Science November 10 2023, Vol.382

不均等な影響 (Unequal impacts)

草食性は植物にとって主要な選択圧であり、植物は動物がその組織を食べるのを防ぐために、さまざまな物理的および化学的な適応を進化させてきた。しかしながら、同じ集団内の植物の間ですら、草食性からの圧力は大きく変わる可能性がある。Herbivory Variability Networkコンソーシアムは標準化された調査を用いて、5大陸、790ヵ所での集団内の草食性の変動を比較した。彼らは、緯度が下がるにつれて平均的な草食性が緩やかに増加し、それに伴って植物個々の間の変動が小さくなることを見出した。植物種が小型であるほど草食性の変動は大きくなり、系統学的な兆候も示した。これらの知見は、種による相互作用の変動が生態進化の結果にどのように影響するかを浮き彫りにしている。(KU,MY,kj,kh)

Science, adh8830, this issue p. 679

機械学習における信頼性の向上 (More confidence in machine learning)

過去10年間で、さまざまな科学現象に関連する予測を与える大規模な機械学習(machine learning ML)システムの開発が急速に進んできた。不運なことに、規範的な標準データから信頼区間とP値を計算するために用いられる標準的な統計的方法は、ML由来のデータに対しては統計的妥当性を失っている。Angelopoulosたちは、有効な信頼区間とP値を構築するための標準化された手順となる「予測強化推論」を導入した。これは、責任ある、また、信頼もできる科学的推論を保証しながら、MLシステムの能力と規模を予測因子として使用することを可能にする。この方法は、広範な実際のデータ・セットで実証されており、MLを使用して科学的結論を確実に導くための有望な統計的方法を提供している。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • 信頼区間:統計学で母集団の真の値(母平均等)が含まれることが、かなり確信(confident)できる数値範囲のこと。例えば ”95%信頼区間” と言う。
  • P値:帰無仮説(否定されることを前提にたてられた仮説)が正しいという条件の下で、今回得られた「統計量の実現値」以上に極端な「統計量」が観測される確率のことをp値(有意確率)と言う。
Science, adi6000, this issue p. 669

下層雲の被覆率に関するエアロゾルの影響 (Aerosols’ effect on low cloud coverage)

エアロゾルは、下層雲の輝度と被覆率を増やすことによって間接的に気候を冷却し、人為的温室効果による温暖化を部分的に相殺する。しかしながら、特に雲の被覆率について、その影響の大きさは不確実である。Yuanたちは、世界的な船舶追跡と遠隔測定データを用いて、船舶によって汚染された雲と近くの背景雲を対比させることにより、海洋下層雲の特性に対するエアロゾル誘発の変化を定量化した。その結果、下層雲の被覆率に関する強い実測エアロゾル効果を見出した。彼らは、エアロゾルに対する下層雲の被覆率の調整が、海上の下層雲の輝度での調整による(放射)強制力に対して、さらに52%から300%の(放射)強制力を付け加えると結論付けている。(Sk,kh)

【訳注】
  • (放射)強制力:二酸化炭素濃度やエアロゾル濃度の変化などが引き起こす地球規模の放射エネルギーの収支変化量。
Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh7716

多原子分子の利用 (Harnessing polyatomic Molecules)

低温分子は、電子の電気双極子モーメント(electron's electric dipole moment eEDM)の精密な測定を通して、物質-反物質非対称性のような物理学の基本的な問題の研究の実験基盤として大いに期待されている。研究者たちは、この目的のために二原子分子を用いてきた。多原子分子はさらに有利な性質を持つが、制御はより難しい。Andereggたちは、多原子分子である一水酸化カルシウムにおいて、個々の量子状態を可干渉的に制御できることを実証した。彼らの知見は、この系や関連する系におけるeEDMの測定を可能にし、それは精度の向上につながると期待されている。(Wt,kh)

【訳注】
  • 多原子分子:3個以上の原子からできている分子。
Science, adg8155, this issue p. 665

集積型モード・ロック・レーザー (Integrated mode-locked laser)

モード・ロック・レーザーは超高速科学における実現技術であり、可干渉光の極めて短いパルスと正確に間隔をあけた光の周波数コムを生成する基盤技術を提供している。これらのレーザーは、構成要素が光学実験台上に置かれているため、概してかさばる。Guoたちは、モード・ロック・レーザーを光学素子の大きさまで縮小した。彼らは、III-V族半導体利得媒質とニオブ酸リチウムの位相変調器を組み合わせて、良好な性能指標を有するモード・ロック・レーザーの動作を実証した。この結果は、精密測定と分光法のための、フォトニック素子を基にした周波数コムの開発に有望である。(Sk,kj)

【訳注】
  • モード・ロック・レーザー:共振器内に位相が一定で波長が僅かづつ異なる光が存在しており、各々の波長の山が揃った部分で干渉により光が大きく増幅されてパルス状に発生する仕組みのレーザー。
  • 周波数コム:スペクトルが離散的で等間隔に並んだ周波数線からなるレーザー光源。
  • 利得媒質:光のパワーを増幅することができる媒質であり、共振器のロスを補う。
Science, adj5438, this issue p. 708

ホモ・エレクトスの範囲拡大 (Range expansion of Homo erectus)

1981年に初期人類の幼児の下顎骨がエチオピア高地で発見された。それ以来、その類縁についての議論がなされてきているが、その重要性に対する我々の理解を限られている。Mussiたちは、放射光X線撮像を用いて、それがホモ・エレクトスだと同定した。この化石は2百万年前のもので、オルドワン文化の道具と初期アシュール文化の道具を伴っていて、ホモ・エレクトスが2つの文化の型の道具を用いていたことを確かなものにしている。この知見はまた、この初期人類種が高地環境を利用していたことを明らかにしており、これは初期人類の出アフリカ移動に関する洞察を提供するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • オルドワン文化:堅いハンマーを使って作られた剥片や、両面を打ち欠いて刃とした粗製石器を特徴とする最古級の石器文化。
  • 初期アシュール文化:大形の刃器や剥片石器を伴う文化。アフリカでは約170万~160万年前に出現し、130万年前頃には西アジアへ拡散した。
Science, add9115, this issue p. 713

多重尺度での小宇宙 (Microcosm at multiscale)

真の生物群集は、種間の複雑な相互作用ネットワークによって特徴付けられる。その相互作用が、もし種の部分集団と相互作用する特殊化された種が存在する場合、「入れ子型」として表現され、もし種がグループ内で相互作用するが、異なるグループ間では相互作用しない場合は「モジュール型」として表現される。混合パターンは「多重尺度」ネットワークとして知られている。Borinたちは、1種類の細菌と1種類のファージからなる単純な群集における急速な進化により、多重尺度の相互作用ネットワークが発展できるかどうか、そしてどのように発展できるかを調べた。著者たちは、受容体ノックアウト実験を用いて、宿主相互作用の範囲を再現することができた。このことは、実験室環境におけるファージと宿主の相互作用が複雑な生態学的パターンを形成するのに十分であり、ファージ療法の情報を与えるための貴重なモデル系となる可能性があることを意味している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • (生物)群集:同一地域に生息する多種類の生物のまとまり。
  • 特殊化された種:あるニッチに(過度に)適応した生物種。例えば、ほぼ完全にユーカリの葉で生活する単食性コアラが該当する。他の種との競争が減少するが、ニッチが激変すると絶滅の危機にさらされる。
Science, adi5536, this issue p. 674

分子モータはどのようにしてDNAループを作るのか? (DNAをHow do molecular motors loop DNA?)

染色体構造維持複合体(SMC)は、多くのゲノム過程にとって重要な三次元構造へとDNAを折り畳む分子モーターである。しかし、これらのモーターが動作する機構は不明である。展望記事でDekkerたちは、最近の実験結果を利用して、SMCによるDNAループの押し出し成型に対する新しいモデルを提供している。彼らの「手繰りと封止」モデルは、これまでの仮説の中心的な特徴を統合するだけでなく、作用しているDNA上の大きな障害をSMCがどのようにして通過できるのかを説明している。(MY,kh)

Science, adi8308, this issue p. 646

電力供給装置の制限を取り除く (Removing limits on powering devices)

不規則な心周期を検出して規則正しくすることができるペースメーカーのような、生体信号の感知や操作が可能な生体電子装置は、それらを利用している患者の健康と生活様式を劇的に改善できる。しかし、これらの装置は往々にして、搭載電池の貯蔵容量によって制限されたり、感染の原因となりうる電源コードとつながれたりする。Nairたちは、人体を通しておよび人体中で、安全にワイヤレス給電や電力収集ができる、電荷を生成、伝送、貯蔵する代替法の開発の進展について総説した。電力供給の制限を取り除くことに加えて、これらの進展はしばしば、1つの装置からの情報取得、場合によっては装置間での情報交換もまた可能にする。(MY,kh)

Science, abn4732, this issue p. 660

阻害剤のひらめきを得る (Inspiring inhibitors)

COVID-19の世界的大流行は、科学の実施と伝達の方法を再考することを多くのグループに促した。この研究は当初から無料公開されてきたが、Bobyたちは今回、COVIDムーンショット計画の結果を公式に報告している。この計画は、鍵となる抗ウイルス標的である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の主要プロテアーゼに対する阻害剤を見出し、合成して試験するための、完全に開かれた創薬運動である(ShoichetとCraikによる展望記事参照)。主要プロテアーゼ断片に基づく選別で得られたデータから出発して、さまざまな設計手法を用いた、自発的提供者から候補阻害剤の設計を募集した。経験のあるチームがコンピュータ手段を用いて、提案を評価し、合成経路を設計した。非共有結合的、非ペプチド模倣性の阻害剤が見出され、機能的および構造的に性状決定された。医薬品化学と業界の意見を繰り返して、有望な生物学的利用能、安全性および抗ウイルス活性をもつ先導化合物が得られた。(hE,kj,kh)

Science, abo7201, this issue p. 663; see also adk5868, p. 649

花の名のタンパク質で吸収する (Absorb it with flowers)

腸による食事性コレステロールの吸収は、心臓血管と代謝の健全性に重要な役割を果たす血中コレステロール濃度に大きな影響を与える。この過程はニューマン・ピックC1様タンパク質により開始されることがすでに知られているが、今回Ferrariたちは、腸からのコレステロール摂取に関与するその後の段階を突き止めた。特に著者たちは、腸細胞の外側から腸細胞の小胞体(ここでコレステロールがさらなる処理を受ける)にコレステロールが到達するのに、アスターB、アスターCと呼ばれるタンパク質が必要であることを特定した。この経路はアスター・タンパク質に対する小分子阻害剤により標的化可能であり、コレステロール摂取の低減に向けた薬理学的手法の可能性を示唆するものである。(MY)

【訳注】
  • ニューマン・ピックC1様タンパク質:小腸の上皮細胞の頂端膜に存在するコレステロール・トランスポーターで、コレステロールがリソソーム内に蓄積するNiemann-Pick病C型の原因遺伝子産物であるNPC1とアミノ酸レベルで約50%の相同性を有するタンパク質。
  • アスター:キク科シオン属の植物。日本ではエゾキクと呼ばれている。また、アスタータンパク質は小胞体に存在するコレステロール・トランスポーターで、原形質膜からのコレステロール除去機能を持つことが知られている。
Science, adf0966, this issue p. 664

強磁場への振動に基づく経路 (Vibrational route to large magnetic fields)

材料の光電子特性を操作・制御できる技術はさまざまな分野への応用をもたらす。しかし、電界や磁界を印可することで操作・制御することは俊敏ではなく実用的とは言い難い。Luoたちは、円偏光テラヘルツ放射超高速パルスが誘起するキラル・フォノンが、希土類三ハロゲン化フッ化セリウム内に1テスラ級の磁場を誘導することを示した(Kaindlによる展望記事参照)。スピン-フォノン結合に対するそのような制御は、基礎的な材料科学や省エネのスピントロニクス素子開発の両面で役立つであろう原子規模の即応型超高速強磁場への経路を提供する。(NK,kh)

Science, adi9601, this issue p. 698; see also adl3521, p. 642

家を失う (Losing a home)

原野の植生の近くに建てられた住宅は、原野と都市の境界から離れた住宅よりも火災の危険性が高く、住宅開発の拡大と気候の温暖化に伴い、問題が増大している。Radeloffたちは、1990年以降、米国で山火事の境界内にある家屋に対するリスクがどのように変化したかを調査し、原野と都市の境界内の家屋数と気候変動が、焼失する家屋数を支配する最も重要な要因であることを見出した(Boomhowerによる政策フォーラム参照)。山火事で焼失した住宅の数は過去30年間で倍増しており、そのほとんどは森林の近傍ではなく草原や低木地帯にあった。(Uc,kj)

Science, ade9223, this issue p. 702; see also adk7118, p. 638

細胞壁構造のモニタリング (Monitoring cell wall structure)

植物細胞は多糖類の細胞壁に囲まれており、細胞壁は細胞内圧に耐えているが、細胞が拡大するにつれて適応して再構築する。成長する花粉管では、タンパク質RALF4とLRX8が細胞壁の完全性を監視するために必要である。Moussuたちは、これらのタンパク質が細胞壁のゲル状成分であるペクチン多糖類と複合体を形成することを実証した(Mohnenによる展望記事参照)。細胞内環境へのシグナル伝達におけるRALF4とLRX8の役割に加えて、このタンパク質-多糖類複合体は細胞壁のパターン形成における構造上の役割も果たしている。この研究は、シグナル伝達タンパク質が細胞外構造の物理的状態の変化にどのように反応するかについての理解に貢献する。(KU)

Science, adi4720, this issue p. 719; see also adl1198, p. 648

雄性染色体の隠れた保護者 (Male chromosomes’ secret protector)

多くの種における精子DNAの超圧縮は、ゲノム全体でヒストンがプロタミンに置換されることと関連していることが多いが、クロマチン構成におけるこの根本的な変化の実際の働きはほとんど謎のままである。Dubruilleたちは、数十年前に分離されたショウジョウバエの変異体を調べたところ、ヒストンが精子中に大量に保持されていて受精能に影響がないことを見出した(Levineによる展望記事参照)。しかし、受精時には、雌性染色体の減数分裂の進行を制御する母性因子によって雄性染色体が異常に認識され、有害な早期分裂と雄性染色体の早期消失を引き起こした。この研究は、受精卵内の雄性染色体を保護する精子クロマチンの役割を強調するものである。(Sh,kh)

【訳注】
  • プロタミン:精子核内に含まれている低分子タンパク質で、DNAと強く結合し、またプロタミン同士も非常に強く結合するため、DNAを精子核内にコンパクトにまとめる役割を果たす。
Science, adh0037, this issue p. 725; see also adl0365, p. 643

硬いもので冷却する (Cooling the hard way)

受動的放射冷却材は大気窓を通して熱を外部空間に放出し、建物内の温度を下げる魅力的な方法を提供する。Zhaoたちは、受動的冷却ガラスを作り出し、Linたちは、受動的冷却セラミックを開発した。そのどちらも機械的に強く、規模拡大が比較的容易である(ZhaoとTangによる展望記事参照)。高分子材料に依存する方法とは異なり、これらの硬質材料は長期の風化に対してより堅牢なはずであり、そのため屋外用途に対してはるかに有用になるかもしれない。(Sk,kh)

Science, adi4725, adi2224, this issue p. 691, 684; see also adk9614, p. 644