Science May 29 2025, Vol.388

植物は熱に耐えられる (Plants can take the heat)

植物の呼吸は、人為起源の炭素排出量の数倍にも相当する。呼吸は気温の上昇とともに増加し、正のフィードバック・ループを形成する。しかし、植物はより暖かい気温に順応し、呼吸速度を低下させることができる。Zhangたちは、生態学的進化的最適性原理に基づくモデルを用いて、植物体内の水の粘性低下によって引き起こされる温暖化への呼吸順応速度を予測した。そして、野外および実験室で収集された186種の木本植物の幹呼吸の測定値データセットを用いて、これらの予測を検証した。温暖化順応を排出量予測に組み込むことで、陸上からの炭素排出量の推定値は約3分の1減少した。(Uc)

Science p. 984, 10.1126/science.adr9978

夏の昼夜を生き延びる (Surviving summer days and nights)

多座配位子の蒸着は、電荷輸送層へのヨウ化物の移動を阻害し、表面欠陥を低減することにより、ペロブスカイト表面を安定化させる。Sunたちは、予め形成されたホルムアミジニウム・ヨウ化鉛膜を、テルピリジン分子で処理してその表面の欠陥八面体を覆ったが、そのことが明暗の繰り返しによって引き起こされるイオン移動の低減に役立った。大面積ペロブスカイト太陽電池モジュール(面積約0.08平方メートル)は、約19%の電力変換効率を有し、45日間の夏季の屋外での動作後もこの出力を維持した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 多座配位子:1分子で2箇所以上に孤立電子対を有しており、金属イオンなどと2箇所以上で配位結合できる箇所を有した化合物。
Science p. 957, 10.1126/science.adv4280

古代ヒト族の物語を伝える (Telling ancient hominin tales)

初期ヒト族の動物相は種が豊富で、更新世のアフリカでは多くの系統が並行して存在していたことが現在ではよく知られている。しかしながら、これらの系統の多くの中での多様性に関する知識は限られていた。それは現状の古代DNA技術が、約20万年よりも前の遺伝子配列を明らかにすることができないためである。Madupeたちは、特別良好な状態で保存された、ほぼ2百万年前のパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)の歯由来タンパク質の配列を調べた。著者たちはプロテオミクスの手法を使って、個々の歯を性に割り当てることと、複数のヒト族集団の存在を示唆する多様性のパターンを特定することができた。(MY,kh)

【訳注】
  • パラントロプス・ロブストス:約200万〜100万年前にアフリカ南部に生息していたヒト族の一種。ホモ属とは異なるパラントロプス属(頑丈型)に属しているが、ヒト族進化の多様性を研究する上で重要な対象となっている。
  • プロテオミクス:生体内の細胞や組織における、タンパク質の構造・機能を総合的に解析する研究手法。
Science p. 969, 10.1126/science.adt9539

北極圏にいた白亜紀の鳥類 (Cretaceous birds in the Arctic)

今日の世界では、鳥類は極地における生態系の重要な構成要素を代表している。これは、これらの地域で生じる極端な季節変化にもかかわらず正しい。白亜紀の世界は現在よりもかなり温暖だったが、それでも極地域は何か月もほぼ完全な暗闇となり、極端な寒さを被らずとも、この地域が定住には困難な環境であったことを示唆している。Wilsonたちは、白亜紀後期の北極圏から得られた鳥類化石群について報告している。この化石群は、複数の種の幼鳥と成鳥の両方を含んでおり、鳥類がその進化の早い時期に北極圏地域で繁殖を開始したことを示唆している。(MY,kh)

Science p. 974, 10.1126/science.adt5189

頑強な高エントロピー酸化物 (Robust high-entropy oxides)

5個の遷移金属を含有する酸化物が、高温安定性と腐食安定性、および、高い耐摩耗性と高剛性を持つことが今では明らかにされている。Shahbaziたちは、金属硫化物からなる前駆体を酸化することで、これらの金属の相分離を抑制した。得られた金属酸化物ナノリボンは、強酸中と強塩基中で、1000°Cまでの温度で、また、12ギガパスカルまでの高圧下で、安定だった。それらは、30ギガパスカルを超える圧で可逆的なアモルファス化を起こした。(MY,kh)

Science p. 950, 10.1126/science.adr5604

量子電気力学の検証 (Testing quantum electrodynamics)

原子核の周りを回る3つの電子を持つリチウムに似たイオン(リチウム様イオン)は、量子電気力学(QED)の予測の検証に使うことができる。リチウム様の系には電子間相互作用が存在するため、このような検証は水素様イオンで可能な検証よりも厳密なものとなる。最近、リチウム様ケイ素とカルシウムのg因子に関する理論と実験の間に存在した不一致は解決されたが、より重いリチウム様イオンを用いたこの解決の検証は依然として困難であった。Morgnerたちは、はるかに重いリチウム様スズ・イオンのg因子を高精度で測定し、QED計算と比較した。彼らが見出した一致は、これまで未解明であった領域における理論計算の信頼性を与えるものである。(Wt,nk,kh)

Science p. 945, 10.1126/science.adn5981

もっと小さく、もっと良く、もっと速く (Smaller, better, faster)

機械学習において、正確な予測を生成するためには、正確で適切にアノテーション(注釈)が付与され、適切に分散された学習データに依存している。高処理量手法は、非常に大規模な学習データセットを生成する手段を提供する。Götzたちは、薬物類似分子を生成する3成分反応に基づいて、オンデマンドで小型化・自動化された合成プラットフォームを開発した。著者たちは、5万種類の異なるマイクロスケール反応に基づくデータセットを用いた機械学習を活用して、未知の反応物を用いる反応の正確な予測方法を開発した。このデータセットは、化学反応性に対して新たに現れる機械学習手法を批判的に評価するのに十分な大きさである。(Wt,kh)

Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adw6047

変移しつつある季節性 (Shifting seasonality)

気候変動は、気温の上昇、降水様式の変化、そしてより頻繁な異常気象の発生などによって、広く認められる影響を生態系に及ぼしつつある。まだよく分かっていないことは、時期の変移、規模、および変動の一貫性を含む、季節様式の変化の影響である。Hernández-Carrascoたちは、総説の中で、個体から集団、そして生態系全体に至るまで、季節の変移が生物学的水準に及ぶ可能性のある様々な観点を統合した。著者たちは、環境に対する個体群動態の反応、季節的傾向に対する種の特化、および進化的制約が、変化しつつある季節性への生態学的反応で果たす役割に光を当てている。(Sk,kh)

Science p. 928, 10.1126/science.ads4880

赤いお菓子の起源をたどる (Tracing the origins of a red confection)

多くの菓子で赤い餡が使われることから、アズキは東アジアにおける重要なマメ科植物である。しかしながら、この植物の歴史と栽培化については矛盾する証拠が多かった。Chienたちは、野生と栽培アズキの693の系統種から得られたゲノム・データを解析した。栽培系統種群はそれらの葉緑体ゲノムにおいて、日本の野生系統種群と高い類似性を示したが、中国の品種は核ゲノムのより高い多様性レベルを示していて、その多様性は多くの場合、起源集団であることを示唆するものである。これらの結果は、アズキの栽培化が日本で生じたらしいこと、また、中国の野生変種群からの遺伝子移入がアズキの複雑なゲノム・パターンの原因である、ということでうまくまとまった。(MY,nk,kh)

Science p. 932, 10.1126/science.ads2871

マウスとヒトにおける情動処理 (Emotion processing in mice and humans)

多くの動物種では明瞭な情緒状態を示すことが示されてきた。しかしながら、個別の出来事に対する情動応答の出現の根底にある神経機構についてはほとんど知られていない。Kauvarたちは、マウスとヒトで行動的、薬理学的および電気生理学的実験を並行して行って、顕著な嫌悪刺激を感覚的および情動的に処理する基礎を形成する進化的に保存された脳信号を特定した(KaramihalevとGogollaによる展望記事参照)。刺激特異的な(感覚)情報が哺乳動物の脳全体に急速に広まった後、脳全域のネットワークで、より遅くかつより持続的な(情動)活性化が起こる。変換がなされるこれらの結果は、種を越えた感情状態の神経基質をより理解しやすくする。(hE,nk,kh)

Science p. 933, 10.1126/science.adt3971; see also p. 917, 10.1126/science.adx8992

発ガン性BRAF変異体の可視化 (Visualizing oncogenic BRAF mutants)

タンパク質キナーゼBRAFは、RAS低分子グアノシン三リン酸分解酵素からの細胞分裂促進シグナル伝達に機能し、細胞分裂促進因子-活性化タンパク質キナーゼを活性化する。活性化BRAF変異体は発ガン性である。Lavoieたちは、低温電子顕微法を用いてこのような変異体の構造を解明したが、この方法は構造変化が酵素内の自己抑制ドメインの相互作用をどのように開放するかを明らかにするのに役立つ。BRAF阻害剤は、自己抑制ドメインとキナーゼ・ドメインの相互作用を回復させることが見出された。これらの結果は、正常BRAFと発ガン性BRAFの調節機構を説明するのに役立ち、ガン治療におけるより効果的な阻害剤の開発を助ける可能性がある。(KU)

【訳注】
  • BRAF(B-Raf):ヒトのBRAF遺伝子にコードされるタンパク質で、細胞の成長や分化に関与する重要な役割を果たしている。
  • RAS:ラット肉腫(rat sarcoma)
Science p. 934, 10.1126/science.adp2742

古代のチベットと雲南省に由来するゲノム (Genomes from ancient Tibet and Yunnan)

人類の移動の波は、世界中で集団の混合と再編成をもたらし、古代のDNAがなければ解明が困難な複雑な変化の多い経歴を生み出した。Wangたちは、7100年前から現生に至る中国南西部に居住していた127人の古代人のゲノム配列を解析した。中央雲南省祖先の現代オーストロアジア語族への寄与といった詳細な集団動態の決定に加えて、著者たちは、チベット人に寄与したと長い間憶測されていた「幽霊」集団に類似した、大きく分岐した系統の代表となる可能性のある集団を明らかにした。この研究は、この地域に居住した集団についてのより深い洞察を与える。(KU,kh)

【訳注】
  • アウストロアジア語族:約6500万人の話者を持つ東南アジアからインド東部・バングラデシュに散在する言語の語族。
Science p. 935, 10.1126/science.adq9792

時計遺伝子は蛾の休眠にも影響を及ぼす (Clock genes also affect moth diapause)

他の種の冬眠と同様に、休眠は昆虫が厳しい季節の間ずっと休止状態を維持することを可能にする。Zhengたちは、休眠の時期と発現が異なる系統の蚕蛾(Bombyx mori)におけるこの形質の遺伝的基盤を調べた。この多様性には、Cycle遺伝子を包含するピークを含むいくつかのゲノム遺伝子座が関連している。(Cycleの産物である)転写因子は、種間の概日リズムに重要であることがよく知られている。休眠表現型を完全に欠く系統は、Cycle産物のうちの1つのアイソフォームを完全に破壊するフレームシフト変異のホモ接合体だった。鱗翅目(蛾と蝶)に広がってCycle遺伝子が保存されていることを考えると、この遺伝子はより広範囲に休眠を制御している可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • 遺伝子座:染色体上の遺伝子や特定の塩基配列の位置。本研究では、ゲノムワイド関連解析を用いて、休眠変異に関わる主要遺伝子座をマッピングして考察している。
  • アイソフォーム:同一の遺伝子から発現する複数の異なるタンパク質。
  • フレームシフト変異:DNA配列の欠失や挿入によって、その配列の読み方がずれることで生じる遺伝子変異。
  • ホモ接合体:二倍体生物の遺伝子座が同一の対立遺伝子を持つ個体。ここでは対立遺伝子がともに同じフレームシフト変異体であることを示している。
Science p. 936, 10.1126/science.ado2129

リング・ア・リング・オ・ローゼス (Ring a ring o’ roses)

ペストは、歴史を通じて何度もヒトと齧歯類の集団に同様に、壊滅的な打撃を与えてきた。Sidhuたちは、古代と現代の試料でのペスト病原菌Yersinia pestisの病原性の遺伝学的特性を追跡した。彼らは、タンパク質分解酵素をコードする遺伝子である細菌の病原性因子plaが、流行後期に周期的に激減することを観察した。著者たちは、plaの激減が腺ペストのマウス・モデルにおいて病原性を低下させることを確認した。したがって、高い疾患死亡率に応答して、選択は病原性を弱めるように作用する可能性がある。これにより感受性宿主集団が断片化し、病原菌の伝播が不確実になった場合に、病原菌が耐性保有宿主内に存続することが可能になる。(Sh,kh)

【訳注】
  • リング・ア・リング・オ・ローゼス:18世紀頃からイギリスで唄い始められた、マザーグースに分類される子供たちが輪になって唄う遊び唄。ペスト菌に感染し敗血症になると、体のあちこちに出血班ができる。17世紀にペストが大流行したとき、この班をピンク色のバラの輪に見立て生まれた唄だとの説もある。
Science p. 937, 10.1126/science.adt3880

ペアリング対称性を探査する (Probing the pairing symmetry)

二テルル化ウランという物質は、スピン三重項特性と一致する可能性のある、興味深い特性を示す超伝導相を内包している。このような超伝導体は磁場の存在に対してより耐性があり、さらには位相的に非自明な励起状態を持っているかもしれない。しかしながら、この相の最も重要な特性の1つである超伝導の秩序変数の対称性は、依然として不明である。Guたちは、超伝導探針を備えた走査トンネル顕微鏡を用いて、この対称性を調べた(Nevidomskyyによる展望記事参照)。この結果を理論予測と比較することで、著者たちは、二テルル化ウランは非カイラル超伝導体であると結論付け、可能性のあるペアリング対称性を絞り込んだ。(Sk)

【訳注】
  • ペアリング対称性:物質内の電子がペア(超電導ではクーパー対)を形成する際の、その対称性。
Science p. 938, 10.1126/science.adk7219; see also p. 916, 10.1126/science.ady3202

少ない方がよい (Less is more)

気候が温暖化するとともに、氷河が融解し、海面上昇を引き起こし、自然災害を悪化させ、水供給、生物多様性、生態系に影響を与える。Zekollariたちは、異なる大きさの温暖化によって生じる氷河の損失量を推定し、産業革命以前の世界平均値より1.5℃だけ温暖化した場合と比較して、もし2.7℃まで気候が温暖化すると、氷河の質量損失がほぼ2倍になることを見出した(HoweとBoyerによる展望記事参照)。厳しい緩和政策がなければ、世界中の氷河は深刻な脅威にさらされるであろう。(Sk)

Science p. 979, 10.1126/science.adu4675; see also p. 914, 10.1126/science.ady1688

塩性フラーレン・アンカー (A salty fullerene anchor)

フラーレンのイオン性塩の薄層は、逆ペロブスカイト太陽電池におけるフラーレン電子輸送体に関連する機械的不安定性に対処する。Youたちは、この電子シャトルのイオン性が分子充填を高め、界面靭性に約3倍の増加をもたらすことを見出した。6平方cmのサブセルに基づくミニモジュールでは、約23%の電力変換効率が達成され、55℃で2200時間の動作後も低下率は9%未満であった。(KU,nk)

Science p. 964, 10.1126/science.adv4701