Science July 7 2023, Vol.381

大陸が衝突する時 (When continents collide)

何百万年も前に新たにつながった大陸を横切っての種の移動が、依然として現在の動植物相を形作っている。Skeelsたちは、種の分散能力、気候耐性、およびそれらが進化した際の気候が、一方の大陸からのほうが他方の大陸からよりも多くの種が拡散するという、生物の交換が一般的に不均等である理由を説明するのに役立つことを示した。著者らは、種の分布範囲と多様化をシミュレートするモデルを古環境の再構成と組み合わせて使用し、降水耐性が脊椎動物のウォレス線を越える種の移動に影響していることを見出したが、このことがオーストラリアとニューギニアの独特な生物相を東南アジアの生物相から隔てたのだ。乾燥したオーストラリアで進化した種はアジアに渡ることができにくかったのに対して、その地域を横切る熱帯林の帯が、より多くの種にニューギニアを通って反対方向(オーストラリア方向)に移動を許した。(Sk,nk,kh)

Science, adf7122, this issue p. 86

無機固体中の素早いイオン輸送 (Rapid ionic transport in inorganic solids)

固体電解質は、固体電池を液体電解質電池と競合可能にするために開発されてきたが、依然として電極との良好な接触を確保することに課題があり、そのことが実際に使用できる電極の厚さを制限している。Liたちは、高エントロピー材料の原理を応用して、道理にかなった追加元素での部分置換を通じて既存の電解質の特性を改善した。著者らは、それらの材料の正極構造への組み込みを実証し、それらは固体電池応用に必要とされる高いイオン伝導性を提供している。(Sk,kh)

Science, add7138, this issue p. 50

ヒト細胞中でのリボソーム動態のスナップショット (Snapshots of ribosome dynamics in human cells)

リボソームは遺伝情報をタンパク質に翻訳する分子機械である。その活性部位は、いくつかの抗生物質や抗ガン剤のホモハリングトニンを含む、多くの低分子化合物の標的である。構造生物学者は、低分子化合物がリボソーム機能をどのように抑制するかを試験管内で研究してきたが、今回、Xingたちはクライオ電子線トモグラフィーを用いて、ヒト細胞中で翻訳中のリボソームの構造を明らかにしている。著者らは、翻訳中間体を高分解能で可視化し、ホモハリングトニンがリボソームにどのように作用するかを詳細に解明した。この研究は、ヒト細胞内部からの構造を高分解能で解き明かすうえでの技術的進歩を示すものであり、この薬剤の細胞に及ぼす効果の理解を増すものである。(hE,KU,kj,kh)

Science, adh1411, this issue p. 40

環をそこに挿入せよ (Put a ring in it)

化学者たちは伝統的に、最初に中心骨格を組立てそれから周辺を修飾することで、複雑な分子を作り出す。しかしさらに最近では、個々の原子を挿入あるいは除去することによる、後期段階の骨格編集への注目が増大してきた。Wangたちは今回、既にある環への(別な)環全体の挿入について報告している。具体的に彼らは、チオフェン誘導体を酸化する光酸化還元触媒に依拠して、チオフェン誘導体を活性化し、大きく歪んだビシクロブタンを挿入した。この二環式生成物は、まれな八員環モチーフを特徴として備えている。(MY)

Science, adh9737, this issue p. 75

転写過程での接触と突き放し (Kissing and kicking in transcription)

核内でのクロマチンと固有因子の空間構造は遺伝子発現を調節する。発生中の胚内の核の構造を分子レベルで可視化するために、Pownallたちはクロマチン膨張顕微鏡法(ChromExM)を開発した。これは、クロマチン構造をゆがめることなく一連の膨潤可能なヒドロゲル中に包埋された胚を物理的に膨張させることで、光学顕微鏡法の解像度を劇的に向上させるものである(StasevichとKimuraによる展望記事参照)。このやり方は、個々のヌクレオソームの可視化を可能にし、パイオニア転写制御因子であるNanogがヌクレオソームとどのように相互作用するのかを明らかにした。著者たちはまた、進行中の転写に関与するRNA合成酵素IIのナノ構造を観察し、転写伸長がエンハンサーとプロモーターの物理的分離をもたらすエンハンサーとプロモーターの相互作用に対する「接して突き放つ(kiss and kick)」モデルを考案した。(MY)

【訳注】
  • ヌクレオソーム:クロマチンを構成する基本要素で、ヒストン(DNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつタンパク質)の周りにDNAが巻き付いた構造。
  • パイオニア転写制御因子:閉じたクロマチン分子の変化を開始することができる転写制御因子。
  • エンハンサー:特定の遺伝子の転写の可能性を高めるためにタンパク質(アクチベーター)が結合するDNA上の領域。プロモーターは各遺伝子の上流にあり、RNAポリメラーゼが特異的に結合して転写を始めるDNA上の領域。
Science, ade5308, this issue p. 92; see also adi8187, p. 26

フェルミオン対を観測する (Watching fermions pair)

光格子内の極低温原子は、相互作用する量子物質の挙動に関する知見を得るのに使うことができる。フェルミ-ハバート・モデルを使うと、模擬テストが可能な非常に一般的な物理のいくつかが取り扱われるが、これは多くの固体系と関係する。Hartkeらは、互いに引き合う様に相互作用するカリウム・フェルミオン原子を光格子内に配置し、それらを量子顕微鏡を用いて系を撮像して格子サイト間の相関を測定した。研究者らの結果は、引力の強さに依存する大きさを持つ非局在原子対の形成を示唆している。(NK,KU,nk,kh)

Science, ade4245, this issue p. 82

葉の微生物叢との相互作用 (Leaf microbiome interactions)

植物の表面は、複雑な微生物叢の宿主となっている。炭素源の組成によって微生物が生息できるかどうかが決まるが、微生物種の相互作用のため、与えられた基質上でどの微生物の組み合わせが繁栄するかを予測することは難しい。Schaferらは、植物の葉から採取した224菌株の炭素源選好性を調べ、代謝のゲノムスケール・モデルを用いて菌株ペアの相互作用をシミュレーションした。ほとんどの相互作用は負であり、細菌は単独よりもペアでいる方が増殖しにくいことがわかった。代謝流量解析は、アミノ酸や有機酸をより容易に利用する融通性が高い菌株では、時折正の相互作用が生じる可能性を示した。この研究は、基質に応じた合成微生物群集の構築の基礎になるかもしれない。(ST,kj,kh)

Science, adf5121, this issue p. 42

ガイドRNA編集 (Guide RNA editing)

寄生原虫トリパノソーマ・ブルーセイにおいて、ミトコンドリア遺伝子のほとんどが破損しているため、コード能力を回復するためにはその転写物を修復する必要がある。ガイドRNA (gRNA) により指示される、エディトソームと呼ばれる構造がメッセンジャーRNA (mRNA) の切断、ウリジンの挿入と削除、および再連結のカスケード反応を行う。Liuたちは、極低温電子顕微鏡法と分子的方法を用いて、gRNAの安定化とgRNA-mRNA二本鎖形成に関与する基質結合複合体の状態を可視化した。この研究は、エディトソームによるmRNA編集を理解するための詳細な枠組みを提供する。(KU,kh)

Science, adg4725, this issue p. 43

ヒト・リボソームの大サブユニットを作成する (Making the human ribosome large subunit)

ヒト・リボソーム生合成は、2つのリボソーム・サブユニットの形成を調整する構築因子の膨大な集合体が関与する、高度に制御されたプロセスである。ヒト大リボソームのサブユニット(pre-60S)の初期構築の基礎となる機構は、不明なまま残されている。ヒト・リボソーム構築に関する洞察を提供するために、Vanden BroeckとKlingeは、ゲノム編集、低温電子顕微鏡法、および機能研究を組み合わせて、ヒトpre-60S粒子が核小体および核内で成熟するさいの粒子の構造を明らかにした。この一連の構造は、構築因子がどのようにしてヒト大リボソームのサブユニット前駆体の一方向成熟を確実にするかを明らかにしている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ヒト・リボソーム生合成:ヒト(真核生物)リボソームは約80個のリボソーム・タンパク質と4個のリボソームRNAから構成されている。このリボソーム生合成は核内で始まり前駆体pre-90Sが形成され、その後2つのサブユニット前駆体pre-60Sとpre-40Sに分かれて核外に輸送され、成熟した60Sと40Sになる。
Science, adh3892, this issue p. 44

温暖化の季節による反対方向影響 (Opposite warming effects by season)

地球温暖化は光合成のタイミングを変化させており、温帯と北方地域では春の葉の茂る時期が早まっている。成長する季節が長くなることは、森林における炭素貯留量の増加を意味するが、秋の落葉のタイミングが複数のきっかけに左右されるため、予測は難しい。Zohnerたちは、リモート・センシング、地上観測、実験データを用いて、北部の森林における葉の老化と日長、気温、および早期の光合成との関係を調査した。彼らは温暖化が老化時期に、それがいつ起こるかによって、反対方向の影響を及ぼすことを見出した。すなわちより暖かい春はより盛んな光合成を伴ってより早い老化に相関したが、反対に秋のより高い気温は老化期を遅らせた。このような知識の変化を取り入れることで、気候変動に対する植生応答の予測を改善できるかもしれない。(Uc,kj,kh)

Science, adf5098, this issue p. 45

電子の双極子モーメントを評価する (Sizing up the electron’s dipole moment)

宇宙における物質と反物質の間の不可解な不均衡は、電荷パリティ対称性の破れによって説明できる。素粒子物理学の標準モデルは、この対称性のわずかな破れを予測しているが、観測結果を説明するには不十分である。この矛盾を解決するために、多くの標準模型の拡張が提案されてきた。このような拡張モデルを検証するために、対称性の破れの測定の一つである電子の電気双極子モーメント(electron’s electric dipole moment eEDM)を測定する卓上実験が非常に有望視されている。Roussyたちは、フッ化ハフニウムの極性分子イオン内部の大きな電場を利用して、eEDMを極めて精密に測定した (FanとJayichによる展望記事参照)。この測定の精度は、加速器に基づく実験で達成できる値よりも優れている。(Wt,nk,kh)

Science, adg4084 this issue p. 46; see also adi8499, p. 28

孔辺細胞の仕様書 (Guard cell specification)

多くの組織パターンの形成過程には、その後の細胞運命を決定する非対称的細胞分裂が関わっている。Muroyamaたちは、シロイヌナズナの孔辺細胞系譜を研究することで、極に近く局在化したタンパク質であるBASL/BRXfが、細胞分裂面が生じることのできない領域を形成することを見出した (GoldyとCaillaudの展望記事を参照)。BASL/BRXfは分裂準備帯の形成を局所的に抑制し、その後、他の場所で形成して細胞分裂部位を適切に配置した。分裂準備帯が破壊されると、孔辺細胞も表皮敷石細胞も形成されなかった。極性領域内では、微小管プラス端の組織化動態が破壊され、その領域から微小管が欠落した。本研究は、細胞運命決定因子の単一娘細胞への遺伝を確実にする植物組織パターン形成の機構を明らかにする。(Sh,KU,kj)

【訳注】
  • 孔辺細胞:植物の葉などにみられる気孔や水孔を構成する1対の細胞。
  • 分裂準備帯:陸上植物の体細胞分裂に先立って出現する微小管が束になって帯状に並んだ構造で、細胞分裂の前中期には消失する。
  • 敷石細胞:気孔を構成する孔辺細胞とともに葉の表皮を形成する細胞。気孔同士は隣接して形成されず、最低でも1つの敷石細胞を挟む形で形成される。
Science, add6162, this issue p. 54; see also adi6664, p. 27

ペロブスカイト/シリコン太陽電池の改良 (Improving perovskite/silicon solar cells)

2つの研究が、タンデム型太陽電池のペロブスカイト層とシリコン・セルの界面をどのように修正すれば性能が向上するかを示している (De WolfとAydinによる展望記事参照)。Mariottiたちは、イオン液体であるヨウ化ピペラジニウムが、正の双極子を形成することによって、三ハロゲン化物ペロブスカイトとC60電子輸送層との界面におけるバンド整列を改善し、電荷抽出を促進することを示した。これらの改良により、シリコン・タンデム・セルで2.0ボルトの開放電圧が達成された。Chinたちは、結晶シリコン・セルのマイクロピラミッド上にペロブスカイト・トップ・セルを均一に蒸着し、タンデム型太陽電池で高い光電流を達成したことを報告している。2種の異なるホスホン酸がペロブスカイト結晶化プロセスを改善し、再結合損失も最小化した。これらの改良により、少なくとも1平方センチメートルの活性面積で31%以上の電力変換効率が認証された、ペロブスカイト/シリコン・タンデム・セルが得られた。(Wt)

Science, adg0091, adf5872 this issue p. 59, p. 63; see also adi6278, p. 30