Science March 8 2024, Vol.383

化学的浸食を定量化する (Quantifying chemical weathering)

大気中の二酸化炭素の調整における浸食の役割は、風化フラックスの増大が常にこの温室効果ガスの低下をもたらすとは限らないため、解明するのが困難であった。Bufeたちは、浸食が最も活発な山岳地帯よりもはるかに低い浸食速度の範囲で、二酸化炭素の低下が最大値に達することを見出した。二酸化炭素低下の極値は地球上のさまざまな場所で発生するが、逆に非常に活発に侵食されている地形はむしろ大気中への二酸化炭素の放出に寄与している可能性がある。この観察は、風化の役割と大気中の二酸化炭素に関する相反するデータを調和させるのに役立つ。(Sk,kj,nk)

Science p. 1075, 10.1126/science.adk0957

ガイド星なしの量子補償光学 (Guide star–free quantum adaptive optics)

補償光学は、結像系から収差を除去する方法を提供し、天文学から顕微鏡法に至るまでの画像アプリケーションに革命をもたらした。通常は、「ガイド星」が必要であり、変形可能なミラーや空間光変調器が伝播波面の歪みを補正し、鮮明な画像が得られる。しかし、すべての試料や画像システムがガイド星に適しているわけではない。Cameronたちは、もつれ合った光子が補償光学に使用できることを示し、ガイド星を必要とせずに生体サンプルの収差を除去できる能力があることを実証した。このような量子補償光学により、収差が存在するなかで生体サンプルをガイド星なしで画像化することが可能となる。(Wt)

Science p. 1142, 10.1126/science.adk7825

液体水のアト秒X線撮影 (Attosecond x-ray imaging of liquid water)

アト秒パルスの強度が低いのは、真のアト秒ポンプ/アト秒観測実験を行う上で重要な課題の1つとして残っており、もし強度が上がれば全原子核の運動が凍結された実時間で電子挙動を直接観測できる。Liたちは、最近改良がなされ、2色のアト秒X線パルス対を生成して同期できるX線自由電子レーザーを用いて、基本的凝縮相過程である液体水の価電子イオン化に対する初期電子応答について、全X線によるアト秒過渡吸収分光測定を行った。この研究は、1b1からのX線発光二重線の解釈についての長期論争を実験的に決着させるものである。この提示された手法は、観測信号の情報内容を捕捉するために核運動がまだ生じていないことが必要な、多くの複雑凝縮系の問題を解決できるかもしれない。(NK,MY,kj)

【訳注】
  • 1b1:水分子の最高被占軌道(HOMO)。b1対称性を持つ。
Science p. 1118, 10.1126/science.adn6059

依然として危険な状況 (Still in danger)

過去10年にわたり、世界のサメの窮状はますます注目を集めてきており、規制の強化やフィニングの禁止につながった。しかしながら、この注目の高まりがサメにとって結果の改善につながったかどうかは不明である。Finucciたちは、深海のサメやエイの研究において、規制強化の必要性に気付いた。サメやエイは、特に油や肉を標的とした漁業による死亡数の増加により減少をきたしている。その成長と繁殖の速度が遅いせいで、ほとんどのサメにとってそのような減少から回復する可能性は限られているため、規制の強化が急務である。(Sk)

【訳注】
  • フィニング:生きたままのサメからヒレの部分を切り取り、残った体を海に捨ててヒレだけを持ち帰る漁法。
Science p. 1135, 10.1126/science.ade9121

自己決定される視覚地図 (Self-determined visual map)

発達中の軸索経路探索を誘導する機構の特定は、固定目標の無い動的な環境の中で、どのように神経回路が発達するのかを理解するのに極めて重要である。Agiたちは、ショウジョウバエで発達中の視覚系を研究して、何千もの軸索が、視覚地図を構成する複雑な配線パターンをどのように形成するのかを突き止めた。著者たちは、軸索成長円錐の目標依存性誘導という受入れらている考えとは異なり、目標とする神経細胞を激減させても正しい軸索成長を妨げないことを示した。このため軸索成長は、ショウジョウバエの視覚地図における自己組織化原理に従っている。これらの結果は、他の神経系において、軸索成長の自己組織化原理が、固定目標がない場合における脳発達期の一般的な現象であるかを決定するさらなる研究への道を開くものである。(MY)

【訳注】
  • 軸索:細長い神経細胞を構成する3つの部分(樹状突起、細胞体、軸索)の1つ。前部の神経細胞の信号を樹状突起が受けて細胞体に伝え、ここで増幅された信号が細長い軸索を通り、シナプス結合を介して次の神経細胞に信号を伝える。
  • 成長円錐:伸長中の軸索の先端部に見られるアメーバ状の構造物。
Science p. 1084, 10.1126/science.adk3043

1つのリングが姉妹染色分体を結合する (One ring binds sister chromatids)

コヒーシンはリング状の多タンパク質複合体で、DNAループの押し出しによってクロマチン線維を組織化するだけでなく、染色体の分配に必要な姉妹染色分体の接着をも仲介する。Ochsたちは、無傷のヒト細胞のクロマチンに結合した単一分子を可視化することにより、コヒーシンの化学量論性を決定した。多くの(コヒーシン)複合体は二量体のように見えるが、姉妹染色分体の接着に関与する複合体は例外なく単量体であった。これは、接着が個々の接着リング内側の姉妹DNAの共捕捉から生じるという見解から予想されたものである。姉妹染色分体接着の機構的基礎を理解することは、加齢に伴う不妊症と異数性駆動の疾患の病因を理解するために特に重要である。(KU)

【訳注】
  • 姉妹染色分体:細胞分裂の過程で複製された同じ遺伝情報を持ち、コヒーシンによりセントロメアなど何か所かで接着されている一対の染色体のうちの一本一本のこと。それぞれが娘細胞に移動する。
  • 異数性:染色体の数が異常であること。人の場合は通常の46個の代わりに45とか47個持つこと。
Science p. 1122, 10.1126/science.adl4606

とても大事なシナプスを深く理解する (Profound understanding of a crucial synapse)

海馬内の中心的回路は歯状回からCA3野への投射である。この結合は海馬の苔状線維が作るシナプスによって形成される。これらの構造は中枢神経系において最も大規模なシナプスの1つであり、そのため、研究することでシナプス伝達に関する多くの基礎的な疑問に対処できる。最近の技術的進展は、かつてないほど詳細にこの結合を理解する機会を提供してきている。VandaelとJonasは、過去数年でなされた、海馬苔状線維シナプスについての構造、生物物理的性質、および回路機能に対する我々の理解の大きな進展について概説した。(MY)

【訳注】
  • 海馬:海馬体と呼ばれる大脳辺縁系の一部。海馬体は、歯状回、海馬、海馬支脚、前海馬支脚、傍海馬支脚、嗅内皮質に分けられる。このうちの海馬はアンモン角とも呼ばれ(雄羊の角に似ているため)、CA1野、CA2野、CA3野に分けられる。海馬では三シナプス回路と呼ばれる「嗅内皮質→歯状回→CA3→CA1」を経る一方向的なシナプス結合の活動が、記憶の形成と想起に関わっている。
  • 歯状回:主に顆粒細胞が層状に並んだ組織で、海馬体の内側面に歯のような隆起の列として見える領域。V字またはU字に旋回しており、開口部は歯状回門と呼ばれ、ここに海馬CA3野の先端が入り込んでいる。
  • CA3野:海馬(アンモン角)を構成するCA1野、CA2野、CA3野の中で歯状回の近傍にある領域。興奮性の錐体細胞と抑制性の介在神経細胞を含んでいる。
  • 苔状線維:歯状回の顆粒細胞から海馬CA3野および歯状回門に投射する歯状回顆粒細胞の軸索のこと。シナプス終末の独特な外見からこのように呼ばれる。
Science p. 1071, 10.1126/science.adg6757

寛解は達成されたのか? (Remission accomplished?)

抗レトロウイルス療法(ART)は、ウイルスの複製能力を阻害することでHIV感染を効果的に管理するが、潜在的なウイルスの貯蔵庫を完全に根絶することはできず、機能的治癒という最終的な臨床目標は達成できていない。Limたちは、ナチュラル・キラー細胞およびCD8+T細胞を活性化して増殖させる可溶性のインターロイキン15スーパーアゴニストと共に、HIV-1エンベロープに対する広範な中和抗体を用いて、SIV-HIVキメラ・ウイルスに感染したアカゲザルを、ART中止後に治療した。このスーパーアゴニストと抗体の併用治療は、主にCD8+T細胞応答の増強により感染動物の70%以上に長期にわたるウイルス制御を誘導したが、このことはHIV貯蔵庫の完全な根絶がART中断後の寛解持続に必要ではない可能性があることを示唆している。(KU)

【訳注】
  • 機能的治癒:ウイルスを体内から完全には除去できなくても、薬等の治療を中断した際にウイルスの増殖が起こらない状態のこと。
  • スーパーアゴニスト:生体内の受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどと同様の機能を示すアゴニストと呼ばれる薬剤の一種で、生体内の本来の作用物質よりも高い抗力を示すもの。
  • SIV:マカクサルに感染し、HIVと同じ機構で免疫不全症候群を引き起こすサル免疫不全ウイルス。
  • キメラ・ウイルス:2種類のウイルスのゲノムを持つウイルス。
Science p. 1104, 10.1126/science.adf7966

細胞特異的なホルモン操作 (Cell-specific hormonal manipulations)

ホルモンは成長と発育を制御する移動性のシグナル伝達小分子である。Zhangたちは、ホルモンによるシグナル伝達経路が、どのようにして時空間的に正確な様式で働いて(すなわち、細胞特異的かつ組織特異的なシグナル伝達)、イネの粒数を増加させるのかを研究した。彼らは、ブラシノステロイドに対する異化遺伝子を特定した。この遺伝子は、シグナル伝達連鎖と、重要な転写因子の下流側での遺伝子発現を通じて、小穂状花叢生イネ(clustered-spikelet rice)の粒数増加の基礎にある原因遺伝子である。この研究は、脇枝の分裂組織におけるブラシノステロイド・ホルモン経路の空間的な調節が、イネ収量を増加させるのに極めて重要な形質である円すい花序分岐と粒数をどのようにして高めるかを理解する道を開くものである。(MY)

【訳注】
  • ブラシノステロイド:植物ホルモンの一種で、ステロイド骨格をもつ化合物の一群。植物体全身の伸長成長、細胞分裂と増殖、種子の発芽などを促進する。
  • 小穂状花叢生イネ(clustered-spikelet rice):ここでは中国で開発された実の大きさは変わらずに、1つの穂に実る粒数が多いイネのことを言っている。
  • 異化:生物体の物質代謝のうち、体内の複雑な化合物をより簡単な物質に化学的に分解する作用。
Science p. 1073, 10.1126/science.adk8838

呼吸と発声の連携 (The coordination of breathing and speaking)

音声は気道で生成されるため、哺乳類における発声は呼吸と連携する必要がある。これまでの研究は、発声を調節する脳核を特定してきたが、声帯内転と音声-呼吸の連携を担うニューロンはまだ分かっていない。Parkたちは、マウスにおける音声生成と音声-呼吸の結合を直接仲介する神経回路を研究した(Hageによる展望記事参照)。著者たちは、後曖昧核(RAmVOC)に位置する発声特異的な喉頭関連運動前野のニューロンを、声帯閉鎖を駆動しこれにより呼気努力と音声生成を調整するための重要な制御中心部として特定した。プレボッツィンガー複合体によるこれらのニューロンの抑制が、発声の吸気開閉の基礎をなしている。声の音節は、RAmVOCが喉頭運動ニューロンを興奮させることによって生成され、これがプレボッツィンガー複合体が仲介する律動抑制によって周期的に中断される。(KU,MY)

【訳注】
  • 声帯内転:甲状軟骨上部の披裂軟骨は、回転運動をして声帯を開閉させる機能があり、この回転運動において、声門を閉じる内周りの回転運動を内転、声門を広げる外周りの回転運動を外転という。
  • 運動前野:前頭葉にあり、脳幹や脊髄に直接投射をしていて運動の実行に関与する。感覚情報に基づく運動、運動の企画、運動の準備等で主要な役割を果たしている。
  • プレボッツィンガー複合体:延髄腹外側部の呼吸グループにある介在ニューロンのクラスターで、哺乳類の呼吸リズムの生成に不可欠。
Science p. 1074, 10.1126/science.adi8081; see also p. 1059, 10.1126/science.ado2114

ビタミンAは幹細胞の系統選択を解決する (Vitamin A resolves stem cell lineage choices)

生涯を通じて、成体の幹細胞は組織再生を刺激する。障害を受けた後、幹細胞は修復を加速するために再生レパートリーを広げる。その過程で、幹細胞は「系統可塑性」の状態に入り、以前の運命と新しい運命の両方を発現できるようになる。Tierneyたちは、ビタミンAが系統可塑性を制限し、マウスの毛包幹細胞における運命を切り替えるためには、これを抑制しなければならないことを見出した。著者たちは、皮膚で、また培養物において、レチノイド(ビタミンAとその類縁化合物)の利用可能性を遺伝子操作することによって、幹細胞を創傷の治癒または毛の生成へと向かわせることができた。幹細胞をいかにして正しい運命の決定をするよう導けるかを知ることは、再生医療、創傷の修復、およびガン治療への影響をもつ。(hE)

Science p. 1072, 10.1126/science.adi7342

多機能フォトニクス (Multifunctional photonics)

光マイクロ共振器は、レーザーや周波数コムを含む集積フォトニック素子の開発に対して、多目的な技術基盤を提供する。しかし、素子の動作は一度作製されると固定される傾向にある。Jiたちは、2つの光マイクロ共振器を結合した多機能フォトニック素子を設計・作製した(RollandとHeffernanによる展望記事参照)。マイクロ共振器間の結合を制御することにより、著者たちは、素子の動作を要求に応じて異なる機能間で切り替えられることを示した。この素子は、レーザーとして、また明暗周波数コムとして動作することができる。このような多機能の動作と調整可能性は、集積フォトニクスに柔軟性を与えるはずである。(Wt)

Science p. 1080, 10.1126/science.adk9429; see also p. 1057, 10.1126/science.ado0078

両生類の授乳 (Amphibian lactation)

子に脂質の豊富な乳を与えることは、哺乳類に特有のものであると長い間信じられていた。しかしながら、我々は今では、そのような「ミルク」の給餌がクモや両生類を含むいくつかの分類群にわたって実際に存在することを知っている。アシナシイモリは、自分の体から子に給餌することで知られる両生類の群である。ある胎生の種は体内で卵管細胞で子に給餌し、他の卵生の種は皮膚細胞によって食物を与える。Mailho-Fontana たちは、おそらく子からの刺激に応えて、卵管乳を生成し肛門を通して子に給餌する、産卵するアシナシイモリの種について述べている(Wakeによる展望記事参照)。(Sk)

Science p. 1092, 10.1126/science.adi5379; see also p. 1060, 10.1126/science.ado2094

過去の絶滅原因 (Past causes of extinction)

過去に種が絶滅した理由を明らかにすることが、生物多様性に対する現在の脅威に関して情報を提供することができる。気候変動と種の形質は、過去と現在の両方の絶滅に関与していると考えられていた。Malanoskiたちは古生物学データベースの海洋無脊椎動物のデータを使用して、顕生代を通じてどの種が絶滅したかを説明する要因を調査した。著者たちは、過去の気候を再構築することで、温度ニッチの幅が狭い、地理的範囲が狭い、または体が小さい種が、より激しい気候変動を経験したより暑い場所に生息する種と同様に、絶滅しがちであったことを見出した。種の形質は絶滅の危険性を予測する重要な因子だが、極地や赤道の近くに狭い温度ニッチを持つ種は絶滅の危険性が最も高かった。(Uc,nk)

Science p. 1130, 10.1126/science.adj5763

超音波を用いて術後の漏出を検出する (Using ultrasound to detect postsurgical leaks)

術後の胃腸からの漏出は、診断が遅い場合には命取りとなりかねないが、それらは手術後3日から7日で高率で生じる。この合併症は常時監視を必要とするが、早期の検出はいまだ課題である。Liuたちは、胃腸手術後の外科的接合部からの漏出の早期評価に用いることができるpH変化の実時間超音波測定のための生体吸収性pH応答材料類について記述している(SharmaとLeeによる展望記事参照)。素子は、人間と寸法が類似した胃腸管を持つブタなどの2つの動物モデルで試験された。(MY)

Science p. 1096, 10.1126/science.adk9880; see also p. 1058, 10.1126/science.ado2145

DNA完全性を傷付ける (Nicking DNA integrity)

多くの節足動物は共生細菌を保有している。ボルバキア菌株を含むいくつかの菌株は、細胞質不和合性と呼ばれる過程で雄性不稔を引き起こす能力を有しており、それによっていくつかの昆虫系統の進化の軌跡に影響を与えてきた。wMelと呼ばれるある共生菌株を、蚊の防除のためにより大規模に再展開することに成功している。Kaurたちは、細胞質不和合性を引き起こす機構を詳しく調べ、wMelバクテリオファージの2つのタンパク質の組み合わせが精子核に入り、一連の反応で胚の発生を阻止することを見出した。タンパク質の1つは、精子の発生中に、ヒストンをプロタミンに置換するために必要な昆虫の長い非コードRNAを枯渇させるRNA分解酵素である。両方のタンパク質はDNAを傷付けて後期精細胞の昆虫DNA完全性を損なうことがあり、最終的には修復不能な胚の損傷と不妊を引き起こす。(Sh,kj)

【訳注】
  • ボルバキア菌:昆虫類、その他の節足動物、フィラリア線虫にみられる共生細菌。昆虫類ではきわめて普遍的に見られ、ほとんどは宿主に有益な影響のない寄生的な共生細菌だが、細胞質不和合、雄殺し、単為生殖誘導、性転換など宿主の生殖を操作する能力をもつ系統も知られている。
  • 細胞質不和合:非感染雌と感染雄の組み合わせで卵の胚発育が停止するが、感染雌と非感染雄の組み合わせと、感染雌と感染雄の組み合わせでは、正常な卵が排出される現象。
  • 雄性不稔:不稔(生殖できないこと)の原因が雄側にあること。
  • プロタミン:精子核内に含まれているタンパク質で、DNAと強く結合し、プロタミン同士も非常に強く結合するため、DNAを精子核内にコンパクトにまとめる役割を果たす。通常の細胞では、ヒストンが最も多く存在しているが、精子ではヒストンの90%以上がプロタミンに置換されている。
Science p. 1111, 10.1126/science.adk9469