AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 22 2023, Vol.382

星間雲の中で形成されるリュウグウのPAH (Ryugu PAHs formed in interstellar clouds)

天体観測からは、多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbons:PAH)が星間物質中に豊富に存在し、広範囲に分布していることが示されている。PAH分子は、水素で終端されたいくつかの隣接する芳香環から構成されている。Zeichnerたちは、探査機「はやぶさ2」によって採取された小惑星リュウグウのサンプル中のPAHに対し、実験室での同位体分析を行った。彼らは、2つの13C核が同じ分子内に存在する頻度が、13CがPAHにランダムに取り込まれるとした場合の予想よりも、高いことを見出した。この同位体分別効果は、100ケルビン以下の温度で形成される間に発生した。著者たちは、リュウグウのPAHの少なくとも一部は冷たい星間雲の中で形成され、したがって太陽系よりも古いものに違いないと主張している。(Wt)

Science, adg6304, this issue p. 1411

ねじれ超伝導体 (Twisted superconductors)

ねじれ2次元(2D)構造は、様々な興味深い挙動を示す。近年、このような超格子構造で用いられる2D材料は主にグラフェンと様々な遷移金属ジカルコゲナイドであった。しかしながら、クプラート超伝導体も2D材料であると考えることができ,これでは銅酸素平面がジョセフソン接合を通して互いに結合している。Zhaoらは、剥離した単結晶を裂いて半分同士の頂点を様々な角度で積層することでビスマス系銅酸化物からなる高品位ねじれ構造を創った。45度のねじれ角近傍では、ジョセフソン接合がこの材料のd波超伝導秩序パラメーターによって抑制された。研究者らは、時間反転対称性の破れに起因するジョセフソン・ダイオード効果も観察した。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • クプラート:銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン。
Science, abl8371, this issue p. 1422

酸化ニッケル輸送体の最適化 (Optimizing nickel oxide transporters)

逆ペロブスカイト太陽電池には製造上の利点があるが、その埋もれた正孔輸送層(hole-transport layer:HTL)により、しばしば電力変換効率(power conversion efficiency:PCE)が制限される。Yuたちは、酸化ニッケル・ナノ粒子のHTL過酸化水素処理が、粒子をより小さくより均一にし、Ni3+表面基も生成し、有機ホスホン酸自己組織化単分子膜への結合を改善することを示した。25.2%の認定PCEを持つ太陽電池が製作され、85℃で500時間の加速エージング後も初期効率の85%を維持した。(Wt,kj,kh)

Science, adj8858, this issue p. 1399

非対称のキナーゼ複合体 (An asymmetric kinase complex)

ロイシン・リッチ・リピート・キナーゼ2(LRRK2)の変異はパーキンソン病の発生に関与しているため、この酵素は現在、臨床治験での治療標的となっている。Zhuたちは、このキナーゼを特定の細胞小器官に動員すると考えられている膜結合タンパク質Rab29に結合したLRRK2の構造を決定し、その結果としてのRab29-LRRK2複合体がいくつかの少量体の状態をとっていることを見出した。最も大きな少量体(四量体)は、2つの異なる立体構造状態にある4つのLRRK2のコピーを含んでいた。この2つの立体構造のうちの1つは以前に観察された不活性状態に類似しており、もう1つは活性状態として提案されたものに相当した。機能解析実験と変異体による研究は、この複合体の構造的特徴に関する洞察を提供しており、それにより、治療的抑制に対する新規な方策を鼓舞するかもしれない。(MY,khしかも )

【訳注】
  • LRRK2:2527アミノ酸で構成される巨大タンパク質キナーゼ(リン酸化酵素)。LRRK2の酵素活性に関わるドメイン中の幾つかの部位のアミノ酸置換がパーキンソン病に関係することが知られている。
  • Rab:活性化されたときに特定の細胞内小器官に局在して膜交通(小胞や細管を介した物質輸送)を促進する分子スイッチとして機能する低分子量グアニンヌクレオチド結合タンパク質。
Science, adi9926, this issue p. 1404

早くて簡単 (Fast and easy)

気象の予測に用いられる数値モデルは、大規模、複雑で、大量の計算が求められる。 また、過去の気象変化から学ぶこともない。Lamたちは、過去の大気状態の再分析データにより直接訓練された、機械学習に基づく手法を導入した。この方法で、著者らは、最大10日前にしかも高解像度で、世界的に数百の気象変数を迅速に予測することができた。彼らの予測は、試された事例の90%において従来の気象モデルよりも正確で、しかも熱帯低気圧、大気の川(細長い水蒸気帯)、および極端な気温に対する、より優れた重大事象予測能力を発揮した。(Sk,kh,nk)

Science, adi2336, this issue p. 1416

ホッキョクグマから着想を得る (Inspired by polar bears)

ホッキョクグマは、高密度の殻に包まれた多孔質の芯を持つ毛を有しており、この構造は、これらの動物を暖かく乾燥した状態に保つが比較的軽量である。Wuたちは、エアロゲル封入繊維を開発する際に、この構造から着想を得た(ShengとZhangによる展望記事参照)。この合成繊維は、織ったり編んだりすることが可能な機械的特性を備えている一方で、同時に優れた断熱材でもある。この合成繊維は、単純な2段階の凍結紡糸と封入工程を用いて大規模に製造することも可能である。(Sk)

【訳注】
  • エアロゲル:ゲル中に含まれる溶媒を超臨界乾燥により気体に置換した多孔性の物質。
  • 凍結紡糸:溶融している結晶性高分子をガラス転位点以下の低温に紡出して、凍結された状態で延伸、分子配向を行わせる方法。
Science, adj8013, this issue p. 1379; see also adm8388, p. 1358

暗号通貨への疑念 (Cryptocurrency skepticism)

暗号通貨ビットコインを法定通貨に採用してから、エルサルバドル政府は、中央銀行に支援された電子財布アプリであるChivo Walletとともにビットコインを奨励した。大きな特典を付けたにもかかわらず、ビットコインはある特権グループ(銀行口座を持つ教育を受けた若年層)を除いてほとんど採用されていない。従来の銀行に比較して、ビットコインはプライバシーと透明性の向上、そして迅速で低コストの取引を提供する。これらは全て、経済学者たちがエルサルバドル国民にとって望ましいと想定したビットコインの特性である。何故なら、エルサルバドル国民のほとんどは銀行口座を持たず、また送金を必要とし、インターネットにつながった電話機を普通に所持していることにより、Chivo Walletを利用できるためである。しかしAlvarezたちは、エルサルバドル国民が有形の現金を好み、また皮肉にもプライバシーと透明性への不安がビットコインの採用を妨げていることを見出した。国民が経済的な知識に乏しく、また仮想通貨を信頼しないならば、仮想通貨の採用を奨励する政策は失敗するかもしれない。(MY,nk)

Science, add2844, this issue p. 1375

グリアとネガティブな記憶形成 (Glia and negative memory formation)

ショウジョウバエに、特定の匂いを痛い電気ショックと関連付けるように訓練することができる。しかしながら、これらの連想記憶が脳内でどのように形成され、保存されるのかは十分には理解されていない。Miyashitaたちは、キノコ体の周りを包み、ハエの主要な神経処理の中枢であるキノコ体の周りを包む細胞群である、鞘グリアがシナプス小胞からグルタミン酸を放出することを思いがけず発見した。放出されたグルタミン酸は、キノコ体ニューロン上のNMDARとドーパミン作動性ニューロン上のカイニン酸受容体に結合する。NMDARが開くためには、グルタミン酸結合と同時の細胞脱分極の両方を必要とする。機能イメージング実験は、ハエが匂いとショックを同時に受けた場合にのみNMDARはキノコ体にショック情報の伝達を可能にするが、ハエがショックだけを受けた場合には伝達できないことを実証した。(KU,kh)

【訳注】
  • キノコ体:昆虫などの節足動物の脳にあるキノコ型の構造物で、記憶中枢として働く主要な部分。
  • NMDAR:N-methyl-d-aspartate receptor(N-メチル-D-アスパラギン酸受容体)
Science, adf7429, this issue p. 1376

転写開始の可視化 (Visualizing transcription initiation)

真核細胞では、基本転写因子 (GTF) がRNAポリメラーゼ (Pol) II を支持して、コア・プロモーター上で開始前複合体を構築し、二本鎖DNAを開き、RNA合成を開始する。Chenたちは、それぞれ2~17のヌクレオチドの新生RNAを含む16個の新規な転写複合体 (TC2~TC17) の構造を決定した。これらの構造の結びつけが、最初の転写複合体(TC2~TC9において、GTFはプロモーターとPol IIに結合したまま)から初期伸長複合体(TC10~TC17において、GTFはプロモーターから解離)への急激な遷移を明らかにした。この遷移は、転写バブルの崩壊やGTFの解離などの顕著な構造変化と組成変化を伴い、これらの変化がPol IIに生成物RNA合成のためにプロモーターから脱出することを可能にした。(KU,kh)

【訳注】
  • 基本転写因子:クラスII遺伝子を鋳型mRNAへ転写する際に重要とされる転写因子であるタンパク質のことである。
  • 転写バブル:DNA 二重らせんの限られた部分がほどけるときにDNA転写中に形成される分子構造で、サイズは12~14塩基対の範囲。
Science, adi5120, this issue p. 1377

受容体マッピングによる薬理学 (Mapping receptor pharmacology)

アドレナリンに対するβアドレナリン受容体のようなGタンパク質共役型受容体は、治療用医薬の開発にとって鍵となる標的である。Heydenreichたちは、受容体中の残基のどれが受容体のシグナル伝達にとって重要なのかを決定するために、各残基の系統的な変異を行った (FilizolaおよびJavitchによる展望記事参照)。著者たちは、内在性受容体リガンドであるアドレナリンの薬効と作用強度に関する基礎的薬理学的性質に及ぼす各残基の寄与を評価して、残基のうちの5分の1が受容体によるシグナル伝達の有効性または作用強度に寄与していることを見出した。いくつかはリガンドまたはGタンパクの結合部位にマッピングされたが、3分の2以上はされなかった。重要な部位は、構造変化とシグナル伝達応答をもたらすアロステリック・ネットワークにおいて協同して作用しているらしい。このような詳細な情報は、所望のシグナル伝達応答を産生する新しいリガンドの開発に導く助けとなるかもしれない。(hE,KU)

【訳注】
  • アロステリック効果:酵素や受容体といった標的蛋白質の活性部位やリガンド結合部位ではない部位(アロステリックサイト)に、エフェクターと呼ばれる化合物が結合することで、標的蛋白質の立体構造が変化し、その機能や活性が調整される現象を指す。
Science, adh1859, this issue p. 1378; see also adm8393, p. 1357

色素設計のループ (A dye design loop)

化学者が、自動化装置と予測合成アルゴリズムの利用を増すにつれて、自律型研究装置が実現に近づきつつある。Koscherたちは、いくつかの多環式小分子クラスの有望な色素様特性を探索するためのプロトタイプ・プラットフォームを開発した。機械学習可能な立案と分析をロボット反応モジュールと組み合わせることで、この装置はさまざまな置換化合物を繰り返し合成し、その吸収特性、親油性、光酸化安定性を最適化する。著者たちは、いつ、そしてなぜ人間の入力が依然として必要なのかを詳しく説明している。(KU,kj,kh)

Science, adi1407, this issue p. 1374

緩和のための努力を動機づけるために (How to motivate mitigation efforts)

アメリカの人種差別は、教育、経済、医療、投獄、その他の制度全体にわたって人種的に不平等な結果を生み出し、維持する抑圧的なシステムである。これらの絡み合った制度が、あからさまな差別がなくても、アメリカ黒人をさらに不利な状況に置く。体系的な人種差別に対抗する効果的な方法は、社会運動や政策を通じてである。しかし、すべての領域が有害であり相互に強化し合っているけれども、一部の領域(例えば貧困や疎外)における黒人と白人の格差は、他の領域(例えば健康や身体的危害)における格差ほど人種差別に対する反対運動を促さない可能性がある。Brownたちは、健康や身体への脅威(例えば攻撃的な警察との遭遇)が道徳的問題を引き起こす故に怒りに火を付け、更なる行動の動機付けとなることを見出した(EarlとDerricksによる展望記事参照)。格差が道徳的不正義の感情を引き起こすように工夫すれば、体系的な人種差別を解体するための政策改革をより効果的に促進する可能性がある。(Uc,KU,kh,nk)

Science, adh4262, this issue p. 1394; see also adm7199, p. 1362

タコの一塩基多型による崩壊の記録 (Many-armed record of collapse)

西南極氷床(WAIS)が地質学的過去の温暖な気候にどのように応答したかは、人間活動による地球温度上昇に従ってその氷床の将来がどうなるかに関する我々の理解に対し、明らかな関連を有している。Lauたちは、南極周海のタコの一種であるPareledone turquetiの遺伝子分析を用いて、最終間氷期にWAISが完全に崩壊したことを示した。当時、世界の海面は現在より5~10メートル高く、地球の平均気温はほんの1℃ほど高かった(DuttonとDeContoによる展望記事参照)。この発見の意味するところは、WAISの大規模な崩壊とその結果生じる海面上昇は、厳しい気候変動緩和策で予想される最小限の気温上昇によっても引き起こされるかもしれないということである。(Sk,kj,kh)

Science, ade0664, this issue p. 1384; see also adm6957, p. 1356

興奮性受容体型が抑制もする (Excitatory receptor type also inhibits)

デルタ型グルタミン酸受容体はイオン透過型グルタミン酸チャネルのように見えるが、グルタミン酸に対して非感受性であり、リガンドが結合してもイオン・チャネル孔の開閉ができないため、古典的な神経伝達物質受容体のようには機能しない。Piotたちは、この受容体ファミリーの中で最も特性がわかっていない一員であるGluD1が、グルタミン酸の代わりに脊椎動物の主要な抑制性神経伝達物質であるGABAに結合することを見出した (CoombsとFarrantの展望記事参照)。GABAはGluD1のリガンド結合ドメインに結合し、受容体の立体構造の再構成を引き起こす。GluD1受容体は海馬のGABA作動性シナプスに局在し、そこでGABA作動性伝達の有効性を調節する。海馬のGABA作動性シナプスにおけるGluD1受容体の活性化は、抑制性シナプス可塑性を誘発する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • デルタ型グルタミン酸受容体:機能領域の構造から、興奮性シナプス伝達を担うイオン透過型グルタミン酸受容体に分類されていたが、長らくリガンドが不明でチャネル活性も確認されず、グルタミン酸受容体かイオンチャネルであるのかも解らないままであった細胞膜に存在する孔構造。通常のイオン透過型グルタミン酸受容体は、リガンドであるグルタミン酸が結合すると、チャネル孔が開き、陽イオンが通過する。
  • GABA作動性シナプス:GABA(γ-アミノ酪酸)を放出するニューロンの軸索終末と、情報受け取る側のニューロンのシナプス後細胞が、間隙をはさんで対峙した構成で、GABAが放出されるとシナプス後細胞が過分極して活動電位の発生が抑制される。
Science, adf3406, this issue p. 1389; see also adm6771, p. 1363