Science June 23 2023, Vol.380

草食動物の多様性は気候の影響を緩和する (Herbivore diversity reduces climate effects)

北極圏のツンドラ地帯は、気温の上昇や海氷の減少など、急激な気候変動を経験している。植物と草食動物の双方が、このような非生物的変化の影響を受けている。Postたちは、ツンドラの植物、菌類、地衣類の多様性に及ぼす気候変動と草食性の影響を、15年間の温暖化と草食動物排除実験を用いて調べた。彼らは、多様性がすべての処置地域全体で時間の経過とともに減少していることを見出し、これは主に環境温暖化に伴う海氷の減少により説明された。しかしながら、草食動物が排除されなかった 調査区で、特に実験的な温暖化の下では草食動物がこの減少を緩和した。研究対象としたカリブーとジャコウウシの2種類の草食動物は、森林の下層植生に異なる影響を及ぼし、ジャコウウシの増加(つまり草食動物の多様性)はツンドラの多様性に良い影響を与えた。(Uc,KU,kh)

Science, add2679, this issue p. 1282

弱いことで靭性を高める (Enhancing toughness by being weak)

高靭性材料は、完全に材料破壊することなく相当大きな損傷に耐えることができるが、靭性を向上させようとすると、しばしば他の力学特性の低下につながることがよくある。Wangたちは、メカノフォアを架橋剤として用いる弾性重合体の網目構造を設計した。このメカノフォア架橋は、重合体鎖中の通常の炭素?炭素結合あるいはその次よりも、力学的にはるかに破損しやすい。このメカノフォア架橋は架橋重合体鎖を伸ばす犠牲結合として、架橋重合体鎖を切断しないよう機能する。架橋密度が低い場合、重合体基本骨格は入り組んだ物理的架橋を形成することができ、それがこの重合体をさらに高靭性化する。(MY,kh)

【訳注】
  • メカノフォア:機械的刺激に応じて様々な反応を起こす分子。
Science, adg3229, this issue p. 1248

アクチンがその端部を明らかにする (Actin reveals its ends)

アクチンは細胞運動性の鍵となるタンパク質であり、フィラメントを形成して、細胞付属器に動的構造を与え、モーター・タンパク質の足場として作用する。これらのフィラメントの端部は絶えず伸展と 解離をしており、その構造をとらえるのが困難であった。Carmanたちは、結合タンパク質の混合物を最適化して、様々な形態における端部を可視化できるようにした。その構造は、端部におけるアクチン・サブユニットの内部の立体配座を明らかにして、そのことから著者らは主要部のフィラメント構造からの差異がいかにして端部でのサブユニットの差分的な増加または減少を促進するかを議論している。彼らはまた、トロポモジュリンと呼ばれる結合タンパク質が矢じり端を安定化し、cap-Zと呼ばれるタンパク質が反矢じり端に結合することを見出した。(hE,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アクチンフィラメント:分子量が約42,000の球形アクチン(Gアクチン)が多数重合した糸状重合体はF-アクチンと呼ばれ、マイクロフィラメントになる。G-アクチンの重合による成長と脱重合による消失はそれぞれ特定の片側端部で行なわれるため、アクチンフィラメントには方向性があり、成長側を「+端」(プラス端)、消失側を「−端」(マイナス端)と呼ぶ。また、−端を「やじり端」「P端」(pointed end) 、その反対側の+端を「反やじり端」「B端」(barbed end) と呼ぶこともある。
Science, adg6812, this issue p. 1287

救済に来る傍観者 (Spectators to the rescue)

いわゆる量子情報処理版ビットたるキュービットは、周辺環境との相互作用の結果として量子干渉性を失って(デコヒーレンス)しまう。この干渉性の消失を回避する一つの方法は、その影響を補正することである。いわゆる"spectator"キュービットを系に埋込み、累積ノイズを読み出す手法が近年提案された。この出力情報は次に、計算を担っている"data"キュービットのデコヒーレンスを実時間で反撃するために用いられる。Singhらは、この提案を光ピンセットで配置された2種類の中性原子からなる系において実験的実証をおこなった。研究者らは、印可された磁場ノイズの影響を緩和することで本手法の有効性を示すことに成功した。(NK,nk,kh)

Science, ade5337, this issue p. 1265

蛍光寿命で神経細胞活動を記録する (Recording neuron activity in lifetimes)

蛍光寿命測定は、膜電位イメージングの有望な技術である。しかし、現在利用できる装置による応用では、(脳)機能イメージングに必要な処理量と感度の提供に失敗する。Bowmanたちは、既存の技術に比べて処理量が大幅に向上した電気光学的蛍光寿命顕微法 (EO-FLIM) を開発した。寿命の読み出しは、被検物の動きによる画像の乱れを大幅に抑制しながら、スパイク検出の忠実度と閾値電位の安定性を圧倒的に向上させた。この手法は、生体内での活動電位の検出を可能にし、毎秒千コマの画像取得速度とピコ秒の寿命解像度で、ショウジョウバエの神経細胞におけるスパイク伝播と閾値以下の動態の動画をとらえることを可能にした。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 蛍光寿命測定:励起光源で試料を励起し、試料から生じる光を分光・検出する測定法。
  • 膜電位イメージング:細胞の膜電位を光で計測する手法であり、神経細胞の活動電位を計測する有力な手法の1つ。
  • 脳機能イメージング:生きている脳内の各部の生理学的な活性(機能)を様々な方法で測定し、それを画像化すること、あるいはそれに用いられる技術。
Science, adf9725, this issue p. 1270

とらえどころのない準粒子を追いかけて (On the trail of elusive quasiparticles)

マヨラナ準粒子の決定的な発見は、トポロジカル量子計算の可能性をより現実的なものとするだろう。当初の提案では、マヨラナ準粒子を実験的に観測するための "処方箋"は驚くほど単純に見えた。それから数年の間に、現実の世界は予測されたモデル以上に複雑であることが明らかになり、マヨラナ粒子は、依然としてとらえどころがないものにとどまっている。Yazdaniたちは、この非常に複雑な問題に対して次第に豊かになってきている我々の理解を概説し、将来の最も有望な方向について推測している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, ade0850, this issue p. 1235

ミトフュージンはミトコンドリアを越えて機能する (Mitofusin functions beyond mitochondria)

真核細胞の内部では、さまざまな種類の細胞内小器官がテザー(つなぎ)と呼ばれるタンパク質架橋によって安定化される、細胞膜との接触部位で相互作用する。ミトコンドリアを融合するタンパク質であるミトフュージン2(MFN2)は、ミトコンドリアを小胞体(ER)上の未知の相手と結びつける。Naonたちは、ERMIT2とERMIN2という2つのMFN2のスプライス・バリアントを見つけた。ERMIN2はERの形態に影響を与え、また、ERMIT2はERに局在化し、ミトコンドリアとの接触部位で豊富であった。ERMIT2をコードするアデノウイルスによる処理は、この2つの細胞内小器官間のカルシウムと脂質の移動を可能にし、MFN2の発現を低下させたモデルで肝臓の損傷を軽減した。(MY,kh)

【訳注】
  • スプライス・バリアント:1つの遺伝子が複数のエクソンから構成されるとき、異なるエクソンの組み合わせで生成された互いに異なるタンパク質のこと。
  • アデノウイルス:エンベロープ(ウイルスの外側を覆う主として脂質でできた膜)を持たないウイルスで、遺伝子組み換えすることで所望の遺伝子の運び屋として用いられる。
Science, adh9351, this issue p. 1237

そのためにNACがある (There’s a NAC for that)

すべてのタンパク質は、最初のアミノ酸としてメチオニンが最初に合成される。膜タンパク質および小胞体を横切って移動したタンパク質はこのメチオニンを保持しているが、ほとんどの細胞質タンパク質はメチオニン・アミノ・ペプチダーゼ1(METAP1)によってメチオニンが除去される。METAP1がその標的タンパク質を識別する機構は曖昧なままである。Gamerdingerたちは、このプロセスにおける新生ポリペプチド関連複合体(NAC)の重要な役割を明らかにした。NACはリボソームに結合してアミノペプチダーゼを正しいタンパク質に誘導し、結果として小胞体に向けられたタンパク質を除外しながら、細胞質タンパク質からのメチオニン残基除去を確実にする。(KU,kh)

Science, adg3297, this issue p. 1238

渦は分数になる (Vortices go fractional)

超伝導体は、弱い外部磁場を追い出すことができる。しかし、磁場が十分に強くなると、超伝導体内部に浸透し、結果としてそれぞれが量子化磁束に対応する渦を生成することができる。マルチバンド超伝導体の場合、渦も単位磁束の何分の一かを運ぶことができるため、その様相はより複雑である。Iguchiたちは、超伝導量子干渉計(superconducting quantum interference device:SQUID)による磁気測定法を用いて、Ba1-xKxFe2As2という物質中のこのような分数磁束量子渦を示す特性を観察した。この結果は、超電導デバイスの開発に実際的な用途の可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, abp9979, this issue p. 1244

単純明快な殻の開閉機構 (An open and shut case)

二枚貝の石灰質のちようつがいは、殻を開いた状態に戻すことを可能にする弾性エネルギーの貯蔵も行いながら、損傷を被ることなく繰り返し変形する必要がある。Mengたちは、機械的試験と顕微鏡観察を組み合わせて、カラスガイのちょうつがい組織の耐疲労特性を分析した(CraneとDennyによる展望記事参照)。著者らは、この耐性が、有機基質に埋め込まれ放射状に整列したアラゴナイトのナノワイヤーから生じていることを示した。この幾何学的形状が、外部荷重の円周方向への変換を可能にする。この硬軟複合材は、殻の開閉動作中の応力の局在化も抑制する。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • アラゴナイト:斜方晶系の炭酸カルシウムからなる炭酸塩鉱物の一種で、あられ石とも呼ばれる。
Science, ade2038, this issue p. 1252; see also adi5939, p. 1217

WAPLはニューロンの多様性を調節する (WAPL regulates neuronal diversity)

神経の自己/非自己の識別には、細胞表面の「バーコード」多様性の生成が必要である。同じバーコードを発現するニューロンは、他のニューロンとの相互作用を最大にするために互いを回避する。哺乳類では、クラスター型プロトカドヘリン(Pcdh)タンパク質がバーコードとして機能する。マウスのセロトニン作動性ニューロンと嗅覚ニューロンでのPcdh遺伝子の発現調節を研究することによってKieferたちは、個々の細胞でのPcdhアイソフォームの多様性の組み合わせ空間が、コヒーシンとその動態制御因子であるWAPLのDNA転位活性に依存していることを明らかにした。これらの知見は、細胞の運命と機能に必要なタンパク質のアイソフォームの多様性を生み出す分子論理の領域を広げるものである。(Sh)

【訳注】
  • WAPL:姉妹染色分体の接着(S期に複製された染色体を娘細胞に均等に分離するために必須な過程)に中心的役割を果たすタンパク質複合体コヒーシンの、M期(分裂期)でのDNAからの解離を促し、細胞タイプ特異的な部位への結合を誘導するコヒーシン動態制御因子。
  • クラスター型プロトカドヘリン:脳神経系において強く発現している多様化した細胞表面タンパク質。
  • アイソフォーム:単一の遺伝子または遺伝子ファミリーに由来する、基本的機能は同じだが構造の一部が異なる一連のタンパク質。
Science, adf8440, this issue p. 1236

交差提示におけるエンドソーム脱出 (Endosomal escape in cross presentation)

樹状細胞 (DC) のエンドサイトーシス区画は非常に漏洩しやすく、外因性タンパク質のユビキチン-プロテアソーム分解システムへの供給が可能になる。結果として生じたペプチドは、次に主要組織適合性複合体クラスI提示経路に送られ、その結果、DCでは発現されない外因性抗原に対して特異的に抗原交差提示とCD8+T細胞のプライミングをもたらす。Rodriguez-Silvestreたちは、タイプ1の従来型DCが、パーフォリン-2と呼ばれる孔形成タンパク質であるエンドサイトーシス脱出専用のエフェクターを発現することを見出した。DCエンドソームにおけるパーフォリン2細孔は、交差提示のために抗原を細胞質基質に送達する (RawatとJakubzickによる展望記事参照)。パーフォリン2の発現の制限は、交差提示DCにおけるエンドサイトーシス脱出の高い効率に対する機構的な説明を提供する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 交差提示:主に樹状細胞が持つ、細胞外の抗原を取り込み、プロセシングし、MHCクラスI分子(MHC I)とともに細胞傷害性T細胞(CD8+T細胞)へ提示すること
  • エンドサイトーシス:細胞が細胞外の物質を取り込む過程の1つ。
  • エンドソーム:エンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する小胞。
Science, adg8802, this issue p. 1258; see also adi5711, p. 1219

細胞層が組織の形を作る (Cell layers build tissue shapes)

細胞層は、発生の過程で互いに滑ったり、ずれたり、折り畳まれたりして、生物界の複雑な形を作り出す。Kelly-Bellowらは、小型の水生食虫植物と陸生のカラシナ植物のシロイヌナズナを研究し、ホルモンの生合成を駆動する遺伝子から成熟した植物の湾曲した形状へのつながりを明らかにした。植物ホルモンのブラシノステロイドは、植物の表皮によって強制的に与えられる機械的な制約を軽減し、その結果、内部の細胞層が発生とともに新しい形状の形成を促進することを可能にしている。(ST,kj,kh)

Science, adf0752, this issue p. 1275