Science June 30 2023, Vol.380

農場経営と洪水 (Farming and floods)

農業は、作物灌漑に依存している地域における広範な地下水の枯渇を含め、地表水と地下水の特性に影響を与える。Houspanossianたちは、南米の平野部におけるまったく異なる大規模な現象の発生、例えば農業の拡大に伴う洪水の増加を証明した。著者たちは、リモート・センシング・データと地下水モニタリング・ステーションを組み合わせて、過去約20年間にわたり、地下水が深い状態から浅い状態へと移行し、大規模な降水事象に応答しやすくなったため、農業地域が洪水に見舞われやすくなったことを示した。いくつかの現地調査から得られたデータは、根の深い在来植生の喪失がこの水文学的転換に一役買っている可能性を示唆しているが、このことは地域全体に影響を及ぼす可能性がある。(Uc,kh)

Science, add5462, this issue p. 1344

エンハンサーとプロモーターの遭遇 (Enhancer-promoter encounters)

遺伝子制御における重要な段階は、ゲノム全体に分散したエンハンサーとプロモーターの対の物理的遭遇である。しかしながら、遠位のDNA要素が核空間内でどのようにしてお互いを見つけるかは、不明なまま残されている。Brucknerたちは、発生中のハエの胚において染色体に沿ったさまざまな分離距離のDNA遺伝子座対の三次元運動とその転写出力を可視化した。彼らは、高密度充填と急速拡散の予期せぬ組み合わせを見出したがこれは、ゲノム分離距離に対して依存性の低い遭遇時間につながった。これらの結果は、転写性接触がゲノムの長い距離にわたって可能であり、遺伝子調節に重大な意味を持つことを示唆している。(KU,kh)

Science, adf5568, this issue p. 1357

火星のガリー形成の条件 (Conditions for forming Mars’ gullies)

火星の一部の急斜面は、それらが流体によって形成されたことを示唆する形態の、ガリーを有している。しかしながら、この惑星の現在の気候はそれらの場所で水氷の融解をもたらすことは無く、また二酸化炭素の氷が関与する機構はガリーの分布を説明しない。Dicksonたちは、過去数百万年にわたって火星の地軸がさまざまな角度で傾いたときに、火星の気候がどのように異なるかをシミュレーションした。35度の傾斜角では、氷冠が部分的に溶けて気圧が上昇し、夏の気温が高くなった。このような条件下では、ガリーの大気圧は水の三重点を超え、氷が溶けて液体になったかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • ガリー:集約した水の流れによる浸食 (雨裂) で地表面が削られてできた谷状の溝で、通常は水の枯れた状態にある。
Science, abk2464, this issue p. 1363

量子増強計測学 (Quantum enhanced metrology)

系の量子力学特性の活用は、古典(物理)に基づく技術に対して優位性を提供すると期待されている。Liたちは、局所的情報が量子系のさまざまな自由度にわたって迅速に分散される量子スクランブリング技術が、計測測定の感知機能と精度に関して優位性を提供できることを示した。これらの実験は、量子計測と量子情報スクランブリングの関係を実証し、そして、この手法は他の複雑な多体量子系の特性と力学を確定するために適用できるかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • 量子スクランブリング:局所的な量子情報が、複雑な相互作用を経て、系全体にわたって非局所化する現象。
Science, adg9500, this issue p. 1381

カイラルな集合体を磁力で指向する (Magnetically directing chiral assembly)

カイラルな超構造への粒子の組み立ては、通常、DNAなどのカイラルな鋳型(構成粒子に結合する)で指向されるか、リソグラフィー法の使用による。Liたちは、永久磁石により生成されるカイラルな四重極場を、分散した磁性ナノ粒子に適用することにより、場のカイラリティを組み込むカイラルな長距離超構造が作り出されることを示した。場が調整可能であることで、超構造レベルの掌性、カイラリティ、周期の制御が可能になる。金ナノロッドとマグネタイトからなるハイブリッド粒子は、調節可能な円偏光二色性信号と旋光分散信号を示した。(MY,KU,kj,kh)

Science, adg2657, this issue p. 1384

結合前の折り畳み (Folding before binding)

元来無秩序な配列は、その標的と結合すると限定された三次元折り畳み構造を獲得することが知られていた。最先端の、溶液状態核磁気共鳴技術を用いて、Madhurimaたちは、転写調節因子CytRのアミノ末端に或る状態の存在が一定程度あることを明らかにした。驚くべきことに、DNA結合に適合するように見えるのは、自然に無秩序な基底状態ではなく、この構造的に励起された状態である。事前折り畳みの結合-適合性状態の選択によって駆動される同様の認識事象が、以前の分析では見逃されていた無秩序なシステムにおける一般的な現象を実際に表わしているどうかは、まだ分かっていない。(KU,kj,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh4591

RIBOmapが翻訳を図表に描く (RIBOmap charts translation)

生物学研究の長年の目標は、 タンパク質翻訳を単一細胞分解の空間分解能で測定することである。リボソーム・プロファイリングなどの既存の方法は、タンパク質翻訳を多くの細胞の平均として測定しており、空間分解能に欠如している。Zengたちは、RIBOmapと呼ばれる高度に多重化されたリボソーム結合メッセンジャーRNAイメージング技術を開発し、それを単一細胞にin situで適用し、空間座標を用いて翻訳事象に関する特性を明らかにした (Fanによる展望記事参照)。数千の遺伝子が無傷の細胞および組織において分子分解能で同時に図化され、これによりさまざまな細胞型および組織領域にわたって機能的に関連する遺伝子プログラムに対するタンパク質産生の位置と効率を特定する制御原理が明らかになった。(KU,kh)

【訳注】
  • リボソーム・プロファイリング:組織からリボソームを抽出し、リボソームと結合しているRNA配列を同定することにより、どの遺伝子がどの程度の効率で翻訳されているかを知る解析法
Science, add3067, this issue p. 1337; see also adi6844, p. 1321

天の川銀河内からのニュートリノ (Neutrinos from within the Milky Way)

高エネルギー天体物理ニュートリノの観測は,ニュートリノが主に活動銀河のような銀河系外の発生源から発していることを示した。しかし,ガンマ線の観測は天の川銀河の内部からの明るい放射を示しており,しかも天体物理学的なガンマ線とニュートリノは同じ物理過程によって生みだされると予想されている。IceCube Collaboration研究グループは,天の川銀河内部からのニュートリノ放出を探索し (Fuscoによる展望記事参照)、銀河面に沿って放射される余剰のニュートリノの証拠を見出した。これは、ガンマ線放射の分布と一致する。これらの結果は,高エネルギーニュートリノが天の川銀河内の近傍の天体によって生み出されている可能性があることを示唆している。(Wt,KU,nk,kh)

Science, adc9818, this issue p. 1338; see also adi6277, p. 1318

トリパノソーマの足をすくう (Tripping up trypanosomes)

シャーガス病およびアフリカ睡眠病を含む、トリパノソーマ原虫によって引き起こされる病気の治療は、地球上の何百万もの人にとって、重大な医療上の必要性がまだ満たされないままである。Raoたちは、原虫のトポイソメラーゼII酵素を選択的に阻害することによって、トリパノソーマを殺すことのできるシアノトリアゾール化合物の集合をつきとめ、特性を明らかにした(AphasizhevとAphasizhevaによる展望記事を参照)。低温電子顕微鏡法は、シアノトリアゾール類が原虫のトポイソメラーゼを被毒し、それによって不可逆的かつ致死的にDNA損傷を起こすことを明らかにした。この機構により、シャーガス病および睡眠病の試験管内およびマウスモデルの両方で、原虫の迅速な駆除に至った。シアノトリアゾール治療は、これらの顧みられない病気の治療を改善する可能性をもっている。(hE,KU,kj,nk,kh)

Science, adh0614 this issue p. 1349; see also adi5925, p. 1320

Mavericksは種の境界を無視する (ignore species boundaries)

遺伝子水平伝播は、1つの種からのDNAが生殖に依らないで他種の生殖系列に組込まれる場合に起きる。Widenたちは、線虫であるCaenorhabditis briggsaeを研究し、Mavericksと呼ばれる古いウイルス様トランスポゾンに遡ることができる起源をもつ毒-解毒系を突き止めた。著者たちは、毒作用の原因となる変異を明らかにし、深く分岐した線虫種間での遺伝子水平伝播の複雑な様式を確認した。これらの伝播は、しばしばMavericks近傍のいくつかの遺伝子の交換となった。これは、これらのトランスポゾンが動物においてより広範に遺伝子水平伝播の運び屋として働いているかもしれないことを示唆している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子水平伝播:母細胞から娘細胞への遺伝ではなく、個体間において起こる遺伝子伝播のこと。
  • トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列で、ある塩基配列が他の位置へ転移するDNA型トランスポゾンと、ある塩基配列の複製物が他の位置へ挿入されるレトロトランスポゾンが知られている。DNA型トランスポゾンは主に植物に見られる。 Mavericks:DNA型トランスポゾンの一種
  • 線虫:回虫など、線形動物門に属する動物の総称。節足動物門と同様に, 成長の過程で脱皮を行う。
Science, ade0705, this issue p. 1336

リュードベリ・エキシトンを生み出して補足する (Generating and trapping Rydberg excitons)

リュードベリ状態は、原子や分子の励起状態であり、その”膨れ上がった軌道半径”は量子シミュレーターやセンサー応用に利用可能な強化された相互作用をもたらす。Huらは、二セレン化タングステンの単層膜において光学励起されたリュードベリ・エキシトン(励起された電子と正孔とのクーロン結合対)を、わずかな角度でねじれた二層グラフェンによって作り出されたモアレ格子の狭くて深いポテンシャル井戸に閉じ込め制御できることを示した。モアレ格子に捕捉されたリュードベリ・エキシトンを創出し、捕捉し、最終的にそれらの相互作用を制御できる本手法は、量子シミュレーションや量子センシングの為の固体プラットフォームを確立するのに利用できるであろう。(NK,kj,nk,kh)

Science, adh1506, this issue p. 1367

超高エネルギーで観測された明るいGRB (A bright GRB observed at very high energy)

長いガンマ線バースト(gamma-ray bursts:GRB)は、高質量星の爆発によって生成され、このバーストが光速に近い速度で移動する物質のジェットを生みだす。LHAASO Collaboration研究チームは、極めて明るいGRB 221009Aを超高エネルギー(テラ電子ボルト)のガンマ線で観測した。GRBは偶然にも彼らの検出器の大きな視野内で発生したため、これらのデータは急激な立ち上がり、ピーク放射、そして徐々に暗くなる残光を含んでいた。観測データをモデル化はジェットの開口角が1度未満であることを示したが, このジェットはほぼ正確に地球に向いていたに違いない。これは、このGRBの、放射が等方的と仮定した場合の、異常な明るさを説明している。(Wt,kj,nk,kh)

Science, adg9328, this issue p. 1390

キナーゼは代謝状態を細胞死へ結びつける (Kinases link metabolic state to cell death)

重要なリン酸化事象は、細胞の代謝状態を、細胞死と炎症の制御に結びつける。アデノシン一リン酸依存性タンパク質キナーゼ(AMPK)は、細胞の栄養状態とエネルギー状態の検知器である。Zhangたちは、活性化したAMPKが、栄養不足の細胞中の受容体相互作用タンパク質キナーゼ1(RIPK1)をリン酸化して抑制し、細胞死と炎症を抑制することを見出した(Hardieによる展望記事を参照)。より長期間の栄養ストレス下では、このような抑制がなくなり、細胞死が引き続いて起きる可能性がある。これらの結果は、虚血起因の細胞死におけるRIPK1の役割も裏付けており、AMPK-RIPK1相互作用が潜在的な治療標的であることを示唆している。(Sh,kj,kh)

Science, abn1725, this issue p. 1372; see also adi6827, p. 1322