Science January 5 2024, Vol.383

超分子による発光の促進 (A supramolecular boost to emission)

多くの無機ペロブスカイトは、ハフニウムやジルコニウムのハロゲン化物を基材としたものを含め、強い蛍光発光が可能である。これらの化合物はしばしば空気や水の影響を受ける。Zhuたちは、クラウン・エーテル支援超分子集合体の手法を拡張して、[HfBr6]2-八面体中心の集合を誘導し安定化させた。(18C6@K)2HfBr6の固体粉末は、青色の発光に関し、96%の蛍光発光量子収率を示し、ジルコニウムの類似体は緑色発光で83%の蛍光発光量子収率を有していた。彼らは、高分子材料を添加することで発光性の薄膜や構造体を印刷するための溶液処理可能なインクを創成した。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 18C6@K:カリウム・イオンに配位した18-クラウン-6のこと。
Science p. 86, 10.1126/science.adi4196

微生物叢反応性T細胞が大腸炎を引き起こす (Microbiota-reactive T cells trigger colitis)

免疫チェックポイント阻害剤を用いるガン免疫療法は、ガンに対する免疫応答を開始するためのT細胞活性化を負方向に調節するシグナルを阻害するのであるが、同時に免疫病理も引きおこしうる。免疫チェックポイント阻害剤である細胞傷害性Tリンパ球抗原4(CTLA-4)を標的とする抗体で治療した患者において、大腸炎は頻繁で重篤な有害事象であるが、この反応に至る根底の機構はまだ明らかでない。Loたちは、CTLA-4阻害でマウスに誘導される大腸炎が腸の微生物叢の組成に依存すること、また免疫チェックポイントに制限されなくなったT細胞が活性化することと、同時に、制御性T細胞のサブセットが腸内でその受容体を通して抗CTLA-4抗体のFcドメインを認識して結合することで枯渇してしまうことによって引き起こされることを示している。Fcドメインをもたない抗CTLA-4ナノボディは、大腸炎を引き起こすことなく、抗腫瘍性免疫を刺激することが見出された。これらの知見は、より炎症性毒性の少ない次世代CTLA-4阻害剤の開発を支援するものであるかもしれない。(hE,nk,kj)

【訳注】
  • 免疫チェックポイント阻害剤:さまざまな免疫細胞の働きを抑制する「免疫 チェックポイント」を阻害してT細胞を活性化することで、ガン細胞に対する免疫を活性化・持続させる薬剤。。
  • 大腸炎:大腸にT細胞や好中球が蓄積しサイトカインを放出して起こる炎症。
  • 制御性T細胞:過剰な免疫応答を抑制し免疫の恒常性を保つT細胞。
  • ナノボディ:標的抗原に結合する、重鎖のみから成る免疫グロブリン(抗体)の可変領域で、低分子化抗体の一種。
  • Fcドメイン:抗体はY字型の構造を持つが、その下半分の縦棒領域のこと。
Science p. 62, 10.1126/science.adh8342

アミドへの道を照らす (Lighting the way to amides)

コバルト・カルボニル錯体は、アルケン、水素、一酸化炭素をカップリングする触媒として働き、ヒドロホルミル化によりアルデヒドを生成する。Faculakたちは、この混合物に光を付加することにより、同一の触媒を用いて第一あるいは第二アミンの水素を交換除去し、アミドを生成できることを報告している。必要であれば、その後のシラン添加がこれらの生成物を還元でき、(原料アミンよりも)置換が進んだアミンを生成する。著者たちは、光励起が触媒から一酸化炭素1分子を遊離させ、温和な条件で重要な配位部位を開放して利用可能にすると提唱している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アルケン:炭素炭素二重結合を1つ持つ鎖式化合物。
  • ヒドロホルミル化:アルケンに一酸化炭素と水素を付加させてアルデヒドを合成する化学反応。
  • アミド:ここでは分子中に−NR−C(=O)−を含む化合物のことを言っている。
  • シラン:水素化ケイ素化合物。
Science p. 77, 10.1126/science.adk2312

モアレを精密に描く (Mapping out moirés)

モアレ効果を示す二次元(2D)ファン・デル・ワールス材料は通常複雑な電子バンド構造を有している。それらを調べるために、研究者たちは、磁場を印加し輸送特性の振動を探すことができる。磁化のような熱力学特性は量子振動も示すはずだが、一般的に利用可能なとても小さな2D材料の中では計測することが困難である。Boarslyたちは、超伝導量子干渉素子である超高感度な磁力計を尖鋭なピペット探針の先端に配置し、モアレグラフェン試料を走査した。著者たちは、磁化振動パターンを検出し、そのデータを用いて複雑なバンド構造を再構成した。(NK,nk,kh,kj)

Science p. 42, 10.1126/science.adh3499

エポキシ化用にPdとPtの均衡をとる (Balancing Pd and Pt for epoxidation)

酸化プロピレンは、危険で腐食性の酸化剤を使って大規模に製造される。より安全な可能性を持つやり方は、電気化学的方法を使ってプロピレンを水で酸化するものであるが、触媒の安定性が長らくの課題である。Chungたちは、パラジウムと白金を合金化することにより、水酸化(みずさんか)によるプロピレンのエポキシ化に対して、ファラデー電流効率60%を超える効率を与える電極触媒を作り出すことができたと報告している。彼らは最初に共溶媒としてのアセトニトリルに焦点を当て、さらに水性媒体だけを探索した。また彼らは、溶解性が低い中でプロピレンの処理能力を向上させる見通しについて論じている。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • エポキシ化:炭素-炭素二重結合に酸素が付加し、炭素2個と酸素1個からなるエポキシ環を作る反応。酸化プロピレンはエポキシ環の炭素にメチル基が結合した化合物。
Science p. 49, 10.1126/science.adh4355

アレスチン結合の非定型的モデル (Atypical models of arrestin binding)

Gタンパク質共役型受容体とその下流側のシグナル伝達相手との相互作用は、弱く一時的だったり短い配列や短い構造モチーフによって仲介されることが多く、このため、詳細に研究することが困難である。Maharanaたちは、シグナル伝達性で調節性のタンパク質β-アレスチンの、受容体全体とのあるいは受容体C末端に対応するリン酸化ペプチドとの複合体状態の構造を低温顕微鏡法により決定した。著者たちはアレスチン要素に焦点を合わせて精密化することで、β-アレスチンが結合した立体構造を可視化した。これらの構造の1つでは、受容体C末端はβ鎖からα-ヘリックス構造へと変化していた。これがさまざまな受容体とリン酸化様式を動的に認識する上で重要だと著者たちは提唱している。(MY,kj)

【訳注】
  • アレスチン:Gタンパク質共役型受容体(GPCR)のシグナル伝達の細胞内調節因子。リン酸化を受けたGPCRと強く結合し、細胞内に取り込む。また、シグナル伝達因子の足場タンパク質としてシグナルの起点としても機能する。全身に発現する2つのサブタイプ(β-アレスチン1、β-アレスチン2)が存在する。
Science p. 101, 10.1126/science.adj3347

脳回路はリスクのある決断を処理する (Brain circuits handle risky decisions)

ハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンのどちらを選択するかという意思決定は、投資などの経済活動だけでなく、日常生活のさまざまな場面で重要である。しかしその根底にある神経回路は依然としてほとんど解明されていない。Sasakiたちはマカクザルのリスク依存の意思決定を制御する脳の中前頭路の2つのサブシステムを特定した(Stuphornによる展望記事参照)。腹側被蓋野から腹側ブロードマン領域6(6V領域)の腹側への経路が刺激されると、ハイリスク・ハイリターンの選択をより強く好むようになった。対照的に、腹側被蓋野から領域6Vの背側への回路の活性化は、低リスク・低リターンの傾向をもたらした。これら腹側または背側経路を長く繰り返し刺激すると、刺激に依存しない長期的なリスク嗜好の強化、または低下が生じた。(Uc,kj)

Science p. 55, 10.1126/science.adj6645; see also p. 32, 10.1126/science.adm8641

重合鎖末端の化学的性質が重要 (The chemistry of the chain ends matters)

多くのブロック共重合体は個別の領域に相分離するもので、そこでは2つの成分間の相互作用の強さとその相対的比率に応じて、少数成分が多数成分の内側に球、円柱、または層を形成する可能性がある。共連続的な「配管工の悪夢」など、いくつかの準安定な相も可能である。Leeたちは、重合鎖末端の相互作用を調整することで、二元ブロック共重合体において配管工の悪夢のような相を安定な相にすることが可能であることを示している(Nedomaによる展望記事参照)。末端基の相互作用の強さは、隣接する重合体の曲率を調節し、隣接する重合体が結晶性である場合に大きなフラストレーション(窮屈さ)をかけられることが示された。一連の設計ルールを開発することにより、著者たちは複雑な構造を可逆的に作製する制御された方法を見つけた。(KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • 配管工の悪夢(plumber’s nightmare):あんなに変な管は直しようがないというような連結した配管構造。
  • ブロック共重合体:成分単量体がそれぞれ連続して長く配列している共重合体。
Science p. 70, 10.1126/science.adh0483; see also p. 28, 10.1126/science.adn0168

メタノールでナノ粒子を維持する (Maintaining nanoparticles with methanol)

工業用反応の触媒として用いられる酸化物表面上の金属ナノ粒子は、反応条件に長時間さらされるとより大きくなり、活性が低下する傾向がある。Liuたちは、200℃のメタノール蒸気への暴露後、脱アルミニウム化されたベータ・ゼオライト中の銅ナノ粒子がより小さくなることを示した。銅が移動して新たな表面部位に捕捉されたため、平均的な大きさは約5.6ナノメートルから約2.4ナノメートルに減少した。この触媒は、400℃、200時間において、シュウ酸ジメチルからエチレン・グリコールへの常圧水素化に対して、ほぼ100%の変換率と選択率を維持した。(Sk,MY)

Science p. 94, 10.1126/science.adj1962

二様のπ (Double pi)

カルベンは、4つの価電子のうち2つだけが他の原子に結合している炭素原子を1つ含んでいる。一般に、残りの2つの電子のうちの少なくとも1つは、それらの結合と同じ平面に存在する。Huたちは、カルベンの2つ側面に結合したリン中心を持ち、非結合電子の両方がリンとの結合面に垂直なπ軌道を占有する異常なカルベンを報告している。このカルベンは個々のリンがロジウムに配位した錯体として単離され、解析されたが、配位平面内ではルイス酸として反応したが、配位平面の上下ではルイス塩基として反応した。(KU,MY,kh)

Science p. 81, 10.1126/science.adk6533

形質の革新の源 (The origins of trait innovation)

集団内の諸形質は常に変化しているが、新しい機能を提供する形質が出現することは、よりまれである。2つの研究が、どのようにしてそのような形質が生じるかを調査した。Stankowskiたちは、巻貝の分岐群における卵生生殖から胎生生殖への移行に関連する複数のゲノム領域を特定し、長期にわたる選択に応じて蓄積された対立遺伝子によって胎生生殖の多遺伝子性の根拠を実証した。Chomickiたちは、3つの可変形質の自然発生がウツボカズラにおける昆虫を捕獲するための新しい機構を生み出し、それが2つの異なる種で別々に発生したたことを見出した。合わせると、これらの研究は、複雑で変化をもたらす諸形質の出現についての洞察を提供している(Elmerによる展望記事参照)。(Sk,kh)

【訳注】
  • 分岐群:ある共通の祖先から進化した生物すべてを含む生物群。
  • ウツボカズラ:葉先から伸びたつるの先につぼ型の捕虫袋をつける食虫植物。
Science p. 114, 10.1126/science.adi2982, p. 108, 10.1126/science.ade0529; see also p. 27, 10.1126/science.adm9239