Science October 13 2023, Vol.382
金属合金は多くの場合、それらにひずみを与えると線状欠陥が発生しそれらが絡み合うため、より硬くなる。Panたちは、液体窒素温度の多主元素合金において、このひずみ硬化に対する別の機構を見出した。この合金は、線状欠陥ではなく、いろいろな方向に配向した小さな積層不整のモザイクを形成する。これらの欠陥は、通常はこの挙動が予期されない合金系において、例外的なひずみ硬化を引き起こす。（Sk,nk,kh）
シナプス前終末は、分化中に新たに形成されるニューロンの非常に特殊な領域である。シナプス前成分の終末への輸送を仲介する機構は、いまだ解明されていない。Rizalarたちは、ホスファチジルイノシトール 3,5-二リン酸媒介のシグナル伝達が、軸索に沿って前駆体小胞におけるシナプス前部位へのシナプス小胞と活性領域タンパク質の輸送を導くことを示した (Rivero-RiosとWeismanによる展望記事参照)。彼らの結果は、ニューロン間の情報伝達を担う機構の形成を理解するために必要なパズルの重要なピースを提供する。(KU,kj,kh)
ルテニウム錯体やイリジウム錯体は、調整可能な光酸化触媒には好都合なものであるが、これらの貴金属を利用するには。それが高価なことが難点である。より軽く、より豊富な金属は、光励起状態からの緩和が速いと予想されるため、向いていないと考えられてきた。Chanたちは、従来のビピリジル配位子を持つコバルト錯体が、驚くほど長い励起状態寿命を示すことを報告しており、その理由はMarcusの逆転領域の挙動にあるとしている (YaltsevaとWengerによる展望記事参照)。地球上に豊富に存在するこの金属は、アリールアミドとアリールボロン酸との光酸化還元カップリングに有効であり、より一般的には、この触媒のクラスのより大きな持続可能性に扉を開くものである。(Wt,kj)
ポリアミド膜は脱塩に広く用いられており、普通は界面重合製法を用いて作られる。Zhangたちはこの製法を、メタフェニレンジアミン（MPD）単量体を氷中凍結状態でかつトリメソイル・クロリドのヘキサン溶液との接触状態で用いることで変更した。氷の化学的性質の使用が、材料の融解がMPDの拡散と反応速度の制御を可能にするため、材料中により多くの分子空間を作り出す。これは水流束を高め、また硫酸塩からの塩化物の分離のような、より大きなイオンに比べてより小さなイオンの輸送が向上する結果をもたらす。（MY,kh）
多くのタンパク質、特に真核細胞から分泌されるタンパク質には、品質管理を容易にしたり、あるいはタンパク質−タンパク質または細胞−細胞の相互作用を仲介するために、糖鎖が付いている。これらの糖は複雑かつ不均一であることが多く、慣用の構造的または生物物理学的方法では研究が難しいものとなりうる。Anggaraたちは、ペプチドと脂質にに付いたグリカンを、単一分子原子間力顕微鏡法を用いて直接撮像できることを示している。これらの生物分子は穏やかなエレクトロスプレー堆積によって表面に塗布することができ、必要な場合には構造領域を引き伸ばすことができる。著者らは、明確なグリカンの立体配置を観察し、高密度にグリコシル化されたムチンを含む、タンパク質の大きな断片を撮像できた。(hE,nk,kj,kh)
環境は、さまざまな形で人為的気候温暖化に応答しているが、そのすべてが予想されたものばかりではない。このような変化は、種と生態系に大きな影響を与える可能性がある。このような変化に対する応答は、寿命の短い種で最も顕著に現れるかもしれないが、Stewartたちは、地球上で最も大きな動物の一部でさえ、比較的小さな変化の影響を受けやすいことを示している（Readによる展望記事参照）。具体的に、彼らはコククジラの個体数推定に関する50年間のデータベースを調査し、餌生物量と氷被覆の変化に応答して個体数が急速に増減している明確な証拠を見出した。(Uc)
初代系列のCOVID-19用ワクチンの成功にも関わらず、免疫保護の低下と重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2（SARS-CoV-2）変異株による免疫回避は、追加免疫付与の必要性を促してきた。しかし、最適な追加免疫計画およびワクチンを更新すべきウイルス変異株の選択は、集団免疫にムラがあることにより一筋縄ではいかない難しい作業課題である。展望記事で、KrammerとEllebedyはこれらの課題を論じ、追加免疫ワクチンにSARS-CoV-2先祖株を継続して含ませることが極めて疑問であることを示す証拠を分析している。著者たちは、最新のウイルス変異株を用いた追加免疫ワクチン接種の重要性を訴えているが、COVID-19用ワクチンを更新する最良の解を見つけることについて多くの疑問が残っていることを強調している。（MY,nk,kj）
免疫療法は、特定の種類の血液がんに対して非常に有効であることを証明しているが、固形腫瘍に対する成功率の低さが課題として残っている。Vincentたちは、キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞免疫療法を改善するために、固形腫瘍に侵入し、定着することができるプロバイオティクスを設計した。彼らの2段階方式では、まず非病原性大腸菌株を改変し、それがその合成抗原を腫瘍微小環境に送達して、腫瘍に「タグ付け」した (BresslerとWongによる展望記事参照)。彼らは次に、これらの合成抗原タグを認識するようにプログラムされたCAR T細胞を作成した。乳がんおよび結腸がんの実験モデルにおいて、大腸菌プロバイオティクスが投与されると、CAR T細胞は固形腫瘍に向かい、そこでそれらは協調して腫瘍細胞を死滅させた。(KU,nk,kj,kh)
カイラリティ誘起スピン選択性は、その発見以来20年に渡り入念な研究がなされてきた。特に、この現象はカイラル分子による電子スピンの偏極として現れるが、その観測はこれまで固体基板上に吸着した試料についてのものであった。Eckvahlらは、（基板吸着していない）浮遊状態分子において、ドナーとアクセプター断片間のカイラル架橋を渡る分子内電子移動の際に生じる、有意なカイラリティ誘起スピン選択性の信号を報告している（Subotnikによる展望記事参照）。この系の精密な制御性と取り扱いやすさは、今後進展する理論モデルとの体系的比較を可能にするはずである。（NK,KU,nk,kj,kh)