Science November 8, 2002, Vol.298
短信(Brevia)
細菌類は、拡散性分子による化学シグナルが、ある閾値濃度以上になると標的遺伝子を活
性化させることによって、細胞間通信を通じて集合する習性があることが知られている
。これは quorum sensing(密度依存性遺伝子発現)と呼ばれているが、原核生物-真核生物
の境界を通過できるかどうかは知られてなかった。我々は海洋性真核生物である緑色海草
のEnteromorphaから得られたバイオフィルムを利用して、原核生物-真核生物の境界を通
過できる拡散性のシグナル分子ができることを示した。(Ej,hE)
Cell-to-Cell Communication Across the Prokaryote-Eukaryote
Boundary
Ian Joint, Karen Tait, Maureen E. Callow, James A.
Callow, Debra Milton, Paul Williams, and Miguel Cámara
p. 1207.
チベットで分離して反転した(Detached and Reversed in Tibet)
約5000万年前、インドはユーラシアと衝突し、そしてインドに連なる海洋スラブは、ユ
ーラシアに北に傾斜した衝上(しようじよう)断層に沿って沈み込んでいる。この衝突によ
り、非常に厚みのある大陸地殻、チベット大高原と地上で最も高い山脈、ヒマラヤ山脈と
が作られた。Kindたち(p.1219)は、チベット高原の地殻及び上層マントルの高解像度地震
波画像を示した。彼らの画像によると、先に沈み込んだ海洋スラブがインド大陸地殻の沈
み込みから分離し始めたことを示している。沈み込みは事実上立ち往生して反転し、その
結果ユーラシア大陸は現在、南に傾斜する衝上断層に沿ってインドの下に、押し込まれて
いる。(TO,Nk)
Seismic Images of Crust and Upper Mantle Beneath Tibet: Evidence
for Eurasian Plate Subduction
R. Kind, X. Yuan, J. Saul, D. Nelson, S. V. Sobolev, J.
Mechie, W. Zhao, G. Kosarev, J. Ni, U. Achauer, and M. Jiang
p. 1219-1221.
超伝導になるリチウム(Superconducting Lithium)
常圧では、リチウムは単純な金属としてよく記述することができる。そして、常圧下で
4mK(ミリケルビン)に至るまでので通常の単純金属であることが示されてきている。し
かしながら、最近の理論的研究では、加圧下において誘起される構造変化により、超伝導
性を生ずることが示唆されている。Struzhkin たち (p.1213) は、この化学的に活性な物
質を扱いうるように改修されたダイアモンドアンビルを用いて、抵抗値と磁化率の測定結
果を与えており、超伝導性が誘起されていること確認した。しかしながら、実験的な遷移
温度 (約35GPa においては 16K に達する) は、予測された温度よりもかなり低いもので
ある。これは、これらの推定上の単純な金属においてさえ、より高度な理論的取り扱いが
必要であることを示唆している。(Wt)
Superconductivity in Dense Lithium
Viktor V. Struzhkin, Mikhail I. Eremets, Wei Gan,
Ho-kwang Mao, and Russell J. Hemley
p. 1213-1215.
代替問題(Proxy Problems)
古代の海表面温度を決定するためには通常地球化学的な代替手段を利用するが、2種類の
手法について、その根底にある温度推定の難しさを2つの報告が再評価している。ある種
のhaptophyte 地衣類(ハプト藻を持った地衣類)によって作られるアルケノン
(alkenone)は、温度代替手段として広く利用されているが、その理由は、化学的不飽和性
が温度に強く依存するためである。しかし海底堆積物中のアルケノン年代はプランクトン
性有孔虫による年代と同じとは限らない。Ohkouchi たち(p. 1224; McCaveによる展望記
事参照)は、西北熱帯大西洋のバーミューダ海膨の第四起後期の堆積物から得られた有孔
虫と、アルケノンの放射性炭素年代を比較した。その結果、同じ場所に共存する2つの年
代はアルケノンの方が4200年だけ古いことが分かった。この掘削コア中のアルケノン試料
は、その場所のアルケノンと運ばれてきたアルケノンが混ざっているらしい。著者たちは
、アルケノンがその場所で出来た海表温度を正しく代表していないであろうと結論してい
る。海水のマグネシウム-カルシウム比(Mg/Ca)も、海水温度の代替例であるが、この精度
は、Mg/Ca比が地質年代を通じて、一定であったかどうかによって結果は変わってくる
。Dickson (p. 1222; Kerrによるニュース記事参照)は、ヒトデやカシパン(ウニと同
じ目;sand dollar)と同一門(phylum)に所属するウミユリ化石のMg/Ca比を測定した
。これらの試料は、変成作用の間に形成されたカルサイトとドロマイトの鉱物によって包
まれており、続成作用の影響を受けない状態になっていた。この測定から得られた
Mg/Ca比は、過去5億年の間では、5.2から2の間に分布している。これらの発見から、化石
が記録される過程で海洋のイオン比率が大きく変わったのではないかという従来からの懸
念を確認したことになる。(Ej,hE)
Superconductivity in Dense Lithium
Viktor V. Struzhkin, Mikhail I. Eremets, Wei Gan,
Ho-kwang Mao, and Russell J. Hemley
p. 1213-1215.
Superconductivity in Dense Lithium
Viktor V. Struzhkin, Mikhail I. Eremets, Wei Gan,
Ho-kwang Mao, and Russell J. Hemley
p. 1213-1215.
細胞を3Dで観る(Cells in 3D)
低温電子断層撮影法(cryo-ET)は、透明な氷の中に埋め込まれた分離して汚れのない細胞
構造の3次元画像を数ナノメートルの分解能で撮影することが出来る。Medaliaたち(p.
1209; Goldmanによるニュース解説参照)は、cryo-ETを無傷の真核生物の細胞に応用した
。細胞粘菌類、Dictyostelium descoideumの高度に動きのある細胞を5〜6ナノメートルの
分解能での観察により、彼らはリボゾーム付着の小胞体を可視化し、26Sプロテアソーム
を同定し、更に細胞質のアクチンネットワークにおける枝状部位や架橋部位を可視化した
。より高い解像能が得られたことにより、cryo-ETは連結した細胞や分子構造の研究への
可能性を持っている。(KU)
TECHNIQUES:
A New Window on the Cell's
Inner Workings
Erica Goldman
p. 1155-1157.
Macromolecular Architecture in Eukaryotic Cells Visualized by
Cryoelectron Tomography
Ohad Medalia, Igor Weber, Achilleas S. Frangakis,
Daniela Nicastro, Günther Gerisch, and Wolfgang Baumeister
p. 1209-1213.
応力で破壊されること(Stressed Out)
脆い物質は、十分な力が与えられると壊れるか、その脆い物質が本来持っている強度を保
持するかのどちらかであるはずであり、応力の繰返し回数とは無関係なはずである。それ
ではなぜ脆い物質であるポリシリコンは繰返し疲労で壊れるのか?Kahnたち(p. 1215)は
内部残留応力をもつサンプルを作り、環境からの影響が静的破壊を増加することには影響
してないことを発見した。少ない回数の繰り返し応力を与えた後の破壊は、圧縮応力に対
するテンソル比と臨界応力以下で生じるクラックに大きく依存している。環境的要因は繰
り返し応力の回数が多く与えられたときの疲労に対して重要になる。(hk)
Fatigue Failure in Polysilicon Not Due to Simple Stress Corrosion
Cracking
H. Kahn, R. Ballarini, J. J. Bellante, and A. H.
Heuer
p. 1215-1218.
進化の要点(The Long and the Short of Evolution)
精子の形状は、種の分化につれて最も急速に異なっていく性質の一つである。ショウジョ
ウバエ属における精子の長さの極端な多様性は、進化がいかにして起きているかを調べる
ための理想的な系である。MillerとPitnickは、キイロショウジョウバエにおいて、精子
の形状とメスの生殖路の形状が競合的に相互作用して、多様なオスの受精の成功不成功を
決定していることを示している(p. 1230)。実験研究によると、ちょうどクジャクのメス
が、オスの尾の長さで相手を選ぶように、精子の尾の長い方が選ばれやすいことが示され
た。(KF)
Sperm-Female Coevolution in Drosophila
Gary T. Miller and Scott Pitnick
p. 1230-1233.
結果の予期(Anticipating Outcomes)
理論生態学を用いて、保存の努力の成果に優先順位をつけるということが、2つの報告の
テーマになっている(CoteとReynoldsによる展望記事参照のこと)。KolarとLodgeは、北米
の五大湖に侵入した魚の種を分析して、侵入に成功する外来種が共通にもつ特徴を同定し
た(p. 1233)。彼らは、種特異的な生態学的リスク評価のための広く使える定量的な手法
を開発し、現在ユーラシアのPonto-Caspian海盆由来の種の将来の脅威について、五大湖
におけるその定着や伝播、影響の面から種ごとに予測した。Lensたちは、ケニアの雨林に
いる鳥類に対する、生息地の断片化や悪化の総体的な影響を調べた(p. 1236)。彼らは
、種が分断された生息地で繁殖する傾向と、同じ種がパッチに入植し、環境悪化したパッ
チに耐える能力との相関を報告している。彼らはこの知見と歴史的な博物館からのデータ
を結びつけ、ストレスの影響の基準である、形態の非対称振動の測定によって、生息地の
質の低下の効果に言及している。著者たちは、個々の種の特徴を、生息地の占有の高い信
頼性での予測に用いることができる、と結論づけている。(KF)
Ecological Predictions and Risk Assessment for Alien Fishes in
North America
Cynthia S. Kolar, David M. Lodge
p. 1233-1236.
Avian Persistence in Fragmented Rainforest
Luc Lens, Stefan Van Dongen, Ken Norris,Mwangi
Githiru,Erik Matthysen
p. 1236-1238.
Predictive Ecology to the Rescue?
Isabelle M. Cote and John D. Reynolds
p. 1181-1182.
穀粒に関する考察(Gleanings About the Grain)
植物の成長点は、若枝や花序や花になっていく細胞の未分化なソースとして機能する。ト
ウモロコシでは、徐々に明確になっていく一連の成長点から穀粒が発生する。Chuckたち
(p. 1238)は、branched silkless 1 (bd1)というトウモロコシ変異の分析によって、この
変異が小穂成長点の性質に影響し、不定形な枝分れを発生させることを示している。トウ
モロコシのbd1遺伝子と他の草の遺伝子の類似性を考えれば、殻粒花序の構造の区別が早
期に進化してきたことを示唆している。(An)
The Control of Spikelet Meristem Identity by the branched
silkless1 Gene in Maize
George Chuck, Michael Muszynski, Elizabeth Kellogg,
Sarah Hake, and Robert J. Schmidt
p. 1238-1241.
情報伝達経路の選択(Picking a Signaling Pathway)
多数の遺伝子が多様刺激に応じてひとつの転写制御因子によって制御される場合には、特
異性はどのようにして得られるのであろうか?Hoffmannたち(p. 1241;TingとEndyによる
展望記事参照)は、NF-kBという転写制御因子がIkBという阻害剤タンパクの3つの異なって
いるイソ型によってどのように区別して制御されるかを研究した。ひとつのIkBイソ型だ
けを発現する遺伝子組み換え細胞から得られる生化学的データと計算モデリングを組み合
わせて、研究を行なった。細胞が刺激にさらされている間に、どのIkB-NF-kB経路とどの
下流標的遺伝子が活性化されるかを決定するのは二方式、かつ、一時的な信号処理の機構
である。(An)
SIGNAL TRANSDUCTION:
Decoding NF-kB Signaling
Alice Y. Ting and Drew Endy
p. 1189-1190.
The I-kappa B-NF-kappa B Signaling Module: Temporal Control and
Selective Gene Activation
Alexander Hoffmann, Andre Levchenko, Martin L. Scott,
and David Baltimore
p. 1241-1245.
成体の脳の可塑性(Plasticity in the Adult Brain)
脳において、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)は、細胞外マトリックスの重
要な成分である。成体において、それらはニューロン周囲ネットワークを形成し、これは
特に抑制性介在ニューロン周辺に集中している。これらのネットワークは、発達中の重要
時期(臨界期)を終わらせる抑制性メカニズムにおける重要な役割を果たしていると考えら
れている。Pizzorussoたち(p. 1248;FoxとCatersonによる展望記事を参照)は、ニュ
ーロン周囲ネットワークの発達と、臨界期の終了とのあいだ相関があることを示した。彼
らは、暗所飼育によってこの臨界期間が延長する場合には、ニューロン周囲ネットワーク
の成熟の遅れが伴うこともまた示した。結局、成体動物におけるCSPGの酵素的分解により
、可塑性が回復した。これらの知見から、成熟した細胞外マトリックスは、経験依存性の
可塑性の調節に、中心的な因子であることが、直接的に確認された。(NF)
NEUROSCIENCE:
Enhanced: Freeing the Brain from the Perineuronal
Net
Kevin Fox and Bruce Caterson
p. 1187-1189.
Reactivation of Ocular Dominance Plasticity in the Adult Visual
Cortex
Tommaso Pizzorusso, Paolo Medini, Nicoletta Berardi,
Sabrina Chierzi, James W. Fawcett, and Lamberto Maffei
p. 1248-1251.
振動方向が揃った(Vibrations Get Oriented)
振動スペクトルは分子数が多くなるほど複雑になり、その解釈はより困難になる。Dong と
Miller (p. 1227) は、ヘリウム液滴に電場を加えることによって、溶解した分子の振動
スペクトルのより詳細なデータを得ることができることを示した。強い直流場によって双
極子モーメント方向に分子の配向性を与えることができるし、分子の双極子モーメントの
方向と多様な振動遷移モーメントの方向の角度に応じて、配向性を強めたり弱めたりする
ことができる。著者たちは、アデニンのNH2グループを平面から傾けたり、シ
トシンの3つの互変異体を分離できることを示した。(Ej,hE)
Vibrational Transition Moment Angles in Isolated Biomolecules: A
Structural Tool
F. Dong and R. E. Miller
p. 1227-1230.
ニューロンミエリン形成の制御(Controlling Neuron Myelination)
ゲノムのDNAを染色質にパッケージすることを補助するタンパク質であるヒストンの共有
結合性修飾は、遺伝子発現と染色体の分離に重要な役割を果たす。タ末梢神経系の発生の
間のミエリン形成は、ニューロトロフィン類およびそれらの受容体を介したシグナル伝達
に依存する。Cosgayaたち(p. 1245;HempsteadとSalzerによる展望記事を参照)は、特
定のシグナル伝達経路の作用を解析する際に、いくつかのニューロトロフィン類はミエリ
ン形成を寄せつけず、そしてその他のニューロトロフィン類はミエリン形成を促進するこ
とを見出した。グリア細胞の発生から軸索ミエリン形成までのシフトは、ニューロトロフ
ィン-3およびそのチロシンキナーゼ受容体TrkCによるシグナル伝達から、脳-由来神経栄
養性因子と受容体p75NTRによるシグナル伝達までのシフトにより、もたらされる。正常な
発生の間にミエリン形成がどのように制御されるかについての洞察により、ニューロン損
傷の場面においてミエリン形成を取り扱う、より大きな能力を引き出すことができる
。(NF)
NEUROBIOLOGY:
A Glial Spin on
Neurotrophins
Barbara L. Hempstead and James L. Salzer
p. 1184-1186.
The Neurotrophin Receptor p75NTR as a Positive
Modulator of Myelination
José M. Cosgaya, Jonah R. Chan, and Eric M.
Shooter
p. 1245-1248.