Science November 17 2023, Vol.382

二量体エステルを形成する (Forming dimer esters)

二次有機エアロゾル(SOA)の物理的・化学的な性質は含まれる化学種に依存するが、それらの化学種がどんなものでどのように形成されたのかは曖昧な点が少なくない。Kensethたちは、SOAの地球全体の主源であるα-ピネンとβ-ピネンのオゾン分解から形成される数種の二量体エステルの構造を報告している。彼らが記述する化学的な内容は、大気SOAに含まれる二量体化合物が作られる一般的な経路を表していそうである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ピネン:モノテルペンの1種で、化学式がC10H16で表される有機化合物。αとβで二重結合位置が異なる。
  • 二次有機エアロゾル:一次有機エアロゾルは生物圏から直接放出されたエアロゾルであるが、二次有機エアロゾルは大気中に放出された揮発性有機化合物から光化学反応による酸化過程を経て生成したエアロゾル。
  • オゾン分解:オゾンによって有機化合物の炭素-炭素二重結合が酸化切断される反応のこと。
Science, adi0857, this issue p. 787

ミトコンドリアのグルタチオン・レベルを調整する (Tuning mitochondrial glutathione levels)

グルタチオン(GSH)は抗酸化剤、鉄恒常性およびその他の細胞機能として重要な役割をもつ。グルタチオンは輸送タンパク質SLC25A39によってミトコンドリアへ運ばれ、そしてSLC25A39の存在量は、ミトコンドリア中のGSH濃度が低い場合は増加して、フィードバック調節を提供してGSH濃度を維持する。Liuたちは、SLC25A39の存在量が、SLC25A39とプロテアーゼであるAFG3L2との会合によって制御されていることを報告している。ミトコンドリアのGSH濃度が低いときには、鉄–硫黄クラスターがSLC25A39と競合して結合するので、AFG3L2のSLC25A39との結合(したがってSLC25A39の分解)が防がれることを彼らは提案している。このような機構がミトコンドリア中の鉄恒常性を調整し、GSH濃度を維持するのに役立っているのかもしれない。(hE,nk,kh)

Science, adf4154, this issue p. 820

金とアンチモンが1つの球を作る (Gold and antimony have a ball)

C60フラーレン分子は、サッカー・ボールに似た対称性の高い構造のため広く注目を集めてきた。Xuたちは今回、幾何学的に類似していて、5回対称を持つ金属クラスターについて報告している。この化合物は表面が12個の金原子と20個のアンチモン原子からなり、これらの原子は合計6つの非局在的な負電荷を共有し、またその中心にある1個の正電荷カリウム・カチオンをとり囲んでいる。この分子は、エチレンジアミン溶液中でのK8SnSb4と金(I)ホスフィン錯体との反応により調製され、結晶学的に、外部クリプタンドで隔離されたカリウム・イオンとの塩として特徴づけられた。(MY)

【訳注】
  • 5回対称:軸の周りに72°回転させると重なる対称性のこと。正五角形が該当する。
  • クリプタンド:2つ以上の環からなるかご状の多座配位子の総称。
Science, adj6491, this issue p. 840

安価なニッケルを用いたカルボニル化 (Carbonylation for a nickel)

メタノールから酢酸への変換および関連するエステルのカルボニル化反応は、現代の工業化学の土台である。現在の製法は、一酸化炭素挿入化学反応に対して貴金属であるロジウムまたはイリジウムの触媒に依存している。Yooたちは今回、地球上に豊富に存在するニッケルを触媒として用いる、有望な実験室規模での結果を報告している。反応条件下でのニッケルの堅牢性の鍵は、従来のホスフィンの代わりにN-複素環カルベン配位子との錯体形成である。(KU,kj)

Science, ade3179, this issue p. 815

温度変化を弱める (Dampening temperature change)

人為的気候変動により地球が蓄積した余剰熱の約90%が海洋に吸収されてきたが、そのことが大気温度の上昇を緩和している。その熱の多くは、大規模な海洋循環様式によって海面から深海に伝達されてきた。この機構は、人類が地球を温め始める前から同様に活発だったのだろうか? Luたちは、大西洋子午面海洋循環が少なくとも過去1200年間にわたって熱を表面から深海に急速に伝達することにより大気と海洋上層部の温度変化を弱めてきたことを、亜北極北大西洋の堆積物の観測結果が示していると報告している。(Sk,nk,kh)

Science, adf1646, this issue p. 834

AIを用いた一般化されたゲーム対戦 (Generalized game playing with AI)

チェス、囲碁、テキサス・ホールデム・ポーカーなどのオンライン・ゲームは、長い間、人工知能(AI)ソフトウェアの実験場として使われてきたが、AIの方策は通常、一度に1つのゲームに対してのみ動作する。Schmidたちは、複数のゲームの遊び方を統合した「Student of Games」と呼ぶ新しい汎用AIプログラムを開発した。このプログラムは、チェス、囲碁、テキサス・ホールデム・ポーカー、スコットランド・ヤードと呼ばれるゲームなど、完全情報ゲームと不完全情報ゲームの両方で好成績を収めた。この進歩は、任意の環境でもし最小限のドメイン知識があれば学習する、真に一般的なアルゴリズムへの重要な一歩である。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • ドメイン知識:はっきり限定された、ある専門分野に特化した分野の知識。
Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adg3256

不働態化に倍賭けする (Doubling down on passivation)

逆ペロブスカイト太陽電池は正孔輸送層での損失を最小限に抑えるが、最上部の電子輸送層では再結合誘起損失が発生する。Liuたちは、2つの異なる不働態化(表面不活性化)分子を使用してこの問題に取り組んだ。硫黄で修飾されたメチルチオ分子は化学的不動態化をもたらし、ジアンモニウム分子は少数電荷キャリアをはじいて、接触誘起再結合を減少させた。これらの素子は認証された準定常状態の電力変換効率25.1%の電力変換効率を有しており、大気中において、65°Cのもと2000時間以上安定して動作した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, adk1633, this issue p. 810

より高い対称性を探す (Looking for higher symmetry)

創発対称性(emergent symmetry)の概念は、初期の高温状態に比べより多くの対称状態が低温で発現する系に適用される。この発現を実験で実証することは極めて挑戦的な課題である。Chudzinskiたちは、実験的痕跡を求めて一次元材料Li0.9Mo6O17について調べた。この材料はモット転移の近傍に位置するとともに超伝導性も有している。研究者たちは驚くべき等方性磁気抵抗を観測した。これは当該系がモット絶縁体あるいは超伝導体であるというよりも、より高い対称性の創発対称性を有する状態になったことを示すものである。(NK)

Science, abp8948, this issue p. 792

腸内細菌叢を餓えさせる (Starving the gut microbiota)

腸内の共生細菌は宿主に多くの利益、具体的には、栄養素の抽出や病原体に対する抵抗をもたらす。実際のところ、特定の菌種は健康の状態にも関連しており、潜在的な善玉菌として調べられている。共生細菌が善玉菌として投与されたときに生き残り、および/あるいは、食事の医療的介入によって繁殖が促されるのを確実なものにするには、何が消化管での生存を助けるのかを理解することが重要である。Groismanたちは展望記事の中で、短期的な栄養飢餓が共生細菌の適応度に及ぼす重要性を論じている。それは絶食のような食事の医療介入の潜在的な健康上の利益に影響を及ぼす。これらの細菌が栄養欠乏に耐えられるようにする適応は、プロバイオティクス工学と、腸内の有益な細菌の量を増やすための食事の医療的介入に役立つ情報を提供する可能性がある。(ST,kh)

Science, adh9165, this issue p. 766

標的の選び方 (How to choose a target)

V-K型CRISPR-関連転移酵素(CAST)は、高効率かつ容易にプログラム可能で、ゲノム中への大きな遺伝子ペイロードの挿入を触媒する。しかしながら、これらの多成分酵素の正確さは現時点では限界があり、この欠点の根本的原因は不明なままであった。Georgeたちは今回、V-K型CASTが主にAAA+ATPase TnsCによって引き起こされる、ガイドRNA非依存の組込み経路を保持していることを示している(DhingraとSashitalによる展望記事参照)。標的外部位での転移(組込み)はA/Tに富む部位で優先的に起こるが、さらに状況により、転移酵素TnsBによって(標的部位の)配列モチーフが認識される。著者たちは、生化学的及び遺伝学的実験から得られた機構的洞察を用いて、細胞内でのTnsCの利用可能性を調整し、全体的な(標的部位での)組込み特異性を大幅に向上させた。これは、この技術の精密ゲノム工学への応用を可能にするものである。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子ペイロード:目標タンパク質の発現を目的に外部からゲノムに組込まれるよう設計された遺伝子のこと。
Science, adf8543, this issue p. 784; see also adl0863, p. 768

細胞はいかに自らのアイデンティティを記憶するか? (How cells remember their identities)

私たちの細胞は、後成的標識として知られるゲノムに沿って配置された化学修飾を用いて、神経、筋肉、血液などの細胞の差異のあるアイデンティティを記憶している。しかしながら、個々の標識は常に失われ、書き換えられるため、後成的記憶がどのようにして安定するのかは明らかではない。Owenたちは以前の実験的知見に基づく1つのモデルを開発したが、このモデルは、標識を書き込むシステムが、彼らが発見したある特定の設計原理を満たしている限り、ゲノムの三次元折り畳みが細胞の記憶に役立つことができることを明らかにしている。このモデルは多くの古典的な観察を統合し、また、新たな実験手法により調べることができる予測を行っている。それはまた、細胞が記憶する仕組みと記憶が神経回路網に保存される仕組みとの間の驚くべき類似性を示唆している。(KU,MY,kj,kh)

Science, adg3053, this issue p. 785

神経ペプチド用センサー (Sensors for neuropeptides)

神経ペプチドとそれらの受容体は、生理機能と行動の持続的制御をもたらすことができる古くからの強力で遍在性のシグナル伝達分子である。しかし、神経ペプチド機能の重要性が高いにもかかわらず、それらが複雑な脳システムにおいて、いつ、どこで、どのようにその効果を発揮するのかはほとんど分かっていない。Wangたちは、神経ペプチド検出用に遺伝子コードされた一連のセンサーを開発して特性を明らかにした(RomanovとHarkanyによる展望記事参照)。これらのセンサーは、内因的なシグナル伝達経路に影響を及ぼすことなく、細胞株と一次ニューロンの両方において、それらのそれぞれのリガンドに対して、非常に感度が高く特異的で堅牢な応答を示した。これらの新しい研究手段は、神経ペプチド、その機能、および健康と病気の両方におけるそれらの役割に関する重要な疑問に取り組む機会を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • 細胞株:細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団。
  • 一次ニューロン:末梢感覚受容器と中枢神経との間を結ぶ脊髄神経細胞。
Science, abq8173, this issue p. 786; see also adl1788, p. 764

電場で冷却する (Cooling with electric fields)

電気熱量材料は、電場の変化によって引き起こされる相転移を通じて系外に熱を汲み出す。この方法は拡張性があり、より効率的になる可能性があるため、蒸気圧縮冷却に対する魅力的な代替手段である。Liたちは、20ケルビンの温度差または4.2ワットの冷却力を生成できる素子を開発した(Tušekによる展望記事参照)。この材料は周期的電場の繰り返し下でも破損せず、この素子は他の冷却方法に匹敵するようにさらに最適化されるかもしれない。(Sk,kh)

Science, adi5477, this issue p. 801; see also adl0804, p. 769

強固な接着、迅速な分離 (Robust adhesion, rapid detachment)

自然界や生物医学には、生体組織と非生体表面との間に強力な結合を確立するための多くの戦略があるが、これらの生体境界面を迅速かつ必要に応じて分離する機構はあまり理解されていない。ムール貝は無機表面に強く接着することができるが、危険が差し迫ると急速に離れることもできる。Sivasundarampillaiたちは、高度な画像法と分光法を用いて分離過程を研究した(PanとLiによる展望記事参照)。彼らはこの迅速分離の応答性が、繊毛の振動運動と、それに続く足糸の幹とムール貝の足組織との間の機械的相互作用の変化に依存していることを見出した。この拍動運動はセロトニンとドーパミンの投与によって影響を受けることから、神経伝達物質が生体組織と非生体組織との間の機械的相互作用の制御に関わっていることが示唆される。(Sh)

【訳注】
  • 足糸(そくし):イガイ類が、自身の体を海水中の基盤に固定するために、足から分泌して形成するタンパク質の糸。足近くで付着しているすべての足糸が束ねられた部分を足糸の幹という。
Science, adi7401, this issue p. 829; see also adl2002, p. 763

廃棄物由来温暖化の抑制 (Slowing warming from waste)

パリ協定で規定されているように、人為的地球温暖化を1.5℃または2.0℃に制限しなければならない場合には、複数の部門および生物種にわたって温室効果ガス排出量の大幅かつ急速な削減を必要とするだろう。固形廃棄物処理場からのメタン排出は世界のメタン予算のかなりの部分を占めており、削減の重要な目標となっている。Hoyたちは世界の固体廃棄物部門が現在、即座の介入が行われない限りパリ目標達成の軌道に乗っていないと報告している(WebberとGlazerによる展望記事参照)。しかし、適切な行動をとれば、2020年と比較して固形廃棄物部門による温暖化寄与を実質ゼロにすることが可能である。(Uc,nk,kh)

Science, adg3177, this issue p. 797; see also adl0557, p. 762

ボノボを友だちにする (Making bonobo friends)

人間は、家族、親族、文化的集団以外の他者と協調することが非常に得意である。集団内の個体間でのこのような協調は他の動物でも一般的であるが、集団外でそのように協調することはほとんど観察されていない。SamuniとSurbeckは、ボノボにおける毛づくろいや食物の共有などの協調的行動を調べ、自分の集団内でより協調する個体は、他の集団の個体とも協調する可能性が高いことを見出した(Silkによる展望記事参照)。さらに、そのような協調は珍しいことでもなく、日和見的なものでもなかった。我々の最も近い親戚の1つにおける社交的開放性は、我々の協調性は我々が思っているよりも古いかもしれないことを示唆している。(Sk)

【訳注】
  • ボノボ:チンパンジー属に分類される霊長類で最もヒトに近い現生動物とされ、チンパンジーと違って個体間の争いも少なく協調性に富んでいる。
Science, adg0844, this issue p. 805; see also adl1813, p. 760