Science June 5 2025, Vol.388

すばらしい冷却塗料 (A cool paint)

ビルの屋上や外装は、受動的に冷却するために利用できるが、効果的に冷却するためには適切な特性を持つ材料を必要とする。Feiたちは、放射冷却と気化冷却の両方で冷却し、湿度の高い環境でもビルを比較的涼しく保つと思われる塗料を設計した。放射冷却は温度を下げるのに効果的であるが、その材料が空に面している必要がある。気化冷却を合わせて行う塗料を設計することで、建物の側面に適用した場合でもこの材料を効果的にすることが可能になる。(Sk,kh)

Science p. 1044, 10.1126/science.adt3372

悲しい解決策 (A sad solution)

数十年にわたる多大な努力と資金の投入にもかかわらず、一部の国での根拠のない健康増進に効能があるという主張に基づくサイ彼らの角の市場のため、彼らの個体数は減少し続けている。時とともに、サイの密猟は数百万ドルの違法取引になってきており、これは多くの場多国籍犯罪組織によって支配される。この危機をものともせずに、巡視員の増員から追跡犬まで様々な手法を用いて、わずかな残存するサイを守るために年間数百万ドルもの費用を投じて人生を捧げる数多くの地元の英雄たちがいる。Kuiperたちは、これらの手法の有効性を調べ、ただ一つ、角を切除することで密猟者の報酬を減らすことだけが、サイの減少を有意に減少させたことを見出した。(Sk,nk,kh)

Science p. 1075, 10.1126/science.ado7490

量子計量を測る (Measuring the quantum metric)

量子計量は、複素数の量子幾何テンソルの実数部であり、輸送特性を含む固体の電子的特性に関係している。量子計量は人工的な系においては直接測定されてきたが、固体中の完全なテンソルの決定は困難と分かっている。Kimたちは、黒リンにおける光電子放出測定を用いてこの量を抽出した。彼らは、この手法が類似のバンド構造を持つ他の物質にも拡張できると期待している。(Wt)

Science p. 1050, 10.1126/science.ado6049

昆虫がカーボン・リングを変換する (Insects transform carbon rings)

基質をハスモンヨトウ(Spodoptera litura)に摂取させた後に、酸素原子がカーボン・ベルトとカーボン・リングの分子に挿入された。宇佐見たちは、昆虫が生体外異物経路を介してメチレン架橋[6]シクロパラフェニレンというカーボン・ナノリングを処理できるかどうかを調べた。試験した昆虫のうちハスモンヨトウのみが生き残り、かつハスモンヨトウの排泄物の調査が、ハスモンヨトウがこの分子を10%の収率で普通でないオキシレン誘導体に変換したことを示した。[n]シクロパラフェニレンでは、[6]シクロパラフェニレンのみに酸素原子がフェニル基間結合に挿入された。(Sh,nk,kh,KU) (参考1) https://www.riken.jp/press/2025/20250606_1/index.html (参考2) https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250606/pdf/20250606.pdf

【訳注】
  • カーボン・リング:芳香環同士が一つの単結合を介して環状に連結した分子。[n]シクロパラフェニレンは、n個のベンゼン環がパラ位で環状につながった化合物。
  • カーボン・ベルト:ベンゼン環が縮環してできた無端ベルト様の有機分子。これをテンプレート分子として伸長することで、単一構造のカーボンナノチューブ合成が可能ではないかと期待されている
  • ハスモンヨトウ:ヨトウムシの一種。幼虫は極めて広食性で、野菜、畑作物、花卉、果樹にまで被害を及ぼす害虫。
  • 生体異物:生体内に存在する化学物質のうち、自然には産生されないもの、または存在するはずのないもの。
  • 普通でないオキシレン誘導体:ここではメチレン架橋[6]シクロパラフェニレンの、メチレン架橋に並行する単結合に、酸素原子が挿入された分子のこと。
Science p. 1055, 10.1126/science.adp9384

メノミニー、トウモロコシ、および植民地化以前の「ミシガン」 (The Menominee, maize, and precolonial “Michigan”)

西暦1000年から1600年の間、アメリカ大陸の先住民によってトウモロコシが集約的に栽培されていた。しかしながら、トウモロコシはもともと熱帯から亜熱帯の植物であり、その生産の大部分は同様の環境で行われていたと考えられてきた。McLeesterたちは、遠隔空間測定や発掘調査を含む一連の手法を用いて、ミシガン州アッパー半島のメノミニーの遺跡を調査し、その生育が可能な最北端においてさえ、広範なトウモロコシ農業とそれに伴う文化複合体があった証拠を明らかにした。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • メノミニー:ウィスコンシン州とミシガン州半島部のメノミニー川流域に居住するアメリカ先住民
Science p. 1082, 10.1126/science.ads1643

統合された二つ組み (An integrated couple)

人為的な活動が、炭素と窒素の循環を大きく乱し、明確な生態学的影響をもたらしている。この影響を最小限に抑えるための効果的な管理が、環境ネットワークと人間社会の持続可能性を維持するために不可欠である。中国に焦点を当てて、Xuたちは炭素と窒素の流れとその相互作用を定量化するための統合モデルを開発した。これらを共に統合的に管理することで、炭素と窒素の大幅な削減が、別々に扱う場合よりも,より低い削減コストと、より大きな社会的利益を伴って達成できるかもしれない。(Uc,KU,nk,kh)

Science p. 1098, 10.1126/science.ads4105

より実際的な臓器モデル (More realistic organ models)

哺乳類の発生段階を追跡することは、よくても至難の技で、ヒト胚でそれを行うのは多くの場合不可能である。ヒト由来細胞から作られたオルガノイドは扱いやすい代替物を提供するが、多くの場合、本来の生物に存在する重要な細胞型を欠き、生理学的な発生の間に見られる細胞微小環境を適切に模倣することができない。Abilezたちは数多くの分化条件を試験することで、血管付き心臓および肝臓のオルガノイドへと分化するヒトiPS細胞の培養方法を開発した。これらの血管付きオルガノイドは、心臓および肝臓の発生の研究に使うことや、また、ヒト臓器の発生に及ぼす薬剤曝露の影響など、より緊急性の高い実際的な問題への取り組みに使うことができるかも知れない。(MY,kh)

Science p. 1038, 10.1126/science.adu9375

タウリン低下は老化を推し進めないかもしれない (Taurine loss may not drive aging)

いくつかの研究(2023年にSinghたちによって公開された研究など)は、タウリン濃度が加齢とともに低下することを示しており、またその補給で、健康寿命と生命寿命の両方が向上すると示唆されてきた。今回Fernandezたちは、マウス、非ヒト霊長類、および3つ異なる大規模ヒト調査対象群に対して長期的になされた(すなわち、同一の個人に対して繰り返しなされた測定を用いた)結果について報告していて、それはより複雑な実態を描き出している。著者たちは、体内循環タウリン濃度の個人間の大きな変動と、加齢によるタウリン濃度の上昇を、女性で見出した。タウリン濃度と健康状態の程度との明確な関連もまた無かった。このように、タウリン補給の恩恵の可能性はさまざまな変数と個人の状況に依存するらしいのである。(MY,kh)

Science p. 1039, 10.1126/science.adl2116; see also 10.1126/science.abn9257

ISWIによるクロマチン・リモデリングの機構 (Mechanism of chromatin remodeling by ISWI)

クロマチン・リモデラーは、ゲノムDNAに沿ってヌクレオソームを滑らせるモータータンパク質であり、クロマチン構造と遺伝子活性の調節に重要な役割を果たしている。Siaたちは、低温電子顕微法を用いて、クロマチン・リモデラーISWIがヌクレオソームの位置を活発に換える様子を捉えた。この研究は、リモデラーがATP加水分解のエネルギーをどのようにしてヌクレオソームの移動に結び付けるかを図解する分子動画を与え、過剰なリモデリングを防ぐISWI調節の機構を明らかにする。(KU,kh)

【訳注】
  • クロマチン・リモデリング:染色質再構築(chromatin remodeling)。
Science p. 1040, 10.1126/science.adu5654

ナノワイヤで視覚を回復させる (Restoring vision with nanowires)

人工網膜インプラントは、失明者や視覚障害者の視力改善が期待できる。Wangたちは、可視と赤外両方の領域で効率的な光電変換を可能にする、テルル・ナノワイヤ(TeNWN)を用いた神経補綴素子を開発した(Fernandezによる展望記事参照)。TeNWNは優れた生体適合性を示し、外部電源を必要としない。この神経補綴素子は、マウスおよび非ヒト霊長類モデルにおいて、視力を改善することができた。TeNWNの使用は、失明者や視覚障害者の視力回復における網膜神経補綴素子の有効性を大幅に向上させるかもしれない。(Sk)

Science p. 1041, 10.1126/science.adu2987; see also p. 1025 10.1126/science.ady4439

神経繊毛は摂食行動を調節する (Neuronal cilia regulate feeding)

神経細胞上のアンテナのような構造である一次繊毛は、脳内のエネルギー・バランスの調節に重要な役割を果たしている。視床下部の特定の領域では、これらの繊毛にメラノコルチン4受容体(MC4R)とアデニル酸シクラーゼ3受容体(ADCY3)が局在しており、これらはいずれも肥満と関連づけられてきた。マウスにおける研究で、Xunたちは繊毛局在型GPR45(オーファンGタンパク質共役受容体)を摂食行動の調節因子として同定した(AsthanaとJacksonによる展望記事参照)。GPR45はGタンパク質サブユニットGasを繊毛中に動員し、そこでMC4Rシグナル伝達を増強するとともにADCY3を活性化し、繊毛内で特異的にサイクリックAMP濃度を上昇させた。このように、GPR45はこの局所的なシグナル伝達経路を調節することで、食物摂取を調節し、エネルギー恒常性に寄与している。(KU)

Science p. 1042, 10.1126/science.adp3989; see also p. 1026, 10.1126/science.ady6368

多数の神経調節物質を同時に検出 (Multiple neuromodulators at once)

in vivoにおける異なる神経調節物質間の相互作用を理解するには、in vivoで多数の神経化学物質を同時に検出できる信頼性と特異性を備えたセンサーの開発が必要である。Zhengたちは、遠赤外線スペクトルで機能するHaloDA1.0と名付けた遺伝子コード化ドーパミン・センサーを開発した。これにより、他の神経調節物質用の既存の緑色および赤色センサーと同時に、in vivoでのドーパミン・シグナル伝達を検出することが可能になる。著者たちはHaloDA1.0の詳細な特性評価を示し、このセンサーが覚醒マウスの脳における多色画像化に適合することを実証している。このセンサーは、覚醒動物における多数の神経調節物質が関与する複雑な回路の研究を可能にする。(KU,kh)

Science p. 1043, 10.1126/science.adt7705

お助け金属で圧力を低減する (Reducing pressure with a helper metal)

リチウム固体電池の課題は、電池の充放電サイクルが行われるにつれて、リチウムと電解質の界面にボイドが形成されることである。なぜならば、界面接触が失われると、電池の性能が低下するからである。この問題に対する代表的な解決策は、積層圧力をかけてリチウムを変形??させることであるが、それに必要な圧力は実現不可能なものである。Yoonたちは、リチウムを最大20%のナトリウムと合金化することで、高圧の必要性を取り除いた(Spencer-Jollyによる展望記事参照)。ナトリウムは混和しないため、リチウムの微細構造内にドメインを形成する。 しかしながら、ナトリウムはまた優れた導電体でもあるため、固体電解質界面にリチウムが沈着すると、ナトリウムはやはり従来通り界面から離れる。蓄積することで良好な電気的接触が確保される。しかし、充電中にリチウムがめっきされると、ナトリウムは界面から離れてしまう。(Wt,nk,kh)

Science p. 1062, 10.1126/science.adt5229; see also p. 1024, 10.1126/science.ady3208

怪獣たちのいるところ (Where the wild things are)

多くの大型海洋動物が絶滅の危機に瀕している。この問題に対処するため、昆明・モントリオール世界生物多様性枠組みは、世界の海洋の少なくとも30%を保護、保全、管理するという目標を設定した。しかしながら、海域に基づく保全は、高度に移動性の海洋種に対して、特に、海洋における動物移動の空間的・時間的動態に関する理解が限られている場合には、有効性が限定される可能性がある。Sequeiraたちは、100種を超える数千頭の大型海洋脊椎動物からの追跡データを収集し、重要な回遊回廊と多くの種が生息する海域を特定した(GerberとDavisによる展望記事参照)。彼らの研究結果は、移動の多発地域を示し、そして30%の保護は、特に生物多様性への脅威の分布を考慮すると、効果的な保全には不十分だろうことを明らかにしている。(KU,nk,kh)

Science p. 1086, 10.1126/science.adl0239; see also p. 1022, 10.1126/science.ady4423

臭いを捉える (Catching a whiff)

海洋の無酸素域が拡大するにつれて、それらの下の堆積物中に生息する微生物が、強力な温室ガスである亜酸化窒素をさらに発生させるかもしれない可能性があり、その結果、地球温暖化を加速させてしまうかもしれない。しかしながら、多くの領域の無酸素堆積物はまた、好気性の亜硝酸塩酸化細菌の繁栄集団を宿していることが近年発見された。どうしてそんなことが可能なのだろうか? Buchananたちは、一時的な酸素の侵入がこれら好気性細菌(無酸素域の温室効果ガス発生に対する潜在能力を予測するときに考慮が必要な因子)、の大発生を促進することを見出した。(MY,kh)

Science p. 1069, 10.1126/science.ado0742