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Science November 15, 2002, Vol.298


短信(Brevia)

抗-アミロイドβ受動免疫治療後の脳溢血(Cerebral Hemorrhage After Passive Anti-A beta Immunotherapy) アルツハイマー病のマウスモデルにおいて、Pfeifer たち (p. 1379)は、抗-アミロイド β抗体を用いた受動免疫治療後に脳溢血が顕著に増加することを見つけた。このことはア ミロイドβに対して免疫活性のあるアルツハイマー患者の一部に見られる神経炎症に良く 似ている。(Ej,hE)
Cerebral Hemorrhage After Passive Anti-A beta Immunotherapy
   M. Pfeifer, S. Boncristiano, L. Bondolfi, A. Stalder, T. Deller, M. Staufenbiel, P. M. Mathews, and M. Jucker
p. 1379.

標的ワクチン接種(Targeted Vaccination)

天然痘の病原菌がバイオテロリズムに利用された場合、免疫の無くなった現代人は大きな 被害を受ける可能性があるとアメリカ政府は問題提起した。これに対処する2つの戦略 、すなわち、天然痘の世界的流行をそのまま受け流しながら、病気にさらされた人だけに ワクチン接種するか(標的ワクチン)、全人類へのワクチン接種で対抗するか、の選択を 為政者たちは迫られている。Halloranたち(p. 1428; Koopmanによる展墓記事も参照)は 、学校や近所付き合いで互いに接触することを想定した2000人からなるコミュニティモデ ルを作り、病原菌が放出された後の経過を観察した。ワクチン接種の経験のある年代が現 存する社会では、標的ワクチン接種の方が、全員ワクチンよりも効率的な結果が得られた 。また、どのシナリオであっても、ワクチン使用量に対する効果で見ると、標的ワクチン 接種の効果の方が高かった。(Ej,hE)
EPIDEMIOLOGY:
Controlling Smallpox

   Jim Koopman
p. 1342-1344.
Containing Bioterrorist Smallpox
   M. Elizabeth Halloran, Ira M. Longini Jr., Azhar Nizam, and Yang Yang
p. 1428-1432.

量子カスケード従続で計算する(Calculating with Quantum Cascades)

低温において表面に並べた一酸化炭素(CO)分子1個の動きが、隣の分子を順次突き動かす 方式、つまり、分子カスケード、による動きによって、1回限りの論理演算を実行するよ うな装置が作られた。Heinrichたち(p.1381:表紙を参照のこと)は、銅(111)表面上の 同位体的に純粋なCO分子を形成し、非弾性電子トンネル効果スペクトルによってこれを同 定した。その次にこれらの分子は走査トンネル顕微鏡(STM)を用いてシェブロン・パタ ーン状に組み立てられる。この一端のCO分子をSTMチップでひと押しすると、これに誘導 されてカスケード状にホッピング動作が数秒間観察された。6ケルビン以下の温度でホッ ピング率は温度依存性がなかったが明白な同位元素効果を示した。これらは量子トンネル 効果の証明でもある。著者たちは、CO分子の初期位置と最終位置をそれぞれ0あるいは1と して割り当て、計算を実行するためにこれらの分子カスケード従続を用い、ANDゲートと ORゲートを作り上げた。また、このカスケードを交差させ、複数入力をもつ3入力ソータ ー回路として動作させることができた。(hk)
Molecule Cascades
   A. J. Heinrich, C. P. Lutz, J. A. Gupta, and D. M. Eigler
p. 1381-1387.

蒸発による損失(Evaporative Losses)

湖や開放容器中の水の蒸発比率は、地球規模の水循環の重要なパラメータである。過去 50年間に気温が上昇したが、直感的に考えれば、これによって蒸発量が増えたと思われる だろうが、事実は減少していた。Roderick と Farquhar (p. 1410; Ohmura と Wildによ る展望記事も参照)はこの原因として、雲が覆う領域が広がったか、大気エアロゾルの濃 度上昇を推測している。この問題で明らかなように、地球表面のエネルギーバランスには 人間活動の影響が無視できないことを強調している。(Ej,hE)
CLIMATE CHANGE:
Is the Hydrological Cycle Accelerating?

   Atsumu Ohmura* and Martin Wild
p. 1345-1346.
The Cause of Decreased Pan Evaporation over the Past 50 Years
   Michael L. Roderick and Graham D. Farquhar
p. 1410-1411.

活性の保持(Caught in the Act)

転写開始複合体を含む、T7 RNAポリメラーゼのプロモーター結合複合体に関する構造研究 から、極めて重要な洞察が得られてきた。しかし、これらの研究では伸長フェーズについ て述べてこなかった。T7 RNAポリメラーゼは短いRNAだけを作る開始フェーズから、安定 な伸長フェーズへと変化するが、実際3塩基対以上のDNA-RNA伸長は立体構造的に排除され る。Yin と Steitz (p. 1387)はT7 RNAポリメラーゼ伸長複合体を2.1オングストロームの 解像度で構造解析した。この複合体は、転写気泡と17-ヌクレオチドRNA転写物を内包する 30塩基対の2本鎖DNAを含んでいる。また、開始複合体に比べ、アミノ末端領域は大きな再 折りたたみが生じる。これによってプロモータ結合部位は完全に破壊され、7塩基対ヘテ ロ二重鎖のためのチャネルと、ヘテロ二重鎖から離れた後にRNA転写物を囲むトンネルが 構築される。これらの要因によって酵素が安定化し、伸長フェーズにおいて発展性を保っ ているのであろう。(Ej,hE)
IMMUNOLOGY:
Exposing Thy Self

   Pamela S. Ohashi
p. 1348-1349.
Projection of an Immunological Self Shadow Within the Thymus by the Aire Protein
   Mark S. Anderson, Emily S. Venanzi, Ludger Klein, Zhibin Chen, Stuart P. Berzins, Shannon J. Turley, Harald von Boehmer, Roderick Bronson, Andrée Dierich, Christophe Benoist, and Diane Mathis
p. 1395-1401.

汝、発現せよ!(Express Thyself!)

自己抗原と反応するほとんどのT細胞は発生中に胸腺から除去される。しかし、組織に制 約された自己タンパク質が、いったいどのようにして胸腺に行くことができるのか?この 疑問に対する1つの解は、胸腺の細胞でもある種の「組織に制約された」遺伝子を発現し ている、というものであった。Andersonたち(p. 1395; Ohashiによる展望記事も参照)は 、自己免疫性制御因子とかAireとか呼ばれている転写制御因子が、胸腺上皮細胞中での異 所性遺伝子発現を制御していることを示した。Aireが存在しないとマウスでは、唾液腺と か卵巣のような標的器官に対する自己免疫を発達させた。このとき、胸腺上皮性細胞によ る組織特異的遺伝子の発現は無かった。(Ej,hE)
Broadband Modulation of Light by Using an Electro-Optic Polymer
   Mark Lee, Howard E. Katz, Christoph Erben, Douglas M. Gill, Padma Gopalan, Joerg D. Heber, and David J. McGee
p. 1401-1403.

高速の高分子光変調器(High-Speed Polymer Light Modulators)

今日の技術では40ギガヘルツの速度で電気的データーを光学的キャリアーにコード化 する事は可能である。より高速の通信に対する要求を満たすためにはバンド幅を増す ことと、更に電気的情報を充分に早くコード化する高速の光学的素子が必要となる。 Leeたち(p. 1410)は、1.6テラヘルツを超えるスィツチング速度を持つ高分子電気光 学(EO)変調器に関する考え方と方法に関する研究を報告しており、情報スーパーハ イウエーで発生する通信上のボトルネックに関する可能な(一見あたりまえのようだ が)解決法を与えている。(KU)
GEOLOGY:
Serpentinite Seduction

   Derrill Kerrick
p. 1344-1345.
Simulation of Subduction Zone Seismicity by Dehydration of Serpentine
   David P. Dobson, Philip G. Meredith, and Stephen A. Boon
p. 1407-1410.

乾燥しているうちに地震になる?(Getting the Shakes While Drying Out?)

プレート沈み込み帯に沿って発生する中・深部の領域での地震(50 から 600kmの間の深 さ)発生の基礎となる力学の理解はまだ不十分なものである。Dobson たち (p.1407; Kerrick による展望記事を参照のこと) は、実験室での実験により、アンティゴライト 【註参照】の脱水現象は、プレート沈み込み帯の条件における圧力と温度において弾性エ ネルギーを解放するようになることを示している。これからみて、より深部の地震は脱水 反応に由来するものである可能性がある。(Wt,Og)
【訳注】アンティゴライト:蛇紋石(化学組成はほぼ 、Mg3Si2O5 (OH) 4)は、多形を呈するが 、そのうち単斜晶系のものをアンティゴライトという。ちなみに、蛇紋石は橄欖石、輝石 などの変質によってできる鉱物で、蛇紋岩の主成分である。(岩波理化学辞典より)
A Polytene Chromosome Analysis of the Anopheles gambiae Species Complex
   Mario Coluzzi, Adriana Sabatini, Alessandra della Torre, Maria Angela Di Deco, and Vincenzo Petrarca
p. 1415-1418.

蚊の中で進化(Evolution in the Mosquito)

蚊の一種であるAnopheles gambiaeはマラリアの主要媒介動物であるが、Coluzziたち(p. 1415)による40年近くにも及ぶAnopheles gambiaeとその近縁種における染色体逆位につい ての研究結果を報告している。この蚊の全種類の天然由来の複合体の分析から、標準的多 系遺伝子マップ(polytene chromosome map)と比べ、多形が少数見られるが、他の分類や 個体群には見られないという結果を示した。観察された多形の分布は優勢な生態学的条件 に関連しており、換言すれば、マラリアの感染に関連していることになる。著者たちは 、現在、新種が形成中であることについての証拠も見つけた。(Ej,hE)
NEUROSCIENCE:
GABA Becomes Exciting

   R・iger KIling
p. 1350-1351.
On the Origin of Interictal Activity in Human Temporal Lobe Epilepsy in Vitro
   Ivan Cohen, Vincent Navarro, Stéphane Clemenceau, Michel Baulac, and Richard Miles
p. 1418-1421.

てんかんと興奮の探究(Epilepsy and Excitation Explored)

ヒトの側頭葉てんかんは、苛酷で、生命を脅かす可能性のある障害である。Cohenたちは 、その病気の治療のための外科手術を受けたてんかんの患者から得た標本中のニューロン から記録をとった(p. 1418;また、Kohlingによる展望記事参照のこと)。海馬台と呼ばれ る脳の領域で、彼らは患者のEEG記録を暗示する同期的放出を観察した。この領域の錐体 ニューロンの亜集団においては、GABA作動性入力は抑制性のものではなく、むしろ脱分極 性のもの、つまり興奮性のものであった。(KF)
Transition State Stabilization by a Catalytic RNA
   Peter B. Rupert, Archna P. Massey, Snorri Th. Sigurdsson, and Adrian R. Ferré-D'Amaré
p. 1421-1424.

遷移状態にこだわる(Holding onto the Transition State)

多くのRNA酵素は触媒作用の助けに金属イオンを利用することはなく、それらに対応する タンパク質で利用可能な多数のアミノ酸に比べて、核酸塩基からなる限られた化学的在庫 に頼らざるを得ない。Rupertたちは、ヘアピン・リボザイムの遷移状態と生成状態とを反 映する2つの構造を提示している(p. 1421)。そこでは、バナジン酸塩が、リン酸ジエステ ルの切断の際に形成される5配位リンの遷移状態の類似体として用いられていた。こうし た結果は、リボザイムが、開始状態や生成状態より遷移状態をより緊密に結びつけている ことを示唆している。遷移状態安定化は、その機能的な多様性によって一般的な酸塩基触 媒作用あるいは静電気的触媒作用を好むタンパク質酵素におけるより、リボザイムにおい て普通のことである可能性がある。(KF)
Viral IL-6-Induced Cell Proliferation and Immune Evasion of Interferon Activity
   Malini Chatterjee, Julie Osborne, Giovanna Bestetti, Yuan Chang, and Patrick S. Moore
p. 1432-1435.

やり手ウィルス、やられる細胞(Viral Pusher, Cell Junkie)

カポジ肉腫ヘルペスウィルス(KSHV)は、B細胞白血病、ならびにウィルスが腫瘍細胞と 一緒に増殖している血液-充填型皮膚腫瘍を引き起こす。ウィルス感染は、宿主を誘導し て、内在性の免疫反応のメディエーターであるインターフェロン-α(IFN-α)を産生さ せる。Chatterjeeたち(p. 1432)は、IFN-αがKSHV-感染細胞を刺激して、宿主由来のサ イトカイン、インターロイキン-6(IL-6)ではなくウィルス由来のIL-6を産生させること を示す。宿主のIL-6は、2種の細胞表面受容体、gp80およびgp130に結合するが、しかしウ ィルスのIL-6は、細胞にシグナルを伝達するためには、gp130しか必要としない。別のウ ィルス感染の間、IFN-αは、gp80発現を阻害し、IL-6結合を妨害し、感染細胞をアポト ーシスによる細胞死へと運命付け、そして感染した宿主の排除に寄与する。それとは対照 的に、KSHV IL-6は、gp130のみ2結合することによりgp80の調節チェックポイントを迂回 して細胞にシグナルを伝達し続け、それにより細胞を効果的に不死化し、そしてその細胞 およびウィルスがともに増加することを可能にする。(NF)
53BP1, a Mediator of the DNA Damage Checkpoint
   Bin Wang, Shuhei Matsuoka, Phillip B. Carpenter, and Stephen J. Elledge
p. 1435-1438.

損傷を調べる(Surveying the Damage)

正常な細胞は、DNA損傷に対して、細胞周期を停止させ、そしてDNA修復を開始し、それに より潜在的に危険な遺伝子異常の蓄積を防止することにより、反応する。いくつかのタン パク質は、DNA損傷チェックポイントを制御する際に重要であるが、しかしそれらがどの ように協調しているかについての詳細は、未だに解決されていない。Wangたち(p. 1435)は、腫瘍抑制性タンパク質であるp53に結合する能力を有することからもともとは 同定されたタンパク質である、53BP1に注目した。小型の干渉性RNA(small interfering RNA;siRNA)を用いて53BP1を阻害すると、細胞を適度なレベルのイオン化放射線 (IR)を曝露した後に正常では見られるDNA合成の減少および細胞周期の進行が、妨害さ れた。この変化は、その他のチェックポイントタンパク質である、Brca1およびChk2のリ ン酸化が、53BP1により部分的に減少すること、そしてIRに反応した核内でのBrca1フォ ーカス形成を崩壊させることと関連した。したがって、53BP1は、チェックポイント制御 シグナルとDNA修復機構とを制御することを介して、ゲノム安定性を保存する際に直接的 な働きをしているようである。(NF)
Structure of a Langmuir Film on a Liquid Metal Surface
   H. Kraack, B. M. Ocko, P. S. Pershan, E. Sloutskin, and M. Deutsch
p. 1404-1407.

総てが横になって(All Fall Down)

典型的なラングミュア単分子膜において、吸着された分子の親水性の頭部が水媒体に向き 、尾部はほぼ垂直に向く。圧力や表面カバレージの変化は充填密度を変えるが、チルト角 度の変化は小さい。Kraackたち(p. 1404)は、水媒体を吸着分子に対してはるかに低い親 和性をもつ水銀におきかえた。高いカバレージにおいて、分子は立ったまま吸着し、低い カバレージにおいて二次元的な気相的挙動が観測された。しかしながら、中間的なカバレ ージにおいて、彼らは表面に対して横になった単分子層と二重層の分子相を見い出した 。(KU)
Requirement of Hos2 Histone Deacetylase for Gene Activity in Yeast
   Amy Wang, Siavash K. Kurdistani, and Michael Grunstein
p. 1412-1414.

転写の活性化と抑制(The Ups and Downs of Transcription)

真核生物のDNAは、ヒストンと共にヌクレオソームに組み込んで、転写制御因子の結合を 妨害することができる染色質の構造を形成する。ヒストンのアセチラーゼとデアセチラ ーゼは、酵素の複合体であり、転写性の活性化と抑制にそれぞれが機能する。Wangたち (p. 1412)は、染色質の免疫沈降アッセイを用い、Hos2pというヒストンデアセチラーゼと 標的遺伝子の結合を研究し、転写的に活動する遺伝子の翻訳領域だけにHos2pが関与する ことを示している。従って、ヒストンデアセチラーゼは、活性化および抑制の両方に機能 するのである。(An)
Critical Roles of Activation-Induced Cytidine Deaminase in the Homeostasis of Gut Flora
   Sidonia Fagarasan, Masamichi Muramatsu, Keiichiro Suzuki, Hitoshi Nagaoka, Hiroshi Hiai, and Tasuku Honjo
p. 1424-1427.

クラス以上を制御すべき(More to Control Than Class)

免疫グロブリンA(IgA)の分泌性クラスは、腸管粘膜におけるB細胞の免疫応答に優勢であ る。B細胞からIgAにの切り換えは、活性化誘発のシチジンデアミナーゼ(AID)という酵素 によって制御されるが、この酵素がIg遺伝子の体細胞性過剰変異(SHM)も制御する。従っ て、AID欠乏マウスもIgA欠乏マウスも粘膜のIgM抗体の優性を示すことになる。しかし 、Fagarasanたち(p. 1424)が報告しているように、AID変異体マウスは腸における苛酷な 細菌叢の成長による苦痛を与えること共に腸のB細胞の過剰増殖が起こるによって単独の リンパ系濾胞の過形成が引き起こされるが、この成長はIgA欠失の場合には発生しない 。このように、体細胞性過剰変異が適切な抗体クラスへの切り換えと共役することが、腸 の細菌の管理とB細胞免疫の制御に必須なのようである。(An)
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