Science April 9 2021, Vol.372

競い合うシグナル・ペプチドが鍵を握る (Competing signal peptides hold the key)

花粉粒が花粉受容性の花の雌しべに着地すると、有性生殖に至る複雑な振る舞いが始まる。Liuたちは、一粒の適合花粉を色々な塵粒から区別するのを助ける初期段階の幾つかを明らかにしている。受粉がない通常では、柱頭の守衛役であるANJEA?FERONIA受容体キナーゼ複合体は、柱頭で産生された複数のシグナル伝達ペプチドを認識して柱頭の乳頭状突起で活性酸素種の産生を駆動している。受粉が起こると、花粉のPOLLEN COAT PROTEIN クラスBペプチドは、柱頭受容体キナーゼ複合体との結合を、それらの柱頭ペプチドと競い合う。その後の柱頭での活性酸素種産生の低下が、花粉の水和を可能にし、花粉発芽への扉を開けるのである。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 花粉発芽:受粉後の花粉が、胚珠に精細胞を送り込むための花粉管を形成すること。
Science, this issue p. 171

魚の心臓を修復する (Repairing the fish heart)

ヒトは最低限の再生能力しか示さないが、ゼブラフィッシュは、心筋細胞が未成熟の状態に戻った後に増殖して損傷組織に置き換わる機構を通して、心臓を再生することができる。Ogawaたちは、赤血球の発生におけるその役割でよく知られている転写因子であるKruppel様因子1(Klf1/Eklf)が、ゼブラフィッシュにおける心臓再生に必須因子であることを示している。Klf1は損傷後の心筋細胞で特異的に発現し、その活性化で損傷なしの心臓部からの心筋細胞の新しい産生が刺激される。この強力な効果は、心筋細胞の分化とミトコンドリアの代謝を調整する遺伝子網を再プログラム化することにより達成される。(MY,ok,nk,kj)

Science, this issue p. 201

ホウ素をアルキル・エーテルに滑り込ませる (Slipping boron into alkyl ethers)

アルキル・エーテルを結合させている炭素-酸素結合は、比較的不活性である。Lyuたちは、亜鉛とニッケルが協力して、珍しい機構を用いて炭素と酸素の間にホウ素を挿入できることを報告している。最初に、亜鉛イオンの助けで二臭化ボランが炭素-酸素結合をこじ開ける。次に、ニッケルが炭素とホウ素をつなぎ合わせ、そして、金属亜鉛の酸化が以上のサイクルをまた開始する。挿入ホウ素中心での幅広い反応性は、その後、最初のエーテルに炭素を付加したり、酸素を窒素に交換したりすることができる。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 二臭化ボラン: 分子式 BHBr2 ("ボラン" はホウ素の水素化合物の総称)
Science, this issue p. 175

同側性視覚経路の発生年代を推定する (Dating the ipsilateral visual pathway)

霊長類では、視覚の接続は両側性である。すなわち、左右それぞれの目が、左右両側の脳に神経を接続する。Vigourouxたちは、両側性視覚系の進化的基盤を調べた。進化的多様な分岐を代表するさまざまな魚種の網膜と脳の間の接続を詳しく調べると、反対側性(目から左右反対側の脳への)接続が普遍的であるらしいことが明らかになった。問題の同側性(目から左右同じ側の脳への)接続は、反対側性接続に追加されて両側性視覚系を形成したもので、進化の後期だが陸生動物への移行以前に生まれた。(Sk,kh)

Science, this issue p. 150

巨大電波パルスからのX線 (X-rays from giant radio pulses)

パルサーは回転する磁化した中性子星であり、規則的な一連の電波パルスとして観測される。ほとんどのパルスは一定の強度だが、時折、桁違いに明るいものがある。これらの予測不可能な巨大電波パルス(giant radio pulses:GRP)の原因は、いまだ判っていない。Enotoたちは、かにパルサーをX線望遠鏡と電波望遠鏡とで同時観測を行った。彼らは、GRPの時のX線放射は、通常のパルスの時のものよりもわずかに明るいことを見出した。電波とX線の増強度合いいの比較が、GRPの放射機構と考え得る他の一過性(トランジェント)の電波現象との関連性に関して制約を与える。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 187

2D結晶の種をまく(Seeding 2D crystals)

小さな単結晶は、しばしば、より大きなバルク単結晶の成長を行うために用いられる。Xuたちは、この方法を改良して、2次元(2D)半導体である 2Hモリブデン・ジテルライド(2H MoTe2)の単結晶膜をアモルファス・ガラス表面上に成長させた。単斜晶型のMoTe2膜をウェハにコーティングした後、小さな2H MoTe2結晶をウェハ上に配置した。そのウェハは、種の供給領域の上部の小さな穴を除いて、アルミナ膜でふたをされた。この小さな穴により、加熱プロセスの間に追加のテルルを中に入れ、2H MoTe2の相転移とエピタキシャル成長を促進するが出来た。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 195

増強されたキャベツの青 (Cabbage blue boosted)

天然起源で食用に適する青い食物色素は限られており、波長が630ナノメートルより大きい光を吸収するものは殆どない。Denishたちは、天然起源の少量の赤キャベツのアントシアニンのグラム規模の生合成生産に拡大した。アルミニウム・イオンを伴う三量体複合体が、所望されたシアン・ブルーの色素を生成した。それは、人工のFD&C Blue No.1(ブリリアント・ブルー)の代わりとなる食品化学での利用に向けて更なる開発が可能である。(Uc,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe7871 (2021).

二酸化ケイ素を高分子材料のように成形する(Shaping silica like a polymer)

ガラスはすごく役に立つが、高い溶融温度と溶融を必要とする加工法のために、製造にエネルギーを大量消費する。Maderたちは、可塑性二酸化ケイ素のナノ複合材料を射出成形に用いることで溶融ガラスの必要性を回避した(Dylla-Spearsによる展望記事参照)。低温射出成形は、わずか5秒程度で高い空間分解能の部品を製造できる。この方法は、ガラス製の部品を大量生産するための、潜在的にエネルギー消費の少ない別の方法を提供する。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 182; see also p. 126

T細胞を動員する (Recruiting T cells)

免疫チェックポイント阻害剤は、一部の患者にとって有効な免疫療法戦略であるが、応答 (治療効果) の生物指標は不明である。より多くの患者を効率的に治療し、また効き目がある可能性が最も高い患者を治療可能にするためには、これらの薬剤の機構を理解することが重要である。展望記事において、Yostたちは、免疫チェックポイント阻害剤への応答が、すでに腫瘍内にあるT細胞を活性化するのではなく、腫瘍へのT細胞の動員が関与しているという証拠について考察している。この認識の変化は、手術との関連で免疫療法をいつ患者に施すか、および腫瘍へのT細胞の浸潤を改善し、それによって反応を改善する可能性のある免疫療法と手術との併用の二点に関し大きな意味を有する。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 130

液体生検の強化 (Enhancing liquid biopsies)

血液中の無細胞DNAを分析する液体生検は、出生前検査、腫瘍学、臓器移植者のモニタリングなどに利用できる。Loらは、無細胞DNAの分析から収集できる非遺伝子情報をレビューし、この方法の応用にさらなる期待を寄せている。これらの分析には、DNAのメチル化パターン、DNA断片のプロファイル、DNA形態のトポロジーなどが含まれ、これらの情報は由来する組織の健康状態や起源についての情報となり得る。(ST,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw3616

intMEMOIRが細胞系統を追跡する (intMEMOIR traces cell lineages)

細胞系統は、細胞運命決定において中心的役割を果たしている。Chowたちは、intMEMOIRと呼ばれるインテグラーゼに基づく合成バーコード・システムの使用法を示している。このシステムは、セリン・インテグラーゼBxb1を使用して不可逆的なヌクレオチド編集を行う。このインテグラーゼによる誘導可能編集ではその標的領域を除去または転化することで、情報を三つの状態のメモリ要素、即ちトリットに符号化し、不要な組換え事象を回避する。intMEMOIRを単一分子蛍光in situハイブリダイゼーションと組み合わせて使用することで、著者たちはハエの脳におけるクローン構造と遺伝子発現パターンを明らかにし、クローン分析と無傷の空間情報を有する発現プロファイリングの両方を可能にした。本来の組織状況内で細胞系統の関係の直接的視覚化は、発生と疾患への洞察を提供する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • インテグラーゼ:レトロウイルスにより産生される酵素で、レトロウイルスのDNAを宿主細胞のDNAへの組み込みを触媒する部位特異的組換え酵素(インテグラーゼ)。活性部位にセリン残基を持つものをセリン型インテグラーゼという。
  • in situ ハイブリダイゼーション:組織や細胞において、特定のDNAやmRNAの分布や量を検出する方法
Science, this issue p. eabb3099

スクリーンによる脱メチル化制御因子の同定 (Screen identifies demethylation regulator)

DNAメチル化は、発見された主要な後成的機構の1つであったが、発生と疾患との関連におけるその調節と調節不全についての理解は限られている。Dixonたちは、ヒト胚性幹細胞においてゲノム-・ワイドCRISPR-Cas9スクリーンを実施し、DNAメチル化調節因子を同定した(GuとGoodellによる展望記事を参照)。トップ・スクリーン・ヒットであるQSER1は、発生遺伝子および幅広いH3K27me3とEZH2のピークと 重なるDNAメチル化の谷で低メチル化を維持するために不可欠であることが判明した。機構的研究は、QSER1と脱メチル化酵素TET1が協力して、酵素DNMT3による新たなメチル化から発生プログラムを保護することを明らかにした。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabd0875; see also p. 128

GPCRの動的活性化 (Dynamic activation of a GPCR)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)群は、細胞の外側と内側の間の複雑な情報の流れを調整している。増え続けるGPCR構造の報告は機能への洞察を与える。 しかしながら、構造決定に使用されるGPCRは一般にその動的挙動を制約するように修飾されるため、細胞外感知を細胞内シグナル伝達に結び付けるその挙動は完全には理解されていない。Josephsたちは、未修飾のカルシトニン遺伝子関連ペプチド受容体の構造決定に成功した。この受容体は、単独でも、またその神経ペプチド・リガンドに結合した場合でも両方で片頭痛に関係している。補完的な生物物理学的手法からの構造とデータに基づいて、彼らは、ペプチドの最初の結合がGPCRにごく微小な構造変化しか引き起こさないが、動的には細胞内側でGタンパク質の結合と活性化を促進するような変化を引き起すことを示している。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • カルシトニン:32アミノ酸残基を有するペプチドホルモン。
Science, this issue p. eabf7258

光は脂肪酸の仕事を楽にやってのける (Light makes light work of fatty acids)

光合成生物は光エネルギーを捕獲し、それを使って生合成を行う能力が際立つ。藻類の中には、光合成より一歩先を行き、光を使って脂肪酸の酵素的光脱炭酸を開始し、長鎖炭化水素を産生できるものがある。Sorigueたちはこの変換を理解するため、一連の構造的手法、計算手法、および分光学的手法を動員し、この酵素による触媒サイクルの特性を十分に明らかにした。これらの実験は、脂肪酸から光励起酸化フラビン補因子への電子移動から始まる機構と一致している。脱炭酸はアルキル・ラジカルを生じ、次にこれは、水素原子移動ではなく逆電子移動とプロトン化により還元される。豊富な実験データは、藻類がどのようにして光エネルギーを利用して、アルカンやアルケンを産生するかを説明しており、酵素触媒の光化学をより一般的に理解する魅力的なモデル系を提供する。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. eabd5687

英国型変異種の伝播(UK variant transmission)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、重要なゲノム変化を伴う変異体を生み出す能力を有している。英国型変異種B.1.1.7(VOC 202012/01としても知られている)は、ウイルス付着とヒト細胞への侵入法とを変化させる多くの変異を有している。さまざまな統計的および動的モデリング手法を用いて、Daviesたちは、英国におけるB.1.1.7変異種の蔓延の特性分析をした。著者らは、この変異種は前身の系統よりも43?90%感染力が高いことを見出したが、感染力の増大は今後一層高い感染と患者の入院を招くものの、疾患重症度における変化の明確な証拠は見られなかった。このウイルスの大規模な再流行は、規制措置の緩和後に生じる可能性が高く、ワクチンの展開を大幅に加速して流行を抑制することが必要であろう。(Sk,KU,nk,kj,kh)

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Science, this issue p. eabg3055

がんをノックアウトする三発のパンチ (Three strikes to knock cancer out)

BRCA1とBRCA2は腫瘍抑制遺伝子で、これらの遺伝子に変異がある患者は、乳がんや卵巣がん及びその他のがんに罹りやすい。BRCA1とBRCA2の変異は、DNA切断の修復に関わる経路に影響を与えるため、これらの患者の腫瘍は、ポリADPリボース合成酵素(PARP)阻害剤のようなDNA修復をさらに損なう治療に対して通常は脆弱だが、治療に対する抵抗性を獲得することがある。ゲノムワイド・スクリーニング手法を用いて、Fuggerたちは、DNPH1と呼ばれるタンパク質を、異常なヌクレオチドのDNAへの取り込みを妨げる「ヌクレオチド消毒剤」として同定した(Kriaucionisによる展望記事を参照)。著者らはその作用機序を調べ、BRCA1変異がん細胞の死滅を促進するためにPARP阻害剤治療とDNPH1阻害剤やSMUG1グリコシダーゼと組み合わせてどのようにDNPH1阻害を標的化できるかを実証した。(Sh,KU,nk,kj)

【訳注】
  • ポリADPリボース合成酵素(PARP):核DNAに生じた一本鎖切断端を認識してDNAに結合し、PARP自身やDNA修復関連タンパク質にアデノシン二リン酸(ADP)-リボースを付加する酵素。リボースはRNAやATPなどの構成成分である糖。PARP阻害剤は、DNA修復を妨げ、がん細胞の細胞死を誘導することで抗腫瘍効果が生じるとされる。
Science, this issue p. 156; see also p. 127

初期のヒト属における脳の進化 (Brain evolution in early Homo)

ヒトの脳は大型類人猿の脳よりも大きく、構造的に異なっている。Ponce de Leonたちは、構造的に現生のヒトの脳の起源となった時期を調査した(Beaudetによる展望記事参照)。彼らは、アフリカ、ジョージア(国)、東南アジアの初期のヒト属からの、化石になった脳頭蓋の内部表面を表す、頭蓋内鋳型を比較することにより、これらの構造上の革新がアフリカからのこの属の最初の分散よりも遅く出現しており、おそらく 170万年前から150万年前にあたることを示している。現生の人間的な脳組織は、道具作り、社会的認知、言語に関連すると考えられている大脳の領域に出現した。彼らの発見は、脳の再編成がアフリカからの分散の前提条件ではなかったこと、そして初期のヒト属の複数の長距離移住があったかもしれないことを示唆している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 165; see also p. 124

交差を誘発する (Inducing a crossover)

従来型の超伝導体において、超伝導性の源である電子対は大きく、重なりあっている。このいわゆる、Bardeen-Cooper-Schrieffer (BCS)限界を起点として、相互作用の 増加は系を、Bose-Einstein condensation(BEC)を起こす正反対の限界である、小さくて強く束縛された電子対への交差 (乗り換え, crossover) の道にのせる。Nakagawaらは、窒化塩化ジルコニウム絶縁材料中にリチウムイオンを挿入してキャリア密度を広範囲に変化させた(Randeriaの展望記事参照)。これが超伝導性を誘起し、系をBCS限界とBEC限界との間の交差領域に誘導できた。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 190; see also p. 132