Science November 3 2023, Vol.382

カイラル・エッジを探る (Probing a chiral edge)

電子の一次元系は、いわゆるラッティンジャー液体理論によって記述される特異な振舞いをする。一次元系を研究する1つの方法は、カイラル・エッジ・モードが存在する二次元分数量子ホール(fractional quantum Hall FQH)状態の境界に注目することである。このエッジ・モードはカイラル・ラッティンジャー液体を形成するので、電子をトンネル効果で注入することで調べることができる。そのために、Cohenたちは、グラフェンの中に、1/3充填のFQH状態と1充填の整数量子ホール状態との間に量子点接触と呼ばれる狭窄を形成した。量子点接触をまたぐコンダクタンスは、カイラル・ラッティンジャー液体に特徴的なスケーリング則を示した。(Wt,kh)

Science, adf9728, this issue p. 542

シロイヌナズナの核小体形成域 (Arabidopsis nucleolus organizer regions)

核小体形成域には、タンパク合成に必須の18S、25S~28S、5.8SリボソームRNA(rRNA)をコードするリボソームDNA(rDNA)反復配列が含まれている。Flultzたちは、ロングリードDNA配列決定法を用いて、シロイヌナズナの2つの核小体形成域であるNOR2とNOR4の詳細な構造を明らかにし、フロー選別された核小体でのそれらの発現とDNAのメチル化を研究した。著者たちは多くのrRNA遺伝子の亜型を発見し、多くの活性遺伝子は中央のNOR4にある一方で、NOR2は大部分が遺伝子サイレンシングされることを見出した。この研究は、核小体優勢について、それがNORが発生中に異なった発現をし、ある祖先から受け継いだNORがより活性になっているプロセスであると言う、分子的理解を提供する。rDNAの均一性と高発現との相関は、転写がrDNAの進化に関わっていることを示唆する。(Sh,kj)

【訳注】
  • 核小体:真核生物の細胞核の中に存在する分子密度の高い領域で、rRNAの転写やリボソームの構築が行われる場所。核小体形成域は、核小体の形成に重要な染色体の領域。
  • リボソーム:翻訳(mRNAの情報に基づくタンパク質合成)を担う細胞内小器官で、RNAとタンパク質からなる複合体。その構成RNAをリボソームRNA(rRNA)と言う。
  • ロングリードDNA配列決定法:従来の200塩基程度の配列を読むショートリードに対し、1万塩基以上のDNA配列を1続きに読んで配列を決める配列決定法。
  • 遺伝子サイレンシング:クロマチンへの後天的なDNAメチル化などの修飾により遺伝子を制御すること。
Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adj4509

高密度ガス流入がブラックホールに供給される (A dense gas inflow feeding a black hole)

ほとんどの銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在する。ガスがブラックホールに向かって落下すると、温度が上がって光を放射し、活動銀河核として観測される。しかし、広大な銀河からブラックホールのまわりの内部領域にガスがどのように運ばれるのかはわかっていない。Izumiたちは、近傍の活動銀河核であるコンパス座銀河の中心における、いくつかのトレーサーガスのサブミリ波観測を結びつけた。分子のガス、原子からなるガス、イオン化したガスの運動を比較することで、著者たちは、中心1パーセク領域に高密度の分子ガス流入が存在し、ブラックホールに供給していると判定できた。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • パーセク:天文学における長さの単位。1パーセク=3.26光年
Science, adf0569, this issue p. 554

迅速な熱開閉素子 (A quick thermal switch)

迅速に動作し、何度も繰り返して使用できる素子を作製するのが困難なため、熱輸送を制御することは大変である。Liたちは、熱流が電場によって調節される3端子熱開閉素子を開発した。この素子は、化学結合と電荷分布を慎重に制御することによって機能する。結果として得られる開閉速度は1メガヘルツ以上であり、開閉による熱伝導率の比は1300%を超え、1,000万回以上開閉することが可能である。(Sk,nk,kh)

Science, abo4297, this issue p. 585

無防備さの核心へ (Into the heart of defenselessness)

2022年3月に、ヒト・エムポックス(Mpox)の世界的流行が検出され、この流行はそれが単なる動物由来感染症ではないことを示した。報告された約88,000の症例の特徴は、エムポックスウイルスにおけるTC→TTおよびGA→AAの変異であり、これはポックス・ウイルスとしては驚くほど高い進化速度で獲得されたものである。これらの型の変異はAPOBEC3と呼ばれる宿主抗ウイルス酵素による活性のあらわれであると認識して、O’Tooleたちは、この変異が、繰り返された動物由来の感染というよりもむしろヒトからヒトへの伝播を反映するものかどうかについて研究した。ベイズ法進化解析は、エムポックスウイルスが最近ヒト中で、変異数の増加を反映するいくつかの系統へと多様化したことを明らかにした。これは、新しい症例の出所が動物由来感染症ではなく、APOBECへの暴露とヒトからヒトへの持続伝播であることを示している。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • エムポックス:オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルス(Mpox virus)による急性発疹性疾患であり、以前はサル痘と呼ばれていた。これが属するポックス・ウイルスのゲノムは2本鎖DNAであるため、変異速度は速くないことが予想された。
  • APOBEC3:APOBEC3ファミリータンパク質はシチジン脱アミノ化酵素であり、細胞においてレトロウイルスの増殖を抑制する宿主防御タンパク質である。
Science, adg8116, this issue p. 595

生殖腺発生のスイッチを入れる (Flipping a switch in gonadal development)

哺乳類においては、卵巣や精巣の発生は特定の支持細胞の存在に依存している。すなわち精巣に対するセルトリ細胞であり、卵巣に対する前顆粒膜細胞である。Y染色体上に位置する遺伝子Sryは、精巣発生を促進する上で重要な役割を果たしているが、卵巣発生の駆動因子は分からないままだった。Gregoireたちは、マウスの卵巣発生おいてWT1腫瘍抑制タンパク質の役割を明らかにした。WT1には、分子中の特別な部位に3つのアミノ酸を含むか含まないかで決まる2つの主要なイソ型がある。2つのイソ型の間の比の変化がSRYの発現を抑制し、精巣発生ではなく卵巣発生への移行をもたらす。(MY,kh)

Science, add8831, this issue p. 600

MOFの酸素添加酵素模倣 (MOF mimic of an oxygenase)

酸化還元活性を持つ金属タンパク質は、酸素に結合してその反応性の制御を巧みに行うものが多い。Houたちは、金属有機構造体(MOF)が酸素分子を同じように活性化して脂肪族基質を水酸化できることを示した。著者たちは一連の分光学的手法を用いて、この機構がいくつかの二酸素添加酵素で見られるものと同じように、高スピン鉄(IV)-オキソ種を介して進行することを実証した。この系はシクロヘキサンの酸素添加を触媒することができ、酸素分子を活性化して炭化水素を酸化することに対する今後の触媒開発を刺激するはずである。(MY,kh)

【訳注】
  • 高スピン鉄(IV)-オキソ種:Fe(IV)に酸素原子が配位した構造を有する化学種。
Science, add7417, this issue p. 547

性、発達、遺伝子発現 (Sex, development, and gene expression)

遺伝子量補償の差、ホルモン濃度の差、および他の因子の差のために、いくつかの遺伝子の発現は、有性生殖生物の間で性間差があることが知られている。Rodríguez-Montesたちは、ニワトリ、マウス、ラット、ウサギ、オポッサム、およびヒトに対し、発達段階を通じて諸器官にわたる遺伝子発現を調べて、成体期に見られる相違がいつ生じるのかを特定した(Sémonによる展望記事参照)。性染色体上に見出される遺伝子あるいは性ステロイド経路に関与する遺伝子(の発現)は、少なくとも1つの状況においては性で偏っていることが多いが、器官、発達段階あるいは種にわたって常に変わらず性による偏りがある遺伝子はほとんどない。これらの結果は、性により偏っている遺伝子発現が発達期にわたって急速に転換するのではないかと言う洞察を提供する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子量補償:性染色体上にコードされている遺伝子の発現量が雄と雌の間で同じになるように調節されること。
Science, adf1046, this issue p. 533; see also adk9990, p. 515

ホルムアルデヒドのフィードバック (Formaldehyde feedback)

高濃度の外因性ホルムアルデヒドへの曝露は有毒であるが、生物はまた、かなりの量を内因的に生成するため、細胞はホルムアルデヒド・ストレスを感知して応答する機構を備えている必要がある。Phamたちは、マウス肝細胞の活性に基づくプロファイリングを用いて、ホルムアルデヒドと反応し、過負荷の感知に関与している可能性があるプロテオーム内の潜在的な特権部位を同定した。著者たちは、S-アデノシルメチオニン(SAM)合成酵素(MAT1A)のイソ型の内に1つのシステインを特定したが、このシステインはホルムアルデヒドへの曝露によって優先的に修飾され、阻害される。慢性的ホルムアルデヒド・ストレスのマウス・モデルにおける下流の影響は、SAM濃度の減少と特定のヒストン・メチル化部位の乱れであり、これが次に、転写とMAT1Aのタンパク質濃度の増加をもたらした。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • プロテオーム:ある生物学的な系において存在しているタンパク質の総体。
  • イソ型:基本的な機能に関連するアミノ酸残基は共通しているが、他の部分のアミノ酸配列は異なるタンパク質。
  • S-アデノシルメチオニン:アデノシンとメチオニンとから生体内で合成される生体内物質で、ヒストン・メチル化、DNAメチル化でのメチル基供与体として作用する。
Science, abp9201, this issue p. 532

ウシガエルの心臓へイオン信号を送る (Sending ionic signals to bullfrog hearts)

多様な生体イオン信号の認識と制御は、水相系の生物学的媒体中での生理学的過程の調節を可能にするだろうが、いまだイオントロニクス分野における主課題の1つである。最先端のエレクトロニクスとイオントロニクスは、信号用の電荷担体がいまだ電子や単一種イオンに限られている。Chenたちは、ウシガエルの心臓の電気的活動を調節することによって実証されているとおり、生体適合性のある電子-イオンの信号処理と伝達が可能なヘテロゲート型二相性ゲルによるイオントロニクス素子について報告している。この手法は、非生物-生物系における生体適合性の信号処理と伝達に向けた有望な一歩であり、エレクトロニクス、イオニクス、化学、生物学、医学の境界領域で学際的な研究を刺激する可能性がある。(MY)

【訳注】
  • イオントロニクス:イオンと電子の2種類の電荷を利用して、電気的な物性や機能を制御しようとする工学分野のこと。
  • ヘテロゲート:ここでは低イオン伝導性の相(LC相)中にイオン濃度の高いミクロ相(IE相)が分散された2相間でのイオン伝導のことを言っている。
Science, adg0059, this issue p. 559

占有による伝導性の制御 (Conductivity control through occupancy)

リチウム金属ハロゲン化物は超イオン伝導体として動作し、高い動作電圧で安定性を示すため、全固体電池に適した候補になっている。この挙動に対してはいくつかの機構が示唆されてきたが、それぞれの機構とその全体的な重要性の詳細な分析は不足していた。Yuたちは、一般式Li3MCl6を持つ六方最密充填の積層三方晶ハロゲン化物族を研究した。ここで、Mはイットリウムのような金属イオンである(Van der Venによる展望記事参照)。著者たちは、計算法の組み合わせを用いて、浸透網の存在と適切な層間距離の維持という2つの重要な構造特性を開発する上で、この金属が部分占有することの重要性を観察した。(Sk)

【訳注】
  • 超イオン伝導体:イオン結合性の高い化合物のうち、その化合物の融点より十分低い温度領域で高いイオン伝導度を持つもの。
Science, adg6591, this issue p. 573; see also adk8617, p. 513

仮想現実における心的時間旅行 (Mental time travel in virtual reality)

海馬は、回想や想像中に心的に辿ることができる環境のモデルを保持している。動物が自らの世界モデルに従って海馬の活性を意図的に制御できるかどうかは不明である。Laiたちは、仮想現実と実時間ブレイン-マシン・インターフェイスを組み合わせることで、ラットが目標指向的な方法で海馬のニューロン発火を直接制御していることを発見した(CoulterとKemereによる展望記事参照)。ラットは最初に仮想環境の海馬地図を形成した。次に、ブレイン-マシン・インターフェイス・モードで、ラットは特定の遠隔位置に対応するこの地図からの表現を活性化する能力を実証し、その後、自らをまたは対象を空間目標に導いた。ラットは、海馬での遠隔地の表現を数十秒間持続することができたが、これは人間の想像力や心的時間旅行を連想させる。(KU,kh)

【訳注】
  • 心的時間旅行:心の中で過去の出来事を振り返り、未来を想像したりすること。
  • ブレイン・マシン・インターフェース(Brain-machine Interface):脳波等の検出・あるいは逆に脳への刺激などといった手法により、脳とコンピュータなどとのインタフェースをとる機器等の総称。
Science, adh5206, this issue p. 566; see also adl0806, p. 517

草食が復元の成功を制約する (Herbivory constrains restoration success)

植林あるいは自然発生の促進によって荒廃した地域に植生を復元することは、自然保護と自然に基づいた気候変動解決策の重要な方法である。しかしながら、復元の努力は必ずしも成功するとは限らず、元の状態に戻るまでに長い時間がかかることがある。Xuたちは、世界規模のメタ分析を実行し、草食が陸生系と水生系の両方で復元の成功にどのような影響を与えるかを確認した(Villarによる展望記事参照)。彼らは、草食が復元現場の植物の豊富さと多様性に悪影響を及ぼし、さらには何もしていない生態系におけるよりも悪影響を及ぼしており、この影響は積極的に植えられた植生のある現場で最も強いことを見出した。彼らの調査結果は、草食動物を排除するか捕食動物を新規導入することが、多くの場所での復元努力に役立つかもしれないことを示唆している。(Sk,kh)

Science, add2814, this issue p. 589; see also adl0578, p. 516

南方の水 (Southern water)

ここしばらくの過去の期間、気候変動は陸水の利用可能性にどのような影響を及ぼしてきただろうか? Zhangたちは過去20年間にわたる世界の陸水の利用可能量を計算し、地球全体では減少しており、それは主に南半球での負傾向が主因であり、北半球では正と負の地域的傾向が混在して意味があるほどの変化を与えていないことを見出した(BlöschlとChaffeによる展望記事参照)。エルニーニョは、南半球における水の利用可能性に影響を与える最も重要な気候モードである。(Uc,nk,kh)

Science, adh0716, this issue p. 579; see also adk8164, p. 512

クローン排除が寛容性への鍵である (Clonal eviction is key to tolerance)

胸腺細胞はその発生中に、潜在的に自己反応性T細胞受容体(TCR)を有すると、胸腺上皮細胞によって提示される自己リガンドと高い親和性で結合し、ネガティブ選択と呼ばれるプロセスで除去される。TCRシグナル伝達は胸腺におけるCD4 T細胞の選択の間は維持されるが、これはCD8 T細胞には当てはまらないため、自己反応性CD8 T細胞は異なる方法で管理する必要がある。Badrたちは、マウスにおいて、強力なTCRシグナル伝達が転写抑制因子Gfi1を下方制御して、S1P1の発現を誘発すると、未成熟な自己反応性CD8胸腺細胞が胸腺から早期に排除されることを報告している。胸腺細胞は、その後、末梢に移動し、そこで成熟した自己寛容性クローンに成長する。(KU,kh)

【訳注】
  • 自己リガンド:免疫系において自己・非自己を認識する中心的な役割をもつリガンド。
  • S1P1:スフィンゴシン1-リン酸受容体1。自己と非自己認識を担う重要な化合物の1つ。
Science, adh4124, this issue p. 534