Science May 10 2024, Vol.384

交差様式による感覚発達 (Cross-modal sensory development)

感覚系の発達と統合を仲介する機構は完全には解明されていない。Caiたちは、マウスにおいて嗅覚の発達を体性感覚との関係で研究した。マウスでは嗅覚が最初に現れる感覚と考えられていて、体性感覚はそのすぐ後に現れる。著者たちは、他の感覚が発達する前の出生後の早い時期に、嗅覚刺激が体性感覚皮質(S1)を含む広い皮質領域にわたって興奮伝播を誘発することを示した。この嗅覚が仲介する興奮はマウス新生仔のS1内で、ひげにより引き起こされる活性を強化し、そして出生後発育が進むと失われた。発育初期に嗅覚を喪失させると、体性感覚が成体期に損なわれた。これは嗅覚が体性感覚処理の発達に影響を与える発育臨界期間の存在を示唆している。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 体性感覚:皮膚にある受容器によって知覚される触覚や圧覚・痛覚・温度覚などと、関節・腱・筋肉などにある受容器によって知覚される位置覚・運動覚・振動覚・重量覚などの感覚のこと。
  • 発育臨界期間(developmental window):その期間を逃すとその器官の発育が損なわれるような発育過程の決定的な期間。
Science p. 652, 10.1126/science.adn5611

同位体はイオの火山活動を記録する (Isotopes record Io’s volcanic activity)

木星の衛星イオは、その内部が潮汐加熱されるため、太陽系で最も火山活動が活発な天体である。火山からの溶岩流がイオの表面を覆い、その歴史のほとんどの記録を消し去ったため、その活動がどれくらい続いてきたかは不明である。de Kleerたちは、ミリ波分光法を用いてイオを観測し、その希薄な大気中に硫黄と塩素を含む分子を検出した。彼らは、上層大気からの軽い同位体の損失により、両元素の重い同位体が濃縮されていることを見出した。モデル化の結果、木星の月であるイオは地表に到達できる硫黄の94%以上を失っており、それには太陽系の全年齢にわたってほぼ現在のレベルの火山活動が必要であることが示された。(Wt,nk,kh)

Science p. 682, 10.1126/science.adj0625

モアレは不要 (No moiré needed)

量子異常ホール効果は、二次元モアレ構造を持つ材料など、いくつかのもので観測されてきた。Hanたちは、モアレ・ポテンシャルを持たないより単純な二次元材料である5層菱面体晶系グラフェンでこの効果を観測した。この5層グラフェンがスピン軌道相互作用を引き起こす単層二硫化タングステンの下に設置され、さらに六方晶窒化ホウ素で封入された。試料が示すホール抵抗は、ゼロ磁界で5という高いチャーン数に相当する値で完全に量子化された。(MY,kh)

【訳注】
  • 量子異常ホール効果:電子の動きが二次元面内に制限された薄膜材料に強磁場を印加した場合、電流に直交する方向に量子化されたホール抵抗が生じることを量子ホール効果と呼ぶ。磁気的性質を持った材料では、材料自体の磁気的性質が外部磁場と同等の役割を担って量子ホール効果と同じ量子化された抵抗を生じ、量子異常ホール効果と呼ばれる。
Science p. 647, 10.1126/science.adk9749

流れを減らす (Doing less streaming)

メキシコ湾流は大量の栄養素を北大西洋に輸送し、そこで高い生物学的生産性を刺激する。人為的気候変動が大西洋子午線循環(AMOC)、ひいてはメキシコ湾流強度の低下を引き起こした場合、この栄養素の供給は減少し生産性は低下するだろう。Lynch-Stieglitzたちは、氷河期から温暖な気候への期間に起きたヤンガー・ドリアス逆転寒冷期にこの栄養分の流れがどのように変化したかを調べ、その期間中にメキシコ湾流の栄養含有量が減少したことを見出した。したがって、この過去が良い類似であるならば、北大西洋の将来はより低下した生物学的生産性の1つとなる可能性がある。(Uc,nk,kh)

【訳注】
  • ヤンガー・ドリアス逆転寒冷期:最終氷期が終わり温暖化が始まった状態から急激に寒冷化に戻り、それが約1300年間続いた時期。1万2900年前~1万1500年前に相当する。
Science p. 693, 10.1126/science.adi5543

6価イリジウムの酸性での厳密試験 (Hexavalent iridium’s acid test)

水の電気分解による水素の生成は、塩基性条件下で通常行われる。主要な研究努力はプロトン交換膜(PEM)装置内のより効率的な酸性条件へと変更される方向であるが、触媒の安定性と費用が依然として重大な障害である。Liたちは酸化剤として酸化マンガンを用いて、イリジウム触媒を+6の酸化状態に酸化する方法を報告している。得られた酸化イリジウム(VI)は、数か月の連続PEM試験にわたって高活性で安定であることが示され、以前のモデル化による予測と一致した。(MY,kj,kh)

Science p. 666, 10.1126/science.adg5193

世界的発生の予言者 (Global outbreak predictor)

蚊が媒介するフラビウイルスによる疾患であるデング熱は、現在、世界人口のほぼ半数に影響を与えている。重篤な後遺症は通常まれであるが、この疾患に対しては特効薬もワクチンもなく、その合併症は深刻な経済的影響を及ぼしている。エルニーニョ現象は、蚊の繁殖に影響を与えるため、世界的なデング熱の伝播の動態に影響を与える。しかしながら、デング熱流行への長距離にわたる気候原動力に関する我々の理解にはまだ欠落がある。Chenたちは、海面水温の異常とデング熱の発生との関連性をモデル化し、局所的および遠隔地での発生の規模と時期を予測する、インド洋全域にわたる気候指標を特定した。この成果は、デング熱発生への対応に関する、より効果的な計画作りを可能にするであろう。(Sk,nk,kh)

Science p. 639, 10.1126/science.adj4427

後成的遺伝におけるポリコームの役割 (Polycomb’s role in epigenetic inheritance)

遺伝子発現の後成的調節は後生動物における発生の中核をなし、その調節異常は神経変性からガンまでの多様なヒト疾患発症における中心的な役割を果たしている。ポリコーム抑制複合体1と2(PRC1とPRC2)とそれらの作用機構は、遺伝子発現における後成的役割の中心をなし、そのためこの主題には分子的な洞察が切望されている。Moazedたちは、ヒストンH2Bをモノユビキチン化するPRC1の機能が後成的サイレンシングの維持に必要であり、この過程がPRC2によるヒストンH3のリジン27をメチル化する役割とは独立しているようであることを見事に実証した。(MY,kj)

【訳注】
  • ヒストン:DNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつタンパク質で、H1、H2A、H2B、H3、H4の5種類のタンパク質分子からなる。H2A、H2B、H3、H4は、それぞれ2分子ずつが集合して円柱形のヒストン8量体を形成し、その表面にDNAが1.65回巻き付けられる。
  • ポリコーム抑制複合体:ヒストンを修飾することで転写を抑制する機能をもつことが知られているタンパク質。
  • 後成学(エピジェネティクス):DNA塩基配列の変化を伴わず細胞分裂後も継承される後天的な遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域。その実態は、DNAのメチル化やヒストンの化学修飾(メチル化、アセチル化、ユビキチン化など)であることが明らかになっている。
  • モノユビキチン化:低分子量のタンパク質であるユビキチンが1つだけ結合する修飾(モノユビキチン化)。他にユビキチンにさらにユビキチンが結合して鎖状に連なる場合(ポリユビキチン化)がある。
  • サイレンシング:遺伝子発現の機構が、後天的に生じた細胞内の変化により機能しなくなること。
Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adl4529

より身近になったMRI (More accessible MRI)

磁気共鳴画像法(MRI)は50年以上前に発明され、解像度と画質の向上を続けてきた。これらの改良は、これまで以上に強力な磁石を使用した結果であり、そのため、大規模な遮蔽を必要とする非常に重くて騒音の大きな装置となっている。また、これらの高電力MRI装置は非常に高価であるため、患者の利用が大幅に制限される。Zhaoたちは、低電力MRI装置の出力に機械学習を適用することで、このような懸念に対処することができた(Anazodoとdu Plessisによる展望記事参照)。低電力の装置は、製造・操作の経費がはるかに低く、患者にとってより快適で騒音が少なく、計算処理後の最終画像は、現在臨床現場で使用されている高電力の装置で得られた画像と同じくらい鮮明で詳細であった。(Wt,nk,kh)

Science p. 636, 10.1126/science.adm7168 see also p. 623, 10.1126/science.adp0670

1マイクロリットルの脳を高分解能で (A microliter of brain at high resolution)

ヒトの脳の完全な理解は、細胞より小さいレベルでその構造的特性の解明から始まる。科学界に価値ある資源を提供し、ヒトの側頭葉皮質の構造をより良く理解するために、Shapson-Coeたちは、1立方ミリメートルのヒト側頭葉皮質の電子顕微鏡法による再構成を行った。著者たちは1.4ペタバイトの電子顕微鏡法データを作成した。そして、細胞の型、血管、シナプスを分類・定量化し、また、これらのデータを分析するための無料公開ツールを開発した。それらの知見は、著者たちがヒトの側頭葉皮質のこれまで知られていなかった側面を明らかにすることを可能にした。(KU,MY,kh)

Science p. 635, 10.1126/science.adk4858

ハバード模型は十分か? (Is the Hubbard model enough?)

一見単純だが、格子上の多体相互作用系を記述するハバード模型は数値的に調べることが難しい。このため、この模型が高温銅酸化物超伝導体のような実在する物質の現象論を的確にとらえることができるか否かを判断することは困難であった。Xuたちは、2つの相補的な方法を用いて、次最近接ホッピング(next-nearest neighbor hopping)がゼロでないハバード模型を調べ、この問いに対する答えを進展させた。研究者たちは、この模型が電子と正孔をドーピングした場合の双方で超伝導性を表すことおよび基底状態のペアリング秩序を表す変数がドーピング量の関数としてドーム状の構造を示すことを見出した。これらの結果は、銅酸化物の相図と似ている。(NK,nk,kh)

Science p. 637, 10.1126/science.adh7691

音量子バンドのトポロジー (Phonon band topology)

トポロジー的に非自明な電子バンドを有する材料の発見は、高処理能力計算による研究を引き起こし、既知無機結晶材料のほとんどにそのようなバンドが存在することを明らかにした。電子構造に加えて、音量子バンド構造も非自明なトポロジーを示すことがある。Xuたちは、10,000種を超える材料に関する二つの音量子材料データベースの、高処理能力計算によるふるい分けを実施した(NarangとAroraによる展望記事参照)。研究者たちは、調査した材料の半分以上で非自明な音量子バンドを見出し、そのうち約1000種が実験的調査に有望であると特定した。(Sk,nk,kj,kh)

Science p. 638, 10.1126/science.adf8458; see also p. 626, 10.1126/science.adp3736

奇数の不利さを克服する環 (Rings that overcome the odds)

奇数の炭素環は偶数の炭素環よりも安定性が低く、扱いにくい。この困難さにもかかわらず、Albrechtたちは、デカクロロフルオレンからシクロ[13]カーボンの合成を成し遂げた。前駆体は10ケルビンで塩の表面に吸着され、走査型トンネル顕微鏡の探針からの電圧パルスを用いて塩素原子が除去された。この開殻分子は三重項の基底状態を有し、さまざまな吸着部位で丸い形状と折れ曲がった形状の両方を示し、シクロ[26]炭素に二量体化することができた。(KU,kh)

Science p. 677, 10.1126/science.ado1399

トリフルオロメチル化のための反応物遮蔽 (Reactant shield for trifluoromethylation)

トリフルオロメチル(CF3)基は多くの医薬品や農薬で必須の特徴となっているが、その導入には高価な試薬を用いなければならないことが多い。Chenたちは、比較的安価なトリフルオロ酢酸塩を用いて、芳香環化合物および芳香族ヘテロ環化合物にCF3基を導入するための光電気化学的方法を提示している。酢酸塩はCF3を遊離するために高い酸化電位を必要とするので、芳香環化合物の競争酸化が通常は反応を複雑にする。しかしながらこの場合は、電極上での酢酸塩の吸着が、アリール結合の相手を電子移動させない遮蔽層を形成する。(hE,nk,kj,kh)

Science p. 670, 10.1126/science.adm8902

ミクロとマクロの調和 (Reconciling micro and macro)

進化を研究する際に考慮すべき2つの尺度がある。マクロ進化は、長い時間尺度にわたる様式と分岐系統全体にわたる変化に関係する。一方、ミクロ進化は生態学的時間尺度と個体群に作用し、局所的な適応の問題が焦点となることが多い。これらの尺度にまたがって観察される様式を正しく関係付けることが、進化生物学の長年の目標であった。Holstadたちは化石種と現存種の大規模データベースを用いていくつかの仮説を検証し、進化能力あるいは無能力(個体群内の遺伝的変異によって測定される)が個体群の環境変動追随の能力あるいは無能力によって分岐を形成すると結論付けた(UyedaとMcGlothlinによる展望記事参照)。(KU,nk,kj,kh)

Science p. 688, 10.1126/science.adi8722; see also p. 622, 10.1126/science.adp2599

危険性の予測 (Projections of risk)

降雨量と気温のデータは、気候変動に伴うアフリカ全土のマラリアの将来の分布を予測するためのモデルに応用されている。さらに、水がどこをどのように流れそして集まってマラリアを媒介する蚊の繁殖地を形成するのかは、将来のマラリア伝播の筋書きを精緻化するための貴重な入力情報となるだろう。Smithたちは、水文学および気候モデルの組み合わせを照合して、蚊の繁殖地の将来分布を推定した。予測は、マラリアを媒介するさまざまな蚊種の繁殖生態という観点から論じられている。この組み合わせは、マラリアが伝播する地域が将来的に縮小することを示している。残るのは、危険度が集中して強い飛び飛びの区域であり、特に標高が高く、またナイル川沿いのような人口の多い河川沿いの場所である。(Sk,nk,kh)

Science p. 687, 10.1126/science.adk8755

生体模倣触感 (Biomimetic touch)

より効果的で自然な触覚センサは、義肢やロボットの人工システムの性能を向上させる可能性がある。Chenたちは、さまざまな把持作業中に高速で正確な物体識別を達成できる、神経系を模倣した触覚を持つ人工皮膚を開発した(Miceraによる展望記事参照)。触覚情報を処理するためにスパイク・タイミングに基づく手法を利用することで、物体分類実験の間、通常の電子皮膚の性能を改善することができた。さらに、人工センサは神経系の性能と同様に、ミリ秒分解能で触覚情報の符号化を可能にした。ここで開発された生体模倣デバイスは、義肢や他のロボット・システムの性能を改善するために使用できるかもしれない。(Sh)

【訳注】
  • スパイク・タイミング:ニューロンに外部刺激が入ったとき、活動電位は上昇するが次第に減衰し静止電位に落ち着く。しかし多くの刺激があると電位は上昇し続け、閾値を超えると電位は急上昇し約3ms後に静止電位に戻る。これを発火と言い、発火して活動電位が突出した部分がスパイク。ここでは、このスパイクの発生タイミングを模した情報処理を行う。
Science p. 670, 10.1126/science.adf3708; see also p. 624, 10.1126/science.adp2623