択性を高め、塩素の添加がニッケルの効果をさらに10%ほど高めることができた。(KU,kh)

Science p. 869, 10.1126/science.adt1213

硫黄が炭素をそっと面外に動かす (Sulfur eases carbon out of the plane)

炭素中心を操作する多くの化学反応は、一度に1つか2つの結合を変化させるだけである。最近、リンと窒素に挟まれた炭素を持つ反応剤が、その炭素原子だけを遊離して新たな4つの結合を作り出すことに長けていることが分かった。しかしながら、これらの反応は、生成物として直鎖の三重結合分子を作る傾向があった。Q. Sunたちは今回、リンを硫黄に変えると、上記炭素の移動反応性が変化して4つの単結合を持つ三次元的な生成物を作るようになったと報告している。連続するオレフィンとの反応は、 他の方法では得るのが困難な歪んださまざまなスピロ化合物を作り出した。(MY,kh)

【訳注】
  • スピロ化合物:ただ1つの原子(ここでは4つの単結合を持つ炭素)に結合した環を有する二環式有機化合物。
Science p. 885, 10.1126/science.ads5974