Science October 27 2023, Vol.382

超伝導体でスピン波を制御する (Controlling spin-waves with a superconductor)

チップ上でスピンと電荷輸送を制御する手法は、情報技術に革命をもたらしてきた。スピントロニクス分野に関して、スピン波として知られている磁性材料の集団的スピン励起は、その波としての性質故に新しい機能性をもたらす有望な技術基盤として浮上してきた。しかし、スピン波の制御は大きな課題が残っていた。Borstらは超伝導体の反磁性を用いて、磁性薄膜におけるスピン波輸送を制御する磁性環境を形成できることを示している。磁気イメージングは、反磁性が、大きく変化し温度調整可能な波長のスピン波をもたらすことを示した。超伝導性ゲートの反磁性応答を用いるスピン波輸送の制御は、素子の応用を開発するために重要となるだろう。(NK,KU,kh,nk)

Science, adj7576, this issue p. 430

カスパリー線の開始 (Initiating the Casparian strip)

植物の根には、栄養バランスを制御するカスパリー線と呼ばれるリグニン系の拡散障壁が含まれている。Gaoたちは、形成性操作タンパク質のファミリーがカスパリー線におけるリグニン合成を制御することを見出した。著者たちは、2段階工程の合成を立証し、ここでは、形成性操作タンパク質がパッチ状の細胞膜中でリグニンの生合成を開始する。その後、パッチ間の隙間が以前報告されているSchengen経路によって充たされる。この研究により、植物の細胞外空間における複雑な多糖類の形成にも理解が及ぶことになる。(hE,kh)

【訳注】
  • カスパリー線(Casparian strip): 根の内側の内皮細胞の周囲に形成される疎水性の拡散障壁(防水バリア)で,細胞同士の隙間を完全に埋めることによって,栄養分の輸送に関わる道管と外界との間における分子の自由な行き来を防ぐ働きをする。木材の主成分であるリグニンが蓄積した構造体をもつ。
  • 形成性操作タンパク質(dirigent protein):他酵素によって合成される化合物の立体化学を決定づけるタンパク質。
Science, adi5032, this issue p. 464

電子誘起による格子軟化 (Electron-induced lattice softening)

固体材料では、結晶格子の変化はしばしば電子系の変化を伴う。しかし、格子と電子のどちらが転移の主因であるかを確認するのは難しい場合がある。Noadたちは、極めて清浄な材料であるSr2RuO4が電子(Lifshitz)転移を起こしたときのヤング率を測定した。研究者は、転移時にヤング率が大きく低下することを見出した。彼らは、伝導電子が非線形な弾性応答を駆動していることを示唆している。(Wt,kh)

Science, adf3348, this issue p. 447

金属の変更が活性を広げる (Metal switch expands activity)

DNAポリメラーゼは、ほとんどの酵素と同様に、そのもともとの基質であるデオキシリボヌクレオチドに対して特異的なので、活性部位の適合するのに厄介が起き得る化学的性質を慎重に調節してきた。Lelyveldたちは、3'位がアミノ基である糖(デオキシリボース)を受容し、本来のリン酸ジエステル結合ではなくホスホロアミダート結合の形成を触媒するDNAポリメラーゼ改変体の時間分解X線結晶構造解析を行った。彼らは、もともとの天然酵素内で触媒作用を担う2つの金属イオンが分断され、この改変酵素では単一の2価金属イオンだけが触媒作用に関与していることを見出した。著者たちはこの知見を用いて、それに代替補因子として3価希土類金属イオンを提案した。スカンジウム(III)の付加が、最も性能の高いホスホロアミダート結合?DNAポリメラーゼ改変体をもたらした。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • 3'位:DNAの構成要素であるデオキシリボース(五員環の糖)では、五員環の酸素の右となりの炭素を1’とし、ここから時計回りに2’、3’、4’と五員環の骨格の炭素に番号を振り、4’から伸びた炭素を5’とする。
  • ホスホロアミダート:リン酸や有機リン酸の-OR基を1つ、-NR2に置換したリン化合物の総称
Science, adh5339, this issue p. 423

ヒト腸管分泌細胞の運命を解読する (Decoding human gut endocrine cell fate)

腸管分泌細胞 (EEC) は消化管の上皮に存在し、代謝に関与する多様なホルモンを産生する。異なるEEC系統の生成は、転写因子の専用ネットワークによって制御される。しかしながら、成体幹細胞からのEEC特異化の効率が低い状況で、この調節ネットワークの構成要素を解明することは困難であった。Linたちは、最適化されたヒト小腸のオルガノイド培養系を用いて、EECの分化を調節する転写因子に対する偏りのない、系統的なスクリーニングを行った。このスクリーニングは、ZNF800を内分泌転写因子ネットワークの制御における主たる抑制的役割をはたす重要な因子として関係づけた。この研究は、CRISPRに基づく機能的スクリーニングに対する最適化されたヒト・オルガノイドの利用を示しており、ヒトの腸生理学および病態生理学における追加の調節因子の同定への道を開く。(KU,kh)

Science, adi2246, this issue p. 451

一段階遺伝子編集に向けて (Toward one-step gene editing)

設計可能なDNA標的化は、主としてCRISPR-Cas系の進展の結果として、過去10年の間に急速に進歩してきた。この系は標的配列の正確な切断を可能にする。しかし、この手法では、切断後の遺伝子編集段階が細胞のDNA修復経路に依存しており、その結果、不均一性がもたらされ、それにより安全性への懸念が顕在化する。TangとSternbergは展望記事で、CRISPR-Cas手法に代わるより安全な手法として、レトロエレメント系の遺伝子編集を提案している。レトロエレメントは、宿主細胞のRNAポリメラーゼを使って自身の複製を作り出す内在性のDNA構成部分であるが、その複製体は次に逆転写により相補的DNAへと変えられ、他の箇所でゲノムに組み込まれる。最近の研究は、この過程の根底にある機構に関する情報を提供してきており、将来それらが設計可能なDNA標的化グに利用できるという希望を与えている。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • 相補的DNA:mRNAからレトロウイルス由来のDNAポリメラーゼである逆転写酵素を用いて合成されたDNAのこと。この1本鎖DNAに相補的な2本目のDNAがDNAポリメラーゼによって合成され、生じた2本鎖の相補的DNAがゲノムに挿入される。
Science, adi3183, this issue p. 370

もう一つの、更年期を有する霊長類(Another menopausal primate)

閉経は、全ての既知のヒト社会で発生している。しかしながら、これはすべての哺乳類に共通するものではなく、これまでのところ人間と少数のハクジラ種でのみ観察されていた。Woodたちは、長年の研究対象であったウガンダのチンパンジー集団における、個体数統計と内分泌のデータを調査し、50歳を超えた雌に閉経があるという明確な証拠を見出した(Cantによる展望記事参照)。しかしながら、ヒトとハクジラの場合と異なり、この集団における生殖期を過ぎた後のチンパンジーは血縁関係にある子孫の育成には関与しておらず、このことは別のプロセスが閉経の発生を駆動していることを示唆している。(Uc,KU,kh,kj)

Science, add5473, this issue p. 416; see also adk7119, p. 368

非ヒト霊長類の概念細胞 (Concept cells in nonhuman primates)

単一のニューロンが、嗅覚、視覚、聴覚などのさまざまな感覚モダリティ中にある社会的信号から同種であると言うアイデンティティをコード化していることを示す動物研究は数多くある。しかしながら、ヒト以外の動物において、これらのユニモーダル(単峰型)信号が個体のアイデンティティの結合したクロス・モーダル表現に統合されているという実証はない。Tyreeたちは、マーモセットにおいて同種からの絵と音声を提示された単一ニューロンの記録を行った(Wirthによる展望記事参照)。ニューロンの部分集団は個々の動物の顔と声の両方に選択的に応答した。これはヒトの内側側頭葉の概念ニューロンとよく似ている。このことはさらに、動物のアイデンティティは、家族の一員であるなどの社会的関係の側面とともに、ニューロン集団の活性から首尾よく解読できるかもしれない。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • クロス・モーダル:視覚と触覚、聴覚と嗅覚、味覚と嗅覚など人間の感覚に五感が相互に作用し合う現象のこと
  • マーモセット:霊長目マーモセット科のサルで人間に近い実験動物として使われる
Science, adf0460, this issue p. 417; see also adk8413, p. 372

周波数コムを安定化する (Stabilizing frequency combs)

安定した制御可能な光周波数コムの生成は、計測学や精密分光法の用途に重要な意味を持っている。Heckelmannたちは、合成周波数空間における量子ウォーク・レーザーを提案し、実証している(Corrielliによる展望記事参照)。この技術は、高速利得媒質と組み合わさって、周波数空間内での可干渉ウォークに基づいた周波数コム・レーザーの開発を可能にする。この手法は、光波長にも適用可能であり、高精度検知および通信用途向けに広範な波長にわたって安定した広帯域の周波数コムを生成するための、柔軟な道筋を提供する。(Sk)

【訳注】
  • 周波数コム:スペクトルが離散的で等間隔に並んだ周波数線からなるレーザー光源。
  • 量子ウォーク:ランダム・ウォーク(酔歩)の量子版であり、確率が1/0でなく波の性質を持つため、干渉効果によりこれまでとは全く異なる様相を示す。
  • 利得媒質:光のパワーを増幅することができる媒質であり、共振器のロスを補う。
Science, adj3858, this issue p. 434; see also adl0611, p. 374

行き来する特定のアルコールを濃縮する (Enriching alcohols coming and going)

不斉触媒作用は一般に、反応のある1つの段階を偏らせて2つの可能な鏡像生成物の1つを優先することに依存している。この方法は、配位子の最適化を非常に重視する。Wenたちはアルコールの光駆動脱ラセミ化反応を報告しているが、この反応は、単一のキラルなチタン触媒が光開始結合切断段階とその後の結合再形成段階の両方で立体化学を区別する(KimとSarpongによる展望記事参照)。どちらの段階も単独では特別に強い選択性はないが、累積的な組み合わせが、さまざまな基質にわたって90:10~99:1の範囲の鏡像異性体比をもたらした。(KU,nk,kh,kj)

Science, adj0040, this issue p. 458; see also adk7116, p. 373

変わった転移の動態 (The dynamics of an unusual transition)

2次元多体系を低温に冷却すると、超流動相へのいわゆるベレジンスキー・コステリッツ・サウレス(BKT)転移を引き起こす。BKT転移は3次元でのより通常型の転移とは異なっており、しかも平衡系については広く研究されてきたが、その動的解釈は比較的未開拓である。Sunamiたちは、BKT転移を通過する凍結の後の、ルビジウム原子からなる2次元ボース気体の動態を研究した。凍結を引き起こすために、研究者たちは超流動ガスを半分に分割し、各半分を常伝導相に転移させた。物質波干渉法は、理論に従った普遍的なスケーリング則を明らかにした。(Sk,nk,kh,kj)

Science, abq6753, this issue p. 443