Science October 6 2023, Vol.382

藻類のクロロフィルc合成酵素(Algae’s chlorophyll synthase)

植物、藻類、シアノバクテリアの主要な光合成色素であるクロロフィルは、生物の固有な性質、生息環境、必要性に応じていくつかの種類がある。ほとんどの藻類はクロロフィルcを補助色素として用いているが、この色素の生合成起点と生理学上の重要性はよく理解されていない。Jiangらは、最近になって開発された遺伝学的ツールを用いて、クロロフィルcの生成に関与するジオキシゲナーゼをコードする遺伝子を同定した。彼らは、in vitroでの試験でこの酵素の活性を確認したところ、この遺伝子に変異がある藻類は色素濃度が乱れ、光合成活性が損なわれていることを見出した。(ST,kj,kh)

Science, adg7921, this issue p. 92

中心部のラジカル (Radical at the heart)

デオキシリボヌクレオチドを合成するために、生物はリボヌクレオチド還元酵素と呼ばれる酵素ファミリーによって触媒されるラジカル反応に依存している。必要なラジカルを生成し、それを酵素活性部位内の正しい残基に移動させることは、主要な生化学的作業である。Lebretteたちは、その中心に無傷のラジカルを持つこの酵素のラジカル生成と貯蔵のサブユニットの1つの構造を可視化した。ラジカルが失われたり、タンパク質から輸送されたりした状態に対して、ジヒドロキシフェニルアラニン・ラジカルの周りの水分子と水素結合が再構築される。この構造の観察は、X線損傷を完全に回避するシリアル・フェムト秒結晶構造解析法を用いる場合にのみ可能である。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • シリアル・フェムト秒結晶構造解析法:微結晶を連続的に送りながら、X 線自由電子レーザーをタンパク質が分解しないフェムト秒で照射し、多数の結晶によるX線回折像を用いて蛋白質構造を解析する方法。
Science, adh8160, this issue p. 109

秘められた社会 (Hidden societies)

アマゾンには、少なくとも1万2千年前から先住民社会が存在していた。しかし、これらの社会の証拠を見つけることは、アマゾンの森林の密度によって大きく妨げられてきた。Peripatoたちは、LIDAR(レーザー光検出と測距法)による調査によって、これまで未確認だった20以上の土地開発を特定し、次にアマゾン全域における他の土地開発の出現頻度をモデル化した。著者らは、10,000~24,000 箇所の古代の土地作業跡が未発見のままであると予測している。LIDAR スキャンの幾つかを採って調べたところ、土地開発跡の周りには栽培種と見做せる数種類の樹木が見られ、これらの先住民社会において能動的な森林管理が行われていたことを示している。(Uc,nk,kj,kh)

Science, ade2541, this issue p. 103

原子ごとに量子ビット・システムを構築する (Building a qubit system atom by atom)

固体スピンを使用して実装された量子ビットは操作しやすいが、このような構造をスケール・アップするのは依然として難しい。Wangたちは走査トンネル顕微鏡 (STM) を用いて、センサー量子ビットと最大2つのリモート量子ビットで構成される、原子スケールの 多重量子ビット・システムを設計・制作した。センサー量子ビットは、酸化マグネシウム二層膜上のチタン原子であり、STMチップによって直接制御された。一方、リモート量子ビットはそれぞれ鉄原子の隣に置かれ、センサー量子ビットを用いて読み出された。Wangたち研究者は、単一量子ビットおよび 多重量子ビットのゲートを実際に示した。この構成のサイズと性能は、最適な材料とスピン種を選択することによって、さらに改善される可能性がある。(Wt,kh)

Science, ade5050, this issue p. 87

不幸な出来事の連続 (A series of unfortunate events)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARSCoV-2)の世界的流行は、病原性と免疫反応性が異なる新たなウイルス株の波によって特徴づけられた。新たな懸念される変異株が出現するたびに、より多くの人的被害と厄介な検疫措置の波がもたらされた。Wilksたちは、変異株の進化の軌跡を地図化するために、ワクチン接種を受けた人や一連の懸念される変異株に感染した人から血清を採取し、抗原地図作成法を適用してウイルスの構造変化を可視化した。著者らは、患者に感染した変異株またはワクチン接種後に感染した変異株に依存する免疫優性と免疫回避における変化を観察した。このような分析は、変異株のリスク評価と最も高い防御効果をもたらす次のワクチン候補株の選択に影響を及ぼす。(Sh,kh)

【訳注】
  • 抗原地図作成法:ウイルスの抗原性を可視化するために、ウイルスの表面にあるタンパク質の構造を解析し、ウイルス株間の抗原性の違いを地図化する手法。
Science, adj0070, this issue p. 68

同士討ちを防ぐ (Protection from friendly fire)

哺乳動物細胞は防御機構を用いて、病原体による妨害がないかと機能的経路を監視している。感染がおきると、炎症性サイトカインであるインターフェロン-γ (IFN-γ)が産生され、これが引き金となって、キナーゼPIM1および膜摂動性GTPアーゼであるGBP1を含む数百のIFN刺激遺伝子が発現する。Fischたちは、PIM1がGBP1をリン酸化して、これを14-3-3タンパク質による隔離に付すという防御機構を見出した。ヒトのマクロファージでは、この機構によって、GBP1活性がゴルジ体の断片化と細胞死を引き起こすのを防いでいることを見出した。病原体がIFN-γシグナル伝達を妨害して、これによって免疫による検出を免れる可能性がある。しかしながら、このシグナル伝達が阻害されたときには、短命なPIM1が分解され、そのことがGBP1に病原体の増殖を制御することを可能にする。これらの知見は、自ら招いた自然免疫の損傷に対抗する感染していない周囲細胞のIFN-γ依存的防御の一つのモデルを示唆している。(hE,KU,nk,kj,kh)

Science, adg2253, this issue p. 67

ダイヤモンド中の動く転位 (Moving dislocations in diamond)

音速は、しばしば、何かが系の中を移動できる速さに対する制限となる。塑性変形に大きな役割を果たす転位の運動では、その速度の上限は実験からはまだよく決められていない。Katagiriたちは、衝撃を受けた単結晶ダイヤモンドのX線撮影法を用いて、塑性変形中の転位の運動を追跡した(KnudsonとSeagleによる展望記事参照)。彼らは、転位の運動速度が材料のバルク音速よりも速くなるかもしれないことを見出した。これらの転位の超高速運動はこれまで理論によってのみ予測されていたため、この観察は、極限条件での変形モデルを改良する上で重要である。(Sk,nk,kh)

Science, adh5563, this issue p. 69; see also adk4420, p. 37

証拠を拡充する (Expanding the evidence)

従来、研究者らは、人類が約1万6000年から1万3000年前に北米に到達したと信じていた。しかしながら、最近、それよりもずっと前の年代を裏付ける証拠が蓄積されてきている。2021年、ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園で発見された化石化した足跡は2万年前から2万3千年前のものであると判明し、より早い時期の居住を示す重要な証拠を提供したが、この発見は論争の的になった。Pigatiたちは、ホワイトサンズの足跡に戻り、複数の信頼性の高い証拠の測定から新しい年代を得た(Philippsenによる展望記事参照)。彼らもまた、2万年前から2万3千年前の年代であることを解明し、最終氷期極大期に人類が氷床のはるか南に存在していたことを再確認した。(Sk,nk,kh)

Science, adh5007, this issue p. 73; see also adk3075, p. 36

母親への準備 (Preparing for motherhood)

母親になることは、摂食習慣の変化や攻撃性が増すなどの顕著な行動変化を多くの種に引き起こす。妊娠はどのようにしてそのような将来の行動の必要性を雌に準備させるのだろうか? Ammariたちは、妊娠のホルモン状況が、マウスの視床下部内の特定の神経細胞集団を作り変え、それが出産前の親行動の開始を仲介することを発見した(McCarthyによる展望記事参照)。内側視索前野内のガラニン発現性神経細胞による女性ホルモン(エストラジオール)と黄体ホルモン(プロゲステロン)の感知が、この行動変化に必要なのである。その結果、ホルモンの仲介による神経細胞の改変が、子からの刺激に対する選択性の向上をもたらし、こうして将来の母親行動を先取りするのである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ガラニン:中枢・末梢神経系に発現する神経ペプチド。
Science, adi0576, this issue p. 76; see also adi0576, p. 33

ねじれ系におけるランダウ準位 (Landau levels in a twisted system)

垂直磁場中で、二次元(2D)材料中の電子はランダウ準位として知られている離散的なエネルギー準位を占有する。これらの準位はいわゆるオンサーガー関係によって記述される。Slotらは走査型トンネル分光法を用いて、2つの2層膜の間の中間ねじれ角1.74度を有するねじれた2重2層グラフェンにおけるランダウ準位を測定した。研究者らは、理論的に期待されるものと実験結果を比べることで、その系における軌道磁性に起因するオンサーガ関係の標準形からの偏差を測ることに成功した。(NK,kh)

Science, adf2040, this issue p. 81

炭化水素合成における振動 (Oscillations in hydrocarbon synthesis)

コバルト-セリア触媒上で一酸化炭素を水素化して炭化水素を形成する間(Fischer-Tropsch合成)、反応温度と生成物形成は振動する。Zhangたちは、220℃で作用するコバルト-セリウム酸化物粉末触媒上に1:1の反応物の供給に対して、数分の周期で数度℃の長時間にわたる振動を観察し、また生成物形成と反応速度の変化も観察した(NiemantsverdrietとWestrateの展望記事参照)。一酸化炭素の挿入反応段階、炭素-酸素結合の熱活性化、および周期的な温度強制を含む速度論モデルは、その観察を説明できる可能性がある。(KU,nk,kh)

Science, adh8463, this issue p. 99; see also adk5831, p. 35