Science April 2 2021, Vol.372

さらに増加する人間の足跡 (An ever-growing human footprint)

人間活動は、海洋環境にさらなる大きな影響を及ぼしつつあるが、それがどの位大きくそしてどのような道筋なのかを理解することは、この系の広大さを考えると極めて難しい問題である。O'Haraたちは、13年にわたって人間が引き起こした1000を超える海洋種への一連のストレス要因に注目した。彼らは、それぞれの種が平均するとその棲息領域の半分以上でストレス段階の増進を経験しつつあり、いくつかの種は更に高い比率で影響を受けていることを見出した。漁業は最も大きい影響力をもっているが、他のストレス要因、例えば気候変動もまた重要かつ増加しつつある。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 84

神経細胞中のDNA修復 (DNA repair within neurons)

ヒトは、新しい神経細胞を作り出す能力がごく限られている。そのため、これらの細胞はゲノム中の誤りを修復する必要がある。Reidたちはこの過程をより理解するため、幹細胞由来神経細胞のゲノム中のDNA修復場所を特定する方法である、Repair-seqを開発した。DNA修復の多発場所(DRH)は、遺伝子転写領域(gene body)のような特定のゲノム機能を持つ領域の中でばかりでなく、ゲノム形成において、オープン・クロマチン領域で、それに活性調節領域でも、より多く生じる傾向が強かった。この方法は、神経機能と神経固有性に関係する部位で修復頻度が高いことを示した。さらに、タンパク質解析データは、DRH中の遺伝子がアルツハイマー病で多く、また、DHRが加齢でより活発であることを示した。これらの観察は、神経細胞でのDNA修復を加齢と神経変性に関連づけるものである。(MY)

【訳注】
  • オープン・クロマチン領域:DNAがヒストンタンパク質に巻き付くことで形成されているクロマチンにおいて、巻きが弱くてDNAが剥き出しになっている領域のこと。プロモーターやエンハンサーなどの遺伝子発現制御領域が該当する。
Science, this issue p. 91

転写を仲介する (Mediating transcription)

転写メディエーター複合体は、転写因子により、真核生物における全てのタンパク質コード遺伝子に動員され、遺伝子転写に必要な機構の組み立てを助ける。Abdellaたちは、ヒト転写メディエーターに結合した開始前複合体(Med-PIC)の低温顕微鏡構造を提供している。この構造は、転写メディエーターがどのようにして、RNA重合酵素IIの長くて柔軟なC末端ドメインを配置して、キナーゼCDK7によりリン酸化されるのかを示している。これは、RNAがさらに処理されて成熟RNAになるための極めて重要な段階である。転写因子が転写メディエーターに結合するほとんどの部位は、柔軟にこの複合体につながれており、どんな遺伝子においてもこの大きなMed-PICが構築できる。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 52

現代の熱帯雨林の誕生 (The birth of modern rainforests)

現代の熱帯雨林の起源は、白亜紀末の巨大火球の衝突の余波に端を発するのかもしれない。Carvalhoたちは化石化した花粉と葉を使用して、この時、南米北部の森林で起きた変化を明らかにした(JacobsとCurranoによる展望記事参照)。 彼らは種の構成における変化を見出しただけでなく、森林構造における変化を推測することもできた。絶滅は絶滅は広範で、裸子植物の間で格別だった。被子植物分類群が回復期の600万年の後で森林を支配するようになり, 植物相が現代の低地新熱帯区の森林に似始めた。葉のデータはまた、林冠が比較的な解放から閉鎖・層状に進化し、垂直方向の層化の増大と植物の成長形態のさらなる多様化を引き起こしたことを示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 新熱帯区:生物地理区の一区分で、南米大陸および中米のエリア。
Science, this issue p. 63; see also p. 28

光の散逸性量子気体 (A dissipative quantum gas of light)

量子系に関する我々の教科書的な理解は、環境とは離れた系をモデル化されがちである。しかしながら、最近の研究の関心は、周囲と相互作用する際に多体量子系がどのように挙動し、その後どのように散逸系すなわち非エルミート系になっていくかを理解することである。Ozturkたちは、自然に散逸する系である光共振器に光子を閉じ込めることにより、光の量子凝縮体を形成した。閉じ込め条件を変化させることにより、彼らは、この系が、散逸量子系において生じる複雑な動態と相転移を探索するための強力な基盤技術を提供することを実証した。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 88

ホウ素を孤立させて安定にする (Isolating and stabilizing boron)

プロパンの酸化的脱水素は、シェール・ガスからプロペンを生成することができ、プロペンの原料として石油に取って代わるのに役立つ可能性がある。ホウ素系触媒は、高い選択性でプロペンを生成できるが、副生成物の水がホウ素加水分解で、触媒を失活させる可能性がある。Zhouたちは、加水分解に対して安定な孤立ホウ素部位を含んだホウ素添加ケイ酸塩ゼオライトを合成した。この触媒は、プロパンの1回の通過で、最大?44%の転化率で選択的にプロペンを生成でき、また、プロペン+エテンとしての転換率では、80%を越える選択性を示すことができた。210時間の連続試験で、触媒の失活は認められなかった。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 76

設計にむけての形状と機能の統合 (Integrating form and function for design)

抗体は、広範囲の標的に対して生成できるため、治療や研究手段として広く使用されている。有効性は、抗体を多価集合体にクラスター化することによって高めることができる。Divineたちは、 2つの成分から抗体ナノケージを設計した:1つは抗体結合性ホモ・オリゴマー・タンパク質であり、もう1つは抗体それ自体である。コンピューターによりこのオリゴマー・タンパク質を設計することにより抗体ナノケージをさまざまな構造様式に組み立てることができ、対称性と抗体結合価の制御が可能となる。多価表示は抗体依存性シグナル伝達を強化し、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)棘突起タンパク質に対する抗体を示すナノケージは効果的に偽型ウイルスを中和する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 抗体結合価:抗原に結合可能な抗体のアームの数
Science, this issue p. eabd9994

医療機器における偏見 (Bias in medical devices)

保健医療における不平等に関する数ある原因の1つが、特定の人口層に行き渡らない医療機器である。展望記事において、Kadambiは、白い肌でより効果的である機器という物理的偏見や、診断性能が女性よりも男性で訓練されるため男性でより良い性能を発揮するという計算的偏見のような、医療機器に見られる偏見の種類について考察している。患者への対応の優先順位を決定する、機器の読み取り値に適用される「補正係数」によって引き起こされる、解釈上の偏見もある。計算科学における偏見を克服するための努力から学んだ教訓は、医療機器にも適用されて、公平性を確保し、保健医療の不公平を防ぐのに役立つかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 30

ゲノム変異構造の多様性の解明 (Resolving genomic structural variation)

多くのヒト・ゲノムが、ショート・リード技術を用いて報告されているが、これらのデータを用いて変異構造多様体(SV)を解明することは困難である。これらのゲノムは、個人と集団の間の包括的な比較に欠けている。Ebertたちは、多様な人種を代表する64のヒト・ゲノムにまたがるロング・リード構造多様性を使用し、多様体発見のための新しい方法を開発した。この方法により、著者たちは確認されたSVの数を増やし、集団と集団にまたがる多様性のパターンを記述することができた。このデータ群から、彼らはこれらのSVによって影響を受ける量的形質遺伝子座を同定し、それらが遺伝子発現にどのように影響し、そしてゲノム-ワイド関連研究の成功例をどのように説明できるかを決定した。この情報は、正常なヒト遺伝的多様性のパターンに関する洞察を提供し、我々の種の多様性をよりよく表す参照ゲノムを作成する。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ショート・リードとロング・リード:ゲノムを断片化し、断片化した配列をそれぞれ解読するときに、その長さが数百塩基対などの場合をショート・リード、1万塩基対など、ある程度長く断片化された場合をロング・リードという
Science, this issue p. eabf7117

私たちだけではない (We are not alone)

20世紀半ばまでは、他者から学んだ行動である文化は、人間に特有のものだと一般的に考えられていた。しかし、いくつかの種での同定を皮切りに、動物が行動を学び、伝達することを示す証拠がどんどん蓄積されてきた。現在では、脊椎動物や無脊椎動物、海洋動物や陸上動物を問わず、文化が動物種に広く浸透していることは疑いの余地がない。Whitenは、動物の文化に関する証拠を検討し、その文化の多様な形態について詳しく説明している。他の種が複雑で多様な文化を持っていることを認識することは、保護や福祉と密接な関係があり、私たち人間を含む動物社会に不可欠なこの要素の進化を理解することにつながる。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. eabe6514

CAR-T細胞が休息をとり戦いに復帰する (CAR-T cells rest to get back in the race)

キメラ抗原受容体(CAR)T細胞は、特定の腫瘍抗原を標的にするよう遺伝子改変されたT細胞で、免疫療法として用いられることが増えている。CAR-T細胞は、患者、特に血液ガンの患者で有望な結果を示してきたが、その抗ガン活性は、消耗が起こり有効性が失われることで制限されることがある。Weberたちは、持続的な活性が引き起こすCAR-T細胞の消耗に伴う、また、一時的な休息期間の有益な効果に伴う、表現型変化と後成的ゲノム変化の特性を明らかにした(MamonkinとBrennerによる展望記事参照)。著者たちは、一時的休息期間を与えるさまざまな方法を試験した。例えば薬剤のダサチニブを用いてT細胞活性を一時的に抑制した。これは、マウス・モデルにおいて、CAR-T細胞の消耗を防いで抗腫瘍活性を改善するのを助けた。(MY,nk)

Science, this issue p. eaba1786; see also p. 34

学習における脳領域の協調 (Brain region coordination in learning)

ガンマ周波数振動は、脳における領域間情報交換の生理学的機構として仮定されてきた。しかしながら、これまで、この仮定を支持するすべてのデータは相関関係であり、したがって間接的であった。Fernandez-Ruizetalたちは、学習中およびガンマ周波数発火タイミングの選択的摂動後の嗅内皮質と海馬歯状回の間のガンマ周波数活動と発火の結合を調べた。彼らは、統合された神経細胞、ガンマ帯、および嗅内皮質-海馬回路の課題-特有の組織化を観察した。これらのデータは、特有の、投影されたガンマ周波数振動パターンが、課題-特有の方法で脳領域全体の機能的に関連する細胞の組立に動的に関与することを実証している。(KU)

Science, this issue p. eabf3119

幻覚をモデル化するマウスにおける方法 (How to model hallucinations in mice)

精神病の根底にある基本的機構の理解は、十分には進んでいない。診断は、ヒトでしか判断できない自己申告による症状に依存しているため、動物モデルで精神病性障害を研究することは困難である。Schmackたちは、齧歯類で実験的に制御された幻覚を検知し、厳密に測定するための枠組みを開発した(Matamalesによる展望記事を参照)。ドーパミン・センサーによる計測、脳回路操作および薬理学的操作を用いて、彼らは過剰なドーパミンと幻覚様経験との間の脳回路によるつながりを実証した。これは、さまざまな精神障害で説明されている一般的な精神病症状の橋渡しモデルとして役立つ可能性がある。それは、また、ドーパミン機能の解剖学的な選択的調整に基づく新しい治療手法の開発にも役立つ可能性がある。(Sh,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabf4740; see also p. 33

火星の古代の水を地殻に埋める(Burying Mars' ancient water in the crust)

火星の表面には、かつては液体の水の海があったが、その水は現在は氷冠や大気中にほとんど残っていない。この相違は、通常は、宇宙への水の損失によるものと説明されており、これは、大気中の重水素/水素(D/H)比から支持されているが、他の制約条件とつじつまを合わせるのが難しかった。Schellerたちは、その代わりに、水がその惑星の地殻中の鉱物に取り込まれ、それが後になって埋蔵された可能性があると提案している (Kurokawaによる展望記事を参照のこと)。彼らは、さまざまな妥当な条件で D/H比と大気損失速度の進展をシミュレートし、火星の初期の水の 30~99%が地殻に埋もれていることを見出した。(Wt.ok,nk,kh)

Science, this issue p. 56; see also p. 27

界面分極を設計する (Engineering interface polarization)

一つの材料の層を回転することで、あるいは異なる材料間に異種界面を作ることで形成されるファン・デル・ワールス材料の界面で、多くの特性が現れることがある。Akamatsuたちは、3回回転対称性を有する二セレン化タングステンと2回回転対称性の黒リンの結晶を組み合わせることで、面内反転対称性を意図的に崩した界面を形成した。この界面では面内の電子分極が生じ、これは分極方向にだけ沿った自発的光起電力効果をもたらす。この効果は、シフト電流の機構で説明された。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • ファン・デル・ワールス材料:非常に薄い原子層同士が弱いファンデルワールス結合によって積層している材料
Science, this issue p. 68

トポロジーの非線形制御 (Nonlinear control of topology)

物理系のトポロジー特性を制御する技術は、欠陥に強い素子と技術を構築する技術基盤を提供する。Xiaらは、根底にある動的挙動がトポロジー、非エルミート性、および非線形性の間の相互作用によって駆動され、調整されるフォトニック技術基盤に関して報告している(RoztockiとMorandottiの展望記事参照)。筆者らは、連続性(利得)と分割性(損失)を有しかつ界面欠陥に結合されたレーザー書き込み導波路からなるフォトニック格子を用いて、パリティー時間対称性の非線形制御と非線形性によって誘発される非エルミート・トポロジカル状態の回復および/または崩壊を実証している。このような概念は、強度依存性の利得や損失を示す様々な非エルミート系に適応可能であり、また光操作の新たな手法を可能にするかもしれない。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 72; see also p. 32

スマート・コンタクト・レンズとまぶたパッチ (Smart contact lens and eyelid patch)

慢性の眼表面炎症性疾患が蔓延しているが、日常生活において病状を定量的に監視するための適切な装置はいまだ開発されていない。バイオセンシングに応答して制御された治療のためのポイント-オブ-ケア装置も利用できない。Jangたちは、眼表面の炎症を監視して治療するための装着用装置に関して報告している。ワイヤレス通信ユニットを組み込んだグラフェン・バイオセンサーを用いたスマート・コンタクト・レンズは、眼の炎症の生物標識を監視し、携帯装置にワイヤレスでデータを送信する。まぶたに取り付けられた透明な皮膚パッチはフィードバック温熱療法を提供するが、これはワイヤレス通信を介して携帯装置によって制御される。動物と人間被験者への生体応用は、この装着用健康管理技術基盤の可能性を確かなものとした。(KU,kh)

【訳注】
  • スマート・コンタクト・レンズ:コンタクト・レンズに砂粒ほどのディスプレーを埋め込んだもの
  • ポイント-オブ-ケア(Point-of-care):検査室ではなく患者の傍らで簡易型分析装置や診断キットを用いて診療に役立つ有益な情報を得る検査のシステム(仕組み)
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf7194 (2021).

推移する重荷 (A shifting burden)

1962年、Rachel Carsonの沈黙の春が出版され、世界は農薬が野生生物に与える意図しない影響に注意を払うことを余儀なくされた。それ以来、使用農薬量の認識される減少および利用可能な農薬の種類の推移があった。Schulzたちは、過去25年間に用いられた農薬の種類、量、および毒性を調べた。彼らは、用いられた総量が減少し、脊椎動物への影響が減少したにもかかわらず、特に昆虫や水生無脊椎動物に対する毒性が大幅に強まってきたことを見出した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 81