Science September 29 2023, Vol.381

海面上昇と陸地低下 (Rising seas and falling land)

海面上昇は沿岸地域を世界的に脅かしているが、特定の地域における影響は、海洋における海面変動と、地盤沈下や隆起といった陸地の上下動の両方に依存する。Buzzangaたちは、これらの上下動を定量化するために、最新のリモート・センシング・データの利用方法を示している。ニューヨーク都市圏は、全体として年間1.6ミリの速度で沈下しているが、高解像度データは、都市部のどこが隆起をどこが沈下を経験しているか、細かい変化を正確に示すのに役立つ。このような情報は、海面上昇に関連する地域の危険性に対する理解を深め、より良い緩和策につながる。(Uc,nk,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adi8259

谷にはまって飛び出る (Into the valley and spinning out)

偏光状態が動的に制御された光源は、計測、分光、光通信の応用において有益である。通常、偏光状態を制御するのに磁場が必要であるが、ナノフォトニクスの状況では非実用的である。2次元材料のバンド構造は電子的谷自由度を有しており、特定の谷を選択することで偏光放射を誘起することができる。Duanたちは、二硫化タングステン単層と精巧に設計されたフォトニック結晶共振器を一体化することが光と物質の相互作用を増強し、谷指定(アドレス)可能な偏光出力を有するレーザー発振が得られることを示している。磁場不要で室温動作可能な本技術は、先進的なナノフォトニクス光源の開発に有用であろう。(NK,MY,nk,kh)

Science, adi7196, this issue p. 1429

真菌の接着力 (Fungal sticking power)

看護施設内において、急増しつつある病原体であるカンジダ・アウリス(Candida auris)によって引き起こされる侵襲性で薬剤耐性をもつ真菌感染症への懸念が高まっている。汚染された皮膚、医療器具および非生物的表面から感染は迅速に拡散する。Santanaたちは、この菌種のいくつかの分離株における接着の基礎となるものを探索した。他のカンジダ種に見られるものと似たアドヘシンに加えて、C. アウリスは表面コロニー形成因子(Surface Colonization Factor: SCF1)と呼ばれる特異的で有力なアドヘシンをもち、これは広範囲な生物的および非生物的表面に陽イオン依存的相互作用によって接着する。疎水性相互作用によって接着する、カンジダの相補的なアドヘシンであるIFF4109と一緒になって、これらのアドヘシンはコロニー形成やバイオフィルム形成を仲介する。臨床的表現型がいくつか見られており、さまざまなアドヘシン特性が病毒性の程度と相関していることを示している。(hE,MY,nk,kh)

Science, adf8972, this issue p. 1461

絶滅のモデル (A model extinction)

白亜紀末の大量絶滅は、隕石の衝突の後に、継続的かつ大規模な火山活動の期間中に発生した。この絶滅には、すべての非鳥類型恐竜の根絶が含まれていた。この衝突は、時間的には、大量絶滅と関連していることは知られているが、その相対的な役割を解きほぐすのは困難である。CoxとKellerは、地質学的に何が起こったかについては問題にせず、炭素や二酸化硫黄の放出を含む多くの変数について最良の推論を提供する逆変換法を用いた。これらの気体は環境変化を引き起こし、その結果は火山活動に関連した2段階の絶滅を支持するようである。この取り組みは、地球システムやそれ以外の場所における他の複雑な出来事を解明するのに有用であろう。(Wt,nk,kh)

Science, adh3875, this issue p. 1446

フッ化ガスの固体への確かな導入 (Solid introduction of fluorinated gases)

ガス状のフッ化炭素群は危険な試薬で、ハイスループット・パラレル実験条件においては供給するのが特に困難なことがある。Keaslerたちは、マグネシウム系金属有機構造体が、計量と分配が容易な固体粉末中にこれらのガスを安定的に保持でき、超音波処理でガスを取り出せることを報告している。さらに、ワックス内への粉末のカプセル化が、反応溶媒中での超音波処理前の意図しないガス放出を防いでいる。著者たちは、さまざまなフッ化スチレン誘導体の合成に対する、この方法の有用性を実証している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • ハイスループット・パラレル実験:高度に自動化・並列化された実験装置を駆使することで、多変量解析や機械学習と組み合わせて物質探索を飛躍的に加速させる方法。
Science, adg8835, this issue p. 1455

窒素を添加してポリエチレンの特性を高める (Adding nitrogen to enhance polyethylene)

望ましい性能特性を達成するために、さまざまなプラスチックが相互にそして複数の添加剤と組み合わせて使用されることがよくあるが、この方法は、混合物の成分を再使用あるいは再加工する取り組みを複雑にする可能性がある。Cicciaたちは、最も一般的なプラスチックであるポリエチレン骨格への単純な化学修飾もまた、さまざまな特性を調整できることを報告している。銅触媒作用が、炭素–水素結合の約1~2%を酸化的に置換して窒素置換基にし、それが次に、さまざまな靭性、接着性、および溶解性の特性を与える。疎水性配位子は、以前の類似の方法を悩ませていた競合する主鎖切断経路を回避する。(KU,kh)

Science, adg6093, this issue p. 1433

食物摂取に対する神経回路構成 (The neurocircuitry of food intake)

体重の維持は、食物摂取とエネルギー消費への適応を可能にする、神経細胞シグナル伝達、ホルモン、および腸-脳相互作用からなる複雑なネットワークを通して調節される。その基礎にある神経回路構成の特質を明らかにすること、およびどのようにしてフィードバック調節が達成されるのかについては、肥満の進行およびそれに伴い生じる2型糖尿病や心血管疾患などの症状を理解する上で重要である。総説(レビュー)記事でBrüningとFenselauは、食物摂取、エネルギー消費および全身の代謝を支える神経経路に関する我々の理解の深まりを論じ、またこれらの知識が肥満治療に対してどのように新たな治療標的を提供するのかについて論じている。(MY,kh)

Science, abl7398, this issue p. 1426

サンゴの病気耐性に関する遺伝学 (Genetics of coral disease resistance)

白化と病気の勃発は、サンゴ礁にとって最大の脅威である。サンゴの熱耐性における遺伝的差異は報告されているが、病気耐性を構成する遺伝的基盤についてはあまりよく分かっていない。Vollmerたちは、絶滅の危機に瀕しているカリブ海のスタッグホーン・サンゴであるAcropora cervicornisにおける白帯病(white band disease)への病気耐性に強く関係する10のゲノム領域と73の一塩基多型を同定した。10の遺伝子領域が病気耐性と関係しており、そこにはサンゴの免疫と病原体検知に関与する4つの遺伝子の機能性タンパク質のコード変化を含んでいる。上位10のゲノム遺伝子座から得られる多遺伝子スコアは、観察された病気耐性を正確に予測することができ、サンゴの人工造礁に向けて、A. cervicornisの野生株及び種苗株の病気耐性を向上させるのに適用できるだろう。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • スタッグホーン・サンゴ:枝分かれ構造を有するサンゴで、ミドリイシとも呼ばれる。
  • 多遺伝子スコア:単一遺伝子の変異では説明できず多遺伝子が関係する病気などの特性に対し、関係する全ての遺伝子群のバリアントを評価して1つのスコアにまとめ、それらの特性の発現性や進展性などを予測する手法。
Science, adi3601, this issue p. 1451; see also adk2492, p. 1415

印刷から結合剤を取り除く(Taking the bind (er) out of printing)

あらゆる材料の3次元(3D)印刷における広範な課題は、層または粒子間の良好な結合を確保することである。なぜなら、これが最終構造の多くの特性に影響を与えるためである。ナノ粒子を印刷するための典型的な手法は高分子結合剤を用いることであるが、この方法にはそれ自体に特有の限界がある。Liたちは、高分子や単量体の添加剤を用いない、濃縮ナノ結晶溶液を3D印刷する方法を提示している(BalazsとIbáñezによる展望記事参照)。この手法では、ナノ粒子はもともと配位子で被覆されており、その後、2光子照射を用いて隣接するナノ粒子間に局所的かつ選択的に共有結合が形成される。この方法は、ナノ結晶の固有の特性を変化させることなく、マイクロメートル規模の解像度の3D構造を直接書き込むことを可能にする。(Sk,nk)

【訳注】
  • 2光子照射:2個の光子が同時に吸収される「非線形2光子吸収現象」を生じる特殊な材料を用い、この現象が光強度の2乗に比例して起きることを利用して、照射光の焦点近傍のみで反応をさせて高解像化する方法。
Science, adg6681, this issue p. 1468; see also adk3070, p. 1414

適応の遺伝的構造 (The genetic architecture of adaptation)

変化する選択圧に生物が応答する能力は、適応の基盤にある形質群の遺伝的構造に依存する。Enbodyたちは、ガラパゴス諸島の4種のダーウィン・フィンチを調査し、くちばしの大きさに大きく影響する6つの遺伝子座位を突き止めた。これらの座位は、これらの種の1種における総遺伝率の59%を説明する。著者たちはまた、餌入手性の変化をもたらす渇水の発生を、これらの座位の対立遺伝子頻度の変化と関係づけているが、それらの変化のいくらかは種間交雑により引き起こされている。この研究は、古典的な系の30年にわたる研究を利用して、適応における遺伝的構造と遺伝子移入の役割を明らかにするものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 遺伝率:多くの遺伝子が関与する量的形質おいて、集団内での差異を遺伝要因と環境要因に分割したときに、遺伝で説明できる割合を指す。
  • 対立遺伝子頻度:相同染色体上の同じ座位に位置する遺伝子群の各々が、ある集団内に存在する割合のこと。
Science, adf6218, this issue p. 1428

急速な放散 (Rapid radiation)

適応放散は進化の過程で多くの多様性を生み出すが、すべての系統が放散するわけではなく、実際、ほとんどの系統は放散しない。何十年もの間、研究者たちは放散がなぜ発生するのかに興味を持ってきており、多くの研究はアフリカ・リフトレイク・シクリッドの驚くべき放散を使ってこれを調べてきた。Meierたちは、ビクトリア湖内の放散を研究し、多くの栄養ギルドにわたるこの湖における放散が、わずか16,000年前に発生したことを確認した。さらに、繰り返される異種交配と分化の過程により、放散がこれほど急速に発生することが可能であることを見出した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 適応放散:生物の進化の過程で、単一の祖先から多様な形質の子孫が出現すること。
  • アフリカ・リフトレイク・シクリッド:アフリカのリフトレイク(大地溝帯にあるマラウイ湖、タンガニーカ湖、ヴィクトリア湖)に住むシクリッド(カワスズメ科)であり、種分化が進んでいることで知られる。
  • 栄養ギルド:同じ栄養段階で、ある共通の資源に依存して生活している複数の種または個体群。
Science, ade2833, this issue p. 1428

エピジェネティック時計で時間を計る (Keeping time with epigenetic clocks)

分子時計は、多くの集団遺伝学と進化論上の推論の基礎を提供するが、生殖細胞系列の変異速度が遅いため、現世世代に対しての使用は限られる。植物では、エピ変異として知られるエピジェネティック標識の遺伝的変化が、遺伝子変異よりも早い速度で発生する。Yaoたちは、これらのエピ変異に基づいて系統発生の推定を可能にする手段を開発することができた(Satakiによる展望記事参照)。著者たちは、定番の植物モデルであるシロイヌナズナにおいて、中立的で時計のようなエピ変異を起こすゲノムの領域を特定し、まさに現世時間規模からなる既知の系統発生を再現することができた。この研究は、多くの植物種における現世の系統発生を推定するための手段と理論的基礎を提供するのに役立つだろう。(KU,kh)

Science, adh9443, this issue p. 1440; see also adk2696, p. 1416

アリール・アジドのピリジンへの変換 (Turning aryl azides into pyridines)

医薬品開発では、分子構造の体系的な変更を必要とすることがよくある。顕著な例は、アリール環のピリジンへの変換である。しかしながら、アリール・アジドの光化学的環拡大に依存する方法は、最終生成物における窒素の位置を混在させる傾向があった。Pearsonたちは、最適な酸化剤を選択することで、アジドに結合したアリール環炭素を窒素に正確に置換できると報告している。したがって、この方法は、他の置換基を乱すことなく、さまざまな位置での窒素の影響を位置走査的に調べることに適用できる。(KU,kh)

【訳注】
  • アリール(Ar)環:例えばベンゼン(C6H6)のような芳香族炭化水素化合物から水素原子が1個離脱した化合物(C6H5)。
  • アリール・アジド:Ar-N=N+=N-
  • ピリジン:ベンゼン環の1個の炭素が窒素に置き換わった分子(C5H5N)
Science, adj5331, this issue p. 1474

瘢痕の隠れた一生 (The secret life of scars)

心臓発作などの心臓損傷後、損傷した心臓組織は線維芽細胞から構成される瘢痕組織に置き換わるが、これは電気的に不活性であると考えられている。しかし最近の研究では、線維芽細胞が心筋細胞と電気的に結合できることが示されている。Wangたちは光遺伝学を用いて、瘢痕線維芽細胞が実際に心筋細胞と結合することを確かめ、これが起こる2つの機構を特定した(CamellitiとStuckeyによる展望記事を参照)。これらの機構の1つは、以前に示唆されたようにギャップ結合を含むが、もう1つは、接合部間隙を横切る脱分極を含むエファプス機構であり、これらは機能的に重複している。現行の瘢痕関連性不整脈の処置はさらなる瘢痕を生じるので、不整脈を悪化させる危険性を考慮すると再評価が必要かもしれない。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • ギャップ結合:隣り合う細胞をつなぎ、水溶性の小さいイオンや分子を通過させる細胞間結合。
  • エファプス:再生・発芽した神経線維が、正常なシナプス以外の場所で、他の神経線維との間に新たに形成する電気的結合。
Science, adh9925, this issue p. 1480; see also adk3408, p. 1412

連動する断層が地震リスクを高める (Linked faulting enhances earthquake risk)

古代の断層系に関する地質学的研究から、地震が発生しやすい地域では、複数の断層が力学的に連動して同時破壊が起こりうることが明らかになっている。このような連動する断層の直接的な証拠は有史時代にはほとんどないため、地震ハザードの推定では、しばしば、この効果が考慮されない。Blackたちはシアトル都市圏で研究を行い、西暦923年から924年の6ヶ月の間に2つの断層でマグニチュード7.0を超える破壊が発生した直接的な証拠を発見した。このような研究は、この地域の現在のハザード推定は、連動する断層を考慮するために上方修正が必要かもしれないことを示唆している。(Wt)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh4973 (2023)