Science April 16 2021, Vol.372

北方林の火災後の炭素循環 (Carbon cycling after boreal forest fire)

北半球の北方林において山火事が増加してきており、バイオマスと土壌から大気へと炭素が放出され、気候温暖化へのフィードバックの可能性がある。Mackたちは長期間の調査研究から、森林再生のパターンに特に重点をおいて、アラスカにおける北方林の炭素バランスへの野火の影響を分析した。火災の後、殆どの調査地点における樹木種の構成は、クロトウヒ(black spruce)から針葉樹と落葉性広葉樹の種が混ざり合った状態に変化した。落葉樹が支配的な状態に移行した森林は、クロトウヒの優勢状態に戻った森林に比べて5倍の土壌炭素を蓄積していた。すなわち、落葉樹の機能的特質が土壌炭素の燃焼損失を相殺し、気候温暖化への北方林火災のフィードバック影響の潜在的な緩和への方向を示している。(Uc,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 北方林: カナダ・アラスカ・シベリア・スカンジナビアなど、北緯45~70度に分布する亜寒帯林。総面積約は1300万平方キロメートルで、世界の森林面積の3分の1を占める。
Science, this issue p. 280

恐竜の数度を推定する (Estimating dinosaur abundance)

1つの種の数度を推定することは現存する種に対してはよく行われていることであり、その生態、進化、および(絶滅の)脅威の水準に関する多くの側面を明らかにできる。絶滅した種、特に大昔に絶滅した種の数度を推定することは、かなり扱いにくい試みである。Marshallたちは、現存する種の体の大きさと個体密度の間に確立された関係を用いて、最も有名な恐竜の1つであるティラノサウルス・レックスの密度、分布、総生物量、種の持続性(世代数)などの特性を推定し、その個体群の生態のこれまで隠されていた側面を明らかにした。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 数度: 調査面積内の種類別の個体数, あるいは個体数を出現わく数で割った値。
Science, this issue p. 284

代謝制御のための回路設計 (Circuit design for control of metabolism)

栄養素濃度変化への細胞応答を可能にする酵母における転写制御機構は、家庭にある調光スイッチにとてもよく似た動作を行う。すなわちその系は、遺伝子発現が「オン」か「オフ」であるかおよび遺伝子発現の程度を、別々に制御する。酵母がグルコース代謝からガラクトース代謝へと切り替える必要がある場合、ガラクトース応答経路が活性化される。Ricci-Tamたちは、酵母が、 この点滅・調光の制御に対して2つの別々の要素を用いるのではなく、単一の転写因子Gal4pを用いて別々に、この転写因子の(転写調節を通しての)存在量と(タンパク質結合パートナーとの相互作用を通しての)触媒活性を調節することを見出した。そのような調節は一般的なものかもしれず、生理的および進化的な時間尺度で環境への応答を可能にできる。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 292

浄化と脱塩を一段階に (One-step purification and desalination)

飲料目的の水の浄化は、塩類と重金属類などの汚染物質を除去するために多重の濾過の段階と技術を必要とすることがある。汚染物質の中には回収されれば価値あるものがあり得るが、これらは大抵、排水路に放出される。Ulianaたちは、スルホン化重合体などから作られたイオン交換膜に、多孔質の芳香族構造体(PAF)ナノ粒子を組み込むことにより、堅牢で調整可能な吸着膜を製作する一般的方法について記述している。塩類は直列配置した陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を用いて除去され、また、PAF粒子を選択することで、銅イオン、水銀イオン、あるいは鉄イオンなどの特定の標的イオンの捕獲が可能である。この方法は、水の脱塩と除染を同時に行うことを可能にする。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 296

3つのノードからなる量子ネットワーク (A three-node quantum network)

次世代の量子ネットワーク技術は、真に安全な通信路開発の手段を提供し、他の多くの量子系技術に活用されるだろう。Pompiliらは、光子と相互作用した固体状態スピン・キュービット(ダイヤモンド中の窒素空孔中心)からなる3ノード遠隔量子ネットワークについて報告している。もつれ配送及びもつれ交換の2つの量子プロトコルのネットワーク上での実行は、多重ノード量子ネットワークおよび量子プロトコルを探求し、テストし、開発するための重要な技術基盤の良い事例となるであろう。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 259

ツイストとネマティック(Twisted and nematic)

量子材料中の電子は、その元となる結晶格子が回転対称性を維持しているのに、回転対称性を破ることがある。この現象はネマテック性と呼ばれ、非標準型の超電導体で多く観測されてきた。Caoたちは、最近超伝導が発見された魔法角回転積層グラフェンもネマテック性を示すことを見出した。回転対称性の破れは、輸送特性の測定によって観察され、それは特徴的な異方性を示した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 264

基盤材料での雑音との闘い (Combatting noise on the platform)

量子コンピューターは、古典的なコンピューターでは手に負えない問題を解決できる可能性を秘めているため、そのハードウェア製作が進められてきた。実際には、量子コンピュータ実現上の主な問題は、一般的な多粒子の量子状態が雑音に非常に敏感であり、量子アルゴリズム内でエラーを不可避的に発生させることである。雑音源のいくつかは、現在の基盤材料に内在している。de Leonたちは、量子コンピュータ用の5つの基盤材料に対する課題のいくつかを概観し、その解決の方向性を提案している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabb2823

野生動物のマイクロバイオームを発掘する (Mining wild animal microbiomes)

我々は、ヒト以外の生物体に生息する細菌集団を調べ始めためたばかりだ。Levinたちは、異なる四大陸から、魚類、鳥類および哺乳類を含む184の野生動物の糞試料を集めて、腸内細菌の多様性を調べた(LindとPollardによる展望記事参照)。彼らは、これまで報告されていない1000を越える細菌種を発見し、細菌叢の構成、多様性、機能的内容と相関する因子を同定した。特定の細菌が動物の生活様式と関連していることを支持する一例として、彼らは、シロエリハゲワシの腸から、幾つかこれまで報告されていない、死んだ肉の食べ物に存在するかもしれない毒素を分解できるタンパク質分解酵素を同定した。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 細菌叢(microbiota):ここでは糞試料に存在する多種の細菌からなる細菌集団総体のこと。
  • マイクロバイオーム(microbiome):細菌叢に含まれる遺伝子物質の全体のこと。
Science, this issue p. eabb5352; see also p. 238

多くの神経細胞を長期にわたって記録する (Recording many neurons for a long time)

長期にわたる記録の最終的な目的は、数日から数週間にわたり同じ神経細胞からサンプリングすることである。しかしながら、この目標は、大集団の神経細胞にたいして達成することが困難であった。Steinmetzたちは、Neuropixels2.0の開発と試験結果について記述している。この新しい電気生理学的記録手段は、急性および長期の両方の実験用の小型化された高密度プローブで、完全に自動化された事後計算の安定化のための高度なソフトウェア・アルゴリズムを組み合わさっている。この技術は、利用可能な記録チャネルの数以上に記録される部位の数を拡張するための方策も提供する。自由に動く動物の場合、極端に多い数の個々の神経細胞を数週間、場合によっては数ヶ月間も同じプローブで追跡することができた。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. eabf4588

過ぎたるは及ばざるがごとし (More is not always better)

X連鎖遺伝子の変異は通常、雌性よりも多く雄性の個体に影響を及ぼすが、その反対はX染色体上のプロトカドヘリン-19遺伝子(PCDH19)が特徴的である。 PCDH19細胞接着分子における変異は認知障害を引き起こし、雄性よりも雌性に影響を及ぼす。Hoshinaたちは、PCDH19変異を持つマウスを研究し、脳の苔状線維がシナプスを形成する際に、PCDH19と他の細胞接着分子との間の不一致が問題を引き起こすことを示している(ShohayebとCooperによる展望記事を参照)。異型接合体の状況では、変異体PCDG19は、パートナーの細胞接着分子を機能不全の複合体中に隔離する。雄性の場合のように、半接合体の状況では、そのパートナー細胞接着分子の十分な量が自由に歩き回り、シナプス形成へ機能的な相互作用をする。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaz3893; see also p. 235

パターンとボトルネック (Patterns and bottlenecks)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2のパンデミック突入から1年経ち、我々は新しい変異体出現の波を経験しつつある。これらの変異体のいくつかは、感染力の増加や抗体治療の回避など、悩ましい機能的な特性を有している。Lythgoeたちは、ウイルスが個々人内でどのように変異しているかを調べるために、1000を超える入院患者の分離株の詳細な配列決定を実施した。全体として、宿主内ウイルスの多様性には一貫したかつ再現性のあるパターンがあるらしい。著者たちは、ほとんどの試料中に1つないし2つだけの変異体を観察したが、多くの変異体を持っているものも少数ながら存在した。この証拠は、ウイルス侵入の原因となる棘突起タンパク質を含む強力な浄化選択を示しているが、著者たちはまた、家庭や他の可能性のあるスーパースプレッダー事象に関連する感染クラスターに関する証拠も確認した。感染後、ほとんどの変異体は消滅するが、時に、継続的な感染とより広範な伝播を始めるものもある。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 浄化選択(purifying selection): 突然変異を排除するような負の自然選択
Science, this issue p. eabg0821

杯細胞の多様性 (Goblet cell diversity)

成人には、生体異物と微生物に日々攻め立てられる表面積平均30平方メートルの腸がある。杯細胞によって合成された粘液は、防護障壁被覆を提供する。Nystromたちは、杯細胞が腸の長さに沿って全てが同じというわけではないことを発見した。むしろ、杯細胞は場所に応じて異なる機能集団を形成する。小腸粘液は抗菌ペプチドと混合し、小分子を通すことが出来、下流では、細菌と生体異物を除去するより濃い粘液が生成される。粘液は陰窩内の杯細胞から濃い噴煙状に染み出し、幹細胞ニッチを覆う。陰窩と陰窩との間には、透過性粘液を生成する高度に分化した杯細胞がある。両タイプの粘液は一緒になって腸上皮を保護する網を形成する。しかしながら、もし陰窩間杯細胞が機能不全になると、露出した上皮は細菌に曝され、大腸炎を発症しやすくなる。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 杯細胞:大腸や小腸、気管の上皮細胞中に混じって存在する粘液を分泌する細胞。上部が分泌顆粒で膨らみ平たくなっている形から杯の名が付いている
  • 陰窩:小腸と大腸の管の内側の表面の粘膜に無数にある目に見えないサイズの細かい窪み。
  • 幹細胞ニッチ:生体内で、幹細胞がその性質を維持するために必要な微小環境。
Science, this issue p. eabb1590

最小数のワイル半金属 (A minimal Weyl semimetal)

多くの材料が現在、ワイル半金属、いわゆるワイル点によって特徴づけられる異常な電子バンド構造を持つ材料として同定されている。ワイル点は常に対になってあらわれるが、これまでに研究された固体材料には少なくとも4つある。Wangたちは、光格子に閉じ込められた極低温原子のガス内に最小数のワイル点(2つ)を持つワイル半金属状態を作った(GoldmanとYefsahによる展望記事を参照)。それを作るために、研究者たちはこの系で3次元のスピン軌道相互作用を形成する必要があった。結果として得られるバンド構造が比較的単純なために、この状態に関連する異常な影響を観察することがより容易になるだろう。(KU,kj)

Science, this issue p. 271; see also p. 234

環境保全のための古生物学 (Paleontology for conservation)

人間の活動は、幅広い種と系の衰退につながっている。このような衰退防止の動きが、我々を種の保護あるいは生態系の機能の保護に注目させてきた。種と系の変化の過去の様式を調べることが、これらの方策の長期的効果の理解に情報を与える一助になるかもしれない。Blancoたちは、イベリア半島における過去2100万年の哺乳類を研究し、分類学上の変動にもかかわらず、機能上の変化の無い長い期間があったことを見出した(RoopnarineとBankerによる展望記事参照)。機能的生態系は、生態系の崩壊に対してむしろ抵抗性があった。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 300; see also p. 237

ギャップ状態にあるスピン液体 (A gapped spin liquid)

量子スピン液体は、最低温度(絶対零度)まで通常の磁気秩序が生じない。この物質状態の候補の中で、κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3などの有機塩が広く知られてきた。Mikschたちは、電子スピン共鳴を用いてこの物質を研究し、その基底状態の性質を解明した。予想されたギャップレス状態ではなく、スピン磁化率の温度依存性は、スピン・ギャップの形成を示唆している。(Sk)

【訳注】
  • ギャップ:ここではスピン系での、基底状態である一重項(スピンが打ち消し合っている)状態と三重項(励起)状態のエネルギー・ギャップを指し、ギャップのある状態は「スピン・ギャップ状態」と呼ばれる。
  • 量子スピン液体:スピン同士が互いに強く相互作用しているにも関わらず、絶対零度までスピンの向きが整列したパターンを取らない状態
Science, this issue p. 276

ゲノムが明らかにする栄養ストレスのパターン (Genomes reveal nutrient stress patterns)

表層海洋では、窒素、鉄、およびリンが、場所によっては植物プランクトンにとって栄養素を制限していることがある。Ustickらは、栄養摂取に関与する原核緑藻の遺伝子の頻度を利用して、全世界の海洋における栄養ストレスの推定地図を作成した(Colemanによる展望記事を参照)。その結果、地球システム・モデルや栄養添加実験と一致する幅広い制限パターンを見出した。このようにしてメタゲノム・データを活用することは、広大な外洋における生物地球化学の理解を深める上で魅力的な取り組みである。(ST,nk,kh)

【訳注】
  • 原核緑藻 (プロクロロコッカス): 特異な藍藻 (藍色細菌) の一群で, 地球上で最も個体数が多い生物. 海洋の一次生産の約25%を担っている.
Science, this issue p. 287; see also p. 239

平衡を変化させる (Changing the balance)

補償型半金属は、同数の正および負の電荷担体によって仲介される、変わった材料特性と物質のエキゾチックな量子状態を特徴としている。Chatterjeeたちは、アンチモン化ルテチウム(LuSb)における電荷担体の平衡が、それらを極薄のエピタキシャル膜に閉じ込めることで調整できることを見出し、膜厚を数分子層まで減少させていくと、正に帯電した正孔が消失することを示した。半導体のアンチモン化ガリウム基板に対して結合が整合しなかった場合、膜の界面に今までにない二次元正孔気体も観察された。この手法を用いて、著者らは、半金属LuSbの非飽和磁気抵抗の起源についての洞察を提供した。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe8971 (2021).